第百十七話 統率者の生存
「ふい~落ち着くのじゃ~」
「そうですなぁ~」
ソージが入れた紅茶を飲みながらノウェムとプッコロがほんわかしている。どうやら先程の喧噪は消失したようでソージもホッとした。
ちなみに小さいプッコロの紅茶の器は、橙炎で彼用に創った。
「どうやら落ち着かれたようで何よりです。それで、できればいろいろと説明をして頂きたいのですが?」
「うむ、そうじゃな。ちょうどよいからプッコロに説明を任せよう」
「畏まりましたぞ王様。不肖、このプッコロがこちらの方々にご説明をさせて頂きます」
プッコロがノウェムにピョコッと頭を下げると、クルリと身体を回転させてソージと対面する。
「先程は私を助けて頂き改めてお礼を申し上げます。この度は突然の訪問にもかかわらず、こうして温かいご厚意に感謝致します。あ、ご紹介が遅れました。私はノウェム王の相談役を務めさせて頂いておりますプッコロと申します」
「これはご丁寧に。私はソージ・アルカーサと申します。こちらにおられるヨヨ・八継・クロウテイル様にお仕えしております。そしてこの子はシャイニーと申します」
するとソージの足元にいるシャイニーを見たプッコロは感心するように目を見開いた。
「ほほう、これは珍しい。このようなところでフェニーチェの幼児をお目にするとは」
「っ!?」
その言葉にソージとヨヨは衝撃を受けた。シャイニーは見た目ではただの幼女にしか見えないはず。別に背中の翼を見たわけでも、力を使ったわけでもない。
それにどうやら彼は初見のようだった。それなのに一目見てシャイニーの正体に気づくとは吃驚ものだった。
そんな驚きを感じたのかプッコロは一つ咳払いをすると人差し指を立てて答える。
「え~実はですね、昔私がお仕えしていた魔王様が、大の冒険好きでして、フェニーチェの住む【アサナト火山】に行った時にフェニーチェと友の契りを交わしたことがあるのです。その時にちょうど、その子のようなフェニーチェの幼児もいたのですよ」
「……なるほど、それならば見破られた理由も納得ですね」
「あ、安心して下さっていいでございますよ。フェニーチェの立場というものは私も理解しておりますから、下手に騒ぎ立てるような無礼なことはしません。それはかつての主を裏切るような行為ですから」
どうやらプッコロという人物は紳士のようなのでホッとするソージ。だがその会話の中、ノウェムは興味がないのか紅茶をじっくりと堪能している。
「そうですか、ではプッコロさん、どうしてあなた方がこちらへ来たのか、その理由をお聞かせ願いますか?」
「おほん! 畏まりました。まずは一つ、ソージ・アルカーサ殿が最近過激派魔族を打ち倒したことは我々は承知しております」
やはり知っているようだ。しかしあの時は少なくとも真雪たち以外の人の気配を感じなかった。どこかで見ていたとしたら、相当の隠密に長けたものだろう。
「しかしながらですね、ソージ・アルカーサ殿が……」
「あ、フルネームは言い難いでしょうからソージでいいですよ?」
「むむ? そうでございますか? ではソージ殿と呼ばせて頂きます。ソージ殿が倒した統率者は本体の一部なのでございます」
「……一部?」
一部という言葉に引っ掛かりを覚えた。考えていたのはあれが偽物で、影武者の役割をしていたということ。だから本物はどこかにいて様子を見守っていたと思っていた。
「一部とはどういうことなのでしょうか?」
「それはですね、あなたが戦った統率者――――――名をイエシンと申すのですが、奴の得意としているのは自らの分裂体を作り出すことなのです」
「……!? つまり私が倒したのはその分裂体だと?」
「そうなのです。本体は恐らく遠くから様子を見守っていたのでございましょう。奴はそこでソージ殿と相対する危険性を察知して身を隠すことにしたようです」
