第十三話 自動人形
船室へと一人で向かったユーラは、階段を降りて奥へと突き進む。すると立ち入り禁止と書かれた通路があった。ユーラはそのまま気にせず突っ切って行くと、一つの部屋の前で足を止める。
「……なるほど、海賊も地に墜ちたな」
部屋の前に座っていた男がユーラを見て立ち上がる。顔立ちは彫が深く、目つきも鋭いのでどこぞの暗殺者のような雰囲気を伝わらせる。しかしその独特なオーラからでも男が腕に覚えのある剣客だということが理解できる。
「まさか、お前のような小娘が頭とは……人手不足なのかな?」
「…………一応言っておく。死にたくなきゃ、そこをどきな」
「笑止」
男は不敵に笑うと、剣を抜きユーラ目掛けて突進した。
甲板では突然笑い出した海賊たちに唖然とする光景が広がっていた。
「何がおかしい海賊? とうとうおかしくなったか?」
「クハハ、いやいやスマンスマン、ただちょっと的外れなこと言われたもんだからちょいとな」
「ああ?」
海賊の男は笑って出て来た涙を拭うと、ニヤッと笑みを溢す。
「おめえらはな~んも分かっちゃいねえよ」
「……何を言ってる?」
「あの子は……船長は確かに若え。それに女だ。けどよ……」
その時、甲板を突き破って下から何かが上空へと舞い上がった。突然のことで剣士と魔法士の表情が固まる。そして更に、その飛び出した物体の正体を見極めて愕然としている。
明らかに人間であり、その表情は白目を剥いて口から血を撒き散らしていた。ドゴンとその人間は甲板に落ちて、グッタリとしていた。顎を打ち抜かれたのか、だらしなく開かれた顎が真っ赤に腫れている。
「分かったか? うちの船長は、最強だから船長を名乗ってんだよ」
海賊の言葉を聞き、剣士たちは顔を青ざめさせていた。まさかその人物が倒されるとは微塵も思っていなかったのだろう。明らかに困惑している。
「そしてだ、そろそろ俺らも本気出すぜ?」
海賊たちの雰囲気が一変し、目が怪しく光った。
その頃、門番のように部屋を守っていた男を吹き飛ばしたユーラは部屋に入り、棺桶のようなものを発見した。
「これが……そうか」
ゆっくり近づき、観察するように眺める。黒を基調とした棺桶であり、蓋の部分には紋章のようなものが施されてある。金と銀の線が絡み合いながら円を描き、その中に十字架が描かれてある。
「これは確か【ラヴァッハ聖国】の紋章だな」
紋章から得られた情報を口にしながら、その紋章を指でなぞる。その棺桶は両開きのようになっていて、取っ手が二つ中央に備わっている。
好奇心に突き動かされ、ユーラは取っ手を握り開いていく。中から出てきたのは、身体を包帯で巻いた人型の物体だった。しかも目元以外、全て包帯人間と化しているので不気味である。
ユーラはその包帯人間の顔を確認しようと、顔に巻かれている包帯に手を伸ばし、そして触れた瞬間、突然カッと相手の目が開く。
反射的にユーラは背後へと飛び、距離を取り警戒する。包帯人間はゆっくりと、しかも機械的に上半身を起こし、包帯を無造作に引き千切り出した。
そして露わになった包帯人間の身体を見てユーラは呟く。
「やっぱ、自動人形だったか」
相手の身体は人間の肌のようなそれではなく、黒々とした機械骨が何本も積み重なってできた造りをしていた。そしてちょうど人間なら心臓がある部分には、拳大ほどの赤い玉が埋め込まれており、ドクンドクンと脈打っていた。
起き上がった人形がユーラに視線を向けると、
『ターゲット視認。殲滅に移ります』
感情が一切感じられない一定の高音が紡ぎ出される。まるで機械音だ。
人形の目が光った瞬間、ユーラに向けて手をかざす。
「……っ!? まずいっ!」
咄嗟にそう感じたユーラは身を屈める。すると人形の手の平からレーザーのようなものが放たれ、先程ユーラの頭があった背後の壁に綺麗な穴が開く。
だが相手の攻撃はまだ終わっておらず、その手をユーラの方に再び向けてくる。
ユーラは屈んだ瞬間、床を蹴り即座に間を詰めて人形の両腕を掴み、下から上へと人形の顎を蹴り上げる。
バキィッ!
そのまま両腕は引き千切られ、先程吹き飛ばした男のように甲板を突き破って上空へと飛んだ。
真雪はどうすればいいか迷っていた。突然雰囲気を変えた海賊たちの動きが鋭くなり、剣士と魔法士はあっという間に倒されてしまったのだ。
海賊たちは先程まで手加減をしていたということ。そしてその強さは、紛れも無く一級品だった。
だが剣士と魔法士がやられた以上、彼らを止められる者は、もう真雪とセイラしかいなくなってしまった。
やはり当初の予定通り、自分たちが何とか船を守ろうと思い、動こうとした時、またも床を突き破り何かが現れた。
(えっ!? な、なに……ロ、ロボット……?)
