第百四十六話 五臣会議
【中央大陸・オウゴン大陸】―――――――――――。
規模は数ある大陸の中で一番小さいが、誰もが憧れる大陸でもある。その中央には《皇宮》が存在し、世界の支配者である皇帝の住まいでもある。
周囲は侵入者を阻むように岩壁が覆い、まるで巨大な火山をくり抜いて、その下に建てられたような建物だ。事実、外から侵入するにはなかなかに難しく、ほとんど空から入るしかないのであるが、決まって見張り役の兵士に撃ち落とされるのが決まりになっている。
この【オウゴン大陸】を象徴する中央の岩山を【天麓山】と呼び、古くから神が降り立つ山と称され崇められてきている。その中に住む皇帝は、神と同格に位置する存在として敬愛されているのだ。
そしてその神と同格と認識されている皇帝の選出で選ばれた《五臣》は、他の者と比べても神に連なる存在として憧憬、畏怖などがされている。
まさに雲の上の存在だということである。この《皇宮》に住むこと自体が選ばれた存在だというのに、その中でも逸脱しているのが《五臣》なのである。だからこそ、その者たちが持つ権力は凄まじく、一国の王といえど軽々しい態度をしようものなら首が飛んでもおかしくはないのだ。
その《五臣》が一人を欠いて、今会議室で顔を突き合わせていた。
「は~、アイツはいつになったら戻ってくるというのだろうか?」
呆れたように頭を抱えながら発言したのは《五臣》の中で《皇帝の右腕》と称される《五臣》のリーダーを務める男―――――――緋澄・皇。真っ黒な瞳と髪色を持つ【日ノ国】出身の人物である。その黒い髪も、五十代の歳月を感じさせるようにところどころ白くなっている。
「ハハハ、しょ~がないんじゃないですか? だって旅って面白いし~」
無邪気に笑う桃色髪の青年であるアルココ・ビストーチカ・彼は《皇帝の厨房》と呼ばれる、皇帝が食す食事を作る料理人たちを束ねる料理長である。
「あのな……こうも《五臣》がフラフラとするようだと、纏める私の身にもなってもらいたいのだが……うぅ、胃が痛い……」
「あの、ヒズミ様どうぞ、良質の胃薬です」
「あ、いつもすまないねリンネくん」
「い、いえ……わ、私はこれくらいしかできませんから……」
そんなふうに謙遜しながら喋るのは《皇帝の薬》という二つ名を持つリンネ・アルト・ランドバーグである。細面でひ弱そうな人物だが、皇帝の健康という大任を任されている薬師である。黄緑色の長い髪を後ろで綺麗に束ねている女性。
リンネからもらった薬をお茶で流し込み温かい息を吐く緋澄は、リンネに礼を言ってからもう一人の《五臣》である鷹のような瞳をした人物に言葉をかける。
「ロブくん、君はどう思う? できればこんなしんどい立場を早く引退して若い者に任せたいと思うんだけどね」
「……いえ、ヒズミ様はまだまだ現役でしょう。あなたの代わりを務められる者など、存在しないかと思いますが?」
淡々とした物言いをする感情の起伏が見当たらない無表情の人物。初めて会う者には冷たい印象を与えるだろう。ロブ・ヴァーチという名の《皇帝の耳》と称されている、あらゆる情報を収集する役目を担っている。
「は~、あのバカ、さっさと帰ってこいよなぁ~。クーデター問題も、別にアイツが出張るまでもないと思うんだが……」
「で、ですがグロウズ様が仰ってました。このクーデターは結構根が深いものなのではないかと……」
リンネが弱々しい声音で述べると、緋澄がテーブルに膝をついて顔を支えながら話す。
「……だからこそだよ」
「え?」
「どんな敵が現れたとて、我々《五臣》がこの場にいる以上、皇帝に牙が触れることなど決してない。その相手が国であろうと《金滅賊》であろうとも、我々の結束の力を打ち破れる存在などいないと私は信じている」
「おお~立派なお言葉だよね~。さっすがは《五臣》のリーダー! みんながあなたを慕って頑張るんだろうなぁ~」
