第百七話 執事VS変態
突然二ノ宮和斗から闘いの誘いがあった。無論本来なら真っ先に断るのだが、ソージはある考えが浮かび相対することを選んだ。
それにヨヨも快く了承してくれたところを見ると、恐らく彼女もソージが考えていることを推察していたのだろう。いや、もしかしたら調子に乗り過ぎている和斗に嫌気が差して、少し釘を刺しておけという思いがあったのかもしれない。
ソージと和斗は庭の方に出て準備を整えている。周囲にはヨヨはもちろんのこと、屋敷の者たちや和斗の連れも出てきている。
「ソージ、油断したら駄目よ?」
「畏まりましたヨヨお嬢様。鼻っ柱を折ってきます」
「ほどほどにね」
ソージはニンテやユーたちからも激励の言葉を受けて軽くストレッチをしてから和斗と対面する。
「おい、本当にやるのか貴様?」
コンファが、剣を手入れしている和斗に向かって溜め息交じりに声をかける。
「当然だよ! ここで英雄の器としての力を見せつけてやるよ。あんな執事なんか目じゃないさ。あ、それとも俺のことを心配してくれて」
「そんなわけがないだろう。貴様のせいで空気が悪くなったことに腹が立っているだけだ」
「またまたぁ~、そういう照れ屋なところも可愛いけどねコンファは」
コンファは頬を引き攣らせている。何故これほどポジティブ精神に物事を受け止められるのか心底理解できていない様子だ。
「さってと、そんじゃかる~く成敗してきますかね」
和斗は明らかにソージを下に見ている。緩み切っている表情がその証拠だ。そのままの状態で和斗はソージのもとへと向かう。
「あ、あのあの、大丈夫でしょうか?」
「それはどっちの心配だナナハス?」
「え? あ、その……確かにカズト様はああいう性格ですけど、あれでも【英霊器】ですから……」
ナナハスは不安気にソージの方を見つめているようだ。ソージが和斗には勝てないと思っているのだろう。
「ナナハスはあの変態が勝つと思っているようだな」
「へ? ち、違うんですか?」
「そ、それは僕も気になります!」
ナナハスだけではなくラキもコンファの言葉に興味を持ったようだ。
「お前たちには分からないかもしれないが、あの執事……相当の武を修めているぞ」
「ええ!? そ、それ本当ですか!?」
ラキが驚愕に目を見開きソージに視線を送っている。ナナハスもパチクリと瞼を動かして固まっている。
「あの執事が醸し出す雰囲気は只者じゃない。恐らくかなりの修羅場も経験してきているだろう。あの変態も確かに能力は強いが果たして……どうだろうな」
コンファの言葉に二人は言葉を失ったまま、ソージと和斗を眺めていた。
「何かルールはあるのですか?」
ソージは対面している和斗に試合のルールがあるか尋ねる。
「そんなもん必要ないよ。瞬殺してあげるから」
「そうですか。なら先に戦闘不能になった方が負けということでよろしいですか?」
「安心しなよ。殺すなんてことはしないから。ただそうだね……少し痛い目は見てもらうかな?」
キランッと白い歯を輝かせて笑みを浮かべる和斗。
(カッコ良いとか思ってんだろうなぁ……)
周り女性を魅了するための笑顔なのだろうが、その効果はいま一つ……どころか全くないようで誰も彼に魅入ってはいない。
それどころかソージを応援する声が多くて、和斗が見るからに苛立ちを覚え始めているのが理解できる。
「ふ、ふん! いいさ、この試合が終われば格付けが終了するからね!」
「はぁ、ではさっそく始めますか」
合図をするのはヨヨである。ソージと和斗をそれぞれ確認したヨヨが、その薄い唇を震わせて宣言する。
「始めっ!」
瞬間、和斗は剣先を天へと向けると、
「我が《剣火帝王》よ! 全てを焼き払いし紅蓮の炎をその身に宿し今こそ眼前に立ちはだかる愚かな者に天罰を与えたまえっ!」
和斗の身体から燃え盛る炎が迸り剣へと集束していき、鋼の剣が紅蓮を纏い巨大な炎剣と化した。そしてそのまま突っ込んでくる。
「死ねぇぇぇぇぇっ!」
殺さないと言っていたくせに、明らかに始末する気満々のようだ。ソージはやれやれと頬をかくと、右拳をギリギリと握り込む。
和斗が上方から振り下ろしてくる炎剣を紙一重でかわすと、
「ぶべへえぇっ!?」
力を込めた右拳を和斗の顔面へと突き出し、そのまま頭から地面にめり込ませた。バキィィィッと盛大に地面に亀裂が走ってしまい、ソージは慌てたように口を開く。
「し、しまった……あとで元に戻しておかないと」
無論心配は地面の方だった。
地面に頭から突き刺さり動かなくなった和斗を見て、さすがのコンファも言葉を失ってしまっていた。
たった一撃。しかも耐久力の強い【英霊器】である和斗を仕留めるほどの威力。また明らかに殺気を滲み出していた和斗の攻撃に怯えもせずに立ち向かい、紙一重で攻撃をかわした鋭い動き。
そのどれもが超一流の武道家が持つものだった。