空に舞い上がった奇妙な物体を見て、それがロボットのような姿だったので驚く。しかも何故か両腕が引き千切られているし、何より上空へ吹き飛んでいる理由が一瞬分からなかった。
海賊たちもさすがに予想していなかったのか今度は真雪たちと同じようにポカンとしている。
すると下に開いた穴から今度はユーラと呼ばれた少女が姿を現す。
「「「「頭ぁっ!」」」」
海賊たちが一様に叫ぶ。だがユーラは、
「気をつけな! アレはやっぱり自動人形だった!」
ユーラの言葉で海賊たちの顔が引き締まる。
(オート……マタ? やっぱりロボット?)
真雪はそう思い、下に落ちてきた自動人形に視線を向ける。自動人形はギシギシと音を鳴らしながら立ち上がろうとするが、よく見ると顎の部分も破損しているようだ。
もしかしたら下でユーラに攻撃を受けたのかもしれない。
(でも、アレが皇帝様に献上する品?)
ハッキリ言ってお世辞にも格好が良いとは言えない。自動人形の価値が真雪には分からないが、もう少し人に似せられなかったのだろうかと思う。骨組だけで構成した簡易な雰囲気が否めない。
皇帝の嗜好は知らないが、不格好な人形をもらって嬉しいものなのだろうかと真雪は思っていると、
『……最終……安全装置……解除』
無機質な声が人形から聞こえてくる。そして人形がガクンと膝をつくと、胸に嵌まっている赤い塊の脈動する感覚が徐々に速くなる。
それを見たユーラはハッとなって、
「お前らぁっ! 今すぐここから離れるぞぉ!」
ただ事でないユーラのその叫びを聞き、海賊たちは大慌てで海賊船へと戻って行く。
「おいお前らも今すぐ海に飛び込めっ! さもないと爆発に巻き込まれるぞぉ!」
船乗りたちにユーラは言うと、彼らは悲鳴を上げながら海に飛び込んでいく。
「頭ぁ! その人形を海に投げ入れた方が早えんじゃ!」
「バカ言え! 下手に刺激したらその瞬間ボカンだってのっ! とにかく急いで船に戻れっ!」
どうやら人形を動かすことは危険なようだ。となると普通に考えると海に避難するのが賢明だ。
「ど、どうしましょう真雪さん! セ、セイラたちもここから逃げた方が!」
セイラの言う通り、もし本当にアレが爆発するのなら規模にもよるが、もうこの船では航行できないかもしれない。
そうなったら救助を待つしかないのだが、ここから近いのは真雪たちが出航した港。助けられたとしても、またとんぼ返りになってしまう。そして身分を明かすことになるだろうし、その報告は【ラスティア王国】にも行く。連れ戻される可能性が非常に高い。
そう考えた真雪は、セイラが驚くような行動に出た。
「待って!」
真雪は自分の船に戻ろうとしていたユーラの腕を掴んだのだ。
「……は? 何だお前は?」
当然ユーラは怪訝な表情で真雪を見てくる。
「お願いします! 私たちをその船に乗せて下さい!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと真雪さん!」
セイラの叫びも尤もだ。相手は真雪たちが乗っていた船を襲った海賊なのだ。そんな相手の船に乗せてもらおうとするなど正気を疑っても仕方が無いだろう。
「ちょ、離せっ! 爆発するだろうが!」
「嫌です!」
「はあ!?」
「私には行きたい場所があるんです! こんなところで止まりたくない!」
「そ、そんなことアタシは知らないし、つうか腕が痛いっての!」
真雪は意地でも離さないとユーラの腕を掴んでいる。ユーラも、突然わけのわからないことを言う真雪に対し困惑している。
「頭ぁ! 急いでぇ!」
ユーラの子分が叫び、
「離せこらっ!」
「じゃあ一緒に連れて行って下さい!」
真雪は必死に嘆願し、彼女から目を逸らさない。そしてユーラはこの切羽詰まった状況で、人形と真雪を見比べると、頭をガシガシとかいて、
「ああもう分かった! おいお前ら、コイツらも入れてやれ!」
「わ、分かりやしたぁっ!」
真雪はパアッと明るく笑うと、
「ありがとうございます!」
「う……れ、礼なんていいからさっさと行くぞ!」
ユーラは気恥ずかしそうに頬を染めると、プイッと顔を背けて船へと戻って行く。
「行こうセイラ!」
「あ、は、はいっ!」
セイラも何か言いたいことがあるような顔をしているが、今はとにかくここから離れることが先決だった。
そして真雪たちが乗り込み、船が少し離れたところで、
ドガァァァァァァンッ!
凄まじい爆発音が鳴り響き、人形があった帆船は中心からボキッと折れて海へと沈んでいった。海に逃げ込んだ人も、慌てて船から距離をとっていく。ちなみに剣士たちは船乗りがかついで船を飛び下りていたようだった。