第百十六話 魔王ノウェム
「まずは自己紹介からじゃな! 余は【サフィール国】を総べる魔王―――――ノウェム・フロワ・サフィールじゃ!」
ノウェムと名乗った少女は窓の縁から下りると、ヨヨが座っていた椅子へと腰かけて尊大げに自己紹介した。
「……あなたが《青角族》だというのはその姿を拝見すれば分かりますが、本当に魔王なのでしょうか?」
ソージが当然誰もが感じる疑問を問う。するとノウェムはウムウムと納得したように頷きを見せて、
「これを見よ」
そうして小さな手を、まるで婚約指輪を見せつける記者会見よろしくといった感じで見せつけてくる。しかもその人差し指にはまさしく指輪が嵌められてあった。
その金色の指輪には、青く光沢を放つ石が嵌められてあり、ちょうど角を模った石が二つ存在し、それがクロスしているといった図。
その指輪を見たヨヨが微かに目を見開き口を開いた。
「それは……サフィール王家の紋章。代々魔王を継いだ者にしか嵌めることを許されていないという指輪」
「ほうほう、お主よく知っておるな。さすがは情報屋じゃ」
どうやらヨヨが情報屋であることも把握しているようだ。やはりある程度は、ソージたちの情報が知られていると考えた方が良さそうだった。
「あなたが魔王だということは理解しました。では何故いち民間人である我々をお訪ねになられたのでしょうか?」
「ククク、いち民間人があれだけの魔族を無傷で屠れると……本気で思っておるのか?」
「……っ!?」
試すように見つめてくるその紺碧の瞳に警戒度をさらに高めるソージ。ソージが過激派魔族を潰したことまで知られているようだ。
(あの時は真雪たち以外いなかったはず……するとやはりコイツが統率者?)
そうであるなら益々この状況が危険。一刻も早く他の屋敷の者とコンタクトを取り無事かどうかを確かめたいが、ここから下手に動けばヨヨとシャイニーが危険に晒されてしまう。
(くっ……オレ一人じゃ……)
今すぐ目の前にいるノウェムを倒して様子を見に行くという方法もあるにはあるが、もし仮に彼女が統率者ではなく、ソージの勘違いだけで殺してしまったとなると、完全に【サフィール国】を敵に回すことになる。
言い訳もできないだろう。そうなる可能性も秘めているので、迂闊に攻撃を仕掛けることができないのだ。何故なら彼女はいまだに何も危害は加えていないのだから。
するとソージの感情の焦りによる機微を感じ取ったのか、ノウェムはニヤッと笑みを溢し、
「安心せいソージ・アルカーサ。余は過激派の統率者でもないし、お主たちに危害を加えるつもりなど毛頭ないぞ」
「…………根拠はありませんが?」
「う~ん、確かに言葉だけで信じられる世の中じゃないしのう……お、ならそうじゃ! 信頼の証にほれ」
驚くことに、あろうことか彼女は右手の人差し指に嵌まっている指輪を取り、ソージに投げ渡してきた。思わずソージは慌てて受け取ることになる。
「それをやろう」
「え……ええっ!?」
さすがのソージもこれは声を上げられずにいられなかった。そしてヨヨもまた言葉を失っており愕然とした面持ちを表している。それもそのはずだ。これは王家の宝といっても過言ではない代物であり、魔王を証明する大切な指輪なのだ。
それをあっさりと手放す彼女の行動に驚かない者はいないだろう。
「お、王様っ! な、何をなさっておられるのですかっ!」
突然どこからか悲痛を含ませた叫び声が聞こえた。ソージは咄嗟にその方向へと視線を巡らすが、そこはどう見てもノウェムの頭である。
するとゴソゴソと彼女の髪が動いて、そこからヒョコッと二頭身の生物が現れた。サンタクロースが被っているような形の青い帽子を身につけており、丸い顔に肌が白色で、浴衣のような服を着込んでいる奇妙な生物。
その生物がヒョイッと頭から跳び下り、テーブルの上に着地すると、ビシッと彼女を指差して怒鳴り声を上げる。
「あ、あなた様は一体何をお考えなのですかっ! あ、あああああれがどういったものかご存じのはずですぞぉっ!」
白い肌を真っ赤に染め上げながら憤怒している。ソージたちはその生物に視線を奪われ唖然とさせられていた。
(な、何だ……初めて見る生物だけど……)
ソージも世界を渡り歩いてきたが、その時も、こんな奇妙な生物には出くわさなかった。
(もしかして【ゾーアン大陸】の固有種なのか?)
