第百三十七話 弱点
「弱点……だって?」
「ええ、その魔法には致命的な欠陥があると思います」
ソージは男の魔法にはある弱点が存在すると判断し告げたが、男はソージがただハッタリを言ってると思っているのか、笑みをさらに深めている。
「アハハ! なら見せてもらおうじゃないか! その弱点とやらを! あるものならねっ!」
再びソージに向かって壁が放たれる。
「燃え焦がせ。赤炎!」
右手から紅蓮の炎を放出し、その塊を壁へとぶつける。するとガラスを割ったかのような音をさせて砕ける壁。炎はそのまま真っ直ぐに男へと向かうが、男の身体に触れることはできなかった。
その前に男が新たに作った壁で炎は弾かれてしまったのだ。
「アハハ! まさかこれが僕の攻略法だったのかい? でもざんね~ん! 確かに君にぶつけたのは物理攻撃用の壁だから、魔法で破壊できたけど、こうしてすぐに魔法用の壁も構築すれば問題なんてないのさ!」
ソージは愉快そうに高笑いしている彼を黙って見つめている。そしてそのまま赤炎の塊を再度彼に放つ。
「何度やってもムダムダ。分からない奴だね君は」
彼の言う通り、炎は壁に触れた瞬間に弾かれて霧散。だがソージは足元に落ちてある石を拾いすかさず投げつけた。
「ム・ダ・さ!」
すぐに壁の色が変化して今度は物理攻撃である石を弾いた。
「多分、僕の魔法発動時間が弱点だと思ってたんだろ? でも残念だったね、コンマ数秒もあれば、すぐに違う壁は展開できるのさ」
余程気分が良いのか、口が滑らかに回っている。いくら殺す相手だからといって、バカ正直に自らの魔法の能力を喋るとは正気を疑ってしまう。
すると男は思い出したかのように、ハッとなりその長い金髪を手で払ってソージを見つめてくる。
「そういえば、まだ名乗ってなかったよね? いくら凡夫でも、殺される相手の名前くらいは知りたいよね? いいだろ、教えてあげよう!」
聞いてもいないのに自慢気に名乗り始めた。
「僕はマリオン・グレーシ―。《金滅賊》の《東の長》にして、『万壁の守護者』の使い手さ」
「別にあなたの名前などどうでもいいのですが?」
「そうかい? でもメイドの土産は……欲しいだろ?」
「はぁ、ならあなたも冥土の土産、欲しいのですか?」
「ん? 何を言ってるんだい? 僕を冥土に行かせることができるとまだ思っているのかい?」
「言ったでしょ? あなたの弱点を教えてあげると」
ソージの言葉に、さすがに苛立ちを覚えたのか笑みを崩して不愉快気に睨みつけてくる。
「……どうやら君は本当に愚かみたいだね」
「そうですか?」
「……はぁ、もういいや。君を殺して、さっさとクロウテイルの当主を頂いて、この鬱屈した気分を晴らそう」
しかし今度は、ソージが不愉快さを現す番だった。
「……今、何と仰いましたか?」
「は?」
「クロウテイルの当主……その方を頂く? 正気ですか?」
「当然さ! 聞くところによると、その当主はえらく美人と聞く。是非僕のコレクションに加えたいんだよ!」
「…………コレクション?」
「レディコレクションさ! 僕は見て分かる通りにモテる。女性が放っておかないんだ。そんな僕が全ての美女に愛を注ぐのは当然のことだろう? こんな辺鄙なところで美女が一生を終えるなんて、僕は悲しい……。だからその当主に、本当の幸せを教えてあげるんだよ!」
ソージの心が急速に冷えていく。昏く、冷たく、そして残酷さを秘めた黒いものがソージの心を包んでいく。
「調べたところ君の主なんだってね? 安心するといいよ。君の主は僕が末なが~く面倒を見てあげるからさ。まあ、歳をとって用済みになったら捨てちゃうけど」
その瞬間、ソージの中で何かが切れた音がした。そしてソージを中心にしてとてつもない巨大な火柱が出現。
「ひっ!?」
あまりの熱量と迫力に驚いたのか、マリヲンは小さく悲鳴を上げて息を呑んだ。しかしすぐに笑みを浮かべる。
「ア、アハハ。いくら膨大な魔力でも、どんな魔法でも、僕の壁は破れないんだよっ! さっさと君は死ねばいいよっ!」
マリヲンから放たれる魔法を弾く壁。その壁が衝突すれば、いくら凄まじい火柱とはいえ弾かれてしまう。しかし刹那、その火柱の中でソージの声が響く。
「……纏え、赤炎」
天にまで上るような苛烈な炎が瞬間的に凝縮し、ソージの右手に集束した。そして飛んできた壁を、炎を纏っていない左手で楽々と弾いた。
「なっ!?」
あっさりと壁を潰されたことよりも、あれほどの炎を一気に凝縮させたソージの能力に驚いているマリヲン。
そして少し俯きがちだったソージは、顔を上げてマリヲンと目を合わせる。
ソージと目が合ったマリヲンは全身が凍らされたかのような感覚を覚えた。まるで生命を一切感じさせない極寒の地で裸で立っているようだ。
それはまさに死神の鎌が首元に突きつけられている感覚。
(な、何をバカな! 僕の壁は無敵だ! 魔法だって物理だって効かないんだ! そうだ……決してビビってるわけじゃないっ!)
