第百二十話 守銭奴情報屋
ノウェムが去った二日後、バルムンクがコーランを【シューニッヒ王国】へと送り届けて帰って来た。そしてノウェムのことをソージが説明をした。
彼も魔王訪問という前代未聞な事実に驚きを得ていたが、ヨヨが【サフィール国】と手を組むと決めたことを告げると納得したように頷いていた。
それからソージを益々鍛え直さなければならないですなとSっ気全開でソージに地獄の修練を課した。
最近鍛錬することなどほとんどなかったソージに、久々のバルムンクの修練は半端ではなかった。すでにノウェムが去って二日経ったということは、ヨヨが動くのはあと五日。つまりその間にソージにもっと高みへ昇ってもらわないといけないということで、屋敷の業務を最小限にして、ほぼ修練がソージの日課になっていた。
最初の一日で全身の筋肉をフルに活動して限界を越えたのか、翌日は指一本動かすことができなかった。だがそこはヨヨの『調律』により、何とか動けるようにしてもらうが、筋肉痛は思わず声が出てしまうほどの痛みを伴っていた。
それでもバルムンクは容赦がなく、延々と戦闘訓練をソージに施した。ソージはもう死ぬかもとこの五日間で通算二百六十三回思ったが、何とか生き残ることができた。
鈍っていた身体も大分引き締まってくれたようで、身も心も改められた気がする。
これからノウェムがやって来る手はずになっており、そこからヨヨはノウェムとともに【ゾーアン大陸】へと目指し、【トパージョ国】を同志に加えるために動く。
そしてソージは今、どこかに身を潜めているイエシンを探し出し討伐する。ちなみにバルムンクがヨヨについてくれるという話なので、ソージは安心して自分の仕事に集中することができる。
いろいろヨヨも動き、イエシンの情報を得ようとしたが、何とも要領を得ない情報ばかりだった。それだけイエシンが巧みにブラフを世間に流しているということ。
思った以上に頭が回るようで、なかなか尻尾を掴ませてくれない。そこでヨヨを見送った後、ソージはある情報屋を訪ねることにしたのだ。
「ではヨヨお嬢様、お気をつけていってらっしゃませ」
「ええ、ソージも十分に気をつけなさい」
「はい」
「バル、行くわよ」
「畏まりました」
告知通り再びノウェムが迎えにやって来ていた。しかも今回は大きな鳥の背中に乗っていた。その鳥に乗ってヨヨを【ゾーアン大陸】へと連れていくつもりだ。
そしてもうすぐ飛び立とうというところで、
「ソージ、お主にはプッコロを預ける」
「え? プッコロさんを?」
突然ノウェムが近づいてきた。そして頭に乗っているプッコロを手渡してきたのだ。思わず受け取ったソージだが、どういうことかと尋ねると、
「プッコロは私と意思疎通が可能じゃ。常に情報交換ができる」
「なるほど、分かりました。プッコロさん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそでございます」
礼儀正しくプッコロが頭を下げてきた。
「では向かうぞヨヨ!」
ノウェム、ヨヨ、バルムンクを乗せた鳥が大きく羽ばたき、屋敷から【ゾーアン大陸】へと向かっていった。
「さて、まずソージ殿、これからの動きに関してですが、何かお考えが?」
「はい。少し値の張る情報屋を訪ねようかと思っています」
できればあのぼったくり屋に頼りたくはなかったが、こうも情報が手にできない以上、最も信頼度の高い情報屋に頼るしかなかった。
眠らない街――――――【バルバルハ】。
今ソージは、荒くれが大勢集まっていて柄の悪さではピカ一の街へとやって来ていた。しかしソージはニコニコしながらその街を闊歩している。
「ずいぶん嬉しそうでございますねソージ殿」
「え? そう見えます?」
頭に乗っているプッコロが、ソージの表情の緩みが気になったのか尋ねてきた。
「実はですね、少し娘の成長が嬉しくて」
「シャイニー殿がですか?」
「ええ」
実は今回も親離れがなかなかできないシャイニーがついてくるとごねるのではと思っていたソージだが、驚くことにソージが危ないから大人しく屋敷で待つように言うと、素直に聞き入れてくれたのだ。
あまりの衝撃に思わず「ほんとに?」と聞き返してしまったほどだ。
最近シャイニーは、ニンテとユーとも積極的に話すようになり、さらに仕事まで手伝うようになっていたのだ。まだ生まれて間もないはずなのに、驚くべき成長速度である。さすがは伝説の不死鳥であるフェニーチェだと感じた。
「こうして娘の成長を実感することって、親冥利に尽きますよね」
