第百四十五話 参加決定
ソージが屋敷で普段の業務を行っていた頃、突如頭の中にヨヨの呼び声が聞こえた。別に危険を含んだ感覚ではなかったので、安心してはいたが、何故自分を呼ばなければならないのか不思議に思った。
手紙ではそろそろ帰ってくる予定ではあったのだが、何か向こうで問題があったのかとソージは黄炎を創り出しヨヨのもとへ転移した。
そして久しぶりに会うヨヨに対し頭を下げて挨拶をすると、顔を上げた時、視界に懐かしい顔が映った。
「あれ? 真雪?」
「想くん! ええい!」
突然真雪が抱きついてきたので驚いたが、押し倒されないように踏ん張って彼女を受け止めた。
「え? ……何で真雪がここに?」
「運命かな?」
「……何言ってんだお前は?」
「もう! ノリ悪いよ想くんっ!」
ソージの物言いに頬を膨らませて怒る真雪だが、まさか「そうだね。オレとお前は赤い糸で結ばれてるんだよ」などと言えるわけがないのだ。
「ふふ、嬉しいのは分かるけどいいかしらマユキ?」
「あ、ごめんなさい!」
真雪はサッとソージから離れると、ヨヨがニコッと笑みを浮かべる。
「久しぶりねソージ、そっちは問題などないかしら?」
「はい。皆さん元気ですよ。あ、プッコロさんもお元気ですよノウェムさん」
「お、おう、そうかそうか……って違う! ソージよ、お主どこから現れたんじゃっ!?」
当然ソージの魔法の能力を知らないノウェムは疑問に思うだろう。ここからクロウテイルの屋敷まで海を越えるほどの距離があるのだ。それを一瞬で潰して出現したのだからノウェムにとっては驚愕もののはずだ。
「突然申し訳ありません。こういうこともできる執事ですので」
「そ、そんな執事聞いたことも見たこともないぞ……」
頬をヒクヒクと引き攣らせているノウェム。彼女の気持ちも分かるが、今は何故この場に呼ばれたのかが気になったので、ソージはヨヨに何用なのかを聞いた。
「実はね、帰ろうと思ったところに【ラスティア王国】の使者としてマユキがやって来たのよ」
「……! ああ、なるほど。つまり真雪はクーデターに参加しなければならなくなっているということですか?」
「あ、無理矢理じゃないよ想くん。これは私の意志だから」
「……そうか。……? セイラさんは?」
いつも真雪の傍にいてくれた彼女の存在が見当たらないので真雪に尋ねる。すると悲しげに瞳を揺らす真雪を見て、何かあったのだと察知する。
「まさかセイラさんの身に何かあったのか?」
「ううん、実はね……」
真雪から、異世界に戻る時間が迫っていることと、それを逃せば次に帰れるのが何年も先になるということを聞いた。そして真雪はこの世界に残ることを決断したが、セイラは今もなお残された時間で決断するまで国に滞在しているとのこと。
「そうか……こればっかりは確かにセイラさんが自分で答えを出した方が良いからな……オレとしては残ってほしいけど」
「それは私たちの勝手よソージ。彼女が悩んで自ら出した答えが、たとえ私たちの望むものでなくとも、それを尊重してあげなければならないわよ」
「そうですねお嬢様。真雪も……辛いよな」
「ううん、一番辛いのはセイラだもん。一応お別れはしてきた……あとはセイラが選択するだけだよ」
そう言う彼女も、やはりセイラに残ってほしいと思っているのが伝わってくる。それもそのはずだ。彼女の存在は、真雪にとって心の占める割合はかなり大きなものだろう。
彼女がいたからこそ、ソージがいなくなった後も心を壊さずにいられたのだ。ソージも彼女に大きな感謝をしている。
「真雪がここに来た理由はクーデター阻止に参加するため。多分それが最後の任務になるんだろ?」
「うん、王様にも了承をもらったよ」
「……そしてお嬢様はこのまま真雪だけにクーデター阻止に参加させておいて、自分たちが何もしないという選択はない……そういうことですか?」
「さすがソージね。ええそうよ、クーデター阻止に参加するとなればあなたの力が必ず必要になるもの。どうかしらソージ? もう一働きしてみる?」
「愚問ですよお嬢様。大切な幼馴染を放置してのほほんとできるほど愚か者ではないですよ」
「では決まりね」
「想くん……ヨヨ」
ヨヨは微笑で真雪を一瞥した後、身体ごとノウェムに向ける。
「申し訳ありませんノウェム王。どうやらまだここから去るわけにはいかなくなりました。今回のクーデター阻止、最後まで参加させて頂いてもよろしいですか?」
「よ、よいのか? 無論余は助かるのじゃが……」
確かにノウェムとしては断る理由はないだろう。戦力が大いにこしたことはないのだ。しかもその一人は、今回のクーデター阻止に大きく貢献しているソージがいるのだから。
「では私たちは参加するということで。できればソージは単独で動かしたいのですが、それでもよろしいですか?」
「うむ、ソージに関することはお主に任せる。お主はどうするつもりじゃヨヨ?」
「私は単純な戦闘力は皆無です。軍師としてノウェム王のお傍にいることにします」
「了解じゃ。ならさっそくキュレア王にも報告しなければならぬのう」
「オレは一度屋敷へと戻って皆に説明してきます。プッコロさんも連れてこなければなりませんし」
「そうねソージ、皆への説明は任せるわ」
「畏まりました。それでは一度屋敷へと戻りますね。送り飛ばせ、黄炎」
ソージは右手から黄色い炎を創り出し、自身の身体を炎で覆っていく。そして炎が霧散した後は、ソージの姿もその場から消失していた。
「ほえ~凄いものじゃなぁ~」
ノウェムはソージが先程まで佇んでいた空間を眺めながら感嘆していた。
屋敷へ帰ったソージは、カイナたちを集めて、これから自分とヨヨが行うことを説明した。戦争に参加するということで、ニンテたちは不安がっていたが、真雪を放っておけないという話をすると皆も渋々納得するしかなかった。
ユーやシャイニーは自分たちもソージの力になりたいと言ってくれた。そんな二人の心遣いに思わず二人を抱きしめてしまったが、戦争などに二人を参加させるわけにはいかない。
大切だからこそ、二人にはこの屋敷で平和に過ごしてほしいのだ。戦う力があるからといって、わざわざそれを無理矢理揮うこともない。
「それに、ユーやシャイニーには、この屋敷を守ってほしいんです。オレがいない間、この屋敷の守護者として」
それは方便に近いものもあった。本当の守護者として恐らくはバルムンクが戻ってくるだろうが、彼女たちにもここに残る役目を与えたいと思ったのだ。
「……うん、わかったの」
「でもパパァ……いちゃいいちゃいしちゃらやぁよ?」
「あはは、大丈夫ですよ。だから二人とも、屋敷を頼みましたよ」
ソージは二人の頭を撫でると、二人は気持ち良さそうに目を細める。そしてソージはその視線をカイナとシーへと向けて「後は頼みます」という意味を込める。二人は首肯してくれた。
「ではプッコロさん、【サフィール国】へ参りましょうか」
「分かりましたですぞ!」
シャイニーの頭の上に乗っていたプッコロが、その小さな身体でヒョイッとソージの頭に跳び移った。
ソージはそのまま皆に挨拶をすると、黄炎で身体を覆い瞬時にその場から姿を消した。