第百二十四話 無双執事
資料室へと案内されたヨヨは、【トパージョ国】について情報を得た。交渉する相手のことを知らなければ成功を掴めないことをヨヨは経験から学んでいる。
特に王族に対しては、一つの失敗で大事に転化してしまうこともままあるのだ。故に相手の性格なども考慮して、機嫌を損なわないように努めるのが交渉を上手く纏める秘訣でもある。
「……それにしても凄いものです。あれだけの資料を一目見ただけで記憶されるとは……」
ヨヨの目の前に積まれてある資料を、ヨヨはまるで適当に目を通している感じでパラパラとページを捲っているが、ヨヨは確実に必要な情報を脳内に刻んでいるのだ。
それを知った案内役のジャンブは感嘆の溜め息を漏らしている。
「ヨヨ様はああして目を通すだけで、必要な情報と不必要な情報を選別し、必要なものだけを記憶するという才能をお持ちなのです」
「素晴らしい。是非我が王にも欲しい才能です」
「ほほ、ノウェム様にも何人も及ばぬ才能があるのではないですかな? そうでなければ、あの若さで王の立場に堂々と立っていられるはずがございませんから。あの人を惹きつける魅力もそうですし、天真爛漫な彼女は民にも愛されているようにお見受けします」
「……さすがは音に聞こえた《伐鬼》のバルムンク殿。そのご慧眼には感服致します」
「ほほ、やはり私のことも調査済みでしたか」
「確かにノウェム王には、他の者にはない異才をお持ちです。ですか最近はその……よく城を抜け出しては民と遊んだり、他大陸へ散歩と称して勝手に出掛けたり……少しは自重してもらいたいのですが」
「ヤッハッハ、まだまだお若い王様なのです。遊び盛りなのでしょう」
「それも重々承知はしているのですが、いかんせん王の身に何かあってはと考えると……」
ジャンブの言い分は正しい。一国の王が、護衛もつけずに国内ならいざ知らず、大陸を渡って冒険紛いなことをするのは、配下の者として気が気でないことだろう。
「仕事熱心なヨヨ殿を見て、王も少しは真面目になって下さるといいのですが……」
「こちらとしては、ヨヨ様にはもう少しノウェム様のように砕けた笑顔を常に浮かべられるようになればよいと考えますが」
「互いにないものねだりは虚しいですね」
「ほほ、まったくでございます」
二人の男性が若い少女のことを憂い肩を下げている。
するとヨヨが一つのファイルをパタンと閉じて、バルムンクに身体ごと相対すると、
「終わったわ。少し必要なものがあるからバル、用意してもらえるかしら?」
「それならばこちらでご用意しましょう」
口を挟んだのはジャンブだ。
「いいのですか?」
「こちらがお頼みしていることですから当然です。何が必要なのでしょうか?」
「ここに書いてある物を全てお願いできますか?」
ヨヨがジャンブに一枚の紙を手渡す。ジャンブはそれに目を通すが、思わず眉をひそめる。
「こ、交渉にこれらが必要になるのですか?」
「はい。必ず役に立ってくれると考えています」
ヨヨが真剣な面持ちで見据えているので、ジャンブは怪訝な表情を浮かべつつも頷きを一つ見せて、
「分かりました。すぐにご用意致しましょう」
ヨヨの希望を聞いてくれることになった。
【アラクレ島】―――――――――。
黄炎の新たな使い方によって見事島に侵入できたソージは、頭に小人族のプッコロを乗せたまま、身を隠しながら森の洞窟へと目指していた。情報によると、イエシンはそこにいるはずだからである。
しかし島中には数多くの魔族が徘徊しており、イエシンが滞在している森には、それこそ下手に近づけないほどの魔族がいる。
何とか大木の枝から枝へと素早く移り歩を進めていっているが、見つからないように行動しているので、なかなか先へと進めずにいる。
しかしながら前に進む度に魔族の数が多くなっているので、やはりイエシンがこの先にいるという情報が確信へと変わっていく。
「ふ~、さすがにここからは見つからずに進むのは無理っぽいですね」