「コ、コンファ……さん? えと……カズト様……負けちゃいましたけど?」
ナナハスが信じられないといった面持ちで言葉にしているが、ラキもまたあんぐりと呆けたように口をポカンと開けていた。
「ど、どうやらあの執事は、私が考えていた以上の傑物だったようだ」
「そ、それにしても……あのカズト様をたった一撃って凄過ぎじゃないですか!」
コンファは今の結果を踏まえて考える。
(確かにナナハスの言う通り和斗は腐りきった変態野郎だが、仮にも【英霊器】だ。その力は英傑そのもの。今の動きにもそれほど無駄があったとは思えない。常人ならば先程の攻撃で炎の剣に真っ二つにされていただろう……だが結果は執事の圧勝)
コンファも旅の途中に何度も和斗が戦うところは見てきた。悔しく思うが、確かに魔法の力で言えば和斗は圧倒的だった。剣の腕はさほど良くなくとも、それを補う【英霊器】としての力があった。
そんじょそこらの腕に覚えがある程度の輩では和斗には勝てないだろう。あれでも戦闘訓練を受けた人物なのだ。しかし結果はあっさりと敗北。
ソージの一撃が避けられないほどのスピードであり、また意識を刈り取られるほどの威力を備えていたということ。これは驚くべき事態でもある。
(もし……仮にあの執事が我が国に仕えたとすると…………容易に国軍トップに立つことができるぞ。いや、もし彼が本格的に戦士従属してくれるのであれば、《皇宮》の《五臣》に入るかもしれない)
それだけの可能性がソージにはあるとコンファは思った。
「あ、あのあのコンファさん?」
「ん? どうしたナナハス?」
「いえ、その……カズト様を放っておいていいのでしょうか?」
「別にいいだろ。あのまま永眠してくれればなお良い」
「そ、それはダメですよぉ~!」
ラキが慌てて和斗のもとへと向かった。コンファも呆れたように肩を竦めると、ナナハスとともにラキの後を追った。
ソージはヨヨの前で頭を下げて「終わりました」と報告すると、ヨヨも満足そうに「よくやったわ」と褒めてくれた。
真雪も駆け寄ってきて「やっぱり想くんは最強執事だね!」と嬉しそうに言い、セイラも「お強いですソージさん!」と喜んでくれた。
ニンテとユーも勝利を祝うように抱きついてきて、まさに両手にではなく全身に花であった。そこへコンファとナナハスがやって来て、
「我が国の変態が失礼をした。許してほしい」
やはりこの人は礼儀を弁えている人だなと思い、ソージは頭を下げている彼女に、
「いえ、これで静かになったのでこちらとしても都合が良かったですし、恐らく明日まで起きないと思いますから、この後はゆっくりしていて下さい」
そう、これがソージの狙いだった。彼を自由にさせるのは危険だと判断したソージは、彼の意識を刈り取り深い眠りの世界へと誘うことに決めたのだ。
そうすれば、彼の行動にいちいち気を遣わなくても済むし、コンファたちもゆっくりと気がねなく過ごすことができるだろうと思ったのだ。
「なるほど。最初から君の手の平の上だったというわけか」
「いえいえ、そういうわけではありませんが」
「謙遜しなくてもいい。お蔭で確かにしばらくは平和な時を過ごせる」
「あはは、ご心中察します」
旅の間中大変だったことは想像に難くない。きっと和斗の行動に振り回されてきたことだろう。
「ところでソージ・アルカーサと言ったか」
「あ、はい」
「君は国に仕える気はないか?」
「まったくもってありませんね」
「……そうか、それは残念だ」
「あれ?」
「どうしたのだ?」
「い、いえ、もっとグイグイこられるかと思ったものですから」
今までの経験上、かなり強引な勧誘などがくると予想していたが、相手があっさり引いたので逆に驚きを得ていた。
するとコンファが微かに頬を緩ませて答えてくれた。
「その気のない者を強制したところで意味はない。心から忠誠を誓ってくれないのであれば、それは歪みに繋がる。なまじ実力者ならなおさらな」
「なるほど、あなたのような人が何故あの変態さんにつけられたのか理解しました」
「ん?」
「あなたのその聡明さが、あの変態さんの抑止力になると王様が考えたからではないでしょうか?」
「そ、聡明? わ、私がか?」
初めて焦りを見せるコンファ。
「そうです。私もこの場にあなたのような方がおられて心底安堵しております」
「そ、そうか」
「コンファさん? お顔が赤いですよ?」
ナナハスが不思議そうに彼女の顔を見上げている。
「な、何を言うナナハス! 私は普段からこの色だ!」
「え……そうでしょうか……?」
「そうなのだ! だから気にするな!」
「は、はい!」
ナナハスを言いくるめると、コンファは息を整えて真面目な顔を作る。
「あの変態は馬小屋でも放り込んでおいてくれ」
コンファはラキに介抱されている和斗を指差して答える。本当に嫌いなんだなぁとビシビシ感情が伝わってきた。