「うぅ~、そのプレッシャーももうしんどいよ……ねえアルココ、私の代わりにリーダーしない?」
「ううん、絶対イヤ。だってめんどくさそうだし~」
「な、ならリンネくん?」
「え、えええええぇぇぇっ!? わ、わわわわわ私なんかそんな立場になっちゃうときっと死んでしまいますぅっ! 今でもたまに目眩するのにぃっ!」
「じゃ、じゃあロブくん……」
「お断り致します。私は今のこの立場が相応しいかと思っておりますので」
「…………リンネくん、もう一回薬くれる?」
「あ、はいです!」
緋澄が胃を擦りながら大きく溜め息を吐いている。そして再びリンネが用意してくれた胃薬を喉へと流してから一息つく。
「ふ~、もう歳なんだけどねぇ」
「ところで緋澄様、今回のクーデターの件ですが、皇帝は我々に全権を委任すると仰いましたが、どのように迎え撃つおつもりですか?」
ロブが尋ねると緋澄が腕を組むと目を閉じた。
「まあ、アイツが動いている以上は、恐らくクーデター筆頭候補である【ルヴィーノ国】は潰されるだろう。放置しておいても問題はない。それよりも問題は各地に存在する《金滅賊》への対処だ。恐らく機を見て攻めてくるだろう。その時に警備を第一級に備えて、外側に配置しよう。この大陸へ乗り込んでくる前に仕留めれば問題ないかな」
「しかし空からの侵入者もいるはずでは?」
「そん時は私たちが対処すれば良い。この《皇宮》への侵入経路は限られている。我々意外は、空から侵入するしか方法はないからな。そこを一掃すれば良いだろう」
「分かりました。では【ゾーアン大陸】の方はグロウズ殿にお任せをすれば良いというわけですね?」
「だな。報告では【サフィール国】と【トパージョ国】も動いてくれているようだし、そっちは心配はないかな」
「なるほど、ではさっそく《裁軍》にはそのように動くように伝えておきましょう」
「ハハハ、何かお祭りみたいな気分になってきたよね! 当日は僕も料理しちゃっていいのかな?」
「不謹慎過ぎるってアルココよぉ……頼むから変な問題なんておかさないでくれよ? これ以上、私の胃を苛めないで……」
「うん、何とか善処するよ!」
「いや、必ず守ってよ……」
アルココの言動に不安を感じて頬を引き攣らせて肩を落とす緋澄。そしてリンネにまた胃薬を求める結果になってしまった。
ソージはバルムンクとヨヨの護衛をバトンタッチすると、バルムンクは屋敷の守護を任されて戻っていった。
これから三日後、【ルヴィーノ国】のクーデターを阻止するために戦争が開始されるが、正直相手のことをよく知りもせずに戦うのは危険だと思い、ソージはヨヨの許可のもと、単独で【ルヴィーノ国】に向かうことにした。
国の外壁や戦力などを実際に自分の目で確認しておく必要があると判断して、ソージは今【ルヴィーノ国】から少し離れた森の中に身を潜ませていた。
(う~ん、このまま突っ込んで少し様子を見るか?)
もし危険だと判断した時は、すぐにでもヨヨのもとへ転移できるので問題はないと推察する。しかしもし魔法を封じるようなことをされれば面倒なので、その可能性も考慮に入れてとりあえずはしばらく周囲で様子を見守ることにした。
外壁には常に兵士が巡回しており、その数もかなり多い。いつ攻めてこられても対処できるように警戒しているのだろう。
(このまま真っ直ぐ城に入って一気に始末をつけられれば一番だけど、バルさんも気を抜くなって言ってたしな……)
それは相手に対する賛辞に他ならないのだ。つまりあのバルムンクがその言葉を放つほど、相手は不気味な存在だということ。やはり国が相手となると一筋縄ではいかないということだ。
(とにかく、今は得られるだけの情報を得るか)
そう決断すると、ソージは情報収集に勤しんだ。
次回急展開!




