第百五話 訪問の気配
【東大陸・ドルキア大陸】の【モリアート】という街の近くに四人の少年少女の姿があった。
「お~あれが【モリアート】かぁ~」
遠目に見える街を視界に入れて二ノ宮和斗が、ようやく旅の目的地に着いた安堵感から頬を緩めていた。
真雪やセイラとともにこの【オーブ】へと召喚された和斗は、召喚した国である【ラスティア王国】の王の命により、真雪たちを連れ戻すために彼女たちの足跡を追っていたのだ。
情報屋から仕入れたネタを頼りに彼女たちが【モリアート】に向かったことを知りこうしてやって来ていたのだ。
「あ、あのマユキさんたちは元気でしょうか?」
不安そうに尋ねるのは、一緒に旅をしてきたラキ・オーベン。彼の歳は二十七歳であり、見るからにひ弱そうな優男である。
そして彼こそが真雪たちをこの世界に召喚した魔法士なのだ。薄紫色の髪をセンター分けにしている。彼もまた王の命で和斗のお供をしろと言われていた。
「ああ見えて天川さんと星守さんは強い。きっと無事さ。ね、コンファ、ナナハス?」
和斗が尋ねたのは二人の人物。一人は無口でダークグリーンの髪が腰まで伸びているモデル体型が自慢の女性―――コンファ・フリーニスだ。切れ長の瞳と決して笑わなさそうな引き締まった表情が特徴である。また王国きっての剣の達人でもある。
和斗の質問にも憮然とした様子で無視している。
「あ、あのあの……わ、わたしたちはその……そのマユキ様たちのことを知らないので……」
外見は水色のショートカットで、くせ毛なのかクルクルとカールを巻いている。身長は低く、年齢も和斗より低い。幼い顔立ちだが、愛嬌のあるクリッとした目が特徴である少女――――ナナハス・リンドウという名の魔法士だ。
「あ、そっか! ごめんごめん、そうだったね。お詫びにもし疲れているならおんぶでもしてあげるけどどうかな?」
和斗の鼻がいやらしく膨らみ、それに不快感を感じたようでコンファが舌打ちをしてそっぽを向く。ナナハスも若干身を引いて和斗から距離を取る。
「あ、あのあの……わたしはまだ大丈夫ですから」
ナナハスは拒絶を身体で表すように胸の前に両手を持ってきている。ハッキリ言って和斗は世間でいうイケメンである。性格ではなくあくまでも外見上ではだ。
だが下心見え見えの彼の態度に女性が距離をとってしまうのも無理はないだろう。しかも自分が拒否されているということを自覚しない……いや、できないという面倒なタイプでもある。
その態度にすでにコンファは諦めているのか、この旅の間中、ほぼガン無視なのだが、それでも和斗は彼女が照れていると思っているようでしつこく話かけているのだ。
ナナハスは引っ込み思案で大人しい性格なので、無視という手段は選択できないが、やんわりと拒絶の意思は伝えているのだ。しかし彼には届かない。
唯一その板挟みになっているラキが、女性たちのご機嫌取りをしたりしているという現実。このパーティの中で一番貧乏くじを引いているのは間違いなくラキだろう。
最近の望みは良い胃薬がほしいということらしい。
「へ? そう? 疲れたらいつでも言ってくれよな」
意気揚々と笑みを浮かべて街の方角へ顔を向ける和斗を見て、ラキは疲れたように吐息を漏らしている。
「天川さん、星守さん! 待っててくれよ! この俺が今すぐ行くからさ!」
使命に燃えている彼を止められる者はいない。他の三人はそれぞれ彼の背中を悪い意味でずっと感心するように見つめていた。
和斗たちが近くまで来ていることを知らずに真雪は鼻歌混じりにデミックとともに庭の手入れをしていた。そこへソージが少し休憩したらどうだと提案しにやって来た。
「ありがと想くん! デミックさ~ん、想くんがお茶を入れてくれましたよぉ~!」
「オッケ~だ! すぐ行くから先に屋敷に入っててくれや~!」
「は~い!」
ソージは後からデミックが来るらしいので、まずは真雪と一緒に屋敷の中へと入っていった。
「あ、おにいちゃん!」
キラキラした羽衣のようなヒラヒラである《燈衣》をユラユラと動かしてユーがトコトコとやって来た。
「やあユー、どうしたんですか?」
「あ、うん、えっとね、まちでこわしたたてものをなおすよさんのことなんだけど……」
「ああ、そのことですか。ではそれについても話すので一緒にお茶でもどうです?」
「うん! じゃあニンテもよんでくるの!」
嬉しそうにユーが破顔してニンテを呼びにいった。本当に二人は仲良しである。
ソージと真雪はお菓子とお茶が用意されている部屋へと入った。すでにソージが皆のためにと作っておいたものである。
そこにはすでにセイラとユーの母親であるシーもいる。
「あ、セイラも休憩してたんだね!」
「すみません、お先に頂いていました」
「ううん、一緒にお茶飲もう!」
「はい!」
真雪とセイラもユーとニンテのように仲が良い。ずっと二人で旅をしてきたからというのもあるだろうが、それ以前に彼女たちは日本にいた時からの親友だ。
ソージの事故をきっかけに知り合うことにはなったが、ソージは二人がこれからもずっと一緒に笑い合ってくれれば何も言うことはなかった。
(もう少しシャイニーが成長したら、積極的にこの輪の中にも入っていけるのかなぁ?)
