第百十九話 皇帝の意
「それでノウェム王、あなた方がこちらに望まれるのは何でしょうか? 改めてお聞かせ願います」
ヨヨがノウェムに尋ねると、繋がりを得たことで喜んでいる彼女が「うむ」と大きく頷くと、テーブルに立っているプッコロに説明を促す。
「そうですね。では整理させて頂きましょう。まずこちらが要求したいことはですね、ソージ・アルカーサ殿のお力を貸して頂きたいということなのです」
「それはソージを魔族討伐に参加させるためですね?」
「そうなのです。ですが《金滅賊》や【ルヴィーノ国】を相手取るのは我々がします」
「……つまりソージにはイエシンを倒してほしいということですね?」
「はい。それ以上を求めるのはさすがに心苦しいですので」
「そうですね。確かにかつてイエシンを倒すように命を出したのは私です。そしてソージは結果的に失敗しています。イエシンはきっとソージに復讐しようとしてくるでしょう」
ヨヨの言う通り、ソージは相手の能力を考慮に入れずにイエシンを倒したと思っていた。しかしイエシンは自身の分裂体を作り、ソージはまんまと相手の策に嵌まってしまっていた。
そのため、その時にソージのことを知られたと判断していい。せっかく集めた魔族たちを滅ぼされ、イエシンから盛大な恨みを買っていること間違いなしだろう。このまま放置しておけば、その魔の手が屋敷に迫ってくる可能性は高い。
(オレの失敗はオレが何とかしなければな)
ヨヨや家族のためにも一刻も早くイエシンを討伐しなければと強く決意する。
「イエシンに関してはソージを動かすことにします」
「ありがとうございます。それではヨヨ殿にお頼み申し上げますのは、我が王とともにその交渉力をもって【トパージョ国】を説得してもらいたいということです」
「……部下が向かっているのでは?」
「それはそうなのですが、恐らく望みは薄いでしょう。元々【トパージョ国】は温厚な種族が住む国でもあります。ですが今回の暴挙に魔族が関わっている以上、その魔族の手で事を治めることが筋。本来なら我々だけで何とか乗り切りたいところなのですが、いかんせん数に差があります。だからこそ、同じ魔族である【トパージョ】には動いてもらいたいのです」
「……そういうことですか。もし魔族が何もせずに、戦禍を引き起こせば、魔族全体の総意だととられて、下手をすれば皇帝から魔族討伐という命が出て、【サフィール国】も滅ぼされる可能性があるということですね?」
「そうなのじゃ。こ~んな面倒なこと、本当はしたくないのじゃが、動かなければ後々さらに面倒なことになるかもしれぬからな。民を背負う以上は生半可なことはできん」
ノウェムはまだ幼く見えるが、どうやら民のことを考えられる立派な王のようだ。確かにここで手を抜いて、皇帝の反感を買ってしまえば、魔族全てが皇帝を倒す意があると捉えられて、【ゾーアン大陸】が戦禍に包まれてしまう。
そうなれば無論ノウェムが治める【サフィール国】もただではすまない。多くの血が流れ、国は滅ぼされてしまうだろう。
だからこそノウェムは全力を尽くすことにしたのだ。
「それにさっきも言うたが、これはチャンスでもあるんじゃ。皇帝の意に応え、逆賊を打ち倒したという褒賞を頂けば、我が国は信頼を得られるとともに平穏も手に入る」
彼女の言う通り、【ルヴィーノ国】の企みを止めることができれば、皇帝からも恩賞が出るだろう。さらに信頼も勝ち得ることができる。
そうすれば今後、過激派魔族がもし動き出したとしても、今回の件を鑑みて【サフィール国】の言い分を皇帝は受け入れてくれるだろう。同じ魔族だという括りで倒される心配はないかもしれない。
しかしそれには逆賊を確実に止める必要がある。だが【サフィール国】だけでは数の暴力には敵わない。だからこそ同じ魔族国家である【トパージョ国】を口説き落として協力関係を結ぼうというのだ。
そして恐らく考えているのは、【ゾーアン大陸】の二分統治。つまり今まで【ルヴィーノ国】が治めていた土地を、【サフィール国】と【トパージョ国】で分け与えるということ。
また一歩権力を二つの国が強めることになる。それが狙い。
「ヨヨ、お主には余とともに行動してもらいたい。そしていつまでも聞き分けのない【トパージョ国】と協力関係を結べるように知恵を貸してもらいたいということじゃ」
