第百四十七話 突然の崩壊
二日後、【ルヴィーノ国】に動きが見られた。イエシン亡き今、過激派魔族を束ねるのは【ルヴィーノ国】の魔王であるガナンジュになるのだが、続々と今回のクーデターに参加する魔族たちが国へと集結してきたのだ。
その情報はソージが滞在している【サフィール国】にも届いていた。すぐに会議室へとノウェムの命でソージたちは集まった。
「恐らく三日後にこちらが攻めることが伝わったのかもしれませんな」
そう言うのは、ソージの頭の上に乗っている小人族のプッコロだ。どうやらソージの頭が気に入ったようで、初めはノウェムの頭に乗っていた彼だが、今ではソージに乗っている方が割合としては多い。
「向こうも何らかの方法で情報収集をやってきているでしょうし、戦力を整えている現況を考慮して、こちらが近々動こうとしているのを推測したのでしょうな」
「ならプッコロ、奴らがこちらに攻め入ってくる可能性はあるのか?」
ノウェムが彼に尋ねると、彼は「はい」と頷く。
「先手を打つといった意味で、相手を攻め入る可能性もないことはないです。ただし攻め落とすなら【ルヴィーノ国】に一番近い【トパージョ国】が先となりましょうな」
「確かに戦力を分散させるよりも、まずは【トパージョ】を攻め、そして次にここ【サフィール】というのは流れとしては考えられますね」
ソージが思ったことを口にすると、ヨヨが補足してくる。
「ただ二つの国が同盟をしていることは知っているはずだから、【サフィール】の足止めとしても、幾つかの部隊は向かってくるでしょうね」
するとそこへ【ラスティア王国】の使者であるコンファが手を上げた。ノウェムが発言を許可する。
「ならば先手を打たれるよりも先にこちらが打って出た方が良いのではないでしょうか?」
「確かにコンファの言う通りですよ。な~に、逆賊なんて俺に任せてもらえればちょちょいのちょいでぶっ飛ばしてやりますよ!」
調子の良いことを言って周囲から溜め息を量産するのは真雪とともにこの異世界に召喚された【英霊器】の一人である二ノ宮和斗である。
本来であれば頼もしいと感じるのだろうが、ソージは一度彼を一撃で仕留めていることを知っている者がほとんどなので、ただの大口を言っている愚か者だと誰もが思っている。
そんな中、ノウェムが和斗を無視してコンファに尋ねる。
「コンファと言ったか、ではお主は今すぐにでも奴らの国へ攻め入った方が良いと言うんじゃな?」
「はい。時間を開ければ相手も何か策を考えつくかもしれません。その前に叩いた方が得策かと思います」
「なるほど、一理ある意見じゃな。皆はどうじゃ?」
その言葉にソージが手を上げ発言する。
「【トパージョ】の方の見解はどうなのでしょうか?」
「ふむ、ジャンブからの報告によるとじゃ、向こうにいるグロウズも、奴らの動きを警戒して先に動いた方が良いかもしれぬと申しておるようじゃ」
「あの《五臣》の方がそう仰るのであれば、コンファさんの仰る通り、明日を待たずに動いた方が良いかもしれませんね。戦力も私が確認した限りだと、同盟軍の方が上でしょうし」
「うむ、ただ気になるのは《金滅賊》じゃな。あれから長どもが、自分たちの大陸へ帰ったという報告がない。つまりいまだ【ルヴィーノ国】に滞在しておるということじゃ」
彼女の言うことが真実なら、国の中には多くの《金滅賊》もいるはずだった。国として一番大きな【ルヴィーノ国】だから、抱えている戦力を相当数存在するはず。それに加えて《金滅賊》もとなると、確かに気にはなる。ソージが入手できた情報はあくまでも兵士たちの大よその数である。
「とりあえず先遣部隊として幾つかの隊を送り込んで様子を見るというのはどうでしょうか?」
ソージの提案に皆が軽く頷く。
「そうじゃな。ならその部隊は――――――」
ノウェムが喋ろうとした時、コンファが手を上げて名乗り出る。
「是非とも我々にお任せ頂きたいと思います」
「ふむ、その理由は?」
「我々の隊は身軽ですし、何と言っても【英霊器】のマユキ様がおられます」
「お~い、俺もいるんだけどなぁ~」
自分を忘れるなといった感じで和斗が発言するが、コンファは歯牙にもかけずに続ける。
「それに恐らく【トパージョ国】からは、率先してグロウズ様も出られるでしょう。あの方は常に最前線へ立つと聞いたことがありますので」
