第百三十六話 ザ・ビューティフル
ソージが屋敷の者たちと仲良くティータイムに興じていた頃、屋敷がある【モリアート】の街に《金滅賊》が近づいてきたという話が広がった。
そしてその話はソージの耳にも届いた。
(この状況で《金滅賊》が動いた? しかも何故ここに向かって……?)
理由は定かではないが、このまま放置すれば街が襲われる可能性がある。その話を聞かせてくれた街人に規模はどれくらいか尋ねると、そう多くはないという話だった。精々が馬車三台ほどだという。
(普通の馬車なら、精々五、六人ほど。つまり相手は二十人前後か?)
もっと大きな馬車を想定するならまた違ってくるが、聞いた話では普通大の大きさということで人数を推測できた。
(近くの街を襲って物資でも蓄える気か? それとも他に理由が……?)
何の力も持たない街人を襲うなら、十分な人数ではある。ここは一国のように警備隊などが存在するわけでもなく、治安も良い方なので防衛力は低い。
それに小さな街でもあるので、戦いに慣れている者たちが十人でも集まれば大打撃必至だろう。ただ彼らはミスを犯している。それはこの街に警備隊以上の存在がいるということに気づいていないこと。
(残念ながら、ヨヨお嬢様の街で好き勝手はさせないよ)
ソージは屋敷の者や街人に、くれぐれも外に出ないように注意を促し、一人で街の外へと向かった。ユーやシャイニーなどは自分たちも戦力として立ちたいと言っていたが、さすがにそんなことを子供にさせるつもりは毛頭なかった。
何とかカイナとシーたちの説得で、二人は渋々と了承してくれた。
街の前で一人ポツンと立って待ち構えていると、確かに前方から三台の馬車が走ってくるのを確認できた。そしてやはりソージの前でピタリと止まった。間違いなく目的はこの街のようだ。
そして出てきたのは、ソージの気分を害するような存在だった。まるでどこぞの映画俳優のような顔立ちと美しい金髪をたなびかせ、流麗な動きで馬車から降りてくる。それだけだったらまだ我慢できたが、彼の左右にいる美女たちを見て不愉快さがメーターを振り切る。
このまま問答無用に処理しようかとも思ったが、とりあえずは用件を聞いてみようと、少し心を落ち着かせた。
「これはこれは、《金滅賊》の方とお見受けしますが、このような場所に何かご用でしょうか?」
すると金髪男性はソージを観察するように目を細めた後、女性たちの頬にキスを一つして、「下がってて」と一言言うと、彼女たちは馬車へと戻った。
なら最初から馬車から出すなよなと大声で突っ込みたいが、その激情は胸の中に呑み込んだ。
「やぁ、君がソージ・アルカーサかな?」
「……だとしたら何でしょうか?」
「悪いんだけど、死んでもらいたいんだよね」
ソージの心が徐々に冷えていく。どうやらこの者たちの目的はソージのようであり、なら尚更自分が何とかしなければという思いが強まる。
「申し訳ありませんが、そう言われて易々と死んであげるわけにはいかないのですが?」
「うん、そうだよね。だからこっちは問答無用で殺りにきた」
すると男がクイッと指を折った瞬間、部下であろう者たちが一斉にソージに向かってきた。
「なるほど、分かり易くて結構ですね」
ソージは右手から橙炎を生み出し剣を創造する。それを男は感心したように見つめていたが、攻撃は部下たちに任せるつもりか彼は動いていない。
ソージは注意を彼に向けたまま、まずは雑魚っぽい奴らを一掃することにした。部下の持つ剣を紙一重でかわしながらカウンターで急所である胸を一突きしていく。
《金滅賊》は国家の、いや世界の反逆者なので生死問わずなのだ。ソージは軽やかに身をかわして次々と向かってくる部下たちを地に臥せていく。
そしてものの数分ほどで全ての部下を始末することができた。
「ヒュ~、やるね君!」
部下が殺されたというのに少しも思うところがないのか、平然としている。
「さすがはあのイエシンを殺しただけはあるってことかな?」
