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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第五章 クーデター阻止編
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第百三十一話 舞台に立つ

 案の定、【トパージョ国】へ近づき門に辿り着くと、やはり門番が険しい表情で進行を阻めてきた。



「待たれよ! その馬車、【サフィール国】のものみたいだが、何用だ! 訪問の予定は聞いていないのだが?」



 騒ぎに気づき、城壁にいる兵士たちも警戒し、弓矢を構えていつでも放てるように整えている。



「突然の訪問に驚かせてすまぬ。余は【サフィール国】の王、ノウェムじゃ! 国王に謁見を求める!」



 ノウェムが皆の前に立ち、威風堂々とした態度で宣言する。突然の魔王訪問によりざわつき始める兵士たち。しかし疑わしく思っているのか、兵士たちはその場から動かずに思案しているだけだ。

 するとそこへグロウズが一歩前に出て、兵士に一言二言何かを言った瞬間、ギョッとした様子で大慌てで「す、すぐにお取次ぎ致しますっ!」と兵士は門の中に入っていった。



 ノウェムたちが何をしたのかといった意味を込めた視線をグロウズに向けると、彼はフッと笑みを浮かべながら言う。



「なあに、使えるものは使うべきですから」



 恐らく彼は自分が皇帝の使いだということを説明したのだろう。彼の身に付けているものを確認した兵士が、彼に虚偽の疑いはないと判断して国王に説明しにいったに違いない。



 しばらく待っていると、門が大きな音を立てて開き始める。そして兵士が先導しながら、ついてこいと言うので、ヨヨたちは大人しくそれに従い国へと入っていく。

 国の中は平べったい黄色い屋根が特徴の建物が立ち並んでいる。そして突き当たりには城が確認できる。真っ直ぐ国を突っ切って、城へと向かう一行。



 城の前にある広場に馬車を止め、城へと続く階段を上っていく。中に入ると、《玉座の間》に案内された。そこにはまだ国王の姿はなく、もうすぐで来るから待つように言われた。



 周囲は明らかに緊張感が漂っている。それはヨヨたちの訪問というよりは、皇帝の使いが来たということが大きな理由に違いない。やはり皇帝の名は大きなものだということが分かる。



 玉座の後ろ側には扉があり、その扉がゆっくりと開き、中からノウェムとは明らかに違う威厳のある装飾が施された服を着込んだ女性が現れた。



(ノウェム王と同じ女性の魔王……資料通りね)



 ヨヨは煌びやかな服を着用した女性を観察する。エメラルドグリーンに似た色を持つ腰よりも長い髪が優雅に揺れている。まさに毎日丁寧に手入れを施しているからこその美しい髪だとヨヨは推察。



 見た目は二十代後半。女王にしては若い。ノウェムよりはマシだが、どうにも彼女の顔を見ると、王としての威厳が感じられない。それはタレ目も相まって、のんびりしてそうな雰囲気がそう感じさせるのかもしれない。

 化粧などはナチュラルに施されているようだが、心配気に眉間にしわが寄っているところを見ると、自信の無さも感じ取られる。



「お、お待たせして申し訳ありませんでした」



 女王だというのに、すぐに頭を下げる彼女。てっきりその謝罪はグロウズだけに向けられているのかとも思ったヨヨだが、どうやらヨヨたちにもベクトルが向いている。



(やはり推測した通り、気の弱い人物のようね)



 そう、彼女についての資料を読んでいるうちに、彼女の性格を推測していた。基本的に人見知りで、臆病な性格。本人は平和主義であり、争いを好まない大人しい人格を持っている。

 本来ならばこのような者に王など務められないと誰もが思うだろうが……



「キュレア様、立場としてはこちらが上です。早く鎮座して下さい」



 彼女の隣にいる人物が厳しい顔つきのまま彼女に言う。



「わ、分かりました」



 ヨヨたちに一つ頭を下げた後、玉座へと腰を落ち着かせる。ヨヨは彼女から視線を隣にいる人物へと向ける。



(そう、彼女が実質的に国営を取り仕切っている人物……名前は確かユリン・リー)



 キュレア王と同じ黄色い瞳だが、髪はダークブルーでショートカット。縁の黒い眼鏡をしており、切れ長の目で美人な女性だった。射抜くようなその眼は、まるで空から獲物を探索する鷹のように鋭いものだった。



(彼女が王を支えているからこそ、この国は成り立っているといっても過言ではないわね)



 ヨヨは影のように佇むユリンを見つめながら、話し出したキュレアに視線を戻した。



「私はこの【トパージョ国】の王をさせて頂いておりますキュレア・レリック・トパージョと申します」

「私は側近を務めさせて頂いておりますユリン・リーと申します」



 明らかに緊張して声を上ずっているキュレアと違い、淡々とした様子で流すように自己紹介をするユリン。



「えっと……この度は私どもの国へご訪問頂き嬉しく思います。ですが……その……」



 言い難いのかキュレアが口ごもっていると、ユリンが呆れたように溜め息を吐く。



「申し訳ございません皆様、我が王は口下手なものでして、よろしければ王の意を私が代弁させて頂きたいと思います」



 ユリンの言葉でキュレアはホッとしたように息を吐いたのが分かった。それが王の態度でいいのかとヨヨはつい眉をひそめてしまうが、今は話を聞くことを優先する。



「改めまして、此度は我が国へご訪問下さり感謝致します。つきましては、その理由をお聞かせ願いたいのですが、申し訳ございませんが先に皇帝様からの使いであるグロウズ様からお聞きしてもよろしいでしょうか?」



