第百三十話 親友との別れ
王から教えられた話を整理すると、今の世の中に不満を抱いている者たちが集結し、ともに皇帝を討つべく戦力を整えているとのこと。
皇帝を打ち倒し、新たな皇帝を立てることで、世を変えようとしている。つまりはクーデターである。
そしてそのクーデターを未然に防ぐために、真雪たちにも動いてもらいたいということだった。
「これは皇帝の意志でもある。逆らうことはできん。…………やってくれぬか?」
王の目前に立つ真雪、セイラ、和斗。真っ先に答えたのは和斗だった。
「任せて下さい! クーデターに怯える民を救うために、俺はこの力を存分に揮うつもりですから!」
「おおカズト! お主ならそう言ってくれると思っておった!」
明らかに調子の良い和斗だが、真雪も本質的には困っている人を見捨てられない性質である。
「私もお手伝いします! 戦争なんて起こしちゃダメです!」
「マユキ! 感謝するぞ!」
「ですが一つだけお願いがあります!」
「む? 何だ?」
「セイラだけは免除してあげて下さい!」
「真雪さんっ!?」
真雪の言葉にセイラが目を見開く。
「むぅ……その理由は?」
「十八日後には送還の儀式が行われるはずです」
「……そうだな」
「セイラは元の世界に帰ることを選ぶかもしれません」
「……真雪さん」
「クーデターを阻止するなんて、とてもすぐに終わるようなことじゃなさそうです。ですからセイラにはこの城に待機していてもらいたいんです。いつでも帰れるように」
「おいおい天川さん、今はそれよりも大事なことが―――――」
「先輩は黙っててっ!」
「は、はいィィッ!」
真雪の気迫に気圧されて小さくなる和斗。真雪にとってはそんなことと片づけることができない問題である。何せ親友の人生がかかっているのだから。
もちろんこの世界にはお世話になっているという感謝もある。だから困っているなら助けてあげたい。しかし一番大事なものはセイラの想いなのだ。
セイラには待ってくれている家族がいるし、本来なら帰るべきだと真雪も思う。だが彼女は今……揺れている。だからこそ、クーデター阻止なんかで、彼女の決断を先送りにさせたくはないのだ。
じっくり考える時間を彼女にあげたい。そしてその後に出した彼女の答えを尊重してあげたいのだ。誰にもそれを邪魔する権利なんてない。
「お願いします王様! セイラだけは……」
「…………分かった。確かにこちらの勝手な都合で今まで振り回してきた。お主の望み通りにしよう」
「王様!」
真雪はパアッと花が咲いたような笑顔を浮かべてセイラの手を取る。
「セイラ! 良かったね! これでゆっくり考えられるよ!」
「真雪さん……でもセイラは……」
「ううん、何も言わないでセイラ。セイラは自分のことと、家族のことだけ考えて」
「…………」
「もしかしたらもう二度と会えないかもしれないけど、部屋でも言ったように、私たちはいつまでも親友だよ」
「真雪さん……」
セイラの手が小刻みに震えているのが伝わってくる。いや、自分の手も揮えているのが分かり。いくら正論を並べ立てたところで、やはり悲しいものは悲しい。セイラとは離れたくないのだ。
「セイラに関しては任せておけ。ラキにも準備はさせておる。さっそくだが、カズトとマユキは小隊を連れて【ゾーアン大陸】へと向かってくれ」
「分かりました!」
和斗は頭を下げると、セイラの方に対面する。
「星守さん……君がいなくなるなんて考えたくはないよ。だけど……俺はいつでも君の味方だからね。またいつか会おう!」
重みの全く感じられない軽々しい発言をしてその場から去っていく和斗。セイラも一瞥しただけであまり和斗に意識を奪われていないようだ。
「さっきも言ったけど、十八日じゃ、ここに帰って来られる保証なんてない。だからもしかしたら、これが最後の別れになるかもしれない」
「そ、そんな……」
「泣かないでよセイラ……私だって……うぅ……」
真雪が嗚咽しだしたのを確認して、王であるティレイユが空気を読んだようにその場から出ていく。他の兵士たちもいなくなり、その場には二人だけになった。
「セイラぁ……私セイラ大好きだよぉ……ホント言うと離れたくなんかないよぉ」
「真雪さん……セイラもです……セイラだってぇ……」
それからしばらく二人は抱き合って互いに涙を流していた。そして真雪が、泣き腫らしたセイラの顔を見て、クスッと笑みを溢す。
「あはは、これってあの時みたいだね」
「ふふ、そうですね」
あの時というのは、想二が死んで、初めて二人が出会い、互いに想いをぶつけあって泣き喚いた時のことだ。その時もこんなふうにお互い泣き腫らしてお世辞にも可愛いとは言えない顔になってしまっていた。
「あ~泣いた泣いた。もうあんなに泣くことはないかなとか思ってたんだけどなぁ」
