第百三十四話 刺客
クロウテイルの屋敷では、ソージが三人の幼女 ニンテ、ユー、シャイニーとともに花の水やりをしていた。最近ではシャイニーも積極的にソージの仕事を手伝ってくれたり、ニンテたちと仲良くしたりしてくれていた。
ヨヨが【ゾーアン大陸】へと向かって三日が過ぎていた。あれからヨヨからの手紙が屋敷へとやって来て、内容は【サフィール国】と【トパージョ国】が同盟を結んだということだった。
どうやら上手くヨヨの作戦通りに事が運んでいるようだ。ソージもイエシンを撃退したことを伝えるために現況報告を手紙に記してヨヨへと送った。
この世界での郵便事情は、《スワン便》と呼ばれる、白鳥が手紙を届けてくれるシステムだ。白鳥とはいっても人語を理解し、とても賢いジニアスワンという種類の鳥だ。
飛行スピードも速く、二日あれば大陸を渡ることができ、こうして手紙を届けてくれるのだ。街には郵便ポストのようなオレンジ色の箱が設置されてあり、そこに手紙を入れておくと《スワン便》で相手に届く。
もちろん無料ではなく、店で売っている郵便シールを購入して、そのシールを郵便物に貼らなければならない。見た目は切手みたいなものであり、様々な種類が存在する。
「パパ~みてみてぇ~」
シャイニーが隠すように両手を合わせながら差し出してくる。何かを捕まえたのだろうか。
「どうしたんです?」
「こえなにぃ?」
そう言いながら手を開いて自分が捕まえた何かを見せつけてきた。シャイニーの手の上には小さな蝶がポツンといた。
「ああ、蝶ですよ」
「ちょう?」
「ええ、チョウチョとも言いますね」
「チョウチョ……チョウチョ!」
蝶を気に入ったのか破顔しながら「チョウチョチョウチョ~!」と連呼しながらニンテたちにも見せようと思ったようで向かうが、大人しくしているほど野生の蝶は甘くない。
手で覆っていなかったため、蝶はシャイニーの手の上から空へと飛んでいってしまった。
「ああっ!? うぅ~まってお~」
蝶を必死に追いかけようとしているが、蝶も捕まってなるものかと言わんばかりにシャイニーの手が届かない大空へと向かう。
「ど、どうしたんですシャイニーちゃん?」
「う~ニンテおねえちゃん、チョウチョいなくなちゃったの……」
「そうなんです? それは残念ですね」
ニンテはシャイニーの頭を撫でながら、シュンとなっている彼女を、まるで姉が妹に接するかのように慰めている。だがそこへユーが同じように両手を合わせたままシャイニーに近づいてきた。
「シャイニー、てをだすの」
「ん? どうしたのユーおねえちゃん?」
コクンと首を傾げたシャイニーは、不思議に思いながらも両手を差し出すと、ユーが彼女の手にそっと触れてゆっくりと自分の手を開いていく。すると彼女の手の平には数匹の蝶が乗っていた。
「うわ~」
どうやらユーがシャイニーのために蝶を捕まえてくれたようだ。
「あいがとーユーおねえちゃん!」
嬉しそうに花が咲いたように笑顔を浮かべるシャイニー。そんな彼女の喜ぶ姿を見て、他の二人も微笑んでいる。
(はは、こうして見てると本当の姉妹みたいだなぁ)
何と微笑ましい光景だろうかと、ソージは心が和むのを感じていると、ピリッとした敵意を察知する。そして咄嗟に右手から橙炎を創り出し、三人を包み込み安全を確保する。
「ソ、ソージ様!?」
ニンテが何事かと叫ぶが、ソージはサッと玄関に向かい扉を開けると、彼女たちを包んだ橙炎を動かして、そのまま屋敷へと移動させた。
そして橙炎を解除して、中からキョトンとした三人に対して、真面目な表情のまま、しばらく屋敷から出ないように注意をすると、戸惑った様子だったが三人は了承。
そしてソージは外へと出て視線を先程感じた敵意の方向へと巡らせる。向こうもソージの態度を見て焦ったのか、どこかへ走り去って行く足音が聞こえた。
ソージが橙炎に乗って空から追尾したところ、眼下にはローブで身体を隠すようにしている人物を発見。どうやらソージには気づいていないようで、後ろを振り返りながら必死に逃げている。
ソージは橙炎から跳び下り、その人物の目前に立つ。
「―――――っ!?」
ローブの人物は慌てて立ち止まると、キョロキョロを周囲を見回し始める。
「一応お聞きしましょうか。どちら様でしょうか?」
「…………」
「そうですか、ではこのままぶち消します」
右手から白炎を出した瞬間、ローブの男はローブを脱ぎ、ソージに向けて投げつけてきた。ソージはサッと左へかわすと、目の前の人物の腕が伸びてきた。
(腕が!?)
