第百十八話 国とのつながり
「【ルヴィーノ国】……ですか?」
ソージはノウェムが言ったイエシンのバックボーンについて信じられない面持ちを浮かべていた。
「そうじゃ。奴らはグルになって世界を牛耳ろうとしておる」
「……大分スケールの大きな話になっていますが、いち王国が世界を牛耳ることなんて不可能かと思いますが?」
確かに一国の戦力ならそれなりの規模に達する戦争も起こすことはできるだろうが、他国がそれを許さないだろう。結託して【ルヴィーノ国】を潰せば丸く収まる。
「確かに全ての国を攻めて傘下に入れようと思ってもなかなか難しいし、時間もかかるじゃろうな」
それこそ何十年と、いやそれ以上にかかってもおかしくはない計画である。しかも成功率は極めてゼロに近い。
「しかしじゃ、この世界を牛耳っている者を打ち倒せば……どうじゃ?」
「……っ!? ま、まさか【オウゴン大陸】を制圧しようと目論んでいるのですか!?」
その言葉が的を射ていたようで、ノウェムがニヤリと口角を上げる。
「そうじゃ、今実質的に誰もが逆らえない権力を有しており、世界を牛耳っておるのは【中央大陸】……つまり【オウゴン大陸】に住む皇帝じゃ」
「その皇帝を倒して新たな皇帝になると? そんな考え、馬鹿げていますよ?」
「少なくとも、その馬鹿げた計画を企んでいるのが【ルヴィーノ国】じゃ」
まさに言葉が出ない。そんなことできるわけがない。確かに大陸としては一番小さく、【オウゴン大陸】には《皇宮》しか存在しない、一見攻め落としやすいと見えるかもしれないが、恐らく大陸の中で一番攻め落としにくい場所だろうとソージは考える。
皇帝を守るために各大陸から選出し、優秀な人材で組織された《裁軍》。その数は膨大であり、特にその軍のトップに位置する《五臣》と呼ばれる人物の実力は、あのバルムンクも認めているほどだという。
兵士も《五臣》には及ばないが、それぞれが各国を代表できるほどの力を備えているまさに一騎当千の猛者の集まり。
たかが一つの国が反旗を翻して皇帝に刃を向けようが、一捻りされるのがオチだろう。
「もしかしてその行いを止めたいからノウェム様は私に手を貸せと仰られるのですか?」
「そうじゃ」
「……そのような愚かな行い、放置しておけばよろしいのでは? どうせ【中央大陸】へ攻め込んだとしてもすぐに潰されて終わりますよ」
「……それはどうかのう?」
「え?」
ノウェムは思わせぶりに笑みを浮かべると、手に持った紅茶をテーブルの上に置いてその小さな唇を震わせた。
「奴らは《金滅賊》とも手を結んでおる」
「……冗談ですよね?」
「本当なのです」
答えてくれたのはプッコロだ。
「これも確かな情報であり、《金滅賊》を束ねる長が度々【ルヴィーノ国】へ入る姿を確認しております」
「……そうか、《金滅賊》の望みは変革。つまり今の世の中を一新すること」
「ソージ殿の仰る通りでございます。金というのは皇帝を意味する言葉。つまり金を滅っする。皇帝を滅ぼすという意味が込められておるのでございます」
そう、だから《金滅賊》と彼らは名乗っているのだ。今の世を憂いて、いや、そんな高尚な思いはないだろう。ただ皇帝の治める世の中が気に入らないから、そういう者同士で結託して皇帝を打ち倒そうと集まった者たち。
賊自体は世界各地に存在しており、その数を正確に把握できている者はいない。一万とも十万とも言われているが、今の世の中に疑問を持っている者は溢れている。
もしその全員が決起を覚悟したなら、その数の暴力は、さすがに《裁軍》でも手に余るかもしれない。
そんな連中と一国が手を結んだとなると、確かにこれは由々しき事態かもしれない。
「恐らく今の【ルヴィーノ国】の魔王―――――ガナンジュが次代の皇帝になるつもりなのでしょうな」
プッコロの情報がどこまで正しいかは分からないが、もし本当に決起するのであれば、その中の一人がトップに立つのは間違いないだろう。
今、彼らに関しての情報では、【ルヴィーノ国】、《金滅賊》、魔族の統率者イエシン率いる過激派魔族の三つ。
(その中でどれも我が強いイメージがあるけど、仮にガナンジュがトップに立ったとして、他の二者は納得するのか……?)
