第十話 賊はこんがり焼いて
「な、何だアレはっ!?」
男たちは一様に、空に浮かんでいるオレンジ色の物体に目を見張っている。しかもその物体が近づいて来るので明らかに動揺している。
男たちは思わず武器を構えて警戒していると、そのオレンジ色の物体に乗っている人物を見て更に愕然とする。
「お、お前はっ!?」
無論そのオレンジ色の物体はソージ・アルカーサが創り出した炎であり、その上にはソージの他にヨヨとニンテも乗っている。
「あなたたちがコレを出したのでしょう?」
憮然とした態度でヨヨが脅迫状を出して見せる。
「ココにはハクホウ卿との商談を止めてほしいと書かれてあるわね」
男たちはギリッと歯を噛むが、フッと笑う。
「な、何言ってんだこの嬢ちゃんは。俺らが何だって? そんなもの、知るわけねえだろうが」
調子を取り戻したように笑みを浮かべる男たち。
「あらそう? でもそう惚けても、こちらには全て分かっているのだけれど?」
「うっせえな、とっとと消えな嬢ちゃん、これ以上何か言おうもんなら、ちょっと痛い目を見てもらうことになるぜ?」
男たちから殺気が迸った瞬間、その中の一人の肩にポンと手が置かれる。
「それは頂けませんね」
「え? う、うわっ!」
男は大きく横に跳びはねて距離を取る。いつの間にかそこにいたソージの存在に、誰もが驚愕している。
「な、何だこの赤髪……」
「お、おい、コイツってアレだろ? あの嬢ちゃんの執事の」
男たちが情報を回していると、
「おや、私のようないち執事のことを御存知とは、ずいぶんお詳しいようで」
「う……うるせえ! い、いちゃもんつけやがって! 俺らが脅迫状を送ったって証拠なんてねえだろうがよ!」
するとソージはニヤッと口角を上げる。
「そうでしょうか? なら何故、お嬢様がお持ちになられてるあの紙が、脅迫状だと御存知なのですか?」
「あ……」
「バカおまえっ!」
男の失態に他の者が窘めるが、もう遅い。確かにヨヨも持つ紙には『ハクホウ卿との商談を即刻取り止めたし。さもなければ大事なものが一つずつ消えていく』と書かれてある。間違いなく脅迫状である。
「それにですね、先程あなたの懐からこんなものが……」
ソージが男たちに見せつけたのは、同じような脅迫状の束だった。
「ほほう、これは次に送るためのものですか? なるほど、これはハクオウ卿当てのものですね。このようなものを懐に差し入れておいて、まだ……言いわけなさいますか?」
努めて微笑を浮かべながらソージは言う。そして段々と男たちの顔が据わっていく。焦りなどが失せ、殺意が膨らんできた。
「え、ええええっとヨヨ様! このままじゃソージ様がっ!」
ニンテは恐怖に震えながらヨヨに向かって声を上げるが、
「いいから黙って見ていなさい」
少しも動揺を見せないヨヨの態度が信じられないのか、ニンテは顔を青ざめたまま固まっていた。
男たちはソージを囲むように陣取ると、
「こうなったら実力行使だ。この執事を殺して、あの嬢ちゃんには無理やりにでも言うことを聞いてもらうとしようぜ」
男の言葉で男たちも了承したように頷いている。しかしソージはそんな男たちを見て呆れたように肩を竦める。
「やはり所詮は賊ですか」
「何だとてめえ!」
「いいですよ。では、どなたに喧嘩をお売りになったのか、少しお勉強をさせてあげましょう」
「なめんなっ!」
男たちは腰に下げている剣を抜くと、そのままソージに向かって来る。その光景を見て思わずニンテは目を閉じる。
そして、バタバタと人が倒れていく音が響き、ニンテも「え?」という感じでゆっくり視線をソージに向ける。
「やれやれ、もう少し剣の扱い方を学ばれた方がいいのでは?」
ソージの周囲には多くの男たちが軒並み倒れており、完全に失神していた。ソージは攻撃を紙一重でかわすと、すかさず相手の後ろ首に手刀を落とし意識を奪ったのだ。しかもそれはほんの一時のことだった。
「な、なななな……」
ただ一人残った男がいるが、男は目の前に起こった出来事が信じられないのか、後ずさりし始めた。
「さて、残りはあなただけになりましたね?」
「く、くそがぁぁぁっ!」
男は自棄になりながら剣を振りかぶって突撃してきた。しかし上空から生まれる剣線はただ空に走っただけだ。生まれたのは空振り音だけ。
ソージは完全に剣筋を見極めて避けていた。
「あ、当たれぇぇぇぇっ!」
ブンブンと振り回す剣が当たるわけも無く、ソージには掠りもしない。そして男が大きく振りかぶった瞬間、間を即座に詰めて腹に軽く蹴りを入れる。
「ごほぉっ!?」
かなり手加減したが口から唾を撒き散らして地面へと転がる。剣もその際に手放しカランと音を鳴らして地面に落ちた。
「さて、終わりにしましょうか」
ソージがジリッと近づく。男は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げると、視界の端に映ったヨヨを見て、
「こ、こうなったらてめえを人質にし……っ!」
言葉の通り、彼はヨヨを人質にして、この場を離れようとしたのだろう。だが足を動かそうとした時、その腕をソージに掴まれていた。