そう言い聞かせながら、先程とはまったく雰囲気の違うソージを見つめる。体格はマリヲンの方が上。それなのに、ソージの方が大きく見える。気のせいだ。気のせいのはずと心を落ち着かせる。
(弱点なんかないっ! あるわけがないんだ!)
マリヲンは自分を奮い立たせて今度は物理用の壁をソージに向けた発射する。しかし彼は避けようともせずに真っ直ぐ歩いている。
(よしっ! 吹き飛べっ!)
しかしその願いも虚しく、ソージの身体が一瞬ブレた瞬間、何故か壁が彼の身体を擦り抜けた。
「なっ!? 何が起こったっ!?」
当たったと思った。それなのに何故壁が擦り抜けたのだろうか。もう一度壁を放つが、またも擦り抜ける。一体何が起こっているのか分からない。
するとソージが真っ直ぐこちらに向かって走ってきた。その右手には炎を宿している。マリヲンは凄まじい気迫と殺気に息を呑むが、
(だ、大丈夫だ! どんな炎でも、魔法なら僕には効かないっ!)
マリヲンは魔力を集中させて、より壁を強固なものにした。
「逆に弾き飛ばしてやるっ!」
壁には絶大の信頼を置いていた。今までだって、この壁の力でどんな敵も打ち倒してきた。誰一人として、壁を越えて自分の身体に触れた者などいなかった。まさに無敵の魔法を手にしたとマリヲンは思っていた。
それなのに……
それなのにどうして……
「ぐぼほぉぉぉぉぉおおおおっ!?」
どうしてソージの拳が自分の腹に突き刺さっているのか理解が及ばなかった。
ソージは向かってくる壁から瞬時に移動して、元の位置に戻るという動きを繰り返した。相手には壁が擦り抜けているように見えていることだろう。
ソージはゆっくりと助走し始め、その右手にさらなる力を込めていく。
(教えてやるよ! その弱点っ!)
ソージはマリヲンの懐へと辿り着いて、右手を目一杯突き出す。
(それはな! 魔法と物理を併せ持った攻撃を防ぐ手段がないってことだっ!)
そうだった。何度も試してみたが、彼の能力では魔法と物理を同時に防ぐような壁を作る様子は見当たらなかった。確かに壁の状態を変化させるスピードはコンマ数秒でできて評価はできるが、こうして同時に魔法を込めた拳である、魔法物理攻撃を一度に防ぐ手段は彼にはないと判断できた。
もしできるなら、事前に使っているだろうし、あの時、炎をぶつけたり、石を投げた時でも、わざわざそれに合った壁をいちいち選択するよりも、両方弾く効果をもつ壁を作っていた方が効率が良いはず。しかし彼はしなかった。
故に結果は、彼の周囲を覆っていた魔法用の壁で炎は弾かれたが、拳は壁を突き破りマリヲンの腹を突き刺すことができた。
ボキボキボキィッと骨が砕ける音と、内臓が潰れるような音が拳から伝わってくる。凄まじい勢いで吹き飛び、彼が乗ってきた馬車を破壊しながら、なおも後方へと転がっていった。
馬車に乗っていた女性たちも投げ出されて悲鳴を上げた後、どこかへと去っていく。
ソージは冷笑を浮かべながら口を開く。
「お嬢様をコレクションね……ぶち消すぞこら」
コイツだけは絶対に野放しはしないと心から誓った。