近くには真雪たちもいたからさすがに一人で出てくるわけにはいかなかったのだろう。余程慎重な人物だと推察された。
「そして再び決起するために、密かに他の魔族たちを籠絡していったということでございます」
「なるほど。そして今、再度動き出しているというわけですね。ということはあなた方がココへ来たというのは、それを報せに来た……だけではありませんよね?」
そんな慈善事業を行うようなら、もっと友好関係が他の大陸と築いているはずだ。だがこと【ゾーアン大陸】に住む魔族に関していえば、他種族との関わりをあまり持たない。
それなのにこうしてただ話をするためだけにわざわざ魔王自ら足を運ぶとは思えなかった。
「さすがは過激派を一掃した人物でございますね。その通りです。我々がこちらに足を運んだ本当の理由は―――――」
「本物を討伐するために力を借りるため……ですか?」
ヨヨがプッコロの言葉を予測して先に述べる。プッコロは「お?」という感じで驚きを口を開けていたが、ノウェムは面白そうな瞳の輝きをヨヨへと向けていた。
「ほう、勘の良い奴がおるな」
「お褒め頂き光栄ですが、魔王直々の訪問となると、それくらいのことすぐに察することはできます」
「うむ、お主の言う通りじゃ。余はイエシンを討伐したい。それに手を貸してもらうために、いわば勧誘に来たということじゃ」
「……ですが何故わざわざ魔王が直接に来られたのですか?」
「簡単な話じゃ。その方が筋が通っておるからじゃ」
どうやら今代の魔王はかなり豪胆な人物のようだ。本来なら部下を寄越してその旨を伝えたりするのが普通のやり方だろう。遠く北の大陸から東の大陸までやって来る魔王など珍しい。
「それにじゃ、一度この目で見てみたかったのじゃ。あのイエシンの部下どもを屠るほどの輩とやらをな!」
今度はその好奇心に満ちた瞳をソージへと向けてきた。
「ずいぶんお転婆な方のようですね」
「う~そうなのです。ソージ殿にお分かり頂いて私も嬉しいですぞ」
「こらお主ら! 結託して余をバカにするでない!」
頬を膨らませるその顔を見ると、そこらへんにいる普通の子供と遜色はない。
「ソージ、仮にも一つの国を治める王よ。礼儀を弁えなさい」
「申し訳ありませんでした。ノウェム様もこの通りです」
頭を下げると、一気に機嫌を直したようで笑顔を作り「うむ!」と大きく頷いてくれた。
「おほん! 話を元に戻しますぞ。ソージ殿、此度のイエシン討伐に力を貸して頂けることは可能ですかな?」
プッコロの依頼。本来であるならば、情報屋であるヨヨの執事のソージが受けるような仕事ではない。しかし今回はどうやら放置してはおけない問題ということも理解している。
「放っておけば、彼らは恐らく私を殺しにやってくるでしょう」
「……可能性は高いですな」
「イエシンをあの時倒せなかったため、今回の状況を作り出しました。この屋敷を守るためにも、イエシンを討伐した方が良いと私も思います。……ヨヨお嬢様」
それでも最終判断はヨヨが決定権を持つ。ソージは彼女の顔を見つめると、彼女もまたことの重大さに気づいているようで、
「ええ、イエシン討伐に異を唱えることはないわ」
「ではお嬢様」
「けどもう一つ、気になることがあるの」
「え?」
ヨヨがノウェムに視線を向けると、その薄い唇を震わせる。
「ノウェム王、一国を持つあなた方が動いているということは、イエシンは国を相手に戦えるほどの戦力を持っているということなのでしょうか?」
するとノウェムは再びニヤッと口角を上げた。
「やはり勘の良い奴じゃ。その通りじゃ、どうにも調べた結果、奴の背後にはある国の存在がちらついておる」
「……それはどこでしょうか?」
一時の沈黙が流れて、十分に自分に視線を引き寄せるノウェム。彼女は笑みを崩し睨みつけるように眼光を鋭くさせて言い放つ。
「……【ルヴィーノ国】じゃ」