第百十五話 魔王訪問
真雪たちを見送った後、ソージたちは通常業務へと入っていった。いきなりかなりの人数が減り、物寂しく感じるが、ソージは先程ヨヨに執務室へ来るように命じられていたのでさっそく向かっていた。
シャイニーもいつものようにトコトコと後ろをついてきている。最近は歩くことが好きなのか、よく一人で屋敷内を歩き回ったりして遊んでいる。
いつもベタベタしていた彼女が成長した証なのだろうが、何となくその成長に寂しさを感じるのは親心なのだろうかとソージは苦笑を浮かべてしまう。
執務室へ入ると、ヨヨが椅子に腰かけて難しい顔をしていた。何か困るような案件でもあったかなと一瞬ソージは彼女の仕事関係に思考を巡らすが、今抱えている中でヨヨにこのような顔をさせるほど難しいものはなかったはずだと思った。
「お嬢様、お呼びのようでしたので」
「ああ、来たのねソージ。少し話があるわ。ソファに座りなさい」
お言葉に甘えてソージはシャイニーを隣に座らせて腰を落ち着かせた。
ヨヨが椅子から立ち上がりソージに近づき、一枚の紙を手渡してきた。
「読んでみなさい」
「畏まりました」
書かれた内容に目を通していくのだが、ソージもまたヨヨ同様に思わず顔をしかめてしまった。そして視線を紙からヨヨへと移動させて問う。
「これは本当のことですか?」
「バルからの情報よ。まず間違いないわ」
バルムンクの情報収集能力にはソージも絶大の信頼を得ている。つまり彼からの情報だというのなら、ここに書かれている内容に偽りはなさそうだと判断。
「しかし……まさかそんな……オレは確かに駆逐しましたよ?」
「……多分、ダミーだったのでしょうね」
「そんな……」
紙には要約するとこう書かれてある。
『討伐したはずの過激派魔族が、統率者とともに再び旗を立てた』
以前、過激派の魔族がその動きを活発化させ、統率者に率いられて他種族を襲うという事件が広がっていた。そしてその魔の手が人間の有力貴族が、富裕層へと向けられ、ヨヨにも手が伸びるかと思われたので、ヨヨの命でソージが過激派を潰したはずだった。
しかしこの情報を見てみると、また魔族が決起したということ。しかも新たな統率者と書かれていない以上、ソージが倒した統率者は偽物だった可能性が高い。
「確かに統率者にしては弱いとは思ってましたが、まさか影武者だったとは……」
その可能性も少なからず考慮に入れたからこそ、ソージの存在に気づかせず、迅速に魔族を屠った。ソージの強襲に影武者をすぐに用意することなどできなかったはず。
(それにあそこにいた魔族全てをぶち消したはず。本物の気配すらなかった)
どこかに本物が紛れ込んでいる可能性もあったので、全てを葬ることにした結果、魔族殲滅という選択になったのだ。
「恐らくだけれど、ソージが向かう前にはすでに本物は影武者を仕立てて大陸のどこかへ身を潜ませていたのかもしれないわね」
「オレの存在に気づいて……ですか?」
「いいえ、恐らく統率者が恐れたのは……真雪たちよ」
「……っ! ああ、なるほど」
そうだ。真雪たちの存在を忘れていた。彼女たちは魔族を倒すために召喚された【英霊器】だった。そして恐らくその情報は魔族も手に入れていただろう。
だからこそ、彼女たちの実力を測るためにも影武者を仕立てて様子を見ようとしていたのかもしれない。しかし事実、倒したのはただの一般人であるソージ。
影武者もその事実に驚いたことだろう。まさか【英霊器】ではなく執事が現れて無双するのだから。だが確実にソージの存在は統率者に知られることになった。
「なら今まで動かなかった理由は何でしょうか?」
「決起に必要な手駒を作るため……かしらね」
「なるほど。確かにあれで統率者は多くの駒を失ったはずですからね」
「それに恐らくだけど、あなたのことを調べる時間も必要だったはずよ」
ヨヨの言う通りだろう。統率者にとってイレギュラー的な存在であるソージのことは、真っ先に調べる必要があったに違いない。
「つまり大よそオレのことを調べ終わったから動いたのでしょうか?」
「かもしれないわね。ただバルの調べによると、魔族のバックに何者かが潜んでいる可能性があるようよ」
