第百二十八話 真雪の覚悟
過激派魔族の統率者であるイエシンを打ち倒したソージは、プッコロとともに屋敷へと戻った。そのまま本来なら【サフィール国】へ向かうこともできたが、一応イエシンの部下が屋敷を襲撃する可能性を考慮してソージは屋敷を守ることをヨヨに命じられている。
もしヨヨが危険な目にあっているのであれば、即座に黄炎を使い向かうこともできるし、彼女の傍には誰よりも頼りになるバルムンクがいるのでソージは安心して屋敷の守りに徹することができる。
「おかえりパパ~!」
屋敷の中に入ると真っ先に駆けつけてきたのはシャイニーだった。フワフワとした赤毛を揺らしながら、小さく細い足を必死に動かしながら可愛らしく走ってきた。
彼女を掬い上げるように両手で持ち上げて抱きしめる。
「えへへ~シャイニーね、ちゃ~んとおるしゅばんしてちゃお!」
「偉いですねシャイニーは」
頭を撫でてやるとシャイニーは嬉しそうに破顔して首に手を回して抱きついてくる。
「あらあら、シャイニーちゃんてば、やっぱりパパ大好きっ子ねぇ」
「あ、只今戻りましたシーさん。変わりはありませんでしたか?」
幻想的美女であるシーがいつものように女神のような微笑みを浮かべてやってきた。その隣には彼女の娘であるユーが立っている。
「おにいちゃん、おかえりなさいなの」
「はい、ただいま」
ユーがトコトコと近づいてきたので、その頭を優しく撫でる。彼女もまた撫でられるのが好きなようで気持ち良さそうに目を細めている。
「ニンテはどうしたんですか?」
「たぶんうらにわでデミックとおしごとなの」
「じゃあ後で行きますね」
「ニンテよろこぶの!」
特にニンテと仲の良いユー。二人が仲良く話している姿を見るだけで本当に癒される。ソージはシーに顔を向けて、確実に確かめなければならないことを聞く。
「シーさん……ところで母さんはちゃんと仕事してますか?」
これだけは間違いなく聞いておかなければならない。最近では真雪たちがいたので、カイナの仕事は少なくなっていたが、彼女たちがいなくなったせいでカイナにしてもらわなければならない仕事が増えた。
するとどこからか慌てて逃げるように立ち去る足音が聞こえる。ソージは肩が落ちる思いをしながら音のする方向を見つめる。
(多分今のオレの話を聞いて逃げやがったな……)
もちろんカイナのことである。何故なら視線の先には厨房がある。恐らく仕事をサボり、厨房でつまみ食いでもしていたのだろう。
(あとですこ~しお話しなきゃならないな)
急速に冷えていく心。実の母親だからといって手加減などできない。いや、母親だからこそお仕置きが必要なのだ。
「皆さん、オレはちょっと用事ができましたのでまた後で」
ソージはニコやかに笑みを浮かべるが、シャイニーやユー、そしてプッコロまでもが身体を震わせている。まるで怖いものを見ているかのように。
「あらあら、カイナさんってば、あとで慰めてあげなきゃならないわね」
シーだけは笑みを崩さずに、いや、むしろどことなく楽しんでいるような空気すら醸し出している。彼女もまたいい性格をしている。
そしてソージはプッコロをユーに預けて、一人で目的地へ向かった。そう、粛清対象が潜む場所へ。
そしてしばらくして、一人の女性の悲痛な叫びが屋敷中に轟いた。
【ラスティア王国】。此度【英霊器召喚】に成功した国。そして天川真雪をソージと再び次元を越えて再会させた国でもある。
そんな真雪は、国王に直接国を離れても良い許可をもらうために、こうして一時帰国したのだ。親友の星守セイラとともに。
そして彼女たちは今、同じ召喚されてきた二ノ宮和斗と一緒に玉座の間で跪いていた。
「おお、マユキにセイラ! 無事で何よりだ!」
国王であるティレイユ・ブルッセ・ラスティア七世は、久しく見なかった彼女たちを見て喜びで顔を綻ばせている。
「勝手な振る舞いをして申し訳ありませんでした」
「も、申し訳ありませんでした!」
真雪の謝罪に継いでセイラも同様に行った。
