雪菜ちゃんの存在
翌日。
昨日よりも早く家を出た。
護を待たせ過ぎては、いけないと思ったからだ。
私は、走って待ち合わせの場所に向かう。
そこには、護と雪菜ちゃんが、じゃれあってる姿が目に入ってきた。
昨日あんなにも突き放してたのにもう、仲良くしてる二人。
私が、見た事もない顔を幾つも見せてるよね。
私じゃ、護にとって、役不足なのかな?
雪菜ちゃんが言った通り、別れた方がいいの?
でも、護を好きなのには変わりようがない真実であって、誰かの為に別れるってのも違う気がする。
このまま出て行くのもなんだしなぁ…。
どうしようかな…。
何て、迷っていたら。
「詩織。そんな所で何してるんだよ」
護に見つかってしまった。
でもね。
雪菜ちゃんがしっかりと、護の腕に絡み付いているんだよね。護も嫌そうにしてなくて、寧ろ好きなようにさせてるって感じ。
そんなの見て私、どうしたらいいのか、わからないよ。
「おはよう。護、雪菜ちゃん」
取り合えず、挨拶だけ返しす。雪菜ちゃんの目線だけが私を射してくる。
なんか、一緒に行くのやだなぁ…。
私は、その場から逃げだしたくなって。
「ごめん。私、先に行くから…」
それだけ言うと走り出した。
どうしてなのかな。
護の事、信じてるって思ってるのに、心が痛いよ。
何かが、チクチク刺さってるみたい。
これって、俗に言う妬き餅ってヤツかな。。
護は、私だけのって思ってるから、他の女の子と仲良くしてるの見て、嫉妬してるだけなのかな…。
気がつけば、涙が溢れてきて、泣きながら走っていた。
幸い、早い時間の登校だった為に、他の生徒には会う事無く、教室に入れたのは不幸中の幸いだった。
私は自分の席で、伏せていた。
「詩織…。水沢詩織、居る?」
教室の入り口から声がした。
声の主は、顔を上げなくてもわかる。
私は、知らないふりを続けようとした。
「詩織、ちょっと来い!」
いつの間にか護が、私の横まで来て、手を引っ張る。
「何で?何で、護の言う事聞かないといけないの!」
昨日までの事が、嘘のように思えてくる。
私の言葉が癪に触ったみたいで。
「いいから、来い!!」
そう言うと無理矢理、お姫様抱っこで連れて行こうとする。
「下ろして!」
思いっきり暴れてみたが、びくともしない。
「どこに連れてくのよ。授業始まるじゃない!」
私の言葉にも耳を貸さない護。
廊下に居る生徒達が、私達の方を向く。
物凄い注目を浴びてる。
「下ろしてください!」
強く言っても。
「駄目だ! 下ろさない」
強引に連れて行く。
着いた場所は、サッカー部の部室だった。
私は、乱暴に下ろされた。
カチッ。
護が、後ろ手でドアの鍵を閉た。
彼の顔を見上げる。
怒ってる。
「詩織、朝のあれ何? 急に逃げるように走り出しやがって! オレ、何かした?」
問い詰められる。
「オレ、詩織の事、物凄く大切だから、優しくしてたのに…。あんな態度とられたら、オレだって、正気じゃいられるわけ無いだろ」
そう言いながら、冷たい口づけが降ってくる。何も感情のこもってもいないそんな口づけ、イヤだよ。
「オレって、そんなに信用出来ないか?」
不安そうな顔をする護。
首を横に振る。
「詩織は、オレの事嫌いになった?」
言葉が出てこない。
「じゃあ、何で逃げるんだよ。無理矢理でもお前を頂くからな…」
エッ…。
自分の耳を疑った。頂くって・・・。
「嫌だって言っても、無理かも。オレ、お預けばっかだったからな」
男の顔を見せる護。
「ちょ…ちょっと、護…」
言いかけた時には、唇を塞がれた。
「オレ…。本当に、詩織しか見てない。雪菜なんか、眼中にない。雪菜は、ただの妹だ。それ以上でもない。一時でも詩織と離れたくない。お前を一番愛してる」
少し低めの声で耳元で囁かれた。私は護の背中に両腕を回す。
あぁ、そっか。
護も、不安だったんだ。
「詩織…。オレのものに…」
いつもの優しい声音で言われて、頷いた。
護が、私の制服に手をかける。
護も自分の制服を脱ぐと、逞しい胸板が露になる。
流石に恥ずかしくて、護の顔がまともに見えない。
すると、護の両手が、私の頬を包み正面に向かせられる。
「詩織、可愛い」
って、耳元で囁く。
そして、優しい口付けが、瞼に、頬に、唇に、首筋にと次々と降り注がれていく。
私は、護に身体を委ねた。
「詩織、ごめん。オレ一人で、突っ走ってるよな」
弱々しい声で言う。
首を横に振り。
「そんな事無い。私、嬉しかった。護の想いが聞けて…。何よりも、私が一番愛してる人だもん」
笑顔で答える。
「オレ、朝の詩織の態度がどうしても気に入らなかったんだ。何も言わずにさっさと行ってしまう詩織に腹が立ったのは、事実だ。でも、よく考えれば、オレ自身に問題があったわけだよな、本当にごめん」
護の沈んだ声。
「もういいよ。私が、逃げ出したことには変わらないし…。今は自分が、護のものなんだって、実感してる」
「そうだぞ。詩織は、オレのだ。誰にもやらねぇよ。オレ以外の奴に、あんな顔見せるな」
あんな顔って…。
顔に熱を帯びる。
