ファンの存在
翌日。
何時ものように学校へ行くと、気付けば私の周りには、人垣が出来た。
しかも、男子ばかりだ。
これは、いったい?
何が起きたのかわからず、戸惑っていると。
「水沢さん。昨日のライブ、凄くよかったです。僕たち、詩織ファンクラブを作りました」
私の前に居る男子が言う。
エーッ。ファンクラブって・・・。
嘘でしょー。何でー!! 何で、私みたいな可愛くもない奴にファンクラブなんか出来るのよ!
「僕が、会長の高木と言います。よろしくお願いします。ファンクラブ内では、色々とルールが厳しくなっているので、水沢さんに迷惑を掛ける事は無いですから認めてください」
会長自ら頭を下げて申し出てくる。
「本当に、迷惑掛けないって言えますか?」
確認のために聞き返す。
「はい」
「約束を守っていただけるのなら・・・」
私の返事を聞いていた周りから、歓声が上がる。
それを見届けながら、教室に向かう。
朝練を終えた護と目が合った。
私は、ゆっくりと口パクで"お・は・よ・う"と動かす。
すると、護も笑顔でお・は・よ・うと返してくれた。
それだけで、一日がハッピーな気持ちになる。
ファンクラブの結成を認めたが為に、大変なことになるとこの時は思いもしなかった。
あれから護と一緒に過ごす時間が無くなってしまったのだ。
学校に居る間は、私のファンが回りをガッチリ固めていて、身動きが出来ない(普通は、影で見守ったりするんじゃないの)。
護は、サッカーの試合が近いために、土・日も練習で、デートする時間さえ出来ない。
文化祭が終わればって、思ってたのに・・・。何で、こんな事になってるんだろう。会えない事に、禁断症状が出始めようとしていた。
そんな時だった。
「詩織」
ノックも無しに自室のドアが開く。
「優兄…」
「大分こたえてるみたいだな」
優兄が心配そうに顔を覗き込んできた。
「そんな事…」
言い淀む私に。
「お前の笑顔、最近少ないと、護が言ってたぞ」
エッ…、護が・・・。
ずっと、見ていたの?
「兄貴達も心配してる。それから、これ…」
優兄が出してきたのは、携帯電話。私、この時まで携帯を持たせてくれなかったんだ。悪い影響を受けるといけないからって(隆弥兄の意見で)。
「兄貴達から、お前にだってさ。一様、護の携帯番号入れておいたから、電話してみな。護もお前の声聞きたがってたからな」
恐る恐るそれ受け取り。
「ありがとう!!」
笑顔で優兄に言う。
「ああ。それから兄貴達、護との付き合いは認めてるみたいだから、気にするな」
と付け足して、部屋を出て行った。
早速携帯を操作する。
電話帳を開く。
護の携帯番号を見つけると、そのままかける。
トゥルルル…、トゥルルル…。
呼び出し音が鳴る。
知らない番号だから、出てくれないのかなぁ。
少し、不安になる。
出なかったらどうしよう。
カチャッ。
『はい?』
よかった、出てくれた。
『もしもし、どちら様ですか?悪戯電話?』
護の声が、怪訝そうな言い方になる。
あっ、何か話さなきゃ・・・。
「私、詩織です。ごめんなさい、こんな時間にかけてしまって…。どうしても、声を聞きたかったから…」
必至になって言うと。
『本当に詩織? 知らない番号が通知されてたから、出るの躊躇ってた。出てよかったよ。番号、優基に聞いたのか?』
ホッとしたような護の声。
「う、うん」
『なんか、話すのも久し振りだな。最近、会うこともままならなくなってたもんな』
護が、優しい声で言う。
「ごめんね。私が、ファンクラブの許可したばかりに、会う事も出来無くなっちゃって・・・」
私の言葉に対して。
『気にしなくて良いよ。文化祭の時に思ってたから』
エッ…。護には、わかってたことなの?
