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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

明日、世界が終わる

作者:

 

 明日、世界は終わるらしい。


 もう半年も前から、世界の終わりはみんなが知っていた。世界中のみんなが。

 イギリスでも、イタリアでも、フランスでも、ドイツでも、中国でも、日本でも。

 そしてここ、アメリカでも。

 理由は隕石とかなんかそんなもので、確実に世界は終わるけれど、半年間は生きなければいけなかった。

 全員が全員、余命半年となったら人間はどういう行動にでるか。

 俺がまだ大学生で、レポートの自由課題でも出ていたらさぞ良い物が書けるだろう。題名は「世界が終わるときに人類がとる行動の仮説と実証」だ。めちゃめちゃリアルで真実に迫ったものが書ける。

 

 まぁ、実際のところ人それぞれだった。

 まず学校とか、会社とか、そういったものから機能は停止していった。どうすることもできなくて個人経営の店を続ける者はいたが、仕方なく組織に属していた人たちは全員自分の仕事を放り出した。

 次に大事だったのは愛だった。

 最後の半年を誰と過ごすのかは重要なことだった。

 家族か、恋人か、友達か。

 いい加減な人生を送ってきて、気づけば誰が大事なのかもわからなくなってしまった人たちも大勢いた。彼らは彼らで馬鹿騒ぎをして残された時間を謳歌しているようだ。

 

 けれど俺のように、この半年どうにも実感が湧かずにぼうっと暮らしてきた人間もいた。仕事も最後の3人になるまで行っていた。愛する人も、誰かはわからなかった。

 家族はいない。恋人もいない。

 友達は、みんなそれぞれ俺よりも大事な人がいるようだった。

 

 けれど今日になって、明日すべてが終わる今日になって、無償に会いたい人がいることに気付いた。

 いや、本当はずっと気付いていたのだけれど、知らないふりをしていたのだ。

 最後の瞬間、俺が隣りにいたい人はずっとハッキリとしていた。


 彼とは。

 そう、「彼」だ。

 彼とは大学時代に付き合っていた。

 付き合うと言っても拙いもので、一緒に過ごして、たまに愛を確かめるようにキスするだけの関係だった。

 彼は、浮世離れした文学的な美しさをもっていた。

 アレックス、それが彼の名前だ。

 彼が笑うと俺の世界は輝いた。

 「ビル」と彼は俺をそう呼んだ。その声が好きだった。

 どうして別れたのかというと、俺の心変わりが原因だった。

 もともと俺は男を好きだったわけではない。彼だけが特別だった。

 自分のこれからの人生を考えるうちに、彼と過ごしていくことが不安で不安でしかたなくなった。そんな俺を見抜いた彼が俺を解放したのだ。

 それから彼女もできた。一度は結婚だってした。けれど結局、彼でなくては駄目だったのだとずっと思い続けていた。


 番号を押す指は震えた。

 彼が俺を覚えていなかったらどうする?彼にはもう新しいパートナーがいるだろう。迷惑になるかもしれない。今更、と思われるかもしれない。それ以前に、番号が変わっているかもしれない。

 コールを待つ間、目を閉じると、海の底を写したような深い穏やかな彼の瞳がこちらを見ていた。

 5コール。

 電話の向こうでガチャリと音がした。

 『はい?』

 彼の声だった。

 

 俺は受話器を持ったまま固まった。嗚咽が漏れないように口を手で押さえる。

 何故俺は彼を手放した?

 感情は溢れて、元に戻りそうもなかった。

 彼への愛しさと、懐かしさで胸が一杯だった。


 『誰?』

 声のトーンは穏やかだった。なかなか答えない電話の相手を不審がってはいたが、明日命を落とすとは思えない声だ。彼は焦っていなかった。

 「ウィリアムだ」

 名乗る声が震える。

 『・・・ビル?』

 「そうだ・・・っ」

 ついに俺の目からは涙が溢れた。

 彼へ懺悔が口から飛び出した。

 「ごめん、アレックス。俺は何も・・・何もわかっていなかったよ・・・。今更こんなことを言われても困るだろうが、いや、それなら言わなければいいんだ。わかってる。自分でも自分が腹立たしくて仕方ないんだ・・・許してくれアレックス。俺は君が・・・君が忘れられなくて・・・・」