「そのようですな。しかしここから見えるあの洞窟にイエシンがいるのは確実のようです。この距離ならばたとえ見つかっても逃亡させずに倒すことは可能なのでは?」
プッコロの言う通り、たとえ見つかっても、視界にイエシンを捉えられたなら逃がす前に仕留める自信はあった。
だが少し面倒なのは周囲にはびこっている魔族たち。数にして三十ほど待機している。彼らをいちいち相手にしていると、その間にイエシンが逃亡するかもしれない。
「……洞窟内にはイエシンだけなのでしょうか?」
「……なるほど! 先程の能力で一気に洞窟内へ侵入するということですな!」
「ええ、ですが洞窟内の規模が分からないのですよね。もし迷路みたいな構造をしているのなら、中に入っても探している間にもしかしたら気配を察知されて逃げられる恐れがありますね」
「なら強行突破は止めておきますかな?」
「そうですね……ここでしばらく様子を見るというのはどうでしょう? もしイエシンが洞窟から出てくれば、そこを一気に叩くということで」
「なるほど、それならば確実ですな」
ソージは葉っぱの密集地帯にその身を潜ませて、しばらくその場で様子を見ることにした。
(今頃お嬢様は【サフィール国】にいるはず。お嬢様のことだから【トパージョ国】を口説き落とすために相手の情報を手に入れていると思うけど、相手は一国そのもの。今までに国王を相手にした交渉はなかった。お嬢様にしても初めての大物。まあ、お嬢様なら上手くやるだろうし、オレも負けずに結果を出さなきゃな)
ヨヨへの絶大な信頼は揺るがない。そしてヨヨも自分への信頼度が高いということは理解している。だからこそ、失敗することはできないと心に強く思う。
(二度失敗するなんてとんでもない。ここで必ず奴は……仕留める)
ソージの瞳から穏やかさが失われ冷酷の光が強くなっていく。そしてそのまま息を殺し、まるで獲物が現れるのを待つ獣がごとく集中を研ぎ澄ましていった。
そして一時間後―――――――――ついに動きが現れる。
イエシンの部下たちが薪を集めて火を焚き始めた。そしてその上に黒い鍋を置き水を張りそこに食材を投げ込んでいっている。
どうやら食事の時間のようだ。だがこれは好機。恐らくイエシンも食事を摂るために姿を現すだろうとソージは推測した。そのためさらに集中力を高めてジッと洞窟内を見つめる。
数分後、プッコロが何かに気づいたように眉をひそめて、
「……ソージ殿?」
「ええ、どうやら……」
二人の視線の先、洞窟の奥から黒い影がユラユラと外へと向かってきていることが分かった。それは間違いなくかつてソージが相対したイエシンの姿そのもの。
(食事は影武者ではできないはず。これは好機だな)
ここを逃せばまた洞窟へとこもる可能性が高い。ソージは右手をゆっくりと開くと、そこから小さな黄炎の球体を創り出す。そして誰にも気づかれないように放物線を描くように洞窟入口までゆっくりとその球体を移動させる。
「プッコロさんはここに待機していてもらえますか?」
「分かりました。お気をつけ下され」
「大丈夫です。獲物はもう、私の手の中ですから」
不敵に笑みを浮かべると、ソージはその場から瞬時にしてその存在を消した。
そして洞窟の入口へと姿を現したソージに気づいた魔族たちはギョッとなり身体と思考を硬直させていた。
イエシンはソージに背中を向けているので、部下たちの様子に気づき、そのいかつい顔を背後にいるソージへと向ける。そして飛び出るかと思うほど、その目を大きく見開く。
「お久しぶりです。そしてさよならです」
ソージは左手をイエシンへと向けると、微笑を浮かべながら一言。
「喰らい尽くせ、白炎」
ソージの左手から突如出現した白い炎にイエシンは呑み込まれてしまい瞬殺に成功。そして殺意を込めた瞳を周囲へと向けて、
「あなた方もここでぶち消します」
ソージの無双が魔族たちを蹂躙し始めた。