ひょんなことからシャイニーの父親になったソージだったが、やはり娘のことは気にかかる。今はまだ生まれて間もなく、他人と接することにあまり興味を抱いていないようだが、これから成長していくにつれて、少しは社交性が生まれればなと思う。
とりわけニンテやユーとは歳もまだ近い方なので、仲良くしてほしいと思っている。最近では前みたいにシャイニーが一方的に突き放すようなことは減ってきている。
しかしまだニンテたちと一緒に遊ぶよりはソージの傍が良いという状態だ。
(はは、寝ている時が一番動きやすいってことはシャイニーには言わない方がいいかもな)
実際にいつもシャイニーが傍にいることで動きに制限がかかることもある。今はそれほどでもなくなってきたが、最初はトイレに行くのも一緒にということが続いた。まあ、風呂は今でも一緒だが。
フェニーチェは成長が早いので、彼女が少しだけ親離れできることを願っているのだ。完全に親離れするのは寂しいのでまだそこまではいってほしくはない。
ニンテとユーが部屋へとやって来て真雪たちと一緒に談笑している。すると子供たちがはしゃいでいるのを微笑ましそうに見ていたシーがソージのところへやって来た。
ソージが紅茶を入れ直しているのを手伝ってくれるそうだ。
「ありがとうございますシーさん」
「あらソージくん、私とソージくんの仲なのだから、遠慮しなくてもいいわよ」
そう言ってピタリと寄ってくるシーからふわりと髪がなびき、そこから得も言われぬ香りが漂ってきた。
鼻腔をつくのは香水なのだろうか……それとも石鹸の香り? いや、もしくはこの香りは彼女が本来持っているフェロモンかも……?
そんなふうに思い、チラリと視線を動かしたのが良くなかった。ちょうど右側にいるシーの胸元へとズームインしてしまったのだ。彼女の真雪のソレにも劣らない大人の豊満さに思わずくらりときそうになる。
「ふふ」
突然シーから掠れるような声が零れる。そして彼女はソージを上目遣いで見上げて、片目を閉じて言う。
「やっぱりソージくんも男の子ね、ふふ」
まさに妖艶。いや女神のような輝きがその笑顔にはあった。もし理性の弱い男ならこのまま押し倒していたのではないかと思うほどの強力な誘惑に似た甘い言葉。
ソージはドクンと脈打つ心臓に自ら楔を打つが如く、彼女に背を向けて胸をドンドンと叩き始める。無論そのようなことをしても無理だとは分かりつつも必死で鼓動を押さえようとしていると、
「おにいちゃん、どうしたの?」
「そうです。ソージ様、どっか痛いんです?」
いつの間にかソージを挟み込むように左右にユーとニンテがいて不思議そうに小首を傾げていた。
「おわっ!? ふ、二人ともいたんですか!」
「ん~おにいちゃん、かおまっかなの」
「風邪でもひいたんです?」
二人の純粋な瞳がさらに心を抉ってくる。
(ごめん二人とも! 決して風邪なんかじゃなくて、オレはさっきまでシーさんの爆乳にドギマギしてた……何て言えるわけがないっ!)
見ればシーは、いつもの微笑を浮かべながら先程いた場所から元の椅子に座っていた。どうやら完全にからかわれたようだ。
「はぁ~…………二人とも、まだお菓子食べます?」
ガックリして肩を落としながら二人に菓子のおかわりを聞く。二人は喜んで食べると言ってソージから受け取って再び真雪たちがいる場所へと戻った。
(やれやれ、ホント……シーさんには敵わないや)
大人のシーに手玉に取られた感が半端無い。簡単に手玉にとれるような大人はいるにはいるのだが、今はここにはいない。何故ならその相手である彼女―――カイナはソージに書類仕事を任されているからだ。
(最近サボってたツケだ。頑張ってもらわないと)
カイナの部屋から「ふえぇぇぇぇぇぇん!」と聞こえてきそうだが、ここは心を鬼にして、実の母親をニート化させないように努力しなければならないのだ。
「あ、そういえばユー、さっきの見積もりの話をしましょうか」
「うん、わかったの!」
ユーが机に置いてあったファイルを手に取り持ってくる。ネオス襲撃によって破壊された街を直すための予算を組むのだが、それをユーにやってもらっていたのだ。
街人から話を聞き、修繕費用を見積もった。最後はソージが確認することになっているので、こうしてユーは持ってきてくれたということだ。
ファイルの中の街人の意見や、それに伴う修繕費を考慮してユーが立てた見積もりは問題無いものだった。
「うん、これでいいと思います。さすが経理担当ですねユー」
「えへへ~もっとナデナデしておにいちゃん!」
ソージは彼女の頑張りに報いるために希望を聞いてあげた。頭を撫でるくらいどうってことはないのだ。それでもユーはとても嬉しそうに笑っている。
ニンテは「良かったですユーちゃん!」と友の喜びを自分の喜びに変えている。本当に良い子である。他の者もソージとユーのやり取りをシーのように微笑ましそうに見つめている。
そこへ突然ガンガンと窓を叩く音が聞こえた。穏やかな空気が一気に覚めるように皆が窓へと視線を向ける。するとそこにはデミックがいた。すぐそこは庭なので、デミックがいても不思議ではないのだが、何の用だろうと思いソージは窓へ向かう。
「窓からどうしたんです?」
「悪いなソージ、けどよ、お客さんが来たみたいでよ」
デミックがクイッと親指で庭の方を指差す。そこには見たこともない四人組が立っていた。