第百十三話 深まる絆
ソージはバルムンクとの手合せにより全力を尽くしたせいで深い眠りに陥っていた。いつもなら部屋に誰かが入ってきた気配に気づき対応することができるのだが、完全に熟睡してしまっており、部屋の扉が開き、誰かが入ってきたことに気づかなかった。
しかしさすがにその誰かに―――――――
「ぐほぉっ!?」
いきなり身体の上にダイブされたらさすがに覚醒してしまう。
「な、なななな何だ何だぁっ!?」
ソージは誰かによる攻撃を受けたのか、もしくは天井が落ちてきたのかと咄嗟に思ったが、腹の上にいる人物を見て動きを止める。
「……ま、真雪?」
そう、そこにいたのは真雪だった。馬乗りになっており、ソージの顔を見下ろしている。ただ気になったのは、その彼女の顔が何かを決意したような様子である。
「……想……くん」
「ど、どうしたんだよいきなり……」
何故彼女がここにいるのか不思議でならなかった。素早く周囲を確認したが、ここは間違いなくソージの私室で間違いはない。
そして今は夜中。つまり彼女が忍び込んできたことを意味する。
「想くん……あのね……そのね……」
急遽、覚悟を決めていた真雪の顔が困惑気味に歪む。何か言い難そうなことでもあるかのようだ。
「と、とりあえずそこからどいてくれた嬉しんだけど……」
「待って! 今ここからどいたらダメな気がするの!」
「……何のこと?」
本当に彼女の言っている意味がまったくもって分からない。その時、ギュッと真雪が自分の胸の中心を掴む。そして何故か月明かりに見える彼女の顔に朱がさしている。
モジモジとする真雪の姿に戸惑っていると、
「想くんっ!」
「は、はい!」
思わず真雪の呼び声に丁寧に返事を返してしまった。
「……私は…………想くんのことが好きっ!」
「……へ?」
今彼女は何て言ったのだろうか。好き……って聞こえたような気がしたが、やはりこの状況、夢なのだろうか……?
あまりにも突拍子もない出来事に、これは夢なのではと疑ってしまう。確かに真雪とは仲が良いが、まさか好きだと言われるとは思わなかった。
しかもこんな夜更けに部屋に忍び込むという真雪の行動が、現実感をソージから失わさせている。
だが目を潤ませて辛そうにソージを見つめる真雪の表情や、彼女の身体から伝わってくる温もりが嘘だとは思えない。
「え、あ、真雪……?」
「想くんハーレムの中でも、私が一番だって言わせてみせるから!」
「……え? ハ、ハーレム?」
一体彼女は何を血迷ったことを言い出したのか。何故ここで自分に告白をした後に、ハーレムを容認するような言葉を吐くのか、もうソージの頭はパニック状態だった。やはり夢なのかもしれない。
すると真雪は満足したようにベッドから下りると、そのままソージに背中を向けたまま質問してくる。
「ねえ想くん……私のこと…………嫌いじゃないよね?」
「な、何を……!?」
その時、彼女の肩が小刻みに震えているのを確認した。声だって上ずっており緊張感が感じられた。だからソージは思った。ここは冗談で返してはダメだと。
「……ああ、嫌いなんかじゃないよ。オレが真雪のことを嫌いになるなんてあるわけがない。大好きな幼馴染なんだぞ」
「…………そっか。んじゃ、今はそれでいいや」
そして彼女が振り向きニコッと笑った。月光の中に咲いた笑顔はソージの瞳を釘付けにした。瞬間、心臓が跳ね、頬に熱がこもるのを感じた。素直に可愛いと思ってしまったのだ。
「想くん、覚悟しててね!」
それだけ言うと真雪は部屋から出て行ってしまった。シーンとなった部屋。ソージは近くで寝ているシャイニーを見て、彼女が気持ち良さそうに寝息を立てているので安心した。
そして頬を抓って痛みを感じて、これが夢でないことを実感する。
(真雪がオレのことを……?)
