第百二十三話 サフィール国
【北大陸・ゾーアン大陸】は魔族が生息する大陸である。三つの国が統治する大陸であり、他大陸のように、街や村などはなく魔族のほとんどは国に属し住んでいる。
魔族にも種族は多々あるが、三つの国をそれぞれ治める代表種族が存在する。それが『青角族』・『黄眼族』・『赤肌族』である。
その中の『青角族』であるノウェムが治める国が【サフィール国】。
今、ヨヨ・八継・クロウテイルは、そのノウェムとともに彼女の国へ向かい。現在は魔王城の中へと入っていた。
青い鉱石で建造されている城は、『青角族』のイメージカラーを示し、美しく太陽の光を受けて宝石のように輝いていた。
国自体の規模も大きく、空から見た光景は壮観だった。城を中心に広がっている街並みは、城塞都市になっており、多くの活気が見て取れた。
【サフィール国】に住む民たちの家は変わっていて、全てが塔のように細長くなっている。つまり上から見ればまるでサボテンのような針が地面から突き出ているように見えるのである。
街中では民たちが笑顔を作り仕事や娯楽などに興じていた。見る限り顔を俯かせている者が見当たらなかったので、この国に不満を持っている者は少ない良い国なのだろうとヨヨは判断することができた。
そして今、ノウェムの帰国にも彼女の配下であろう者たちが詰め寄ってきて、一様に彼女のことを心配している。恐らく彼らの賛同なく、ノウェムが国を出ているのだろうが、彼らの心配気に見つめる顔を見ると、ノウェムが皆から愛されていることが分かる。
彼女に説教をしている者もいるが、愛しているからこその言葉だということが聞いていてヨヨは判断できた。
「どうやら素晴らしい国のようですな?」
「そうねバル」
一緒にやって来たバルムンクも、ヨヨと同じように感じているようだ。
しかもヨヨたちは歓迎されているようで、嫌な瞳を向ける者は誰一人いない。
「ようこそクロウテイル様! 我々【サフィール国】はあなた方を歓迎致します!」
ヨヨたちに近づいてきたのは、先程ノウェムに説教をしていた金髪をオールバックにしている中年の男性だった。ノウェムと同じように額にはサファイアのように美しい角を生やしている。
「ささ、どうぞ中へ!」
ヨヨは会釈を周囲にかわしながら案内されるままに進んでいく。説教を受けて明らかに意気消沈化しているノウェムを見て思わずヨヨは苦笑を浮かべてしまうが、彼女も一緒に歩いていき玉座がある場所に辿り着いた。
どっと疲れた様子で玉座に座り込むノウェムを見て、先程声をかけてくれた男性がキリッとした表情を浮かべて口を開く。
「これ王! お客人の前です! もう少しシャキッとなさって下さい!」
「う~プッコロがいなくて厄介払いができたと思っておったがお主がおったのを忘れていた……」
説教が苦手みたいで、口うるさいプッコロをソージに預けているので、しばらくは自由に行動できるとでも思っていたのだろう。しかし金髪オールバックの男性のことを失念していたようでかなり落ち込んでいる。
「ジャンブ……お主今日は街の警護をするとか言うてなかったか?」
「いいえ! こうして大切なお客人が来られると聞いて黙っているわけにはいきません! 王の無様なところも見せられませんしな!」
どうやらジャンブと呼ばれる男は、本来ならばここにはいない予定だったようだ。だからこそ彼がここにいることに落胆している。
そしてジャンブが、話を進めるように促すと、ノウェムは「はいはい」と淡白に返事をして、
「もう歓迎は受けたはずじゃが、ヨヨにバルムンクよ、余の国へ来てくれて感謝するぞ! どうじゃ我が国は?」
「はい。皆が笑顔に包まれており、ノウェム王の配下の者たちからも忠義を感じます。良き国かと存じます」
「ほほう、聞いたかジャンブ。余の国は最高らしいぞ! つまり治めている余が最高の王だということじゃな!」
「王、曲解しないで下さい。国が良いのは民が精を出して生きているからです。また兵たちも民たちと親交を深めて問題が起きないように努めております。思い立ったが吉日と仰り、配下の言葉を聞き流し国からお一人で出ていかれる誰か様のお蔭では決してございません」
丁寧な物言いではあるが、間違いなくノウェムを言葉のナイフで切り刻んでいるジャンブ。その証拠にノウェムは涙目を作りジャンブを睨みつけている。
「もう知らんっ! お主など嫌いじゃっ!」
ビシッと指を差して怒鳴るノウェムだが、涼しい顔でジャンブが発言する。
「嫌いで結構ですが、溜まりに溜まっている仕事はなさって下さい。それが民のためになりますから」
「うぐ~っ!」
ジャンブの正論に言い返すことができずにノウェムは悔しそうに歯を食い縛っているだけだ。しかも周りにいる兵たちもウンウンと頷いている。集中攻撃に少し同情を覚えるヨヨだが、そんなやり取りも温かみを感じるので、思わず頬が緩んでしまう。
「さあ王、いつまでも不貞腐れていないでお客人のお相手をなさって下さい」
「ああもう! 分かっておるわっ!」
一枚も二枚も上手のジャンブの老獪ぶりさに不機嫌さを露わにしながらノウェムはヨヨに視線を戻す。
「ヨヨ、お主は今後どのように動くべきだと考えておるか聞いてもよいか?」
「はい。まずは【トパージョ国】への交渉の結果はどうなったのかお聞きしてもよろしいですか?」
「ふむ、どうなっておるのじゃジャンブ」
「もうすぐ交渉役の者が帰ってくるかと思いますが、恐らくは失敗するでしょう」
「じゃろうな」
するとタイミングが良いことにそこへ兵士を連れて鎧を着込んだ『青角族』の男が姿を現した。
「おお~久しぶりじゃなラントン!」
「これは王様! お帰りになられていたんですね!」
ラントンと呼ばれた男はジャンブと同じ金髪であり、どことなくジャンブと顔立ちが似ている。体格はラントンの方が良いようだ。口髭があるジャンブと違って、彼にはないので、少し若く見える。
「ラントン、交渉はどうったんじゃ?」
どうやら彼が交渉役に【トパージョ国】へと遣わされた人物らしい。ラントンは彼女の前に跪くと、顔を上げて彼女の顔を見つめながら説明をする。
「申し訳ございません。先方は意志が固く、私ではその堅固な壁を崩すこと叶いませんでした」
「よい、予想はしておったことじゃ。じゃがこれで余が連れてきたヨヨが無駄にならずに済んだ」
再び視線をラントンからヨヨへと移すノウェム。
「次の交渉役としてヨヨ、お主に任せてもよいか?」
「はい。ですがその前に相手の国のことをお聞きしたいと思います。特に【トパージョ国】の王の趣味嗜好、性格などが分かれば助かるのですが」
「なるほど。まずは敵を知るということじゃな。ジャンブ、ヨヨに情報を与えよ」
「畏まりました。ではヨヨ殿、この城にある資料室へとご案内させて頂きます」
「頼んだぞヨヨ」
ノウェムにヨヨが軽く頭を下げると、バルムンクと一緒にジャンブの後について室内から出ていった。