 『待ってよ』

 驚いたことに、こんなにも焦ってしどろもどろになっている俺とは対照的に、彼は愉快そうに笑っていた。

 『会って話そうビル。明日にはもう会えないんだから。今からこっちに来れる?それとも僕が行こうか?』

 電話で、声を聞ければいいと思っていた。

 それなのに、彼は会ってくれると言った。貴重な時間を俺と会う為に使ってくれると言っているのだ。

 俺は少しだけ混乱した。

 それでも答えはすぐに出た。

 「いや、いや俺が行く」

 『そう?わかった。アパートは前と変わっていないから』

 「すぐに行く」


 受話器を置いて、俺は大急ぎで上着を掴んだ。

 洗面所の前を通り過ぎる時に、自分の顔が酷いものだということに気付いた。

 こんな顎の無精髭、少し前までは生やしていなかったのに。

 一旦洗面所に入りかけて、それから考え直した。何を考えているんだ。明日どうせ死ぬんだ。一刻も早く彼に会いたい。

 

 道で花火を打ち上げている連中を尻目に、道端にとめてあった車に乗って道路に出た。出るときに後ろの車にぶつけたが、それは良いとしよう。これが初めてでもないし。


 彼のアパートはよく覚えていた。

 街から少しだけ離れた、静かで、自然が多い場所にある。穏やかなアレックスが住むのにふさわしい場所だった。

 

 焦りのあまりいくつか交通法を破ってしまった。

 なんてことはない。

 今や誰も交通法を守っていなかった。

 というか、外に出ている人の数も多くはなかった。道はガランとしていて、当時よく通っていた彼の家まで半分の速さで行くことができた。スピードを出し過ぎていたのは抜きにしても。

 

 乗り捨てるように車を出て、足早に彼のアパートに入った。階段を上がって、いざ彼の部屋のドアの前に立ったときにまた躊躇した。

 気休めに髪をかき上げて撫でつけてはみたがきっと何も変わっていない。

 くたびれた襟を正して、もっとマシな服に着替えてもよかったんじゃないかと思案した。

 

 「あー、うん」

 ゴホンと咳払いをひとつして、俺は彼の部屋のブザーを押した。

 中からビー、という懐かしい音がする。

 ほんの数秒後、ドアは開いた。


 「ビル!」

 「アレックス・・・」

 何も変わっていない。

 彼はあの日のままそこにいた。

 「あ・・・ごめん。その・・・来てよかった?つまり、邪魔してない?」

 「大丈夫だよ」

 アレックスは快活に笑って俺を中に招き入れた。

 そういえば、笑い方が変わったかもしれない。昔よりも明るくなった気がする。

 「どうぞ、座って」

 リビングのソファーに勧められるがままに座った。

 この部屋も少しだけ変わった。ソファーとテレビの配置に、壁紙の色。

 そこまで変わっていればもう少しだけとは言えないかもしれない。

 「今飲み物でも持ってくるね」

 「いや、いいんだ。それより」

 焦って話し始めようとする俺を宥めるように彼は待って、とジェスチャーした。

 「落ち着いて。まだ時間はあるよ」

 キッチンに消えた彼を待つ間、気休めにテレビをつけた。

 当然、テレビでは何の番組もやっていなかった。最後に残ったニュース番組は2日前、お別れのあいさつと共に終了した。

 俺は信号停止の画面をひたすら見つめていた。

 