少し驚いたが、十分な反応速度で腕を回避。そしてそのままその腕を掴み一本背負いの要領で地面に叩きつける。
「ぐはっ!?」
倒れた相手を観察して、相手が魔族だと判断する。しかもその肌が赤く染まっている。それはある魔族の特徴だった。
「なるほど、やはり《赤肌族》でしたか。ガナンジュ王の手の者……と考えて間違いないようですね」
男はソージの言葉に舌打ちを一つすると、すぐさま起き上がり腰に携帯している二本のナイフを両手に持ち、今度は両手を伸ばして攻撃してくる。しかもムチのようにしなってくるので、かなりの破壊力が見込まれる。
「ですが、その程度では物足りませんね」
ソージは回避するために大きく跳び上がると、右手を開き胸の前で停止させる。ソージの膨大な魔力が溢れ出てきて、右手の手の平の上で凝縮し形を成していく。
「赤炎の新たな使い方を見せて上げますよ」
魔力が凝縮し、蛍火のような赤く輝く小さな球体が複数出現。その球体を上空から地上にいる男に向けて、一つずつデコピンの要領で弾いていく。
すると弾かれた球体は、まるでレーザーのような赤い直線が男の左腕を貫いた。
「ぎあっ!?」
次々と球体を弾き相手の動きを奪っていく。右腕、両足と、完全に動けなくなるように攻撃していく。レーザーの速さに反応し切れない男は、成す術もなく身体を貫かれていく。
そしてバタリと地面に倒れた男は、ソージを忌々しげに睨みつけながら絞り出すように言う。
「ば……化け物か……貴様……」
「そんなことはどうでもいいです。さて、あなたの目的を教えるつもりはありますか?」
「ハハ、クソ喰らえだ!」
「……そうですか、なら無理矢理記憶を覗かせて頂きましょう」
「……は?」
「その前に鬱陶しいので寝てて下さい」
ソージは彼に一撃を与えて意識を奪った後、
「記を映せ、青炎」
ソージの右手から空のように透き通る青い炎が生まれ、男の身体を包んでいく。そしてソージの目前にも、まるでテレビ画面のように四角い青を創る。そこに男の記憶が映し出されていく。
映し出されたのは男と【ルヴィーノ国】の大臣―――――ドドックの姿だった。
そして彼らの会話の流れから、イエシンを殺した相手を調査する目的でソージを探っていた事実が分かった。そしてその調査が終わり次第、必要であれば仲間に引き入れるという算段もしているようだった。
またもし、その交渉が上手くいかない時は、必ず殺害しろという話も聞けた。相手にとってイエシンが殺されたのが予想外だったようで、それを成した人物が、もし金や名誉に靡くような人物なら手札に加えようとしていたそうだ。
(甘く見られたもんだな)
金や名誉で動くことも動いたこともないソージにとっては、不愉快な言動ではあった。まあ、交渉する間もなく、こうして刺客を倒したのだから、必然的に完全に敵対する立場を示したと同意。
そもそもヨヨの敵に尻尾を振るわけがない。ソージは青炎を解除すると、白炎を生み出し冷酷に男を処理した。
(まあ、来るなら来ればいい。すべて返り討ちにしてやるから)