第百二十六話 皇帝の使い
ヨヨ・八継・クロウテイルが交渉相手である【トパージョ国】についての情報を頭の中に叩き込み、準備ができたらすぐにでも【トパージョ国】へと向かう意志を【サフィール国】のノウェム王に伝えた。
すると彼女もヨヨの仕事の速さに驚きを得ながらも、自分の目は間違いなかったと喜びヨヨが交渉のために用意してくれと頼み込んだものをすぐにでも集めろと部下を急がせていた。
しかしヨヨが【トパージョ国】へ向かう前に、【サフィール国】へとある者が尋ねてきた。身分を確かめた兵士たちの間に緊張が走り、その人物は大仰な様子で玉座がある場所まで案内された。
ヨヨも資料室からその人物の訪問を聞いて、玉座へと急ぐが、さすがに顔を見せるわけにはいかないと思い隠れて様子を見ることにした。
玉座に座っているノウェムの目前に立つ一人の人物。白を基調とした服を着込み、金糸で編んだ刺繍がその人物が着用しているマントにデカデカと存在を見せつけている。
(あの紋様はやはり―――――――――皇帝の使いね)
金糸の刺繍――――――それは蝶を模った紋様が刻まれている。それは皇帝を示す紋様である。つまり今目の前にいる人物は皇帝が住む《皇宮》に住む位の高い人物だということ。
何故この国に来たのかはある程度理由は推測できる。
「この度は我が国への訪問、ありがたく思うのじゃ」
ノウェムの言葉遣いは大丈夫かとヨヨは内心でハラハラしながら、使いからの返事を待っている。すると使いはフッと頬を緩めると野太い声で返答した。
「いえ、こちらこそ突然の訪問。こうしてお目通りをさせて頂いたことに、ノウェム王の器の深さが伝わってきます」
精悍な顔。歴戦の武人のような頑健な佇まいからは、威圧感とはまた違った、周囲を包み込むようなオーラを感じる。四十代に見えるその男性の柔和な笑みは人を安心させるような気持ちにしてくれる。
「お名乗りするのが遅れました。私は皇帝の使い、名をグロウズ・G・ソーズマンと申します」
「グ、グロウズ・G・ソーズマンじゃとっ!?」
ノウェムだけでなく周りの者たち、そしてヨヨまでもが言葉を失っていた。その驚きを楽しんでいるかのようにグロウズは笑みを崩さずに押し黙っている。
「……お嬢様」
「ええバル。グロウズ・G・ソーズマンといえば、先代の皇帝に剣の腕を見初められた生粋の武人。しかも彼は身分も最下層だった平民。昔行われた《武王奉戴会》に若干十三歳で優勝して最年少の『武王』を授かった人物」
「その時は世界も揺れましたね。まさか歴戦の強者を軒並み打ち伏せたのが、まだ十代の少年だったのですから」
「……バル、あなたなら勝てるかしら?」
「戦ってみなければ分かりませんな」
ヨヨは彼の言葉に息を呑む。このバルムンクという男は、自分がこの世で最も信頼しているソージ・アルカーサを子ども扱いするほどの実力を持っている。
大抵の人物なら、見ただけでその底を感じ取り、自分と比較して勝敗を決定できる人物。なのに今、彼の口から出たのは「分からない」だった。これはまさしく異常なことである。
バルムンクにそう言わしめるほどの人物は、ヨヨが知っている中では母親くらいしか思い浮かばない。
つまりグロウズの実力は底が知れず、バルムンクでも勝敗が全く見えない戦闘力を備えているということ。
(さすがは皇帝の剣といったところかしらね)
ヨヨは武を嗜んでいるわけではないが、それでもグロウズに一分の隙もないということが分かる。達人はそれぞれ間合いというものを持ち、そこに入っている者の動きを常に把握して、何が起きようとも対処できるとされているが、こうしてかなりの距離を保っているのに、その間合いに入ってしまっているような感じがする。
「安心して下されヨヨ様。もしあの方が危害を加えようと動こうとも私がお守り致します故」
「ええ、それは心配していないわ。だけど……恐らくは【ルヴィーノ国】の反乱についてだとは思うけど、まさかあんな大物が出てくるとは驚きね」