「さて、もうすぐ一時間目終わるな。チャイムが鳴ったら戻るぞ」
「…う、うん」
私は素直に頷いた。
「詩織」
不意に呼ばれて、振り向くと首筋に強く吸い付くようなキスをしてきた。
「護。くすぐったいからやめてよ」
私の反応が面白いのか、幾度となく口付ける護。
「ほら、二時間目が始まる前に戻らなきゃ」
私が、手で制すと。
「チェッ、仕方ないか…。詩織は、オレのなんだからな。他の男達に触らすなよ」
護が強い口調で言う。
私は、力強く頷いた。
教室に戻ると、クラスメートの注目を浴びたのは、言うまでもない。
無理もないか…。
あんな連れ出されかたし、おまけに授業までサボっちゃったし・・・。
「詩織、ちょっと…」
里沙に腕を引っ張られる。
「詩織。首筋のところに、キスマークが付いてる」
里沙に小声で言われて、慌てる私。
嘘…。
でも、思い当たる節はある。
「ほら、これで隠したらなんとかなるから…」
そう言って、ハート柄の絆創膏をくれる。
「ありがとう」
私はそれを受けとると、お手洗いに行き、鏡を見ながら貼る。
「玉城先輩の怒りは、収まったの?」
里沙には、心配ばかりかけてる。
「うん。でも、それは私がいけなかったから…」
「そうなの。でも、あの行動のお陰って言ったらいけないんだろうけど、ファンクラブも解散するって話が出てるみたい」
里沙が、笑顔で言う。
「本当?」
「本当だよ。玉城先輩相手では、誰も勝ち目無いだろうってファンクラブの存在意義が無くなったみたい」
それって、あわよくば、彼氏になれるかもって思って、作られたクラブだったの?それは、それで嫌かも・・・。まぁ、解散に至ったのなら。
「よかった」
私は、心の底から安堵した。
「だから、最初からオープンにしておけばよかったんだよ」
里沙に言われてしまった。
本当だね。
最初から、オープンにしておけばよかったんだね。
そしたら、こんなに悩む必要なかったのかも…。
心が、晴れやかな気持ちになる。
「心配かけて、ごめんね。それからありがとう」
私は、改めてお礼を言う。
「何のお礼かな?」
首を横に傾げる里沙。
「色々とだよ」
「そんなの当たり前でしょ。気にしないで…」
優しい笑顔を浮かべて言う里沙。
「そんな里沙が、大好きだよ」
里沙に抱きつく。
「こらこら、抱きつくな。もう二時間目が始まるから、教室戻ろ」
「そうだね」
私達は、教室に戻った。
昼休み。
「詩織ー。飯、一緒に食おうぜー」
って、いきなり教室の出入り口で声が聞こえてくる。
朝とうって変わって、明るい声。
護が、ニコニコしながら私の所に来る。
「先輩、恥ずかしいからやめてください」
私は、慌てて敬語で言う。
「あれー? 何時もと違うじゃん」
優しい声音で言う。
「詩織、そのバンソコどうした?」
ニヤニヤしながら、私の首の所を指す。
「ワザと付けたんでしょ」
小声で言う。
「何の事?」
しらを切る。
そこに。
「あのー。詩織に玉城先輩。物凄く注目浴びてるんですが…」
里沙が遠慮がちに言う。
二人で見渡すと、皆がこっちを見てる。
注目の的ですね。
私と護は、目を合わせるとクスクスと笑う。
「ごめんね」
私達は、それだけ言うとお弁当箱を持って教室を出た。
屋上に出て、私達は二人でお弁当を広げて食べ始めた。
お昼を食べ終えて、護が私の膝に寝転がる。
「護。これ、ワザとだったんでしょ」
私は、絆創膏を指を差して言うと。
「バレた。オレのだって印をつけただけ」
薄笑いを浮かべながら言う。
「ただでさえ、注目浴びてたのに、こんなの付けてたら、余計に目立つじゃん」
ふてくされると。
「そうか。でも、オレは自分のものに印をつけただけなんだが」
優しい口調で言う。それって、護に所有物って意味?で付けたの。聞いてみたいけど聞けない。
私は、照れを隠すように護の髪を梳くと。
「気持ちいい。なぁ、詩織」
目を細めて私を見てくる護。
「うん?」
「ずっと、オレの傍に居てくれよ」
って、甘えてきた。
「さぁね。どうかな…」
私が、意地悪っぽく言うと。
「お願い。ずーっとオレの傍で笑ってて欲しい」
甘い声の護に思わず、笑ってしまった。
「あ、笑ったな」
ムクレ顔で言ったかと思ったら、私の首に腕を回して、頬に口付ける。
「そうだ。里沙がね、ファンクラブが解散の方向に向かってるって言ってる」
「それ、本当か?」
私は頷く。
すると。
「やった!これで心置きなく、詩織に抱きつける。今まで、我慢したかいがあった。」
って、満面の笑みを浮かべる。
キーンコンカーンコン。
予鈴が鳴り響く。
甘い時間の終わりの時。
「教室に戻らないと、五時間目が始まる」
「戻る前に、充電させてくれ」
そう言うと、護が私の唇を塞ぐ。
「さぁーて。午後の授業も頑張ろう」
ヤル気満々で言う護。
私の頬は、火照り始める。
「詩織、顔が赤いぞ」
護が、からかう。
「誰がしたのよ。もうー!」
私は、呆気にとられる。
「ほら、早く戻らねぇと、遅れるぞ」
護が、屋上ので入り口のドアを開けて言う。
「待ってよー」
私は慌てて、お弁当箱を持って護を追いかけた。