親友
次の日。
護の朝練に間に合うように家を出る。
今日から、待ち合わせて登校することになった。
それだけで、嬉しくて浮き足立ってしまう。
待ち合わせの場所に着くと、護が先に来ていた。
「おはよう、護」
笑顔で、近づくと。
「おはよう、詩織。行くか」
護が、笑顔で返してくれる。
護の腕に自分の腕を絡ませて歩いた。
「次の試合って何時?」
「今度の土曜日」
「応援しに行くね。今度は一人で」
って言うと。
「あっ、ああ。気を付けてこいよ。場所は、昨日と一緒だから…」
なんか、上の空って感じなんだけど…。
「昨日の護、凄くカッコよかった」
昨日、言いそこねた言葉を口にする。
「カッコよかったか…。それ、昨日のうちに聞きたかった」
なんだか、そわそわしてる。
「どうしたの?」
意を決して聞いてみた。
「腕に、胸が当たってる…」
護が、顔を赤らめて、とても言いづらそうに小声で言う。
エッ… 。あっ。顔が徐々に熱くなっていく(恥ずかしい)。
慌てて絡めていた腕をほどいた。
その手を護が握ってきた。
護の手、冷たい。
でも、大きくて、安心する。
私達は、手を繋いだまま校門を潜る。
「じゃあ、オレ部室に行くから」
そう言って、護が手を離した。
名残惜しくなってる自分が居る。
この温もりを無くしたく無いよ。
何時もより早くに学校に着いたので、教室には誰も居なかった。
自分の席からグランドを見つめる。
護が、外周を走ってるのが見えた。
頑張ってる護を見るのが、大好き。
屈託の無い笑顔も大好き。
片想いしてた時よりも、ずっと好きになってる。
ずーっと、一緒に居たいって想ってる。
「おはよう、詩織。今日は、大丈夫そうだね」
里沙が、声をかけてきた。
「おはよう。充電してきた」
笑顔で答えると。
「詩織、あたしに話す事無い?」
里沙が、私の顔を覗き込んできた。
エッ…。
「詩織。玉城先輩と付き合ってるんだよね」
確信に触れられて、驚いていると。
「あたしが、知らないとでも思った?」
里沙が、呆れた顔をして言う。
私は、里沙の言葉にコクりと頷く。
「ハァー。あたし、いつも詩織が朝、ここからグランドを見つめてるの知ってる。その理由も、次第にわかってきた。けど、確信が持てなかった。いつ、話してくれるか、待ってたんだけどなぁ…」
里沙が、寂しそうな顔してる。
「ごめんね。話したくても、話せなかった。今も、余り話せないんだよ。ファンクラブの目があって…」
声のトーンを落として言う。
「そうだったの…。最近、詩織の笑顔が少なかったのはそのせいだったの」
里沙が、心配そうに言う。
「気づいてたの?」
「当たり前でしょ。あたし達、幼稚園からの親友でしょうが…。わからない方が、おかしいって」
里沙が、優しく微笑む。
「あたしは、いつ詩織が話してくれるか、待ってたのに、全然話してくれないんだもの」
寂しそうに言う。
「本当にごめんね。里沙に話せるようになるには、時間がいったの」
俯きながら答える。
「もっと早くに話してくれてたら、詩織の相談役になってあげれたのに…。あたしって、頼りない?」
里沙の悲しげな声に私は、ハッとして顔をあげた。
私には、里沙っていう大親友が居るのに、なぜ相談しなかったんだろう。今頃になって気付くとは・・・。
里沙の顔を見上げる。
「ごめんね。これからは、ちゃんと話す。って言うか、いきなりだけど、相談したい事があるんだけど…」
って言うのと同時に。
「桜、席に着け。ホームルーム始めるぞ」
と担任の声が掛かり、里沙は自分の席に着いた。
そして、振り向き様に“あ・と・で・ね“と唇を動かすのだった。
放課後。
私と里沙は、屋上に来ていた。
「風が、気持ちいいね」
