第百三十八話 会合
ソージはゆっくりと吹き飛ばしたマリヲンのもとへ向かった。マリヲンは口から血を吐きながら完全に白目を剥いて意識を失っていた。
彼に近づき、白炎で処理しようとした瞬間、彼が横たわっている地面に魔力が感じられ、不気味な空間が広がっていき、彼の身体がその空間に沈んでいく。
「っ!?」
一瞬、マリヲンの能力かとも思ったが、明らかに彼には意識がない。地面―――というよりも、そこに広がった空間に吸い込まれてしまい、マリヲンの姿は消失した。
そしてそれを成した人物の心当たりを思い浮かべたソージは、目を閉じながら意識を集中させ気配を探る。そして視線を近くにある大木の上へと向ける。
「またあなたですか―――――――――――ネオス」
そこにいたのは赤茶色のローブを着こんだネオスだった。生温かい風が頬を撫で、ピリピリとした緊張感が周囲を支配する。
「このクーデター、まさかあなたまで噛んでいるというわけですか?」
「……国取りに興味などない」
ソージは彼の瞳を真っ直ぐに睨みつけ、その発言に嘘がないか確かめる。どうも彼からは嘘を言っているような雰囲気は感じない。
「なら何故、先程の人を助けたのでしょうか?」
「貴様に消されては困るからだ」
「困る……?」
「実験体は多い方が良いのでな」
つまり彼の目的はマリヲンの命を助けるというわけではなく、彼の身体そのものだということだ。恐らく彼の身体で様々な実験をしようと考えているのだろう。
「奴の魔法は稀少。俺の野望にこれでまた一歩だ」
「あなたの野望とやら、是非聞かせて頂きたいですね」
ソージは少しでも時間をかけて、隙を見つけ攻撃をしようと企ている。こういう不気味な輩には、早々に退場してもらった方が安全だからだ。
しかしソージの一挙手一投足を観察しているかのような射抜くような彼の視線になかなか行動を移せずにいるソージは、内心で舌打ちをしてしまう。
「俺の野望か……簡単に言えば――――――――――――――――究極になることか」
「究極……?」
「いずれお前にも俺の野望の素晴らしさが分かる」
「そんなもの、理解したいとは思いませんけどね」
「人は完全を理想とする……だが、俺はさらにその上の究極を目指す。ただそれだけだ」
「どうやらあなたはやはり普通ではないようですね」
互いに睨み合いながら、ソージは結局彼から隙を見つけ出すことはできなかった。彼は左側に作り出した空間の亀裂に身体を沈み込ませて消えようとする。
「お前は必ず俺のものにしてやる」
それだけを言い残してそこから去った。ふと見ればソージが倒した《金滅賊》の者たちもいなくなっていた。恐らく彼らもネオスが連れ去っていったのだろう。恐らくは実験体にするために……。
(めんどくさいラブコールを受けてしまったなぁ)
ネオスの目的は聞き出したが、その道の上にソージが立っていることは間違いなかった。いずれまた相見えることにはなるだろう。本能的にそう悟ったソージだった。
街へ帰ると、心配そうに街人たちが駆けつけてきた。
「ソージちゃん、無事かい!?」
「そうだよ! 怪我はないのか!」
「いつも君に頼ってすまないな!」
そんな街人の心遣いに心が温まるような気持ちが溢れてくる。
「ええ、私に怪我はありません。《金滅賊》ももういなくなりました。皆さん、安心してお仕事をなさって下さい」
ソージの言葉を聞いて皆は喜びの声を上げる。
「本当にありがとうねソージくん!」
「俺らも力があったらいいんだけどよぉ」
「ああ、いつもいつもソージが守ってくれてばっかだしな」
そんなことを言う彼らにソージは優しく微笑みかける。
「いいえ、この街は私の街でもあるのです。守るのは当然ですよ。だから心配事があったらいつでもお声をおかけ下さい」
街人たちは何度もお礼を言い、食べ物までソージに分け与えてくれて、屋敷へと帰った時は、両手にたくさんの物資を持ったままだった。
屋敷の皆は、そんなソージの姿を見て安堵の吐息を漏らしながら、街人に愛されているソージが誇らしいような様子だった。
心配してくれていたニンテ、ユー、シャイニーの頭を撫でてご機嫌を取りつつ、ソージはいつもの業務に戻った。
【ドルキア大陸】に存在する《金滅賊》の長であるマリヲンが姿を消したという事実を、他の《金滅賊》の長たちも知り、何が起こったのか各々で調査し始めることになった。
そしてその情報を辿り、真実を知っているであろう人物のもとへ、《金滅賊》の残り二人の長が向かった。
そこは【北大陸・ゾーアン大陸】の【ルヴィーノ国】。此度、マリヲンを動かした人物である大臣のドドックを長たちは尋ねたのだ。
