第百二十五話 過激派魔族壊滅
ソージの凶行に魔族たちは蜘蛛の子を散らすかのごとく散っていく。それもそのはずだろう。最初はソージを抹殺しようと向かってきてはいたが、次々と仲間が白炎に呑み込まれていくのを見て恐ろしくなるのは無理もない。
「逃がしはしませんよ。こういうこともできるようになったのですから!」
ソージは両手を上空へかざすと、そこから両手で包み込めるようなほどの大きさの白い火の玉が無数に放出されていく。
(見た目は何だかオタマジャクシみたいで可愛いんだよな。白玉とでも名付けようかな)
外見上、巨大なオタマジャクシのようだが、目などはもちろんなく、膨らんでいる部分は口のようにパックリと開いている。そのまま魔族の身体を食い破ると、シュゥゥッと消失していく。
今までは巨大な白炎を最大で二つしか作れずにその強大な力をコントロールするのは難しかったが、こうして小さくなったことで、無駄に全てを呑み込まなくても致命傷になる部分だけを食い破ることができる。
ただ一回対象を食うと消失してしまうというのが制限だが、これだけ数多く作ればその制限もほとんど意味を成さない。
「避けても無駄ですよ!」
大地を踏みしめている両足をまず二つの白玉が奪う。これでこの場から逃げるのは難しくなる。
「くっそォォォォォォッ!」
逃げることができないと悟った者たちが自棄になって突っ込んでくるが、
「それは悪手ですよ皆さん」
今度は大きな白炎を出して一網打尽に呑み込んでいく。痛烈な悲鳴を上げつつこの世の終わりのような形相で白炎に全身を呑まれていく魔族たち。
視界に映る魔族たちの生存を確認していく。あとは両足を食い破られて動けずにいる者たちや、胸にポッカリと穴が開いていても、持ち前の生命力によっていまだ生き続けている者を確認。
「こ……こんな……こと……して……」
ソージの足元に転がって血を吐いている魔族を見下ろす。洞窟からイエシンと一緒に出てきた魔族だ。恐らく側近なのだろう。
「あなた方がこれから行おうとしていることに比べれば大したことではないかと思いますが?」
「く……よくも……同胞を……!」
「少し考えてみて下さい。あなた方が皇帝に弓を引き、もし失敗すればその後どうなるか想像したことがありますか?」
「……?」
「あなた方は魔族です。しかも種族だってバラバラです。つまり皇帝は魔族という存在は生かしてはおけない存在だと判断されるかもしれない。そうなった場合、【ゾーアン大陸】に住む、関係のない魔族たちにも迷惑が被るでしょう。下手をすれば全ての魔族が討伐対象として触れが出される可能性だってあります。それを考えたことがありますか?」
「こ……これは大義……だ!」
「大義……ですか。それはあなた方にとっての……ですよね? 多くの者たちはそんなわけの分からない自己中心的な大義よりも、平和な日常を望んでいます。それをわざわざ潰して戦乱の世にしたいとでも仰るのですか? それは間違いなく悪そのものです」
「く……き……貴様がしたことも……悪だろうが!」
「ええ、自覚していますよ。殺しに正義なんてありません。全て悪でしょう。ただし、私は悪には悪をもって対峙します。あなた方が暴力で人を傷つけるというのであれば、私はそれ以上の暴力を振りかざします」
「……貴様ぁ……本当に……ただの執事か……」
「ええ、私はヨヨお嬢様の執事です。ヨヨお嬢様の……家族の平和を乱そうとされる方は……全てぶち消します」
「あ、悪魔め……!?」
「それがあなたの最後の言葉です」
ソージは右手を彼に向けて白炎で全身を大地ごと呑み込んで消失させた。
「ふぅ……あとはここらへんを掃除しなければならないなぁ」
再び白炎を動かして、まだ息のある魔族を殲滅した。
全てが終わると空から何か虫のようなものが飛んできたのを確認。よく見てみればそれはプッコロだった。どうやら彼の背中にも翼というか羽があるようで、トンボのそれのようにはためかせてソージの目前へと飛んできた。
「これまた、とんでもありませんなぁ~ソージ殿の実力は……!」
プッコロは周囲に目配せしながら、数分前とはうって変わった大地を見とめて感嘆の息を漏らしていた。
ソージが胸の前で右手を差し出すと、その上にチョコンとプッコロは身体を置いた。
「ふ~あまり飛ぶのって慣れてないのですよ。あ~疲れましたぁ」
