第百二十二話 アラクレ島侵入
イエシンの情報を入手したソージはその足で再び屋敷へと戻った。戻ってきたソージを見てシャイニーが抱きついてきたので、彼女のその小さな身体を持ち上げ抱っこをする。
「大人しくお留守番してましたかシャイニー?」
「うん! してちゃお!」
「あはは、偉い偉い」
「えへへ~ぎゅ~」
ソージが頭を撫でると首に手を回して嬉しそうに力を込めてくる。そのままソージの自室へと向かい、今後の動きについてプッコロと話し合うことにした。
「ふむふむ。この情報によりますと、イエシンは今現在、【アラクレ島】という場所に身を隠しているようですな」
プッコロはテーブルの上に広げた、ノビルからもらった情報の紙を見つめている。
「みたいですね。【アラクレ島】というと、【ゾーアン大陸】から少し離れた東の孤島ですね」
「この【ドルキア大陸】の真北に位置する島ですな」
ソージは同じようにテーブルに広げてある地図を見ながら【アラクレ島】を指差す。
「ここは確か浮島でしたね。ここの潮の流れは結構速いので、もしかすると今はここらへんにあるかもしれません」
「その情報もこの紙に書いております。ソージ殿が示した通り、今はその近辺にいる可能性が高いとのことです。全く、本当にこの情報収集能力は素晴らしいですな」
「まあ、良心的な値段ではないですけどね」
それだけに情報の信憑性は誰よりも高いのだが。
「イエシンは今力を蓄えておるのです。恐らくこの孤島にも、結構な戦力を配置しているはず。どうされますか?」
「……私としては正面突破が一番良いのですが……」
「ええ、恐らくその騒ぎを聞きつけたイエシンがとる手段……逃亡でしょうな」
「ですね。部下たちに私の相手を任せて、その間に自身は島から脱出する。そういう脱出経路も間違いなく用意しているでしょう」
影武者を立てて【英霊器】たちの力を計ろうとするほど強かな人物なのだ。この孤島に至っても、脱出経路は必ず確保していると見ておいた方が良い。
「今度は逃がしはしませんよ。報復される前に、ここできっちりトドメを刺します」
「頼もしいお言葉ですぞ! しかしどのように攻めるので?」
「…………恐らく部下に周囲の警戒を緩めないように言っているはず。空から飛びこんでも気づかれる可能性が高い……かといって海から行くのも…………あ」
「どうされました?」
ソージがハッとなったので、プッコロが気になって尋ねてきた。
「あはは、そうだそうだ、忘れていました」
「忘れていた?」
「ええ、私はつい最近魔法の幅が広がったんでした!」
「……?」
ソージが面目ないと言いながら頭をかいているが、プッコロはその態度の意味が分からずにずっと首を傾げたままだった。
【アラクレ島】―――――――――。
浮島であり、潮の流れによってその滞在場所を移動させる島。島自体は手つかずの自然が広がっており、大くの動植物も生息している。
その島の中には森が存在し、森の中心には洞窟が幾つも点在している。その中の一つから大柄の男が太陽の光が注がれる外へと姿を現した。
「ふい~相変わらず眩しい太陽だなぁ。俺様は昼より夜派なんだが、そこんとこどう思う?」
男の名前はイエシン。過激派魔族を纏める統率者であり、自身も魔族である。大柄は大柄なのだが、イエシンは縦に大きい。
身長をいうならば優に三メートルを越えている。赤い肌に鋭い目つき、尖った耳にはドクロのイヤリングをしている。腰には大きな剣を携えており、白い髪が島風に揺れてたなびいている。
「自分も昼より夜の方が好みます。その方が暗殺がし易いので」
イエシンに問われたのは、隣に立っているイエシンの半分くらいの身長を持つ魔族である。彼もまた赤い肌をしており、こちらは筋肉質でガッシリとした体型を見せている。
「カカカ! だよな! うぜえ権力者どもを殺すんならやっぱ夜だよな? そこんとこどう思う?」
「その通りかと」
「だよな~! あ、ところで例の準備は整ってるか?」
「はっ! 武器も数多く集まりました。いつでも奇襲をかけられる準備です」
「ん~いいねえ~。いい言葉だよ奇襲。まあ、この前、その奇襲で全部失っちまったけどな。そこんとこどう思う?」
「はっ! まさかあんな化け物のような執事が存在していたとは寝耳に水でした」
「だよな~。何なのアイツ? ちょ~強くなかった? あの時は巻き添えにならずにホントに良かったぜ。そこんとこどう思う?」
「その通りかと。もしあの時に気づかれていたのでしたら、今我々はここには立っておりません」
「だよな~、けど絶対復讐してやる。俺が皇帝を倒しその座についた暁には、真っ先にこう命令してやる! この世の執事を滅ぼせってな! そこんとこどう思う!」
「見事な御命令です」
「だよな~! よ~し! まずは上に立つ! そんでこの世の全てを手に入れてやる! カーッカッカッカッカッカ!」
イエシンの高笑いが森から放たれていた。
【アラクレ島】の遥か上空。そこに不自然な色をした雲がプカプカと浮いていた。そのオレンジ色した雲の上に立つソージが眼下に浮かんでいる島を眺めていた。
「あれが【アラクレ島】ですね」
「そ、それにしてもソージ殿がまさかこのように空まで飛翔できるとは、本当に便利な魔法でございますな!」
頭の上に乗っているプッコロが感嘆している。情報を手に入れてすぐにソージは行動を起こしていた。
まずは情報通りの場所へと向かい、遠目に【アラクレ島】を発見。そして橙炎を創り出し、かなりの高度を維持して空から近づくことにしたのだ。
しかしこれ以上は下手に近づけない。雲に隠れてはいるが、いつ見つかるか分からないからだ。もし見つかってしまうと明らかに警戒されてしまう。
「ここからどうするのですかな?」
「それは……送り飛ばせ、黄炎」
「こ、今度は黄色い炎ですか!?」
ソージの左手から放出された黄色い炎に目を丸くしているプッコロ。ソージはその炎の形を小さな球体にして、その場所から下方へと落下させていく。
「ソー、ソージ殿? 一体何を!?」
「まあまあ、見ていて下さい。それよりもプッコロさんもこれを持ってて下さい」
そう言いながらもう一度黄色い球体を生み出して彼に手渡した。
「こ、このオレンジ色の炎と同じで熱くはないのですね?」
「ええ、熱量はありません。ん~まだもう少し時間かかるかな?」
ソージは橙炎から下を覗き込む。プッコロはソージがやりたいことが全く以て分からずにキョトンとしたままである。
しばらくしてソージは頬を緩める。
「よし、そろそろいいでしょう」
「へ?」
「では行きますよ、プッコロさん」
「ほえ……っ!?」
刹那、その場から瞬時に姿を消失させたソージとプッコロ。
そしてソージたちが出現したのは周りが森に囲まれた場所だった。
「……はい? えっと……あれ? ソージ殿?」
「うん、どうやら狙い通り侵入できたようですね」
「…………嘘?」
プッコロはソージの魔法の万能さに言葉を失ってしばらく固まっていた。そんなプッコロを置き去りにして、ソージは思考を働かせる。
(さて、ここのどこかにいるイエシンを見つけるのか……)
島といえど、あまり自由に動き回ることもできないので、とにかく身を隠しながらイエシンを探すことにした。