「……ソージ殿、一体何歳なのですかな?」
精神年齢では三十を軽く越してますとは言えない。呆れるプッコロを連れてソージが嬉しそうに歩いていると、ザザザッと周囲を何者かに囲まれる。
「よおよおよお、お綺麗な服を着込んでどこに行こう……って……んだ……」
現れたのはこの街の名物の試しと呼ばれる荒くれたちによる襲撃。その試しに打ち勝てなければ、身ぐるみが剥がされる。しかしソージはすでにその試しをクリアしている。一度クリアしたら基本的には手は出されない。
「おや? これはこれは、お久しぶりですね」
そこに現れた荒くれたちは、以前ヨヨと一緒に来た時にぶちのめした連中だった。向こうもソージに気づいたようで、顔を青ざめさせていく。
「あ、あああああんたはっ!?」
「また試しですか? 別に構いませんが、今度はぶち消しますよ?」
「ひっ、ひィィィィィィィィッ!」
荒くれたちが情けない声を飛ばしながら逃げ去っていく。
「な、何ですかなあれは?」
「さあ? きっと拾い食いでもしたのでしょう」
「いけませんね。そんなことをすれば食中毒になってしまいますぞ」
何とも純粋なプッコロだった。
ソージがここを訪ねた理由は一つ。それは腕利きの情報屋であるノビル・フローゼから情報を仕入れるためである。
彼女は超一流の情報屋だが、いかんせん守銭奴でもある。金さえ出せば、どのような情報でも売ってくれるが、その情報料が恐ろしく高額。
特に男嫌いで有名であり、ソージはヨヨの執事ということもあり常連なので、少しは色を落としてくれるが、男性には同じ情報でも女性の数倍の値段を提示するのが普通。
ただし彼女が提示する情報は間違いはない。少なくとも信頼性から見て、ソージの中でも抜群に高いのだ。その点は最高に評価できる。
とりあえずヨヨから高価なものを幾つか渡されているソージだが、どれだけ吹っかけられるかと思うと足が重くなるのも当然のことなのだ。
そしてノビル・フローゼが住む家に到着し、呼び鈴を鳴らすと中から「ハ~イ」と気軽な返事が返ってきた。扉を開けて中に入ると、外見は、二十代の前半で、スタイルも良く切れ長の瞳にスッとした輪郭と、美女と称するにピッタリな人物がカウンターに肘をかけて顔をソージたちに向けていた。
「アレアレ~? これまたどうしたっていうノ~?」
「お久しぶりです、ノビルさん」
「うん、お久~! というか一人?」
「はい、今日はノビルさんにある情報をお聞きしたいと思いまして」
するとノビルの瞳が獲物を見つけたかのように怪しく光る。
(うっわ~、金ヅルがきたぁ~とか思ってるなこりゃ)
つい溜め息が漏れるが、ここで引き返すわけにはいかずカウンターへと進む。
「今ちょ~ど手が空いたから良かったヨ~! んでんで、どったノ? ソージちゃんが一人で来たってことは…………裏関係かナ?」
「ええ、しかもかなり大仕事な感じで」
「……ちょっち待ってネ」
そう言うと、ノビルは腕を組んで目を閉じた。数秒、沈黙の後、目を開きノビルが口を開いた。
「……ソージちゃんが倒し損ねた過激派魔族の統率者に関することかナ?」
相変わらずの推察力である。本当に舌を巻いてしまうほどの的中率。ソージは苦笑を浮かべたのを確認すると、ノビルはニヤリと口角を上げる。
「やっぱりそうだったんだネ~。まあ最近目ぼしい裏関係でソージちゃんが関わっていることを考慮して推測するだけだからそんなに難しくないけどネ~」
それでも僅か数秒で答えに辿り着けるとは驚愕ものだ。
「……この女性は何者ですかなソージ殿?」
頭からピョコッと顔を出すプッコロ。彼もノビルが只者ではないことに気づいたようだが、それ以上に吃驚しているのはノビルだった。
「ちょ、ちょっとソージちゃんっ! それって小人族じゃないっ! すっごい稀少種族よっ! どこで見つけたのよっ! 今小人族は絶滅危惧種の一つで、世界にも数えるほどしかいないし、その生息地はワタシも一つしか知らないのよっ!」
「ちょ、ちょちょちょっと近いですノビルさんっ!?」
カウンターから乗り出て顔を近づけて興奮した顔を向けてくるノビルに、ソージは彼女から香ってくる甘い香りにくらりとしそうになりつつも理性を保つ。
「あ、ゴメンゴメン! でも信じらんないヨ……本当に小人族じゃないノ~」
目をキラキラさせながらプッコロを見つめるノビルに恐れを抱いているのかプッコロは「ひ~」と言いながらソージの髪の毛を必死で掴んでいる。
それ以上引っ張ると抜けてしまうから止めてほしいのだが、とにかく今はプッコロのことよりも大切なことがある。
「ノビルさん、実はですね……」