そうであるならば知らなくても無理はない。実はバルムンクとの旅で【ゾーアン大陸】には行っていなかったのだ。あそこは理由もなく襲ってくる者たちが多いということなので、下手なトラブルに巻き込まれるのを避けて渡らなかった。
だからもしこの二頭身の生物が、そこに住む固有種だとすれば、ソージが知らなくても無理はないという見解に落ち着く。
「うるさいのう」
「う、ううううるさいとはどの口が仰りますかぁっ!」
ノウェムは鬱陶しげに顔をしかめてそっぽを向いている。
「よいではないか、それで信用が得られるというのであれば安いものじゃろ?」
「や、やややや安いわけありませんぞっ! あの《魔王輪》は先代様も、先々代様も、もっと前の方たちも大事になされてきたものなのですぞ! あれは魔王が持ってこそ意味があるものなのです! そ、それをあなた様は……あ……」
血圧を上げ過ぎたのか、フラリと揺らめきそのまま「のわぁぁぁっ!?」と叫びながらテーブルから落ちるが、ソージが静かに受け止める。
そしてそのままテーブルの上にそっと戻してあげると、彼が驚いた顔をしながらも、ソージに対し頭を下げてきた。
「これはこれはご親切に感謝致します」
「いえいえ、それとこれはお返しします」
そう言いながら指輪を二頭身の生物に手渡す。ノウェムは「な、何でじゃ!?」と驚いたが、
「そんな大切なものを頂くわけには参りませんから」
「よ、よいのですか!?」
「ええ、それにあなたが仰るように、その指輪は魔王と称される方がお持ちになられている方が、その指輪も喜ぶと思いますから」
「う、うう……何というお優しいお方でございましょうか……王様とはかけ離れた存在でございますぅ」
涙を流しながら愛しそうに指輪を抱きかかえている二頭身。
「何か言ったかプッコロ?」
頬を引き攣らせているノウェム。しかしプッコロと呼ばれた二頭身の生物は、また怒りを表したまま彼女を睨みつける。するとジ~ッとしばらく睨み合いが続くが、ノウェムが溜め息を吐いてその勝負は終わった。
「分かった分かった。余が悪かった。許せ」
「ちっとも反省の色が見えないですぞ王様!」
「ちっ、うるさいのう…………この丸顔大臣」
「キィ―――――ッ! その口の悪さは誰に似たのですかぁぁぁっ!」
「うるさいわい! そんなもん両親に決まっておるじゃろうが!」
「そんなことありません! 確かに先代もお転婆でしたが、王様ほどバカではありませんでしたぞ!」
「バ、バカ……? 貴様いま余に向かってバカと言ったのか!」
「ええ言いましたぞ! このぺちゃぱいバカ姫っ!」
「い、言ってはならぬことを……ええいそこへなおれ丸顔めっ! 処刑してくれるっ!」
「やれるものならやってみなさい! このわがまま姫めっ!」
「喧しい喧しい喧しいわっ!」
二人が急に喧嘩を初めて、蚊帳の外に置き去りにされたソージたち。だが何故だろうか、彼女たちを見ていると、先程まで警戒していた自分が馬鹿らしく思えてくるソージ。
「あ、あのどうすればいいんでしょうか?」
「さあ、とりあえずお茶でも用意してきたらいいんじゃないかしら?」
ヨヨも彼女たちが危険だという認識が失われていたようだ。だが一応ここにヨヨとシャイニーを置いておくのはさすがに抵抗があったので、一緒に厨房へと向かい、お茶の用意をすることにした。
その途中で、普通に働いているメイドたちを見るが、どうやら本当に人質などをとっている様子はなさそうだった。ソージは安堵して、ヨヨとシャイニーとともに再び執務室へと戻った。
だがそこではまだ口喧嘩の真っ最中。つい溜め息が漏れるものの、このままでは話が進まないのでソージは紅茶を入れてノウェムの前に差し出す。
「そろそろその辺で一服してはいかがですか?」