「いやいや、無事だったのならそれでよい。カズト、それにお主たちもご苦労だった」
同じように跪いている真雪たちを追ってきたコンファ、ナナハス、ラキは、恐縮するように頭を下げている。
ティレイユは一つ頷きを見せると、真面目な顔を浮かべて真雪とセイラに問う。
「では聞かせてもらおうか二人とも。何ゆえに国から出ていったのかを」
真雪が代表して説明をすることになった。もちろんソージが転生したなどということは言わずに、会いたい人がいるということだけを言った。
この国へ来てお世話になった人物だから、是非彼のために何かをしたいと思って会いに行ったのだと。
「ふむ、ではもう満足したというのだな」
「いいえ、実は国王様にお願いがあるんです」
真雪は意を決したようにキリッとした表情を作ると、セイラ以外の誰もが驚くべき言葉を放った。
「私とセイラがここに戻ってきたのは、ケジメをつけるためです」
「ケ、ケジメだと?」
「はい。黙って出ていったことの謝罪と、これからこの国を離れるための報告をするために」
「…………ん? い、今何と言ったのだ?」
「私たちにこの国を離れる許可を頂きたいんです」
ティレイユだけでなく、和斗もその他の者も言葉を失って真雪を凝視している。そんな中、先に声を出したのは和斗である。
「な、何を言ってるんだい天川さん! ここは俺たちの国なんだよ? ここから離れてどこへ行くっていうのさ!」
「クロウテイルの屋敷ですよ先輩」
「ク、クロウテイルって……あの君たちがいた場所だよね?」
真雪とセイラは彼の言葉に対し首肯する。
「す、少し待て。マユキよ、しかと説明してくれ」
「はい。私は居場所を見つけました。そしてそこは……」
「クロウテイルの屋敷だというのか?」
「はい。王様にはお世話になりましたが、今後はその屋敷でお世話になりたいと思っているんです」
「むぅ……だがな……」
「王様! 認めてはいけません! 彼女たちはここにいることが幸せなはずです! ここには全てがあります! 民にも慕われていますし、食べ物だって服だってたくさんある! あんな田舎じゃ満足な生活ができるわけがありません!」
「先輩! 勝手に決めつけないで下さいっ!」
「う……え……あ、天川さん……」
真雪に怒鳴られシュンとなる和斗。
「私の幸せは私が決めます! 勝手にここにいることが幸せだなんて言わないで下さいっ!」
「……しかしマユキよ、ラキによって送還魔法の術式もそろそろ完成する。元の世界へはどうするつもりだ?」
そう、それは真雪だけでなくセイラにも言えることだ。ソージとは違って、真雪とセイラはただ元の世界から召喚されただけだ。送還魔法により向こうへ帰ることができるち、向こうでは家族も待っているはずだ。
「……私には離れたくない人がいます」
「む?」
「もう会えないと思ってた人がもう一度私の前に現れてくれたんです。もう一度笑いかけてくれたんです。もう……失いたくないんです!」
「…………」
「神様がくれたこの奇跡を手放したくないんです! お願いします! 私たちに許可を下さいっ!」
真雪の誠心誠意の嘆願に、誰も何も言えずしばらく沈黙が続いた。そして一つ咳をしたティレイユが、今度はセイラの方に質問する。
「セイラよ、お主はどう考えておるのだ? お主もマユキと同じなのか?」
「……セイ……私は約束しました。あの人に……すぐに帰りますと」
「しかし元の世界に戻らなくてもよいのか?」
「それは……」
「ふむ、マユキと違ってお主はまだ決意が鈍っているようだな」
「セイラ……」
真雪も彼女の困惑気味の顔を見つめる。無論強制はできない。セイラにも家族がいるのだ。真雪のように強い想いをソージに宿しているとは限らない。命の恩人ではあるが、家族と天秤にかけて、簡単に答えを出せるものではない。
「分かった。今日はとりあえずゆっくりと旅の疲れを癒すがよい。話はまた明日にしよう」
ティレイユの言葉により、真雪たちは解散して、それぞれの部屋へと戻っていった。