秋風が、私達の間を通り抜けていく。
「そうだね。で、相談とは?」
里沙が、間髪いれずに聞いてきた。
「最近、学校で護…玉城先輩と会う時間が無くて、それに加えて、私のファンクラブの男達が、監視してるんだよね。だから、余り会えなくて、落ち込んでいたんだ」
私は、胸に引っ掛かっているものを吐き出すように言う。
自分が許可したばっかりに、お互いが寂しいと思うなんて・・・。
「そっか。ファンの男達をどうにかしないといけないね。でもさあ、それって、逆に堂々と付き合ってる事をアピールしたらいいんじゃない。そしたら、解散に持ち込めるんじゃないかなぁ」
里沙が、最もらしいことを言う。
「それか、優基さんを使ってでも会う事できるんじゃないの?」
確かに、優兄に用事って言いながら、教室に行く事もできる。
でも。
「優兄には、借りがありすぎて、頼めないよ」
「優基さんなら、大丈夫じゃないかな。詩織の事いつも心配してるし、頼めば聞いてくれるって」
里沙が、意外な反応をするから、思わず。
「もしもし、つかぬ事を聞きますが、里沙と優兄って…」
「あれ…言わなかったっけ…。あたし、優基さんと付き合ってるんだよ」
照れながらも、笑顔を見せる里沙。
「そんな素振りなかったよね」
優兄と一緒に居るところ見たこと無いんだけど・・・。
「うん。だって詩織、自分の事で精一杯だったじゃんか。だから、あえて言わなかった」
里沙が、優しく言う。
「優基さんも受験生だから、余り会わない様にしてたから、詩織には言えなかったのもあるけどね」
そうだったんだ。
「優兄、何も話してくれないから、知らなかったよ」
「そうだね。優基さん、詩織に対しては、妬けちゃうぐらい心配してる。だから、頼ってあげて。放課とか一緒に過ごす時間を作って、自然解散に持ち込めばいいんじゃないかな」
里沙が、念を押す。
「そっか、その手があった。護…玉城先輩にも相談してみるね」
私が言うと、里沙が。
「うんうん」
と笑顔で頷いた。
話が一段落したところに。
「里沙ちゃーん。帰ろー」
屋上の戸が開き、優兄が顔を出す。
「はーい。今、行きます。じゃあね、詩織」
里沙が、優兄の元に歩き出した。
「詩織。余り遅くなるなよ」
優兄の心遣いが、嬉しい。
「はーい」
そう返事を返すと教室に戻った。
自分の教室から、護の練習姿を見ていた。
今日も、終わるの遅いのかな。
何て思いながら、視線だけは外さなかった。
ガラッ…。
突然、教室の戸が開いた。
そこには、一人の女の子が立っていた。
私には、見覚えがあった。
昨日の試合後に、護の腕に絡み付いていた子だ。
「水沢詩織さんですね」
その子は、私の名前を確認するように口を開いた。
「ええ」
私が頷くと。
「護兄さんと別れてください」
唐突に言われた。
「はい、わかりました。とでも言うと思う? その前に自分の名前ぐらい名乗りなさいよ」
私は、冷静に対処する。
「名前なんて、名乗る必要ないと思います。早く、護兄さんと別れてください!」
全く、一方的な言い方。
「あのね。私は、護と別れるつもり無いし、あなたの事は、護から聞いてるよ。“ただの妹にしか思えない“って」
昨日、直接護から聞いた言葉を伝える。
「そんな事ない。私が、一番、護兄さんの事が好きなんだからー」
って、今にも泣き出しそうな声で言う。
あーあ。
もう、どうしたらいいのやら…。
途方に暮れてた時だった。
「どうした?」
護が、私と彼女を交互に見る。
「何でもないよ」
その場をごまかすように言う。
…が。
「護兄さん。その人と別れてください!」
って、私に指を指して言う。
人を指で指しちゃいけないんだよ。親に言われなかった?