 それは至極当然のことだろう。優先度でいえば、やはり皇帝の方が上である。失礼のないように取り計らうのは当たり前であり、ノウェムも納得気に頷く。

 しかしグロウズは頭を横に振ると、優しい微笑みを浮かべながらキュレアを見つめる。するとキュレアはハッとなったように頬を赤く染め、恥ずかしそうに前髪を整え始める。



 どうやらグロウズの勇ましさと穏やかな笑みに心を撃ち抜かれてしまったようだ。



「気を遣って頂いて嬉しいことですが、今回はここにおられるノウェム王の付き添いで来ているだけですから、どうぞ、彼女から話をお聞き下さいキュレア王」

「あ、はい!」



 嬉しげにキュレアが返事をするが、不愉快気に眉を寄せたユリンが咳払いをすると、キュレアは小さく「ごめんなさい」と言ってシュンと小さくなった。



「ではノウェム王、お話をお願いできますか?」

「うむ。とはいってもお主のことじゃから気づいておるじゃろ?」



 ノウェムの言葉はユリンに向けられていた。彼女もユリンが国を動かしていることに気づいているようだ。



「推測はしておりますが、是非お聞かせ願います」

「ふむ、仕方ないな。まあ、用件は一つじゃ。【ルヴィーノ国】についてのことじゃ」

「…………」

「この【ゾーアン大陸】の平和のためにも力を貸してほしいのじゃ」

「……それはお断りさせて頂いたはずですが?」

「今まで余が直々に来なかったのは悪いと思う。しかしこちらは本気なのじゃ。是非ともともに力を合わせて大陸を守ろうぞ」

「…………」



 ノウェムは真っ直ぐユリンを見つめる。決してキュレア王ではなく……。

 ヨヨはそんな二人の視線を見て、静かにキュレアの顔色を窺う。彼女もまた不安そうに視線を交互にノウェムとユリンを見て挙動不審状態を見せている。



 そして諦めたように溜め息を吐き、肩を落としている。ヨヨは彼女を観察して、本当にこのままユリンに対してだけに話を進めていいのかと思ってしまう。

 確かに彼女の手腕が今まで国を支えてきた実績があるのだろう。しかしながら、あくまでも彼女は王の側近。実権があるのは間違いなく彼女ではなくキュレアであり、キュレアであるべきなのだ。



 だがユリンは自分一人で切り盛りしてきた事実から、すでにキュレアを飾りとしてしか思っていない雰囲気が見える。そしてキュレアもまた、そのような状況に慣れてしまい、安心しきっているところもある。



 この現実を民たちは知っているのだろうか……。王は王として立つべきなのではないだろうか……。それが民を導く存在なのではないだろうか……。



 ヨヨは今のキュレアを見ていると、胸の奥が熱くなっていくのを感じる。モヤモヤした苛立ちにも似た感情。

 だからこそ、ヨヨは我慢できずに二人の会話を遮るように口を開いた。



「発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」



 ヨヨはサッと手を上げて真っ直ぐキュレアの目を見つめる。しかし答えたのはユリンだ。



「無礼ですね。今は私がノウェム王と……」

「すみませんが、私はこの国の王であるキュレア王にお聞きしております」

「……っ!?」



 ヨヨの言葉に目を見開き固まるキュレア。ユリンは細い目を更に細めてヨヨを見つめている。



「いかがでしょうかキュレア王。私とお話をしませんか?」



 キュレアはどうしたらいいか目を泳がせ、その視線をユリンへと向けようとするが、



「キュレア王、私はあなたの意志をお聞きしたいのです。誰でもない、あなた自身の声がお聞きしたいのです」



 その場にいる誰もが言葉を失ったかのように固まりヨヨに視線を止めている。どこからか喉が鳴る音も聞こえる。



「……わ、私とお話?」

「はい、私はあなたとお話したいのです」

「…………いいのですか? 私で?」

「おかしなことを仰いますね。私がここに来た理由、それはキュレア王と交渉するためです。決してそこにおられるユリン殿とではありません」



 キッとユリンがヨヨを睨みつけてくる。ヨヨの発言は著しくユリンのプライドを傷つけるものなのだろうが、ヨヨはキュレアと話すためにここまでやってきたのだ。側近とではない。



 しばらくの沈黙。

 そして震える唇を動かし、キュレアが一言。



「……わ、分かりました」



 その言葉にユリンは微かに首を振りながら溜め息を漏らしている。しかしヨヨは頬を緩める。これでようやく全員が舞台に立つことができた。




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