皇帝からの使いはそろそろ来るだろうことは予想していた。相手が一応一国の王なのでそれなりの人物を寄越してくるとヨヨも考えていたが、まさか皇帝を守る軍である《裁軍》の将軍が出てくるとはさすがに思っていなかった。
それほど皇帝は今回のことを重く見ていることなのかもしれない。
「ふ~まさかお主のような大物が出てくるとは予想外じゃが、用件は例のことじゃな?」
「その通りですノウェム王。王が届けて頂いた情報を、こちらとしても調査した結果、間違いないと判断しました。そこで今回、確実に反乱の目を潰すためにも私が立つことになりました」
「ほう、力を貸してくれるというわけか?」
「無論です。狙われているのは皇帝です。そして皇帝に背く刃を砕くのが我々《裁軍》の役目でもあります。ただ全ての軍を動かすわけには参りません」
「それそうじゃろうな。【オウゴン大陸】の守りも必要じゃしな」
「その通りです。私では力不足かもしれませんが、どうか肩を並ばせて頂きたいと存じ上げます」
「謙遜はよすのじゃ。お主ほどの人物が力不足なら、ほとんどの生物はゴミと化してしまうぞ」
ノウェムの言う通り、バルムンクが認めるほどの戦闘力を持つ人物が力不足なら、ソージすら役立たずの域に入ってしまう。
「お主の性分から下手に出てしまうのかもしれぬが、お主に憧れる者たちのためにも少しは胸を張っていてもらいたいのじゃが?」
「これは……お心遣い痛み入ります。そしてそのご忠告、しかと心に刻みます」
「うむ! かくいう余もグロウズには会ってみたいと思っていたところじゃ! こうして会えたのも何かの縁! よければこれからも付き合っていこうぞ!」
「はい。王が、この国が皇帝に牙を剥かない限りは良き隣人となることでしょう」
二人が絆を深めたように笑い合っているが、あくまでもグロウズは一線を引いている。彼にとって皇帝が全て。もしノウェムが皇帝に反することをしたとあれば、その笑いが一瞬に凍りつき、鬼の形相をもって国を滅ぼされるだろう。
ノウェムもそのことに気づいているようだが、互いに抱えている懐は見せずに上辺だけで付き合っていることが分かる。
(これは……ジャンブ殿は胃に穴が開きそうな顔をしてるわね)
ジャンブにしてみれば、ノウェムとグロウズの会話はヒヤヒヤするものだろう。もしノウェムが失礼なことを言ってしまえば、即座に首を刈られても仕方のないほどの立場にいるのがグロウズなのだ。
ノウェムが敬語を使わずに偉そうに話した瞬間、ジャンブの顔が一瞬で青ざめたのをヨヨは確認していた。彼にはご愁傷様としか言えない。
「グロウズ殿、お力添えをしてくれるのはありがたい話じゃが、今は少しこの城でゆっくりしておくといいのじゃ」
「何か動かれるので?」
「うむ、これから【トパージョ国】へと向かい、調略するのじゃよ」
「調略……なるほど。国の規模でいうと【ルヴィーノ国】が最大。それに彼らには過激派魔族や《金滅賊》もいる。数では勝てない。故にこちらも戦力を増強するために動かれるということですね?」
「うむ!」
「しかし【トパージョ国】は閉鎖的な国家。争いなども不干渉を貫く種族だとお聞きしましたが? 交渉は何回目でしょうか?」
「次で三度目じゃな」
「何か勝算があると?」
「こちらには交渉事に強い人物がおる」
「ほう、それは先程からこちらを覗かれている彼女たちでしょうか?」
ヨヨは思わず寒気が背中に入った。やはり気づかれていたようだ。グロウズがヨヨがいる場所へと視線を向かわせたのを確認したノウェムが、
「出てきてよいぞ」
許可が出たので、バルムンクを引き連れて姿を現したヨヨ。グロウズは観察するようにヨヨとバルムンクを見つめている。瞬間バルムンクを見た瞬間に、気を引き締めたように感じたが間違いないだろう。
一目見てバルムンクが只者ではないことに気づいたようだ。