「……なるほど、つまりあなたに依頼がきたというわけですね。私の殺害という依頼が」
恐らくそれは【ルヴィーノ国】だ。先日かの国の刺客を倒したので、その情報を知った国が、ソージを危険人物として処理しようとしたのだろう。
ただ国自体がそう簡単に動くわけにもいかないので、近くにいるクーデター仲間である《金滅賊》に、ソージの処理を依頼したというわけだ。
「ずいぶんと、たかが一人の執事に対して熱を上げてますね……大国ともあろうものが」
「そうなんだよねぇ~、面倒だけど、今は持ちつ持たれつだからね~」
簡単に認めたということは、ここで確実にソージを始末する気満々だということだ。だがソージもまた、放置して置けない問題はここで解決しておく必要がある。
「一つ忠告しておきましょう」
「ん~何だい?」
「相手を殺すということは、殺される覚悟はありますよね?」
「……そんなもの……あるわけないじゃないか」
刹那、男から強烈な殺気が迸り、ソージも警戒度をさらに高める。
(このプレッシャー……奴が《金滅賊》の長だな)
それぞれの大陸の《金滅賊》には、一人ずつ長が存在する。彼から伝わる雰囲気から、その長だとソージは推測した。
男が何かをする前に一気にたたみ込もうと思い、ソージは白炎を創り男に放出した。そして驚くことに何の抵抗もなくパクリと、その餌食になった男。
「え?」
何とも呆気ない結末に思わずキョトンとしてしまうソージ。だが次の瞬間、バチンッと白炎が弾かれ消失してしまった。
「――――――っ!?」
その出来事に、愕然とした面持ちで見つめてしまうソージ。もしかしたら水の魔法か何かで弾かれたのかと思ったが、男の姿を見てそうではないことを知る。
男の周囲を、まるでダイヤモンドのような輝きを放つ壁が覆っている。
「アハハハハ! バリア~だよ執事くん」
バリアー。つまりは防御壁ということ。しかし並みの防御壁なら、その壁ごと白炎は呑み込むことができる。しかし一度呑み込んだはずが、逆に白炎が負けてしまった。
(水の属性を持っているバリアーとかか?)
とりあえずもう一度橙炎を剣の形に創り出して、その場から男に向かって槍投げのごとく投げつけた。すると当たった瞬間に、白炎のように霧散してしまった。
(あれは水じゃないな……)
もし水ならばまた炎の消え方が違う。今のは魔法に込められている魔力を弾いたような印象を感じた。つまりは……
「魔法そのものを弾く壁ですか……」
「ほほう、早いね気づくの! 僕は仲間内ではこう呼ばれていてね……《美しき壁》と。まあ、美しさの欠片もない君には理解できない二つ名かもしれないけどね」
いちいち鼻につく言動だった。
「魔法が効かない……ですか。なら―――――――」
ソージは瞬時にその場から彼の懐に入り、拳を突きつける。だがその瞬間、彼を覆っていた壁の色がエメラルド色に変色し、ゴォォォンッという音とともに、ソージの拳を阻んだ。
「ざんね~ん。僕の壁は万能なんだなこれが」
すかさずその場から距離を取り、再び壁を観察。先程は白い輝きを放っていたが、今度は緑色の光を備えている。
「……つまり、どの攻撃に対しても防御方法が存在するということですか」
「せいか~い。そしてこんなこともできちゃうんだな」
彼が右手をソージに向けてかざすと、彼を覆っていた壁がそのまま砲弾のように飛んでくる。最高硬度である物体の直撃を受けるとさすがにシャレにならないのでソージは回避行動をとる。
すぐさま左に避けるが、男から新たな壁が飛ばされてきた。
(なるほど、連射も可能ってことか)
厄介な能力だった。攻防を備えた便利な力は、確かに《金滅賊》の長として相応しい力に思えた。
しかしこのまま黙ってやられるつもりは無論ない。ソージは動き回りながら彼を中心にして円を描くように回避していく。
「アハハ! いつまでも逃げていないで向かってきなよ」
「なら教えてあげますよ!」
「ん? 何をかな?」
ソージはピタリを足を止めるとビシッと彼を指差して答える。
「その魔法の弱点ですよ!」