「えぅ……セイラもです」
「……ねえセイラ、先輩じゃないけど、いつかまた会えるような気がするんだ」
「え?」
「何となくね……うん、何となくそんな気がするだけなんだけど……ううん、もしかしたらただの願望かもしれないね」
「……いいえ、真雪さんの仰る通りです。セイラも……そう思います」
「そっか……」
真雪は自然に頬が緩み、そしてセイラに手を差し出す。
「真雪さん?」
「……これはお別れの握手じゃなくて、再会を願っての握手だよ!」
「真雪さん…………はい」
互いに手を合わせ、その温もりを感じ取る。セイラの優しさが手を伝って感じる。
ゆっくりと、名残り惜しそうに手を離す。そして真雪はニッコリと笑う。
「セイラは、セイラのための答えを出してね!」
「……はい! 分かりました!」
「……それじゃ私は行くね」
「……はい」
真雪は後ろ髪を引かれる思いをしながらも、一歩ずつ確かめるようにセイラとの距離を開けていく。
「ま、真雪さん! セイラ……セイラは!」
クルリと振り返った真雪はニカッと笑いながらVサインを見せつける。
「またね! セイラッ!」
そして涙を流しながら二人はそのまま別れることになった。
真雪は一先ず顔を水で洗った後、城門で和斗が用意した馬車に乗り込んだ。馬車の中にはコンファとナナハスもいた。どうやら彼女たちも小隊に選ばれたようだ。
「本当に良かったのかい?」
和斗が心配そうに尋ねてくる。コンファたちは何事だと思ったのか、真雪の顔を見て何かに気づく。そしてコンファが不愉快気に和斗の脇腹を突く。
「痛い!? な、何するんだよ!」
「女性の気持ちを汲めない男などマグマに埋もれてしまえ」
「死ぬよっ!?」
真雪は心の中でコンファに礼を言う。彼女は真雪の真っ赤に充血した瞳を見て、何かがあったことを悟ったのだろう。そしてこの場にはセイラがいない。推測するには十分な材料だ。
デリカシーのない和斗を糾弾するべく肘突きと言葉攻めで、彼の意識を真雪から外してくれた。思った以上に頼りになる女性だった。
ナナハスもそっとポットを取り出し、温かい紅茶を渡してくれた。
「ありがと、ナナハス」
「いいえ、美味しいですよ」
彼女もコンファ同様に真雪を慮ってくれているようだ。
(ふわ……美味しい。それに……あったかいなぁ)
いつも隣にいた存在がいなくなり、寂寥感を感じてしまうが、少しだけその寂しさを、コンファたちの優しさと紅茶が埋めてくれた。
「よ~し! 仲間一人いなくなっちゃったけど! 頑張ろうぜ!」
本当に空気の読めない和斗だが、真雪は走り出した馬車から城を眺める。
(セイラ……)
心の中で「またね」と言い、馬車の音を聞きながら静かに目を閉じた。
【トパージョ】―――――――。
北に位置する【ゾーアン大陸】に存在する三つの国の一つ。その国を統括するのは《黄眼族》と呼ばれる魔族。
その特徴として、金に近い黄色い眼である。肌はどちらかといえば《青角族》の褐色と違って白い。また彼らは閉鎖的であまり他種族との関わりを持たない。
その理由として、かつて同じ魔族である同志に裏切られた過去があるからだ。同志ですら信じられないというのに、他種族を信じられるわけがないとして、国民たちもそういう教育をされてきたせいか、内向的で物静かな者たちが多い。
国も三つの中では一番規模が小さい。信じられる者だけを集めて、移民を原則として認めていないので、必然と規模は縮小してしまっていく。
そんな国の目前に立つ集団があった。
「あそこが【トパージョ国】ね」
ヨヨ・八継・クロウテイルである。集団といっても、馬車が二台。その中にはヨヨとバルムンクの他、【サフィール国】の魔王であるノウェム、護衛のための兵士、そして皇帝の使いであるグロウズがいる。
これから【トパージョ国】を口説き落とそうと画策しているのだが、ヨヨの眼前に映る国から感じる異様なオーラに思わず眉をひそめてしまう。
まるで外部の者を拒絶するかのように高い壁で囲まれてあり、唯一の入口には重厚そうな大きな門と門番が立って警戒している。それに壁の上にも兵士らしき人物が何人も常駐しており、手には武器を携帯している。
(確かに一筋縄ではいかなさそうなところね)
閉鎖的空間とはよくいったものだと感心する。確かにこれでは侵入することなど簡単にはできない。また侵入したとしても、恐らく国民は互いの顔を全て知っているだろうから、誰一人として見つかるわけにはいかない。見たことも無い者=侵入者なのだから。
ヨヨはこれからこの国を味方につけなければならないのかと思うと辟易する思いだが、一度引き受けた仕事は完璧にこなしてきたヨヨなので、気合を入れ直すためにも、軽くペチンと自分の頬を叩いた。
(さあ、行きましょうか!)