第百一話 おデブ学士
ソージとヨヨ、そしてフェニーチェのシャイニーを乗せた馬車が【アクアポス】という街に向かっていた。
馬車の中にはトランテの姿も発見できる。ナリオス卿の屋敷がある【アクアポス】へ、彼を送り届けるために向かっているところなのだ。
ヨヨの『調律』魔法のお蔭で肉体的な疲労は完全回復している。ただ精神的にはまだダメージ残っているようで、店を開く気力がまだ生まれていない彼を気遣い、しばらくは屋敷で養生したらどうだろうとヨヨが彼に提案した。
トランテもできることならナリオス卿のお蔭で開けた店を今すぐにでも再開したいらしいが、今のこう精神状態では客にも失礼だと思い、ヨヨの助言を受け入れることにしたのだ。
屋敷へと着くと、彼を出迎え家族の者たちが屋敷から出てきていた。事前に連絡はしておいたからだ。ナリオス卿の妻であるアレットが無事に戻ってきたトランテを優しく抱きかかえている。
トランテの父と母は別の街に住んでいるらしいが、近いうちに彼の様子を見に来るとのことでソージも安心していた。
これほど温かい家族が傍にいるのであれば、彼が完全に立ち直るのも時間の問題だろうと思えた。
「何もかも本当にすみませんでした」
トランテだけでなく、屋敷の者全員が一様に頭を下げる。
「いいえ、私たちはやるべきことをやっただけよ」
「その通りです。ですからトランテさん、あなたもこれからそうなさればよいかと」
「ヨヨさん……ソージくん……」
「店を再開する時は是非お報せ下さい。是非伺わせて頂きますので」
「ソージくん……うん、分かった。楽しみにしてるよ」
彼の顔は少しやつれてはいるが、どことなくスッキリしている様子だった。胸に抱えていた想いを全部吐き出せたのかもしれない。
彼にはナリオス卿のためにも、是非店を再開してほしかった。そうすればきっとナリオス卿もうかばれると……そうソージは思った。
馬車へと戻り、再びクロウテイルの屋敷へと戻っていく。馬車が見えなくなるまでトランテとその家族は見守っていた。
屋敷へ帰ると庭先で刃悟が腕を組んで仁王立ちをしていた。その眼には、獲物を定めたような獰猛な光が宿っている。
「どうやら避けられそうにないようよソージ」
隣に歩くヨヨも彼の態度を見とめて肩を竦める。
「そのようですね。できれば面倒なことはしたくないのですが」
「それは無理ね。一応約束はしたのだから」
そう、彼―――刃悟・東堂とは、今抱えている問題(トランテに関して)が全て解決すれば手合せをすると約束していた。
そして今日、その解決を見た刃悟はソージとの手合せを楽しみにしていたのだろう。その顔を見れば明らかにウズウズしている様子が見て取れる。
(これだから戦闘狂は面倒なんだよなぁ)
正直戦いたくないソージにとっては、何か事件が起きないかなと不謹慎なことを思ってしまう。切羽詰まった事件が起これば手合せどころではないのだ。
ああ見えて刃悟は物事の優先度は把握できるらしいので、その優先度が高い何かが起こればな……とも思うが、起こったら起こったで面倒なので、どちらにしろ逃げ道はなさそうだった。
仕方無いと腹をくくり始めた時、屋敷の敷地内へと一台の馬車が入ってきた。一体誰なのだろうとその場にいた者たち全員注目する。
すると中から出てきた人物を見て、刃悟が「ああっ!」と叫ぶ。ソージとヨヨはどうやら彼の知り合いらしいその人物を観察する。
お世辞にもダンディとは呼べないお腹が出っ張った中年の男性だ。暑がりなのかさして陽射しも強くないのに額から汗を浮かべている。
しかしそれよりも気になったのは彼が着用している服である。青と白を基調としたローブ型の服。そして背中に本とペンを模った紋章が入っている。
「ヨヨお嬢様、あの服は確か……」
「ええ、《ハハム王立総学》の学士服よ」
【南大陸・ダダネオ大陸】。二つの地方に分別される大陸。その一つ、《ファイリン地方》には、世界に誇る最高学府が存在する。
それが《ハハム王立総学》―――――通称《ハム学》である。
簡単に言えば最高の学び舎であり、多くの優秀な学士が通う知識の宝庫である。
「テメエ! 何でテメエがこんなとこに来てんだよっ!」
刃悟が誰よりも早く言葉を男にぶつける。だがすぐにハッとなって不愉快げに男を睨みつける。
「テメエ……まさか後をつけてきたってのか?」
一体何のことか分からずとりあえず二人会話を見守ろうとソージは思った。ヨヨもそのつもりらしい。
「苦労しましたよ。あなたたちの会話を聞いて、すぐさま後を追ったのですが、なかなか速いものですから追いつくのにずいぶんかかりましたな」
「テメエ……」
すると彼の隣に黙って立っていた善慈が刃悟の肩にポンと手を置き、目で落ち着けと語っている。そして一歩前に出ると、
「ねえアルビスさん? 少しあなたのことを見縊っていたのは確かのようだわ。まさかあの時の会話を聞かれていたとはね~。しかも追ってくるなんて、相当切羽詰まってるのかしらん?」