 「おまたせ」

 彼はカップを二つ持って戻ってきた。

 昔俺がここで使っていたカップだ。

 「まだ持っていたんだな・・・」

 「あぁ、これ?」

 彼は懐かしそうにカップを見た。

 「色が気に入ってるんだ」

 冗談のようにそう言って、はい、と俺に渡してきた。

 「ありがとう」

 「それで?」

 俺の隣に座って、彼はそう言った。

 てっきり「僕に言いたいことって何なの?」と、そう聞かれるものだと思っていたが、彼の言葉は予想と違っていた。

 「最近どう?」

 「最近って・・・」

 やや面喰いながら、俺は答えた。

 「いや、どうもしていないんだ。何もしていないよ」

 「パーティーとかでた?お別れの馬鹿騒ぎパーティー」

 「いいや、出てないよ」

 「そうなの?昔は君、そういうの好きだったのに」

 「ここ数年、そんな気分にはなれていないんだ。君は?君はそういうの、出たのかい?」

 「うん」

 この答えには、少なからず驚いた。彼は俺と違ってそういう賑やかなことをするのが好きなタイプではなかったというのに。

 「楽しんだよ。今は高校の教師をしているんだ。いや、していたって言うべきかな。おかしかったよ。生徒も先生もごちゃまぜで騒いでた」

 彼は思い出したようにくっくと笑った。

 「みんなでお酒飲んだり、ハッパ吸ったり、踊ったりしてね」

 「高校教師がしていいことじゃないな」

 「そうだね」

 「セックスは?」

 「僕はしてない。けど、キスはしたかな。よく覚えてないんだけど」

 「生徒と?」

 「うん」

 「男だった?女だった?」

 「そこ、そんなに気になるの?」

 照れたように笑う彼がやはりこの数年で少し変わったことと、久しぶりの再会でしかも明日世界が終わるのにこんなバカげた話をしていることに倒錯感さえ覚えた。

 本当は、もっと話したいことがあるのに。

 「女の子だったかな。急にされたんだ」

 「きっと君のことが好きだったんだよ彼女」

 「それはどうかなぁ。あの場ではなんでもないことだったよ」

 「そんな現場想像できないな」

 普段真面目くさって生徒に説教をしている教師たちが生徒と入り乱れて無節操なことをして騒いでいる様子は見てみたい気もするが。

 

 それから、今の状況を前にしては驚くことに、時間を忘れていろいろな話をした。彼の隣に俺がいた時間の話、俺がいなかったころの話。

 彼の家族が今どうしているか、もともと、幸福な家庭環境とは言えなかったがそれでも少しは和解したらしいこと。

 教師になってから生徒たちとの関係を築くためによく笑うようにしたのが、今ではクセになったこと。それが彼の性格も明るい方へと導いたこと。

 大学生のころの話。仲間たちがどうしていたか、今どうしているのか。


「今付き合っている人は?」

 しばらく間があいて、アレックスが俺にそう聞いた。声の調子から、彼にとってそれは今では何でもないことなのだろうと思えた。

 「いない」

 「奥さんは?」

 一瞬、結婚のことを知っているのに驚いた。

 しかし、彼とは大学が同じで共通の友人も多い。耳に入っていて不思議ではなかった。

 「別れたんだ。1年前」

 「・・・残念だったね。子供は?」

 「いないよ」

 彼と最後に会ったのはもう6年も前になる。その6年間で、俺は結婚をして、離婚もした。

 「君の方はどうなんだ?その・・・今はパートナーとか、いるんだろ?」

 「うーん。それがいないんだ」

 ちょっとどう言ったらいいのかわからない、というように彼は思案しているようだった。

 心臓の高鳴りを抑えるために、俺はカップからコーヒーを飲んだ。砂糖はナシ、ミルクは少々。彼は俺の好みを覚えていてくれたらしい。

 「ほら、明日に備えてさ、他の大事な人のところに行っちゃったみたい」

 「それじゃあ・・・」

 最近までは居た、ということになるのか。一度湧きあがった高揚は一気に地面まで落ちてしまった。

 俺のガックリした様子に気付いたのか彼はおかしそうに笑った。

 本当に、よく笑うようになったものだ。

 「捨てられたんだよね。まぁ、僕の方が浮気相手だったからそれは当然だけど」

 「なんだよそれ・・・」

 自分のことは棚にあげて、俺はその見知らぬ誰かに腹を立てた。

 例えその誰かがアレックスを選んでいたとしても同じように腹を立てていたかもしれない。どうしたら、アレックスがいてなお他の奴と一緒に居られるっていうんだ。

 「男運はないんだよね僕。昔から」

 「う・・・」

 そう言われてしまうと何も言えない。

 降参だ。

 「嘘だよ。君のことは良い思い出だ」

 飲み終わったコーヒーをまた入れ直しに、彼は立ち上がろうとした。

 「待って」

 その時腕をつかんで止めたのは、時計がもう夜の8時をさしていることに気が付いたからだった。

 「俺もだよ」

 「うん?」

 「俺も、君のことが良い思い出だ」

 「うん。ありがとう」

 「思い出にしたまま終わりたくない」

 「え?」

 「好きだよ。今でも好きだ」

 

