第百六話 ウザい奴
突如訪問してきた四人の人物。その四人を見た瞬間、真雪とセイラの表情に陰りが見え、ソージは瞬時に四人の正体を把握した。とりあえずデミックに四人を客室へと案内するように頼み込み、ソージは自室で仕事をしているヨヨを呼びに向かった。
そしてヨヨとともに客室へと向かったところ、そこから嬉しそうに声を上げている一人の少年がいた。
「良かったよ天川さんに星守さん! 無事だったんだね! あはは、これでみんなが揃ったね! 本当に良かった! なあラキ!」
「は、はい! 王様も心配なさっていましたよお二人とも」
茶髪のイケメンと、二十代後半の青年が真雪とセイラに笑顔を向けていた。だがそれを受ける二人の表情は優れなかった。
ソージはそんな二人を見て、とりあえず皆に席を勧めて話を聞くことにした。イケメンはソージの顔を見て若干眉をひそめたが、すぐにヨヨの姿を見て感心したように目を見張る。
「……素晴らしい」
それは無意識に零れ落ちたものだろう。彼がヨヨの美に感動していることがすぐに理解できた。そしてツカツカと間を詰めてきたので、ソージは咄嗟にヨヨを庇うように前に立つ。
「? ……君は何だい?」
「初めまして。私はこちらにおられるヨヨお嬢様の執事でございます」
「ふ~ん、ちょっとそこをどいてくれないか? 俺はそこの女性に用があるんだけど?」
「いえ、用がおありならそこからどうぞ」
ソージは明らかな拒絶感を表してイケメンを見つめる。いや、彼の名前は分かっている。真雪から聞いている。二ノ宮和斗――――真雪たちと同じくこの世界に召喚された少年。
学校も同じだった。そしてソージももちろん会ったことはある。上級生なのに、いつも彼は下級生である真雪がいるクラスへとやって来ては昼食を誘ったりするのだ。
来る度に真雪にのらりくらりとかわされていたのだが、そんなやんわり拒絶も気づかずに凝りもせずに毎日毎日誘いにくるものだから、一種の名物と化している行事だった。
ただ彼の周りにはいつも女の気配があったので、彼がモテていたことは分かっている。人間的な魅力はともかく、外見だけは確かにモテ要素はあるだろう。
「ちょっと失礼じゃないか? たかが執事なのに、英傑である俺に意見しようっていうのかい?」
「どうやら何か勘違いなさっておられるようですが、あなたはあくまでも一人のお客様です。しかも私はあなたという人物をよく知りません。下手な輩を大切な主へと不用意に近づけさせるわけにはいきません」
「なっ! 下手な輩だと! 無礼だぞっ! 俺はこの世界において英雄そのものだぞ!」
ビシッと指を突きつけてくる和斗を見て、まるで大海を知らないカエルが鳴き叫んでいるように思えてくる。
「これは失礼致しました。ですがいくら英雄様であろうと、素晴らしい人格の持ち主だとは限りません。あなたがもう少し紳士然と振る舞っていればこちらも少しは譲歩はできます……が、お聞きしましたよ? あなたがこちらへ来る前、メイドたちをいやらしい目で見ていたと」
「な、ななななななっ!」
そう、彼らを出迎えたメイドたちから、彼の目つきが気に食わないといったことを聞かされていた。特にシーやカイナの身体を観察するように見ていたことがソージの耳に入ってきている。
「安心するがいい。この男が一般市民に不埒な真似をするようなら、この私が斬り伏せる」
腰に構えている剣の柄に手を置いて言うのは緑色の髪を腰まで流すモデルのような体形の女性だ。キリッとした表情が様になっている。
「……あなたは?」
「失礼をした。私は【ラスティア王国】の国軍所属、コンファ・フリーニスだ。この度は突然の訪問すまない。だが我々もある命を受けてやって来た」
どうやらまともな人がこの場に居てホッとする思いだった。立場を取られて不貞腐れているのか、和斗は口を尖らせてソージを睨みつけている。
「ではお話を伺いますから皆様、お席にどうぞ」
ソージの言葉を受けて、ヨヨ、ソージ、真雪、セイラ、そして和斗たちがそれぞれ席に座った。
「遥々【ラスティア王国】からお疲れ様でした。お初にお目にかかります。私は当屋敷の主、ヨヨ・八継・クロウテイルと申します」
ヨヨがいつものごとく淡々と自己紹介をすると、和斗がジッと彼女の顔を見つめながらウンウンと頷いている。何を納得気なのかサッパリ分からない。
「こちらも紹介しよう。私は先程言ったようにコンファという。そして……」
それぞれ二十代後半の男性がラキ、可愛らしくおどおどとした様子の少女がナナハス・リンドウだということが分かった。
「……以上だ」
「おい! ちょっとコンファ、待ってくれよ! 俺の紹介を忘れているじゃないか!」
恐らく意図的だろう和斗の紹介を飛ばして紹介を終えたコンファは、そのまま悪びれも無い様子で無表情のまま、
「あ、そういやそうだったな。紹介しよう」
「ふふん」
自慢げに胸を張る和斗。
「ただの変態だ、以上」
擬音にするとガビーンといった感じで和斗があんぐりと口を開けて固まっている。ソージは心の中でナイスと思ったのだが無論顔には出さないようには努めた。