ボフッと顔から湯気が出てしまうソージ。ハッキリ言って色恋沙汰には疎い。今まで、こんなにも真っ直ぐに好きと言われたことはなかった。
しかも相手が幼馴染だったことに心底驚愕だった。確かに今まで彼女を異性として見たことはなかったが、彼女が自分のことを好きだったと知って正直に嬉しいと思ってしまった。
「で、でも何で夜中なんだよ……真雪」
何やら宣戦布告のようなことを受けた気分だった。それからとりあえず布団を被ったが寝ることはできなかった。
ソージの部屋から出た真雪は、扉に背を預けて何度も深呼吸をしていた。ドクンドクンと心臓がうるさいほどに騒いでいた。
胸が痛い。だがこの痛みは何だか心地好いものだった。真雪は勇気を出せた自分を褒めてあげたい気分だった。だがふと、この隣にあるヨヨの自室が気になり視線を向けてみた。すると扉が微かに開いているように見えた。
(……まさか)
真雪はそのままヨヨの自室へとゆっくり向かい、扉の前に立つと、
「いいわよ、入って」
突如中から清涼感のある声が聞こえてきてハッとなってしまう。真雪は息を呑むと静かに扉を開く。窓の傍にはヨヨが立っていた。そして恐らく先程のソージとの会話を聞かれていたということを悟った。
月明かりのスポットライトを浴びて立っている彼女の立ち振る舞いは、女性である真雪も言葉を失うほどの美しさを醸し出していた。
光に反射する金髪は、まるで宝石をばらまいたかのようにキラキラと輝きを放っていた。その彼女が振り向き、日本人と同じ黒い瞳を向けてきた。
真雪はその佇まいに一瞬気圧されそうになるが、キリッと顔を表情を引き締める。
「ヨヨさん、私は……想いを伝えました」
「……そう」
「たとえ想くんがモテモテでも、ハーレムだとしても、その中で一番を目指します!」
「……宣戦布告というわけね」
「はい。ですけど、ヨヨさんはまだ告白してはいないんですよね?」
「…………」
「まずは私が一歩リードですよ!」
ニカッと笑みを浮かべる真雪。そして微笑を浮かべるヨヨ。
「いいわね。あなたは真っ直ぐで。とても羨ましいわ」
「そんなことありません……私もついさっきまでは、何も言わずに逃げようとしてましたし」
「あら、どうやら余計なことを誰かが言ったようね」
「ええ、ここに住んでる人たちはとっても良い人たちばっかりです!」
「ふふ、自慢の家族たちよ。それにマユキ、それはあなたも同じ」
「ヨヨさん……」
ヨヨがツカツカと真雪に近づいてくる。そして手を伸ばすと触れそうになる距離に立つ。
「先手はとられたわね、マユキ」
「はい!」
「……いいわ、ソージの一番をどちらが手に入れるか勝負しましょうか」
「あはは、それにはまず告白ですよ?」
「う……それは少しその……恥ずかしいわね」
ヨヨが目を逸らして恥ずかしそうに顔を俯かせる姿は女性もグッとくるほど卑怯な威力を備えていた。
(う~やっぱりヨヨさん綺麗で可愛すぎるよぉ~)
でも真雪だって負けてはいられない。ソージが真雪の笑顔が誰よりも一番だと言ってくれているのだから、それを武器に戦えるのだ。
ヨヨが誰に助言を受けたのか聞いてきたので、シーにいろんな話をしてもらったことを教える。そしてその内容を聞いてヨヨは溜め息を漏らす。
「でもやはりソージは見境ないわね。まあ、それがソージの良いところでもあるのだけれど」
「まったくですよ! 想くんは女の子に優し過ぎます!」
プンスカと頬を膨らませる真雪を見てヨヨは楽しそうに笑みを浮かべる。そしてそのまま手を差し出す。
「マユキ、私のことはヨヨでいいわ。それに敬語も止めて。これからは対等に接してほしいの」
真雪は若干戸惑い動きを止めたが、すぐにニッコリと笑顔を浮かべるとその手を取り力強く握手をする。
「はい! ううん、分かったよヨヨ!」
二人の絆が深まった夜だった。