特にイエシンなどは、わざわざ魔族を集めて権力者を殺しまくり、大陸を支配しようという意欲が見えた。黙ってガナンジュが上に立つのを見ているつもりだろうか。
それともその三者の間で何かしらの密約が交わされている可能性だってある。そもそもプッコロが言うように、ガナンジュが皇帝の立場を目指しているかも分からない。
ただ今の皇帝を倒したいと思っているだけということもある。
「……一つお聞きしてもよろしいですか?」
ソージがノウェムに視線を巡らせる。
「何じゃ?」
「どうして【サフィール国】が動くことになったのですか? もう一つの【トパージョ国】は動かないのですよね?」
「一応【トパージョ】には打診をしてある。まあ返事は渋いがな。向こうも放置しておけば、勝手に相手が自滅するだろうと考えておるようじゃ」
「なるほど、ではどうしてあなた方が?」
「簡単じゃよ。皇帝に恩を売る良い機会じゃからな」
「恩……ですか?」
ノウェムの発言にプッコロは申し訳なさそうに頭を抱えていた。恐らく彼女の発言は、プッコロの意ではなさそうだ。
「皇帝に恩を売っておけば、いざとなった時に利用しやすいからのう」
ずいぶん打算的な少女のようだ。
「もう一つ答えてやろう。お主に声をかけたのは、確かにかつて過激派を討伐した手腕を買ってということもあるが……」
ビシッとヨヨの方を指差したノウェム。ヨヨも「え?」と差される心当たりがないのか眉をひそめている。
「お主につながりを持ちたいと考えたからじゃ」
「……私……いえ、クロウテイルということですか?」
「いや、お主とじゃ」
「……理由をお聞きしても?」
「うむ。お主は情報屋じゃろう? しかも顔が広い。その情報力を買っておるし、傍にあれば心強い」
なるほどとソージは思った。確かにヨヨの仕事は情報屋であり、コネクションという形でいえば、各大陸にその網は広がっている。いつでも新鮮な情報を手に入れることだって不可能ではない。そんな情報屋と懇意にしておけば役立つことは間違いないだろう。
「……今まで人間と繋がりを持たなかった魔族がよりにもよって情報屋と繋がりを持つと?」
ヨヨの疑問も尤もである。情報屋は基本的には対価さえ払えば、その情報を売る。すなわち、魔族の情報だって流出する可能性が高くなるのだ。
「お主はただの情報屋ではない。調べたところ、情報を売る相手を選別する」
「…………」
「ろくでもない連中には、いくら金を積まれようが情報を売らない。お主は情報屋という仕事に自分自身の決まりごとを確実に持っておる。だからこそ、お主とつながりを得たいを思ったのじゃ」
どうやら感情で動くただの子供ではなかったようだ。ヨヨの仕事方針を吟味した上で、その手腕に信用を置けると考えて接触を図ってきたらしい。
そこにソージがいたということは彼女たちにとっては一種の僥倖だったというわけだろう。本来はヨヨとの間にパイプを作ることが目的なのだ。
「……ソージ、あなたは彼女たちを見てどう思うかしら?」
ヨヨは真面目な顔をしてソージの顔を見上げてくる。彼女の中でもう答えは決まっていると思うが、それでもソージに後押しを願っているのだろう。それが分かっているので、ソージは軽く頭を下げて言う。
「ヨヨお嬢様のお望みのままに。私はいつでもお傍にいますから」
「……そう」
ヨヨは吸い込まれそうになる漆黒の瞳をノウェムに向けるとキリッとした表情で言い放つ。
「分かりました。こちらとしても一国との繋がりを持てるのは好ましいことですから」
ノウェムもニカッと笑い、嬉しそうに両手をパンと叩く。
「そうか! ほら見るがよいプッコロ! やっぱり来て良かったではないか!」
こうしてクロウテイル家は、【サフィール国】との繋がりを得ることができた。