「……確かに、ノウェム王の仰る通り、今のままでは戦力に不安が残るでしょう。ですが【トパージョ国】が加わればその問題も少しは解決します。しかしながら、《金滅賊》の正確な数が判明していない以上、二つの国が力を合わしても難しいかもしれませんよ?」
「無論そうじゃろうな。じゃがもう手は打ってある」
クククとノウェムは思わせぶりに含み笑いを浮かべていた。
【中央大陸・オウゴン大陸】には皇帝が住む《皇宮》が存在する。今、その荘厳な《皇宮》の中にある《金子の間》と呼ばれる周囲を金や宝石で装飾された場所で、二人の人物が顔を突き合わせていた。
部屋の突き当たりにある皇帝が鎮座する大きな籠があり、その籠に向かって跪きながら初老の白髪男が口を開いていた。
「先程お渡しさせて頂いた資料にはお目をお通しして頂けたでしょうか?」
その言葉を受けて籠の中から微かに影が揺れる。皇帝は簡単に素顔を晒してはいけないので、こうして謁見する時は籠の中に入るのだ。たとえ見知っている人物が相手でも、この《金子の間》では籠の中から姿は見せない。
「……目は通した」
籠の中から透き通った声が聞こえてくる。
「それで、いかが致しましょうか?」
「……そちに任せよう。朕は……そちを信頼しておる」
「ありがたき幸せにございます。では最近皇帝に牙を剥いているという輩を討伐する命を出しましょう。ちょうど良いことに【ラスティア王国】は【英霊器】召喚に成功しております。彼らを動かしましょう。なに、彼らは過激派魔族をすでに討伐しているという実績を持っています。きっと今回も大いに役立ってくれるでしょう」
「……二度は言わぬ。そちに任せる。民のために動け」
「御意」
男が踵を返し部屋から出ていこうとした時、
「少し待て」
「……はっ」
再びすぐに跪く男。
「……この情報を伝えてきたのは誰だ?」
「【サフィール国】のノウェム王にございます」
「……そうか、なら一つ、その者に総大将を務めさせよ」
「……御意に」
「それだけだ。もう下がれ」
男は皇帝の言うようにその場から去っていった。室内からは憂いを込めたような溜め息が一つ漏れていた。
「【ラスティア王国】が動く? 本当ですか?」
ノウェムから手を打ってあると聞いて、その内容を確認したソージは、彼女が【ラスティア王国】も動くと言ったので聞き返していた。
「そうじゃ。皇帝に文を送っておいた。無論逆賊が存在しているという証拠とともにな。そうするとじゃ、皇帝は必ずある国を動かす」
「……【ラスティア王国】」
「そうじゃ、過激派魔族を討伐した実績を持つ【英霊器】を召喚した国。その【英霊器】を必ず使うはずじゃ。まあ、実績は勘違いじゃがな」
確かに実際に倒したのはソージだ。しかし世間では真雪たちが討伐したことになっている。
「これで三つの国が動くことになる。また皇帝からもある程度の戦力は補強されるじゃろ。これで十分に戦えるはずじゃ」
彼女が皇帝に情報を送ったことで、皇帝がどう動くか見抜いていたようだ。
「【ルヴィーノ国】以外はしょせんは烏合の衆じゃ。頭さえ潰せば瓦解するじゃろ。それぞれの大陸に潜む《金滅賊》の長、トップに立って指揮している者が四人いる。その者たちが本格的に合同する前に、探し出して討てば頭を失った者どもは身動きを失う」
「……居場所はまだ判明していないのですか?」
ソージが尋ねるが、ノウェムは首を横に振る。
「それはお主が気にすることではない。お主はイエシンを撃退してくれればよい」
「……そうですね」
ソージにとっても他の大陸に渡って、いちいちトップを討伐して回るような面倒なことはしたくない。ソージの目的はイエシンのみだ。
「ヨヨ、用意ができたら余と一緒に【トパージョ国】へと向かってもらいのじゃ」
「…………少しお時間をもらえますか?」
「よいぞ。そもそも今日話して納得してもらえるとは思ってはいなかったからな。余は先に国へと戻るが、そうじゃな……一週間後に再び迎えに来よう」
ノウェムが椅子から立ち上がり窓へと向かうと、プッコロはその彼女の頭の上にヒョイッと跳び乗る。そしてそのまま頭を下げる。
「では一週間後にまたな」
窓の縁に足をかけて、そのまま外へと跳び上がる。彼女の背中から黒い翼が生えて、鳥のように空を翔けて去っていった。