会議室に通された二人の長。
「いつまで待たせるんだこの国は」
【西大陸・ウードベン大陸】の《金滅賊》の長――――――ガーヴ・デトラス。二メートルを越す体格を持ち、全身が鋼のような筋肉の鎧を身に纏っている四十代ほどの男。スキンヘッドのせいか、いかつい顔がさらに威圧感を増長させている。
「しょせん上に立っている人ってぇ、下の人を見下しているわよねぇ」
【南大陸・ダダネオ大陸】の《金滅賊》の長―――――――ミラージュ・スワンコニー。踊り子のような衣装を着込んだ、化粧の濃い三十代の女性。ボリューム満点の赤茶色の髪がカールを巻き、まるでホステスのような雰囲気を漂わせている。
会議室の扉が開かれ、大臣であるドドックが入ってきた。その表情は不愉快気に崩されており、椅子に座っている二人も、そんな彼を見て、良くないことが起きていることを知る。
「遅くなって申し訳ない。こちらもいろいろ処理に追われていましてな」
頭を下げずに言葉だけで謝罪を述べるドドック。
「そんなことは良い。我々が聞きたいのは、本当にあのマリヲンが殺されたのかということだ」
ガーヴが険しい表情のまま尋ねると、ドドックは難しい顔を頷かせる。
「うむ。実は彼にはある任務を依頼したのです」
「それはこちらでも調べた。あのイエシンを倒したという者を殺しにいったのだろう?」
「そうです」
「ん~それでぇ、返り討ちにあったってことぉ?」
ミラージュが手鏡を出し、化粧を直しながら聞く。
「信じられんな。マリヲンは攻撃はともかく防御力に関しては右に出る者はいなかったはずだ。相手を倒せないまでも、その防御を活かして逃げ帰ることくらいはできたはず。いや、そもそも並みの者が相手なら、マリヲンでも十分に殺せたはず」
「だからぁ、並みじゃなくて、相手は特上だったってだけじゃないのぉ?」
「む……」
ミラージュの言に、ガーヴは眉をひそめる。確かにこの中で最強の防御力を持つ彼を倒すほどの輩が並みであるはずがないのだ。
「名前はソージ・アルカーサ。調査した結果、ある屋敷の執事をしている少年です」
「少年っ!? 待てドドック、マリヲンは少年に殺されたというのか? しかもただの執事に?」
「そ、そういうことですな」
「それこそ有り得んぞ! その少年はどこぞの軍にでも入っていた経験があるのか?」
「調べたところ、そのような事実はない」
「だったら益々有り得ん! たかがいち執事にマリヲンを殺せる実力があるとは思えない!」
「ん~ほんとーにただの執事ちゃんなのかしらぁ?」
「む? どういうことだ南の」
「ん……だからねぇ、その執事ちゃんの背後関係を洗ってみたのかしらぁ?」
ミラージュの視線がドドックへと向く。調べたことを話せと言う意味だ。
「私が調査したところ、ソージ・アルカーサは、過去に軍属していた事実はないです。彼が仕えている屋敷の当主であるクロウテイルも、幅広いコネクションはあるものの、至って普通の情報屋。まあ、少しは裏の稼業もあるようですが、それは情報屋なら多少あるべき事実です。だが突出した部分は稼業にはありませんでした」
「むぅ……ならその少年は一体……」
「ちょっとぉ、最後まで話を聞きなさいな。大臣ちゃんは稼業にはないって言ったのよぉ」
「……?」
意味が通じていないガーヴを放っておいて、ミラージュはドドックに微笑みかける。
「つ・ま・り、屋敷にはないけど、他にはあるってことなんじゃないのぉ?」
ガーヴもハッとなってドドックを注視する。そしてドドックは大きく溜め息を吐くと、
「さすがですなミラージュ殿。その通り、屋敷そのものの稼業などは別段そこら辺の情報屋と遜色はないのですが、問題は屋敷に住む者、いや、クロウテイルに繋がる人材とでも言いましょうか」
「何を言ってるのだドドック?」
「おほん! いいですかな? クロウテイルの背後には、かの【日ノ国】が存在するのです」
「……どういうことだ?」
「現当主であるヨヨの母親、彼女は【日ノ国】の《猛る姫》なのです」
「何だとっ!? あ、あの《猛る姫》が背後にいるのか!?」
「ん~それは困ったわねぇ」
「かつて、【オウゴン大陸】を襲った天災――――――《大崩雷》。それを起こした雷獣キリンを単独で鎮めた【日ノ国】の希姫・八継が、現当主ヨヨの実母なのです」
二人は言葉を失いしばらく押し黙っていた。それほど希姫の名は衝撃的なものだった。
「まさかここで【英霊器】の名が出てくるとは夢にも思わなかったな……」
そう、希姫・八継は、ソージの幼馴染である真雪と同じく、異世界からやってきた【英霊器】だった。