「あはは、お疲れ様です」
「それはこちらのセリフですぞソージ殿! このプッコロ、あなたの手際に惚れ惚れしました!」
「……怖くないのですか?」
「え? 何がですかな?」
彼の瞳は真っ直ぐで、一切の怯えが見つからない。本当にソージが言っている意味が分かっていないようだ。
正直、ソージがやったことは虐殺であり、一方的な蹂躙以外の何ものでもない。慈悲も情けも欠片もないソージの行為に恐れを抱くのは至極当然だ。
そしてソージも、恐らくはプッコロは恐怖を感じて自分と距離を開けるだろうと予想はしていた。だがその様子がまったく見られないことに、逆にソージが虚を突かれた思いだった。
「いいえ、ありがとうございます」
「ほ? えと……何がですかな?」
「あはは、私はプッコロさんのこと好きになったということです」
「ええっ!? い、いいいいけませぬぞ! こ、ここここう見えても私は妻帯者であって、それにそもそもサイズなどが明らかにですね――――――!」
慌てふためくプッコロが面白くて自然と笑みが零れる。
「いえいえ、そういう意味ではありませんよ。良い友達になれるかもしれないと思っただけですから」
「え? あ、はぁ……ふ~それを早く言って下されソージ殿ぉ~」
「あはは、すみません。では一度屋敷に戻りますか」
「他の魔族たちは放置しておいて構わないのですか?」
「これだけのことをされてなお戦おうと思う人ってそうはいませんよ。特にイエシンなどの下についているのは、彼の口車に騙された者も多いでしょう。皇帝を相手にすればこうなるって考えたら、きっと牙を引っ込めるでしょうね」
「確かに勢いでイエシンの提案に乗った者もいるでしょうな。そんな輩の中に、頭を失ってもまだ暴れようとする意志の強い者はおらんでしょう」
「そういうことです。まあ、ここにいる魔族の方々には見せしめとして駆逐させて頂きましたが、彼らも多くの罪のない者たちの命を奪っています」
調査した結果、他大陸に渡って人間などから金品や食料を殺して奪っていたことが分かった。そんな者たちを殺すのに些かの情も催さない。
「では帰りましょうか」
「畏まりましたですぞ!」
いつも裏の仕事をした後は気持ちが沈むのだが、こうしてプッコロが傍にいるだけで何となく心に温かいものが流れ込んでくるのを感じていた。
ソージとプッコロが、橙炎に乗って【アラクレ島】から去っていくのを一人の人物が一本の樹の陰に身を潜めていた。
「フ~ン、あれがネオスが負けちゃった執事くんかぁ~な~るほろ~」
そこにはオーバーオールを着込んだ桃色髪の男が愉快そうに目を細めていた。
「う~ん、どうせつまんない任務になるかなって思ってたけど、思わぬ出会いにちょっとゾクッとしたかなぁ~」
クスクスと含み笑いを浮かべながらもう豆粒のように見えるソージの姿を見つめていると、その背後からこっそりと巨体の魔族が近づいてくる。その手には棍棒のような武器を持ち、足音を忍ばせて男に向かってさらに近づき、棍棒をゆっくりと振りかぶる。
「ん~強いなぁ~。僕とどっちが強いかなぁ~」
はた目には男は全く魔族の存在に気づいていないようにも見える。
「な~んかウズウズしてきちゃった。そのはけ口になってくれるかな……君?」
男が目だけを動かして背後に意識を向けた。魔族も、気づかれていたことにビクッとなりつつもそのまま武器を振り下ろす。
だが男は愉快気に口角を上げるだけだ。刹那――――――
魔族の持っている武器が突如として大根のかつら剥きのように細長い物体へと早変わりする。
「っ!?」
無論魔族は突然のことに目を見張り硬直している。
「おやおやぁ? よそ見してていいのっかなぁ~?」
魔族が気づいた時には、男はすでに魔族の身体を追い越して彼の背後に陣取っていた。さらにその左手にはドクンドクンと脈打つ心臓が握られてあった。
魔族は自らの胸に穴が開いているのに気付き、そのまま血を噴き出しながら前のめりに倒れた。
男は心臓を上方へと放り投げると、いつの間にか右手に持っていた包丁を軽くサッと動かし青い閃光を生み出す。
すると地面に落下した心臓がみじん切りされたかのようにその形を失っていた。
「さ~てと、この疼きはまだここらへんにいるゴミを料理して鎮めるとすっかなぁ~」
無邪気に笑みを浮かべながら男は包丁を器用にクルクルと回しながらその場から去っていった。