「当たり前です! そもそもあなたたちが仕事をきっちりこなせば、わざわざこんな街まで足を延ばさなくても良かったのです!」
アルビスと呼ばれた男がこんな街と言ったので、ソージ的には若干感じるものがあった。
「けっ! どうせテメエのこった! フェニーチェの卵を探しに来たんだろ!」
「その通りです」
その会話で何となく状況が呑み込めてきた。
(【火ノ原流】の門下生は確か《探索者》をやってる。つまりあの男が刃悟たちにフェニーチェの卵を探すように依頼をして、それをしくじったからここまで刃悟たちを追ってきたってとこか)
ソージはやれやれと軽く息を吐く。奇しくも先程願っていた面倒事がやって来たようだ。
アルビスの視線がソージたちの方に向けられる。だがすぐに視線を切り、今度は屋敷へと向かう。そこでヨヨが彼の前に立ち口を開く。
「お二方の繋がりは大体理解できましたが、些か無礼ではありませんか?」
「む? あなたは誰ですかな?」
「これは失礼を致しました。私は屋敷の当主、ヨヨ・八継・クロウテイルと申します」
「ほほう、これはまた珍しい。まだお若いのに大したものです。私はアルビス・ユナイテッド。見ての通りしがない学士をやっております」
「それで? 当屋敷にはどのようなご用件で? いきなり馬車でやって来て、お話も通さず庭先で談話されるのはご勘弁願いたいのですが?」
アルビスの礼に欠けた振る舞いに少々ヨヨは御立腹のようだ。
「あなたが当主だとしたら話が早いです。どうか私にフェニーチェを譲って頂きたい!」
ヨヨも彼の望みを予想していたようで驚きはないようだ。しかしソージの足元にいるシャイニーは、怯えた様子でソージにしがみついている。
「譲る……とは?」
「言葉の通りです! ここに卵が持ち込まれているのは先刻承知のこと。産まれているのかいないのか定かではありませんが、卵の殻や中身はまだあるはず。それをお譲り願いたい」
「なるほど。あなたはそのフェニーチェの卵を持ち帰り、研究材料として利用するおつもりなのですね?」
「それが学士の本分ですから」
するとヨヨはクスリと笑みを溢す。艶美なその表情は誰をも魅了するほど整えられていた。そしてアルビスもまた、その笑みで了承を得られたと思ったのか嬉しそうに破顔している。
だがその表情はすぐに崩される結果になった。
「お断り致します」
「……は?」
「当屋敷にはそのようなものはございませんので」
「なっ!? そ、そんなわけありませんっ! 彼らの話を盗み聞きしていたのですから! それにここに彼らがいることが何よりの証拠ですぞ!」
アルビスは刃悟たちを指差し、刃悟たちはバツの悪そうな顔を浮かべる。自分たちのせいで、迷惑をかけていることに申し訳なく思っているのかもしれない。
「仮にそうだとしても、あなたにお渡しするものは塵一つございません。お引き取りを」
「……っ!?」
顔を引き攣らせて次第に真っ赤に染まっていく。ヨヨは一瞥すると踵を返して屋敷へと向かう。
「が……が……学のない子供のくせに……」
アルビスの身体が小刻みに震え出し、ガチガチと歯を鳴らしている。
「お、おおおおお前らに私の何が分かるっ!」
突然指を突きつけて怒鳴り始める。
「け、けけけけ研究のお、お蔭で世の中は発展して……が、学のないお前らは豊かな暮らしができるんだぞぉ!」
ピタッと足を止めたヨヨは再度彼に振り向く。
「ならば、学を得るためには何をしても許されると申されますか?」
「と、当然だ! そ、そそそそれにフェニーチェだぞ! あ、あれがあれば私の研究費用だって……」
「なるほど。あなたはご自身の研究資金の欲しさに私から大切な者を奪おうとなさるのですね?」
「な、何を……?」
「ソージ、追い出しなさい」
「畏まりました、ヨヨお嬢様」
ソージはシャイニーに少し離れるように言うと、一人でアルビスの前に立つ。
「な、何だね君は!?」
「もう一度申し上げます。お引き取りを」
「だ、だからフェニーチェの卵をよこせば帰ると言っているんだっ!」
「そうですか。では残念ですが……危険人物は排除致します」
「何?」
アルビスにはソージが消えたように見えただろう。しかしソージは彼が意識できないほどの速さで距離を潰しただけだ。そして―――――――――パァァァンッ!
「ンぶへぇっ!?」
アルビスの頬を平手打ちで目一杯ひっぱ叩いた。ただ太っている中年の、戦闘能力皆無のアルビスはそのビンタを受けて、盛大に吹き飛んでいきゴロゴロゴロゴロと地面を転がる。
そして完全に白目を剥いて泡を吹き気絶している彼を見て肩を竦めると、ソージは刃悟と善慈に視線を向ける。
「さてとお二人とも、すこ~しお話があるのですが?」
ニヤニヤするソージの顔を見て刃悟たちは頬を引き攣らせていた。




