第十二話 海賊強襲
大きな帆船に揺られ、気持ちの良い海風に身を晒して水平線をジッと見つめていた天川真雪は、背後から声をかけられた。
「真雪さん、嬉しそうですね」
それはともに旅をしている星守セイラだ。彼女の透き通るような碧眼が真雪を見つめている。
「うん、だって少しだけでも手掛かりが見つかったんだもん!」
「そうですね。でも、本当にその赤髪の方がその……朝倉さんなのでしょうか?」
「う~ん、分からない……よね。だけど気になったらやっぱり確認したくなるよね」
「ふふ、真雪さんらしいです」
「でしょ! あはは! あ、でもこの船ってあまり人乗ってないよね」
「ですね、どうしてでしょうか?」
そんな会話をしていると、船乗りらしきガタイの良い男が話を聞いていたのか声を挟んできた。
「おい嬢ちゃんたち、知らないのかい?」
「え? し、知らないって?」
「今から向かうのって東大陸の《アンジャクス地方》だろ?」
「はい」
「本来なら【モルテス海】から入って【ジブラーチ海】に向かうっつう航路を辿るんだけどよ」
「何か問題でもあるんですか?」
船乗りはやれやれといった感じで肩を竦めると、
「今そこは大潮の時期で、渦潮も大量に発生すんだよ。だから今この船が向かってんのは【ローズブラッド海】なんだよ」
「そこって確か……」
「ああ、俗に言う《赤海》だ」
《赤海》というのは、読んで字の如く海の色が真っ赤なのである。しかも【ローズブラッド海】には凶暴な生物もいて、危険度の高い海である。船乗りなら誰もが避ける道のりらしい。
「ホントはよ、大潮が治まるのを待って順路を選ぶんだが、そういうわけにもいかねえ理由があんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、今この船にゃ、皇帝様に献上するある物が積まれててな」
「ある物って?」
「そりゃ俺も知らねえよ。とにかく先方さんが、一刻も早く《アンジャクス地方》にある【ジンセント港】まで届けてもらいてえって話らしくてよ、無理を押してこうして航行することを決めたってわけだ。つうか嬢ちゃんたち、よく知らずにこの船に乗ったな。他の客なんて、軒並みキャンセルしたってのに」
どうやらとんでもない船に乗ってしまったようだ。二人は一刻も早く大陸から出たかったため、出向間近な船に大急ぎで乗ったのだ。
あまり長居していたら【ラスティア王国】から動きがあり、見つかってしまう可能性がある。だからこそ目的地である東大陸へ向かうという船があると聞いて、碌に調べもせずに身を任せてしまったのだ。
「まあ、何事もなく終わることを祈っててくれな」
それだけ言うと船乗りの男は笑いながら去って行った。しばらく二人は固まったままだったが、真雪は空笑いを浮かべながら、
「…………失敗した?」
「えぅ……少し早急に動き過ぎましたね」
「ん~でも何か起こるって決まったわけじゃないし、船乗りさんじゃないけど何事もなく無事に航海が終わることを祈ってようよ!」
「そうですね。でも気になりますね、一体この船には何が積まれているのでしょうか?」
「うん、確かにそれ気になる。何なんだろうね」
「そう言えば、船室に立ち入り禁止区域がありましたけど、今思えばあそこに保管されているのでしょうね」
「ああ、あったねそんなの。船ってそういうものかなとか思っていたんだけど、もしかしたらセイラの言う通りかも」
そうやって二人が会話をしていると、まだ遥か前方だが、うっすらと海が赤く染まっている個所を発見した。
「あそこが《赤海》だね」
「本当に赤いのですね」
二人は初めて見る赤い海に若干感動を覚えているのか頬を上気させている。だが水平線だけだったはずの目の前の光景に、小さな影が見えた。
すると突如として船乗りの男たちが慌ただしく動き始めた。中には顔を青ざめさせている者もいるようだ。
「どうかされたのでしょうか?」
セイラはその光景を見て首を傾ける。真雪もまた呆然として見つめている。目の前を通った先程の船乗りに何があったのか聞いて見ると、
「海賊船だよっ!」
焦燥感を宿した表情でそれだけ言うと船乗りは去って行った。真雪とセイラは顔を見合わせると、声を揃えて言う。
「「……海賊船?」」
急遽航路を変更してその場から真雪たちの乗った船は来た道を引き返して行く。しかし相手の船の方が速いようで、段々と追いつかれていく。
真雪とセイラも海賊船という造形は漫画や映画などで知識としてはある。本当に帆にはドクロが書かれているのかと二人は思ったが、残念ながらそうではなく、メインマストに支えられている帆には、リンゴのような金色の物体を足で掴んでいる鳥が描かれてある。