確かに過去の戦などでも、グロウズ・G・ソーズマンは、《五臣》という立場にありながらも、常に先頭に立ち兵士たちを引き連れ戦ってきたらしい。
「そのようなお方が前線へお立ちになるのに、我々が後ろへ下がっているわけには参りません。何よりも皇帝様に逆らうような輩、この手で打ち倒したいと思っております」
「ふむ、コンファの言うことは理解できるが、他の者はどうじゃ?」
「わ、私もお役にたつためにここまでやってきたので」
コンファの隣に座っているナナハスが少し心配げだが自分の意志をしっかり述べた。
「二人が行くのなら俺も行くさ! 二人はこの【英霊器】の和斗が守ってみせる!」
「そうだね。私だって戦うためにここまでやって来たんだし、自分のできることをするよ!」
「……真雪」
ソージは彼女の強い眼差しから覚悟を感じる。元々彼女は正義感が強く、困っている人を見捨てられない性質である。今回のことも、ただ自分だけ安全圏で見守るようなことはしないだろう。
つまり彼女が前線へ立つのであれば、自分のやることは決まっている。そう判断したソージは静かにヨヨの顔を見る。そして彼女も納得したように首肯した。
「なら、私も微力ながらお手伝い致しましょう」
「おお、ソージが先遣部隊に立ってくれるのなら心強いのう!」
何と言ってもイエシンや《金滅賊》の長を倒した実績があるので、ノウェムの信頼度も高い。
「ただし、私は部隊を引き連れるということは勘弁してもらいたいです。あくまでも単独で行動させて頂きます。それでもよろしいでしょうか?」
「ふむ、その方がお主にとっては動きやすいということじゃな?」
「はい」
「うむ、了解したのじゃ! では先遣部隊として【ラスティア】の部隊とソージに任せる。マユキたちには、余の兵士たちもつけよう」
「ありがとうございます!」
真雪がノウェムに礼を述べるとノウェムも「うむ」と笑みを返した。
皆の意見が纏まり、これであとは【ルヴィーノ国】を攻め落とすだけだと息巻いていたが、数時間後、驚くべき報が大陸中に知れ渡ることになる。
その報とは――――――――――――【ルヴィーノ国】崩壊だった。
それは先遣部隊として【トパージョ国】から出撃したグロウズが、その光景を目にし言葉を失ってしまった現実。
彼がいざ攻め入らんとした【ルヴィーノ国】。その【ルヴィーノ国】のある方角から黒煙が立ち昇り、何事かと思い慌てて彼が辿り着いて国を視界に入れた。
そして誰もが驚愕した。鉄壁のように外壁に覆われていたはずの【ルヴィーノ国】が、あちこちから炎と煙を立ち昇らせ、その周囲には多くの兵士たちが息絶えているのが確認できた。
炎は容易に壁を溶かし、建物を全壊させている。そして壮麗な城も、見るも無残に潰されており、まるで内戦でもあったのかと思われるほどの激しい戦禍に見舞われている。
つい先程までの情報では【ルヴィーノ国】は着々と戦力を集めて身を固めていたという。だからこそグロウズは、部隊を引き連れその戦力を極限にまで削減させておこうと考え先遣部隊として立候補した。
しかし到着してみれば、すでに目標だった相手は滅びを与えられていた。僅か数時間の間に起こった出来事。
「……一体何者がこのようなことを……?」
これほどの大国を数時間で滅ぼせるほどの人物の心当たりはグロウズにも存在するが、ここにいるとは思われない人物ばかり。
「生存者は…………見当たらないな」
グロウズが部隊を引き連れて外壁を潜り中へと入ってみたが、生存者を確認することができなかった。
夥しいほどの死体が国中に横たわっている。しかし気になるのは彼らの死の原因である。どうも全員が無傷のようで、一見して死んでいるとは思えないほどだ。
だが確実に息は絶えており、それはすでに確認済みだった。すると城の一部から突然空へと黒い雷が走った。
「何だ!?」
しかもその天へと向かったはずの雷が、突如方向を変えてまるで獲物を見つけたかのようにグロウズとその背後にいる部隊に目掛けて飛んできた。
「皆の者! 私の後ろにいるのだぞっ!」
グロウズはその雷に異様な感覚を覚え、決してアレに触れてはいけないと瞬時に判断した。
そして腰から剣を抜くと、雷に向かってまるで大砲のような斬撃を放つ。その斬撃は渦を巻き、黒い雷と衝突してともに霧散した。兵士たちは「おお~っ!?」と感嘆の声を漏らす。
「とりあえず君たちは生存者を探してくれ。私は城へと向かう」
グロウズは兵士たちにそう言うと、雷の発信源である城へと向かった。