「何者かとは?」
「それはバルでも分からなかったらしいわ」
バルムンクの情報収集能力でも分からないということは、余程隠匿に長けた存在なのか。大抵のことなら調べ尽くすバルムンクなのに、情報が不完全だということは、相手はかなりのやり手だということ。
「お嬢様がこの情報を見てどう思われますか?」
「放置はしておけないわね。きっとあなたのことも調べられているでしょうし、ここの屋敷だって……」
――――――――――――――――――もちろん調べてあるのじゃ。
突然開け放たれた窓の縁にその存在を表した人物。ソージはすぐにヨヨとシャイニーの安全を確保して前に立つ。
そして堂々と縁に座って足をブランブランとしている中学生程度の人物を観察する。
白髪のショートカットに見えるが、後ろで尻まで伸びている長い髪が五つに分かれて三つ編みされている。褐色の肌に額からサファイアのように碧い小さな角が生えている。
首には赤いマフラー。腰には左右に小刀が形態されてある。見た目からして少女だと思われた。
「ソージ・アルカーサ……じゃな?」
「そういうあなたは魔族……ですね?」
互いに視線を合わせて睨み合う。
(まさかここで襲い掛かってくるとは……コイツは一人で来たのか? いや、そんな馬鹿なことはしないか……なら)
心配なのは屋敷の中にいる者たち。ソージの目の届かないところにいる者たちを一斉に守ることはさすがにできない。
焦りを顔には出さずに、この場をどう切り抜けるか思案していると、相手が不敵に笑って答える。
「安心してよいぞ。余は魔王じゃからな」
「…………は?」
思わず時が止まるソージ。
今相手は何と言った……? 魔王? つまり魔族の王と言ったのだ。
すると「よっと」と言いながら窓の縁に立つ相手。ソージは軽く身を沈め臨戦態勢に入る。
「実はのう、お主に話があって参った次第じゃ」
「……話?」
「そう、お主も知っておろう。今、魔族の連中の中にバカなことをしとる者がおることを」
「そのバカの上に立って先導しているのがあなたではないのですか?」
「確かに余は魔王じゃ。けどのう、全ての者が余に忠誠を誓っておるわけではない。何しろ魔王は三人もおるからのう」
魔族が済む北の大陸―――――【ゾーアン大陸】。そこには三つの国が存在する。
一つは【サフィール国】。主に《青角族》と呼ばれる者が住む国。
一つは【トパージョ国】。主に《黄眼族》と呼ばれる者が住む国。
一つは【ルヴィーノ国】。主に《赤肌族》と呼ばれる者が住む国。
この三つの国にはそれぞれ国民を束ねる国王が存在し、その者たちは魔王と称されている。それぞれ種族的に違いはあるが、今回ソージが倒した魔族の中で最も多かった種族は《赤肌族》と《青角族》である。
その名の通り、《赤肌族》は肌が赤いのが特徴であり、体格が大きく気性が荒い者が多い。そして《青角族》は額に青い角を生やしており、性格は楽観的な者が多い。
今、目の前にいる魔族は間違いなく《青角族》なので、統率者の可能性があるため迂闊に動けずにいるのだ。
「では、ここに来た理由は、私と話すためだけと解釈してもよろしいのでしょうか?」
「うむ、よいぞ。じゃからその物騒な殺気と、余の背後にある奇妙な物体を引っ込めてくれんかのう」
少女の背後、つまり窓の外にはソージが発動させて待機させていた白炎が浮かんでいる。いつでも彼女を倒せるように準備しておいた。
しかし彼女はそんな危険な場に立っているというのに、笑みを崩さずにソージたちを見つめている。その佇まいが逆にソージを安心させた。
彼女はソージの敵意に気づいていてなお、懐へと入ってきている。殺される危険を冒してまでいまだにこの場にいて、少しの敵意も醸し出さない少女に対して話だけは聞いてみようと思った。だがそれを最終的に判断するのはヨヨである。
ソージはヨヨの顔を見ると、彼女もまたコクリと頷きを返した。
「分かりました。ですがあなたが怪しいのは事実なので、オレの魔法は消しません。妙なことをした瞬間、あなたをぶち消します」
「う~ん、確かにお主の言うことももっともじゃな。うむ、よいぞ! ならばさっそく話すからよく聞くがよい」