それから和斗がこれではダメだと言って、自ら自己紹介したが長くなりそうなので、名前だけ聞いてさっさと本題に入ることにした。
とはいってもその場にいる者全員が何のために四人がやって来たのかは分かっていた。
「我々はここにおられる英雄様であるマユキ様とセイラ様をお迎えに上がりました」
コンファの言葉にやはりかと思ったソージは、そのまま視線をチラリと二人に向ける。彼女たちは明らかに元気のない様子である。帰国の話をしてはいたものの、いざやってくるとやはり思うところはあるのだろう。
「なるほど。マユキたちの様子を見てみると、あなた方が間違いなく王国の方たちだということは判断できます。マユキ、セイラ?」
ヨヨに名前を呼ばれて特に二人の肩がビクッと動く。
「準備はできているのかしら?」
ヨヨだって家族がいなくなるのはよろしくない事態ではある。しかしこのまま放置していい問題ではないので、きっちりケジメをつける必要があるとヨヨは二人に説き、彼女たちもその時は了承した。
「準備は……その……」
真雪が言葉に詰まっている様子は、子供が親と引き剥がされるような感覚を覚えさせる。ソージはヨヨと顔を合わせると、
「お嬢様、遥々来られた方たちもお疲れでしょうし、今日一日くらいはゆっくりとして頂くというのはどうでしょうか?」
「そ、想くん……」
「ソージさん……」
真雪とセイラの表情がどことなく安堵した様子だ。荷の準備はヨヨから言われてから用意していたからできてはいるのだろう。しかしまだ心の準備はできていないのだ。
ソージは一日、覚悟を決める時間が必要だと……いや、その時間をあげたいと思ったのだ。
「皆様もいかがでしょうか? 旅の疲れを癒して頂いては」
ソージの提案の意図に気づいた様子のコンファやナナハス、そしてラキは「お言葉に甘える」と言って承認してくれた。
そしてもう一人、和斗も確かに承認はしてくれたのだが……
「そうだね~ここは良い人たちがいっぱいいそうだし、少しだけ世話になるのもいいかもね!」
明らかに一人だけ動機にやましさを感じる。チラチラと先程からヨヨを見つめる視線にそこはかとなく苛立ちを感じてしまう。
もし彼が王国からの使いでなかったとしたら、間違いなくぶち消していると思うソージだった。
ヨヨもその視線に気づいているようで、ソージにしか分からないが明らかに不愉快そうに眉を密かに揺らしている。
(ていうかよくモテてたなぁコイツ……)
彼の周りにいた女性たちは、本当に彼の顔だけ判断して寄っていっていたことが判明。
(もしくはちやほやされる立場に輪がかかったことではっちゃけたタイプなのかもしれないなぁ)
こうして異世界に来て、英雄扱いを受けた結果、さぞ多くの人から称賛、憧憬、羨望などを向けられてきたことだろう。そのせいで彼の中に元々あった虚栄心に拍車がかかり、優越感を纏って自分が優れた人物だと勘違いしてしまったのかもしれない。
確かに選ばれた存在ではあるだろうが、彼が成したことは恐らく微小。降って湧いたような僥倖により、自身の器以上の評価を受けて、完全に態度の全てが空回りしている。
まだ日本にいた時の方が、ただしつこい先輩という評価だけだったが、下手に力と名声を持ったためにさらに鬱陶しい性格が誇大化して扱いきれないほど面倒なものになっている。
コンファが彼を無視しているのは唯一残された正しい対応なのかもしれない。
「そこの執事くん! 俺には相応しい部屋を用意してくれるかい?」
ソージもできれば無視したいが、さすがにそういうわけにはいかない。
「はい、素晴らしいお部屋をご用意させて頂きます」
外からガッツリと鍵をかけられる牢屋のような部屋を用意しようと心に決めた。こんな人物を自由にさせるのは危険極まりない。
「あ、想くん、私とセイラはまだ仕事あるからちょっと行ってくるね」
「今日くらいは休んでもいいんだぞ?」
「ううん! 仕事はきっちり最後までやるって決めてるの! そうだよねセイラ!」
「はい!」
真雪とセイラは本当に良い子たちである。
「そうか、じゃあこちらの方々はオレに任せて真雪たちは行ってきていいよ」
「うん!」
そうして真雪がセイラとともに部屋から出ようとした瞬間、
「ちょっと待ってくれるかい?」
また和斗が会話に口を挟んできた。
「どうかしたのですか?」
「……何で天川さんのことを下の名前で呼んでるんだい? しかも天川さんも親しげだしね」
不機嫌そうな和斗に、いちいちめんどくさいなと思いソージは心の中で溜め息が漏れる。
「あなたに関係ないかと思いますが? それともプライベートな話をいちいちあなたに話さなければならない義務でもあるのでしょうか?」
「な、何だってぇ……?」
ギリッと歯を鳴らす和斗。そして不敵そうに笑みを溢すと、
「どうやら礼儀がなってない執事のようだな。俺が礼儀というものを教えてあげるよ。外に出ろ執事!」
本当に鬱陶しい奴だとソージは思ったが、ここである思いつきが脳裏に過ぎる。そしてソージもまたニッコリと笑う。
「構いませんよ。ではご指南頂きましょうか、英雄様?」