って、呑気に言えるわけもなく。
「悪いな、雪菜。オレ、詩織と別れるつもりはない。それに、詩織と別れてお前とはも付き合えない。お前は、ただの妹にしか見れない」
護が私の肩を抱いて、言う。
その言葉を聞いて、彼女は教室を出ていった。
瞳からは、涙が溢れていた。
護の事、ずっと好きだったんだろうなぁ。
それも、幼い頃から。
「いいの?」
私の問いかけに。
「いいんだよ。オレも雪菜との事をちゃんとしておきたかったし、ダラダラ続けてても仕方ないしな…」
そう言いながら、護が抱き締めてくれる。
「そうだ、あのね。里沙が、"放課でも一緒に過ごしたらどうか"って言っていってたよ。そしたら、ファンクラブも自然消滅するんじゃないかって・・・」
護の腕の中に包まれながら言う。
「なるほどな。その案で行ってようか」
納得してる。
「あと、優兄を頼ってもいいんじゃないかとも言ってた」
「優基か…。まぁ、使えん事無いかもな」
使うって…。
「そろそろ、帰るか…。兄さん達に心配かけてしまうからな」
「うん」
私達は、手を繋いで教室を出て帰路に着いた。
「護を好きになって、よかった」
ポツリ呟く私。
「急にどうしたんだよ?」
その言葉を聞き取った護が、不思議そうな顔をする。
「こんなに頼もしくて、優しい男、他に居ないもん」
私は、護の顔を覗き込む。
「何言ってるんだ。オレの方こそ、詩織を好きになってよかったと思う。女の子にカッコいいいなんて言ったらいけないかなぁ、って思うけど、詩織はそれを持ち合わせてるよな」
カッコいいって…。
「それって、誉め言葉?」
私が、むくれて聞くと。
「そうだよ。それだけじゃないだろ。さっきだって、雪菜のために嘘をついてくれただろ」
「そうだっけ…」
とぼけてみる。
「そういう優しさを持ってる、お前が好きなんだよ」
護が、肩を抱き締めてきた。
その手の温もりが伝わってくる。
「歩きづらいよ」
「オレは、ずーっとこうしていたい」
護が耳元で囁く。
そんな護が、可愛く思えて。
「わかった。歩きづらいのは、我慢しよう」
って、答えていた。
「っとに…。そうだ。試合が終わったら、オレ、受験に打ち込みたいから、詩織とのデートお預けになっちまう前にデートしよな」
突然言い出した。
確かに、付き合い初めてから、一度もデートした事ない。
「そうだね。護には、頑張ってもらわないとね」
「何を期待してるのかな?」
不思議そうな顔。
「優兄から聞いてるよ。護って、凄く頭が良いんだってね。大学も選び放題だって…」
「そんなこと無いよ。まぁ、オレは成りたいものがあるから、それに向かってるだけだがな」
って、信念が強いなぁ。
「詩織は?」
「私は、まだ決めてない。って言うか、これだっていうのを見つかってない」
「じゃあ、オレのとこに来る?」
茶目っ気を含んだ笑顔で言う。
「エッ…」
「エッ…って。オレと一緒の大学、受ければいいじゃんか。そしたら、一緒に居られるし…」
私が、思ってもみない言葉が聞こえてきた。
「いいのかな…。そんな理由で決めてしまっても…」
私が迷っていると。
「お前なぁ。来年一年、詩織と会う時間が取れないかと思うと、気が気じゃないんだからな」
護が、不安そうに言う。
「…でも、詩織はまだ一年考える時間があるんだから、ゆっくり考えればいいんじゃないか? それでも、決まらない時は、オレのところに来ればいい」
って、笑顔で言いながら、私の頭をポンポン叩く。
「うん」
私も、笑顔で頷く。
話してるうちに、家に着いてしまった。
もっと、話がしたいけど…。
「じゃあ、また明日な」
護が、軽く頬に口づけをする。
「うん、また明日」
名残惜しいけど、私は護の後ろ姿を見送った。