第百八話 近づく別れ
夜、細やかだが明日、屋敷からいなくなる真雪とセイラのためにパーティでもとヨヨに提案したソージだが、彼女には一蹴されてしまった。
その理由を聞くと、家族が少しの間出掛けるだけで、何故パーティなどしなければならないのかと問われた。
その言葉にソージは感動を覚えた。確かに家族が少し私用のために出掛けるのに、普通はお別れパーティなどはしない。
「だからたった一言、無事に帰ってきなさいだけでいいのよ」
ヨヨには本当に頭が上がらない。この屋敷の中で、ソージが一番真雪とセイラのことを家族だと思っていたと感じていたが、どうやらヨヨの方がその思いは強かったようだ。
「お恥ずかしい限りです。ヨヨお嬢様の言う通りですね」
嬉しかった。ヨヨが真雪たちを本当の家族として接していくれていることがとても嬉しかった。
ソージはその足で真雪が働いている庭へと向かった。そして彼女がデミックとともに庭の整備をしているところを見て何故か安堵してしまう。
だがもうすぐ彼女がいなくなるという事実に、やはり物寂しさを感じてしまう。屋敷を振り返れば、セイラが必死に窓拭きをしている姿を発見できた。
彼女もまた、与えられた仕事を中途半端にしないように精を尽くしている。
(ダメだな……揺らいでるのはオレの方じゃないか)
ソージは真雪たち以上に、自身が寂しさで動揺していることを悟り頭を振って考えを捨てようとした。
するとそこへ目覚めたばかりのシャイニーがオルルに手を引かれてやって来ていた。最近結構この二人は仲が良いのだ。
どうにもオルルは子供に好かれるタイプのようで、ニンテやユーともすぐ打ち解けてしまっていた。逆にコーランは子供との接し方は分からず不慣れようで積極的に距離を置いているようだ。
「やあどうされたのですか二人とも」
「ソージ様、シャイニーちゃんが探していましたよ?」
「パパ~!」
シャイニーがソージのもとに駆けつけてくるので、彼女をふわりと抱きかかえる。嬉しそうに首に手を回すシャイニーを見て、オルルが優しげな笑みを浮かべて言う。
「そうしてみると、本当の親子みたいですね。同じ赤い髪ですし、何となく顔立ちも似通っているというか……」
「そ、そうでしょうか?」
ソージは自分とシャイニーの顔がそれほど似通っているとは思っていない。何故ならシャイニーは明らかに美少女だからだ。将来、確実に男が放っておかない美女になること間違い無しだと思っている。
「この肌艶、羨ましいですね~」
「何を仰ってるのですか? オルルさんだって綺麗な肌をなさっているじゃないですか?」
「え? あ、い、いえいえ! 私なんてほら……そばかすだってありますし。シャイニーちゃんは将来性高いですけど私なんて……」
「そばかすも含めてオルルさんにはとても良くお似合いですよ? それにオルルさんだって将来性は高いと思います。きっと美人さんになるはずです」
ソージの言葉にオルルは頬を赤く染め上げると顔を俯かせる。そしてそのままクルリと背中を見せると、
「う~やっぱりソージ様はアレですね。危険なお人ですね」
「はい? な、何でいきなりそんな評価に……?」
危険な人物とは別段初めて言われた言葉ではない。バルムンクと旅をして無茶をやっている時は、仕事先などで言われた経験はあった。しかしオルルのように若い子にその言葉を言われるとは思ってもいなかったので結構ショックだったのも確かだ。
(な、何か無茶なことをしたっけか?)