その船には荒くれっぽい様相の者たちが大勢乗っている。そして口々に船乗りが言葉を漏らし始めた。
その中の呟きに、海賊の名前が判明するものがあった。
――――――――――――――――――《暁の鷲》。
海賊の名前は《暁の鷲》。あの帆に描かれている鳥はどうやら鷲だということが理解できた。
瞬く間に海賊に追いつかれた船は、真横に陣取られ次々と海賊たちが乗り込んできた。
「真雪さん!」
「うん、ああいう乱暴さんにはちょっとお仕置きが必要だね!」
真雪が言うとセイラも力強く頷く。彼女たちもここ【オーブ】に召喚されて、こういう荒場も経験しているのでそれほど慌てていない。
だが真雪が動こうとした時、
「動くなっ!」
海賊の船からよく響く声が轟く。見ると頭にバンダナを巻いた真雪たちとそう変わらない少女が腕を組んで仁王立ちしていた。
オレンジ色の髪の毛を後ろで無造作に縛っている。化粧っ気もまったく感じられない活発そうなその表情と様相だが、スラッとした体躯と小顔を持ち、モデルのような体形だ。そして極めつけは彼女のお尻から見え隠れしている長い尻尾だ。
真雪は一瞬、何故あんな若い女の子が? とも思ったが、この世界では別段珍しい光景ではなかったことを思い出す。
この世界は貧富の差が激しく、貧しい者は生きるために手段を選ばないのだ。それこそ子供が賊として金持ちや権力者を襲うことも多々ある。
「いいか、この船は今からアタシの支配に置く! アタシは《暁の鷲》の船長ユーラだ! 刃向うなよ! 大人しくしていれば命はとらないと約束しよう!」
まさか彼女が海賊の船長だとは真雪も思わなかった。セイラも同様のようで唖然と固まってしまっている。
「アタシらがここに来た理由、それはこの船の積み荷を頂くためだ!」
すると真雪たちの乗っている船室に続く扉が開いた。そこからは二人の男性が現れ、
「それは面白い。なら我らを討ち倒せると? たかが海賊風情が?」
物凄い威圧感が男たちから放たれている。しかしユーラはニヤッと笑う。
「お前らが積み荷の守護者ってわけか」
二人の男たちも軽い笑みを浮かべている。一人は体型も大きく、歴戦の強者のようなイメージを持たせるような雰囲気を持つ剣士、そしてもう一人はローブに身を包み、見た目は魔法士のような格好をしている。
「《暁の鷲》、聞いたことがあるが、女で、しかもガキが頭をしているようじゃタカが知れてる」
男の物言いに、傍にいた海賊の一人が「何だとっ!」と言いながら手に持った剣で斬りかかっていく。しかし剣士の男は身を引きあっさりかわすと、拳を男の顔に落とし床に叩きつけた。
「強いですね、あの方」
セイラが真雪に耳打ちしてくる。
「うん、どうやら私たちの出番はなさそうだね」
二人が安堵していると、海賊の船から笑い声が聞こえる。
「アーッハハハハハ! な~にやってんだおめえは!」
「そうだそうだ! それでも誇りある《暁の鷲》の一員かい!」
ユーラの隣に二人の男が姿を現す。どちらも屈強そうな身体をしている。ところどころに消えない傷も見えている。
「頭ぁ、ここは俺とガジが相手すっからよ」
「そうそう、頭は例の物を奪ってきてくんさい」
「…………任せた」
ユーラは大きくその場から飛び上がると、船に乗り込み、そのまま船室に向けて歩き出す。
「おい小娘、誰が行かせるって言った?」
剣士の男は敵意をユーラに向けて剣を抜くと、
「俺らが、だぜ」
その剣士の背後と、魔法士の背後にそれぞれ海賊たちが現れる。剣士たちは舌打ちをしながら海賊に対応せざるを得ない。そしてそのままユーラは船室へと消えていく。
妙な状況になったと真雪とセイラは思い、ただ静かに見守っている。その間にも、目の前では男たちの戦いは苛烈になっていく。
どうやらほとんど互角のようで、互いに譲らない攻防を繰り返している。剣士の相手も剣を抜き何度も鍔迫り合いを行っている。
そして魔法士の方も、彼は水を扱う魔法を行使して海賊を攻撃しているが相手の動きが見事で軽やかにかわし続ける。
「たかが海賊が! 何も分かってねえな!」
剣士が海賊と鍔迫り合いをしながらニヤッと笑う。
「ああ? 何言ってんだおめえ?」
「アレを守ってんのは俺らだけだと思ってんのか?」
「……何だと?」
海賊の男が眉をピクリと動かす。剣士は剣を振り抜き、男を吹き飛ばす。男も舌打ちをしながら態勢が崩れないように踏ん張る。
「ちゃんとアレのお守りはつけているに決まってんだろ。俺らの中で最強がな」
剣士の言葉を黙って聞いている海賊。どうやら海賊にとって予想外な事態が起き始めているようだと真雪は思ったが、真雪の目に確かに映った。剣士の言葉を聞いて、微かに微笑を浮かべる海賊の顔が……。