第百四十話 内通者
「ど、どういうことじゃヨヨ?」
ヨヨの言葉に驚嘆しながらノウェムが聞き返す。
「いえ、これは推測に過ぎないのですが、もし私ならと考えて、たとえ戦力を整えたとしても早々【オウゴン大陸】に乗り込もうとはしません。その理由として、やはり《裁軍》の存在があります。ただでさえ一人一人が洗練された武人であるのに、彼らが守りに徹すると、そこを突破するのは至難の業でしょう」
「む……確かにそうじゃな」
「はい、私もヨヨ殿の仰る通りかと」
ノウェムだけでなくキュレアも賛同した。だがキュレアの側近であるユリンは難しい表情のままだ。そんな彼女がヨヨに尋ねてくる。
「ではヨヨ殿、あなただとしたらクーデター実行に踏み切る理由は?」
「先程の申し上げましたが、籠城作戦は外からの攻撃に関しては鉄壁です。ですがその内側は案外脆くなります。もし内部にクーデター側の内通者がいるのだとしたら、外と内とで壁を攻められるので、攻め込む理由としては挙げられますね」
「……なるほど。確かに内通者が存在するとすれば、【ルヴィーノ国】の自信にも繋がりますね。【サフィール国】では何度か書簡で、クーデターを思い止まるような内容のことを伝えているのですよね?」
「うむ、その通りじゃ。だが返ってきたのは、傘下に入れというふざけた提案だけじゃ。必ず勝てる算段があるから、それに乗れとのう」
ユリンの質問にノウェムが答えたが、確かに依然【サフィール国】は、【ルヴィーノ国】がクーデターを企てていることを知り、それが実行される前に止めるべく、書簡を送っていたのだが、根拠のなさそうな自信が書かれているだけで、相手の意志は揺らぐことはなかった。
「もしヨヨ殿の仰る通りだとするのだとしたら、その自信も頷けますね。その他に、ヨヨ殿はお気づきになられたことはありますか?」
「そうですね……一番気になったのは今申し上げたことなのですが、この推測をどう扱えばいいか迷いますね」
「確かにそうですね」
ユリンは同意してくれているようだが、他の二人は分かっていないようで首を傾げている。
「む? どうしてじゃ? 早くこのことを皇帝に報せた方が良いのではないのか?」
「あくまでも推測ですからね。それにたとえ申し上げたとしても、一笑にふされる可能性の方が高いです。《皇宮》に住む者たちは、皇帝と上層部が認めた者たちです。そこに内通者がいると言うのですから、下手をすれば混乱を招こうとしたとして、逆に罰を下される可能性もあります。ですから根拠のない推測のまま、皇帝のような存在に言を放つべきではありません」
ユリンの滑らかな説明を受け、ノウェムとキュレアはなるほどと頷きを返している。
内通者がいるということは、皇帝、もしくは上層部の目が曇っていると告発しているようなものなので、証拠がない限りは取り合ってもらえる可能性が低いのだ。一歩間違えば、侮辱罪だとして牢に繋がれることもあるかもしれない。
だからこそ、たとえ限りなく確率が高い推測だとしても、容易に言葉にして伝えるわけにはいかないのだ。
「では内通者がいるという噂をそれとなく流すというのはどうでしょうか?」
ユリンの提案。
「そうじゃな。そうすれば余たちが動かずとも、皇帝が動いて調査するかもしれんしな」
「それはどうでしょうか?」
「む? どういうことじゃヨヨ?」
「仮に噂を流すとしましょう。そして予定通り、《皇宮》に噂が流れます。ですがもし、その噂が本当だとしても、あまり意味がないかもしれません。その理由としては、出所のよく分からない噂を皇帝が信じるとは思えません。というよりも、上層部が皇帝の耳に届く前に処理する可能性が高いです」
「でも上層部が処理してくれるならいいじゃろ?」
「いいえ、私の考えがもし正しいとするならば、内通者はそれなりの立場にある者だと考えております」