「……いけませんよ、おいたしちゃ」
「あ……」
ソージは一瞬、目を細めると、突然ソージの掴んでいる手から赤い炎が噴出し男を包んだ。
「ぎゃあァァァァァァァァァァァッ!?」
火だるまになったまま、地面を転がる男。しかし炎はなかなか消えずに、そのまま痙攣し始める男。すると突然炎が鎮火し炎の中からは、体中を焦がした男が息も絶え絶えの様子で、
「……あ……が…………」
コヒューコヒューと、変な呼吸音が男から聞こえるが、どうやら死んではいないようだ。
「さて、意識はありますね。忠告しておきましょう。今後、お嬢様、もしくは屋敷の者に手を出したその時は……」
ソージはゆっくり男の耳元まで顔を近づけ、
「ぶち消しますよ?」
それだけ言うと、コツコツと足音を立てながらヨヨのもとへと戻る。
「やはり賊はバンクルス卿の手の者のようでした」
「そう、まああそこも事業が失敗して火の車らしいから性急に手を打ちたかったってわけね」
ヨヨが呆れたように肩を竦める。そしていまだに呆然としているニンテに、ソージが声をかける。
「大丈夫ですか? 刺激が強過ぎましたかね?」
するとクワッと顔を上げたニンテが物凄い形相で、
「な、ななななんなんです! ソージ様、ちょ~ツヨいじゃないですか!」
「あはは、これでも必死に努力しましたから」
「…………」
「それに……」
「え?」
「それに、オレはヨヨお嬢様の執事ですから」
ポカンとするニンテと、満足そうに微笑むヨヨ。そして三人は再びソージが創った炎の乗り物で屋敷へと帰って行く。
去って行くソージたちを黙って見つめていた者がいた。木の陰から、周囲の状況を見回して、
「さすがね、ソージ・アルカーサ」
そう呟いた人物の背後からもう一つの影が出現する。どうやら隠れるように姿を消していたのは二人の存在だった。大分ソージたちからは距離があるが、ソージが賊を瞬殺したのを遠目には確認できた。賊の最後の一人は急に地面を転がり悶絶していたようだが、よくは分からなかった。だが確実にあの程度の賊なら、ソージの相手にはならないということは理解できた。
「アナタなら、勝てるわよね、テスタ?」
傍に出て来たもう一つの影の頭がコクンと縦に動く。肯定だという意味だ。
「フフフ、ならまずは挨拶に行きましょうか。ああ~楽しみだわ。早くアレをアタシのモノにしたいわ……待っていなさいソージ・アルカーサ。アナタはアタシが……このフェム・D・ドレスオージェ様が奪ってあげるわ! オーッホホホホホ!」
甲高い笑い声が森の中に響き渡っていた。
「あ、あの……ソージ様?」
空を遊行中、ニンテに呼ばれたのでソージは振り向く。
「何です?」
「あ、その……いくつかお聞きしてもいいです?」
「ええ、構いませんよ」
「そ、それじゃ……あのですね、どうしてゾクがあそこにいることがわかったんです?」
「ああ、そのことですか。それはお嬢様がお持ちになられている脅迫状のお蔭ですよ」
「え? キョーハクジョー?」
ニンテは自然とヨヨに視線が向いた。そしてソージではなくヨヨが説明に入った。
「ソージはね、物から記憶を読み取る魔法が使えるのよ」
「そ、そうなんですか!」
「ええ、その魔法のお蔭で、ここに賊がいることも、そして賊たちがバンクルス卿に雇われていたことも知り得たのよ」
「ふぇ~す、すごいですけど……ほ、ほんとなんです?」
疑惑百パーセントでソージを見つめるニンテ。ソージはふむと顎に手をやると、左手をニンテに向ける。
「……え? あ、あの……ソージ様?」
そしてソージは手の平から青い炎を生み出す。その炎があろうことかニンテの身体を包んだ。
「きゃあっ! 熱ッ……くはないです……ね」
ニッコリと微笑しているソージを唖然と見つめるニンテ。ソージは目の前にも青い炎を出現させ、その炎に視線を落としている。そして青い炎を消すと、彼女の耳元に顔を持って行き、
「今日の下着の色は……ゴニョゴニョ」
「え、ええっ!? ど、どどどどうして知ってるんです! ニンテの下着がピンクだって!」
「ソージ……あなたは……」
驚くニンテを尻目に、ヨヨは呆れて溜め息を吐く。
「あはは、今のはニンテの服の記憶を探ったんですよ。これで分かりましたか? オレが物から記憶を読み取れるということが。何なら今日ニンテが、割ってしまった皿をバレないように隠したことも 」
「ああ! ああ! ああ! も、もう信じます! 信じますからぁ!」
「ニンテ、割ってもいいからちゃんと報告なさい」
「う、うぅ~すみませんでしたぁ~」
ヨヨの注意を受けてニンテはガックリと肩を落とす。
「それとソージ、女性の隠れた部分をわざわざ本人に告げるのはよしなさい。次やったらお仕置きね」
「はい、申し訳ございませんでした」
ソージもまた注意を受け、頭を下げた。
「ふふ、でもよくやったわ。さすが私の執事ねソージ」
「光栄です」
「ニンテ、これがクロウテイルの、いえ、私に仕える最強の執事よ。覚えておきなさい」
「あ、はいです!」
「ふふ、良い返事ね」
三人は笑顔に包まれたまま帰路に着いた。