 彼の表情が初めて歪んだ。


 「ごめん。アレックスごめん。俺がこんなことを言える立場じゃないことはよくわかってるんだ。君は、俺のことを全部見抜いてた。君がどれほど苦しんだかは知っているつもりだ。それでも、どうしても言いたかった。君に電話したのはこれが言いたかったからなんだ」

 一度息を吸って、それから食い入るように俺を凝視する彼の深い海の色の瞳を見つめて言った。

 6年間、一番言いたかった言葉だった。そしてついさっきやっとそれを認めた。

 「愛してる。アレックス」


 沈黙の後、彼は力が抜けたように背もたれに寄り掛かった。

 

 「どうして」

 「・・・今しか言えないだろう」

 「そうじゃないよ。君は、ゲイじゃない」

 「あぁ」

 「ちゃんと好きな女性ができて、結婚したじゃないか」

 「あぁ」

 「それでもまだ僕のことが好きだって?」

 「・・・あぁ」

 「どうして、僕なんだ。どうして彼女と別れた?君には幸せになってほしかったのに」

 「幸せだったよ。彼女のことも好きだった。でも、俺はきっと君のことが忘れられなかったんだ。結局、彼女への愛は薄れて、愛想をつかされた。全部、俺が悪いんだ。君とも別れるべきじゃなかった」

 「・・・酷いね。よくそんなことが言える」

 「ごめん」

 「彼女にもちゃんと謝った?」

 「謝ったよ。賢い人でね。彼女は全部わかっていたんだと思う。それに今ではちゃんと別の幸せを掴んでるよ」

 「あとどれくらいで世界は終わると思う?」

 「えぇと」

 「あと6時間だよ。6時間で6年分を埋められるわけない」

 「・・・あぁ。できれば、君と一緒に最後を迎えたい。でも迷惑だって言うのならおとなしく出て行くつもりだよ」

 「・・・迷惑だって」

 彼が泣いているのがわかった。

 「迷惑だって言えたらよかったのに」

 消えそうな声だった。

 涙をためた目で、彼は俺を睨んだ。

 「何の為に君を手放したと思ってるの。本当、馬鹿だね」

 「ごめん」

 「馬鹿なのは僕も一緒かな。こんな、最後の数時間になってやっと電話してくるような人なのに。まだこんなに、好きなんて」

 聞き間違いかと思った。

 彼は俺を睨んでいて、泣いていて、好意を伝えられるような状況じゃない。

 「最低だね君」

 「知ってただろう・・・」

 「知ってたよ。別れるときも、僕に言わせて。僕はそんなに強くない」

 「あぁ。そうだよな・・・。何て言ったらいいのか、本当に・・・」

 「悪かったとは言わないよね」

 「・・・本当に愛してるんだ」

 「・・・・・・ははっ」

 涙を溢れさせたまま、彼はまた笑った。笑ってくれた。

 「仕方ないなぁ。許してあげるよ。全部」

 「アレックス・・・」

 「ビル、僕も君が好きだよ」

 「・・・好き?」

 「愛してるってこと」

 その言葉が心に浸透して、温かな熱が体全体を満たした。

 アレックスの涙をそっと拭って、それから笑顔の彼を思いっきり抱きしめた。

 「ありがとう。俺にはもったいない返事だ」

 「かもね。でも次に僕に謝ったら殴るから」

 それから俺たちはお互いを見つめて、笑いあった。

 こんなにも幸福なことが最後の最後に残っていたなんて、思ってもいなかった。


 


 アレックス、愛しい人。

 あと6時間だけの恋人。

 俺は君に出会えて幸せだった。

 

 

夢も希望もない、ティーンでもなくて、BLとはいえボーイズと言っていいのかもわからない彼らですが、確かに幸せだったのだろうと思います。

果たして外国人の現代劇BLって需要あるんでしょうか・・・。

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