ヨヨの言葉にさらなる衝撃を受けるノウェムとキュレア。
「あ、あのヨヨ殿、それなりの立場とされるのは……どのくらいの……?」
キュレアが不安気にその美顔を歪ませている。
「そうですね。恐らくは《五臣》レベルでしょう」
「なっ!? そ、それは有り得んのじゃ! 《五臣》は皇帝の意で決定される五人の傑物じゃ! その中に反逆者がいると申すのか!」
「だとするなら、私がクーデターに踏み切るという話です」
「む……」
「たかがいち《裁軍》の兵士を取り込んだとしても、そのメリットはほとんどありません。ですが上層部に食い込むほどの、いえ、上層部そのものを取り込んでいるのだとしたらクーデターは俄然やり易くなるでしょう」
「…………ユ、ユリン、あなたはどう思うのかしら?」
キュレアが自身の側近に助けを求めるような表情を向ける。ユリンはヨヨと同じ考えを持っているのか、少しも驚きを見せてはいない。
「私もヨヨ殿の仰ることはとても信憑性が高いかと思います。あくまでも内通者がいると前提したらですが」
「そ、そうなの……。……ですがヨヨ殿、もし……もしこの推測が真実だとして、このままクーデターを実行させたら取り返しのつかないことになるのでは?」
「はい。ですから実行させる前に……【ルヴィーノ国】が動く前に攻め落とす必要があるかと思います。そうすれば、たとえ内通者がいようとも、少なくとも【ルヴィーノ国】のガナンジュが皇帝になることはないでしょう。皇帝の魔族への懸念も取り払われるかと思います」
「しかしじゃヨヨ、《金滅賊》はたとえ【ルヴィーノ国】を潰しても動くんじゃないのかのう?」
ノウェムの言う通り、結託をしているように見えても、両者が目指している未来が一緒だとは限らない。恐らく皇帝を倒した後、今度は【ルヴィーノ国】と《金滅賊》で争いが行われるだろう。次代の皇帝を狙うためにだ。
今は皇帝を倒すという目的は同じだから行動をともにしているだけだが、倒した後は分からない。《金滅賊》が望む世を作れるのだとしたら、皇帝の座もガナンジュに任せるだろうが、そこに食い違いがあれば、今度は皇帝の椅子を巡る戦いが始まるだろう。
だからこそ、たとえ【ルヴィーノ国】が潰されても、一度動き出した《金滅賊》は、そのまま止まらずに【オウゴン大陸】に攻め込むだろう。
「別にそうなれば問題ありません。《金滅賊》だけならたとえ内通者がいようとも、何とか切り抜けることができるでしょう。そうなれば士気も落ちるでしょうし、負け戦の確率が高い戦争など、すぐにでも《裁軍》が勝利を得るでしょう。ただ……」
「む? ただ何じゃ?」
「もし……上層部のほとんどが真っ黒なら、どうしようもありませんけどね」
仮に《五臣》の過半数を越えるほどの者たちが内通者だとしたら、それはすでに皇帝の権威と命は地に墜ちているということ。
すると、キュレアが「あ……」とか細い声を漏らした。皆の視線が彼女に集まる。
「どうされました?」
ユリンが尋ねると、言い難そうにキュレアが言う。
「その……《五臣》となれば……あの殿方もそうなのでしょうか?」
「あの殿方……とは?」
「……グロウズ殿です」
つまり彼女は《五臣》であるグロウズ・G・ソーズマンがもしかしたら内通者の可能性があると言っているのだ。確かにヨヨの言葉が真実なら上層部に位置するグロウズも範囲内には入る。
「そのことですが、一応こちらの者に確かめさせてはいます」
ヨヨの言葉を受け三人は目をパチクリとさせる。ユリンが代表して問う。
「えっと……ヨヨ殿、説明をお願いしたいのですが?」
「今、バルムンクがグロウズ殿と対話をしているはずです。まあ、それで真実を見極められるかは分かりませんが、彼が本当に皇帝のことを想っているのか判断できるかもしれません」
ヨヨはこの会議の前に、すでにバルムンクにグロウズを調査するように命じていたのだ。