オルルと出会ってからこっち、何か危険なことでもしたかと考えるとなかなか思いつかない。
「ふふふ、今ソージ様はオレ何かしたっけ? 的なことを考えてるんじゃないですか?」
いつの間にか顔を近づけてきていたオルルに驚く。さらに考えの的を射ぬかれたので思わず後ずさりしてしまった。
「な、何故気づいたのですか!?」
「ふふ、顔に書いていますよ?」
「えっと……そ、そうですか? 書いてますかシャイニー?」
「ん~パパかっこいい~!」
シャイニーは質問の意味が分かっていないようだが、カッコ良いと言われて嬉しさが込み上げてきてつい頬が緩みかける。
「そうですよね~ソージ様はカッコ良いですよね~」
「うん! パパはかっこいいしつおいの!」
「あはは、本当にシャイニーちゃんはソージ様のこと大好きみたいですね!」
二人の美少女が笑い合っている姿はとても和みを感じる。すると思い立ったようにオルルがソージに話しかけてくる。
「あ、そういえばソージ様、私と姫様も明日マユキさんたちと一緒にここを出ようと思っているんです」
「え? そうなのですか?」
「はい、そろそろ一度国へ帰らないとさすがに国王様に叱られちゃいますから」
「でも二人で国へ帰るというのは危険ではないですか?」
「大丈夫ですよ! 途中まではマユキさんたちも一緒ですし、それにバルムンク様が送り届けて下さるということなので」
「ああ、それなら安心ですね」
まあ、とは言ってもコーランほどの実力者であれば、もし二人で帰国しても大丈夫だと信用している。あの剣捌きは大したものだし、たかが賊程度に遅れをとるとは思えないほど洗練されている。
「でも寂しくなりますね。一気に賑やかさが欠けてしまいます」
「ふふ、私たちもまたすぐにやって来ますよ。【シューニッヒ】は意外とここからも近いですから。もし良かったら今度はソージ様がいらして下さい。歓迎します」
「ええ、是非行かせて頂きます。その時はよろしくお願いしますね」
「はい! あ、それとですね、バルムンク様が時間ができれば裏庭に来るようにと仰ってましたよ」
「え? バルさんが……ですか?」
「はい。ちょっと緩みを感じたのでということらしいですが」
ゾクゥッとその瞬間、ソージの全身に寒気が走る。
「でも緩みというのは一体何なのでしょうか……あれ? どうしたんですかソージ様……顔真っ青ですよ?」
オルルが心配になるのも無理はないだろう。今ソージはガタガタと身体を震わせて顔を青ざめさせているのだから。
「い、いいいいやいや、だ、だだだだ大丈夫大丈夫。こ、これが平常運転ですよ間違いなく」
「え……えと……とてもそんなふうには……まるで何かに怯えているような」
「そ、そんなことはありませんよ! さ、さってそれでは裏庭に行きましょうかね! あ、シャイニーのこと頼めますか?」
「あ、はい」
そう言ってシャイニーをオルルの腕の中に託した。シャイニーもソージの様子が変だということに気づいているのかキョトンとしながらオルルと顔を見合わせて首を傾げている。
そんな彼女たちの思いをよそに、ソージは必死に頭の中で過去を整理していた。
(ゆ、緩み!? い、一体どれのことだ! ちょっと待てよ……もしかして最近寝る時に筋トレをサボってしまったことか? いやいや、それともあのイケメンとの対応が間違っていたか? でもあれはヨヨお嬢様にも許可を得た試合だし……)
ソージは頭を悩ませながら重い足取りで裏庭へと向かう。
(あ~憂鬱だ……バルさんが帰って来たからこういう展開もあるとは思ってたけど、まさか緩みを指摘されるなんて……ああ……死なないよなオレ)
完全に心は恐怖に支配されている。何度深呼吸しても落ち着かない心臓がうるさくドクドクと脈打っている。
ソージは頬をパンと両手で挟み込むように叩くと、「よし!」と気合を入れると足早に裏庭へと向かう。
そんなソージの様子を見ていたオルルが、
「う~ん、何か面白そうですし、姫様も誘って見に行きますかシャイニーちゃん」
「うん! いく!」
楽しそうな雰囲気を出していたが、ソージはそんな二人にまったく気づかずにいた。