『あの時の詩織、本当にカッコよかったし、輝いていたからな。これは、ファンクラブが結成されると、思ったんだよ。オレとしては、複雑なんだ。自分の彼女が、皆に認められてる。だけど、その分一緒に居る時間が、無くなるのかなぁってな』
護の寂しそうな声。
「最初からわかってたんだ。本当にごめんね。私ったら、全然気付かなかった」
ダメだなぁ。
私ったら、護に迷惑かけっぱなしだ。
自分が、情けなくなって、涙が溢れる。
『詩織、泣いてる? 直ぐに行って、涙を拭いてやりたい。詩織の笑顔が見たい。明日の日曜日、試合なんだ。応援に来て。優基に連れて来てもらえば良いから…。試合前に充電させてくれないか』
護が、優しく宥める様に言う。
私は、しゃくりながら。
「わか…った。私も、護の笑顔が見たい」
って、ようやく言えた。
『じゃあ、明日待ってる。お休み』
「お休みなさい」
私は電話を切ると涙を拭って、優兄の部屋に行く。
ドアをノックする。
「詩織か?」
「うん。入ってもいい?」
「どうぞ」
部屋のドアを開けて、中に入る。
優兄が、私の方を振り返る。
「どうした?」
優兄が優しく言う。
私は、ベッドの端に座って。
「さっきは、ありがとう」
お礼を言う。
「ああ。で、護とは話せたか?」
「うん、でね。護が、明日にサッカーの試合があるから、試合が始まる前に会う事になったの。それで、優兄に連れて来てもらえって、言われたんだけど…。ダメかな?」
上目使いで優兄の顔を覗き込む。
「それでか。ついさっき、護からメールが来た。詩織を試合会場まで連れてきてくれと…。お前が伝えに来る前にメールが届いた。"オレと一緒に来るより、兄妹の方が来やすいだろ"ってさ」
優兄が、私の頭を撫でてくる。
「わかったよ。可愛い妹の為に、一肌脱ぎましょう」
優しく言ってくれた。
「じゃあ明日、寝坊するなよ」
そう言って、優しく私を追い払う。
ベッドから腰を上げると、優兄の部屋を出た。
その足で、双子の兄達の部屋に行き、電話のお礼をしに部屋を訪ねた。
「隆弥兄、勝弥兄。ありがとう。これ、大事にするね」
そう言って、携帯を見せる。
「ああ。さっきまでに寂しそうな顔が、晴れやかだな。俺達、詩織の笑顔が大切だから、暗い顔して落ち込んでるの見るの嫌だから…」
兄達の顔が笑顔になる。
「アイツ…、護だっけ。俺達にも気を使ってるしな。しかも、詩織の事を一番に想ってるのがよくわかったから、認めるしかないだろ。それに、アイツと居る時の詩織の笑顔が眩しかったしな」
二人は、交互に言う。
「ありがとう。お兄達、大好き」
二人に抱きついた。
「こらこら、抱きつく相手が違わないか? その笑顔、俺達が守ってやりたかったんだがな…」
寂しそうに言う、隆弥兄。
「詩織が幸せになってくれるなら、俺達も嬉しいよ」
本当に優しい兄達で、よかった。
「じゃあ、私部屋に戻るね。お休みなさい」
「お休み、詩織」
兄達の部屋を出て、自分の部屋に戻る。
兄弟って良いな。
相談が出来る仲の良い兄達が居てくれた事に感謝しながら、ベッドに入った。
翌日。
私は、着ていく服で悩んでいた。
女の子っぽい服装で行きたいけど、応援しにくいだろうなぁ。
やっぱり、カジュアル系でまとめた方がいいか。
Tシャツにパーカー、ジーンズ。
それから、護かもらったブレスレット。
髪は、ポニーにしてバンダナで結ってみた。
鏡で、最終チェックする。
ちょっと、シンプルすぎ?
まぁ、いっか…。
その時、ドアがノックされた。
「詩織。そろそろ出ないと間に合わないぞ」
優兄の声。
「はーい」
鞄に財布と携帯を入れて、部屋を出る。
「その格好で行くのか? シンプルすぎないか?」
私の格好を見て、そう言う。
「散々悩んで、これにしたの」
「そうか。時間が無いから急ぐぜ」
そう言って、優兄が階段を駆け降りる。
「ちょっと待って!」
慌てて追い駆ける。
「なんだ。どっか行くのか?」
リビングで寛いでいた兄達が、顔を出す。
「護の試合の応援に行くの」
私が答えていると優兄が。
「早くしろよ。試合始まる前に会うんだろ」
って、急かす。
「試合、何時からだ?」
隆弥兄が、聞いてきた。
「十二時ジャスト」
優兄が答える。
今、十一時だ。
一時間しかない。
「急いでるんなら、車出してやる。ちょっと待ってろ」
隆弥兄が、そう言って、部屋に戻って行く。
部屋から車の鍵を持ってくると。
「会場は?」
って聞いてきた。
私は、聞いてない。
だが。
「隣町の総合グランド」
優兄が答える。
「わかった。車に乗れ」
隆弥兄が、車のエンジンをかける。
私と優兄は、後部席に乗り込む。
「出すぞ」
そう言って、車を走らせる隆弥兄。
会場に着くと、優兄と一緒に車を降りる。
「頑張って、応援してこいよ」
隆弥兄はそれだけ言うと、帰って行った。
試合開始の三十分前。
私達は、グランドまで走った。
観客は、疎らだ。
私は、グランドで練習しているだろう護の姿を探す。
でも、グランドにはその姿がない。
どこに居るの?
私がキョロキョロ周りを見渡していると、後ろからフワリと抱き締められた。
振り返ると、ユニフォーム姿の護が居た。
「やっと会えた。オレの女神」
護が、微笑みながら言う。
「護!」
嬉しくて護に抱きついた。
「詩織。そんなに抱きついたら、離せなくなるだろ」
言葉とは裏腹に、顔は嬉しそうだ。
「だって、凄く会いたかったから…」
私が笑顔で言うと。
「ちょっと、こっちに来て…」
護が、私の手を引っ張って、人気の無いところに移動する。
「ここなら良いか…」
呟くように言って立ち止まると。
「詩織、来てくれてありがとう。オレにフル充電させて」
そして、私を引き寄せて、唇を重ねる。
優しくて、甘い口づけに酔いしれる。
「詩織の笑顔、久し振りに見た。最近の笑顔、寂しそうだったから…。心配してたんだ」
護が私の髪で遊びながら言う。
「自分の可愛い彼女の笑顔が見れないのは、寂しいな。それが、物凄く辛くてな。どうしたらいいか、わからなくなってた。でも、こうして会うだけで、ホッとする。オレに対しての笑顔は、曇ってないってな」
護の笑顔が、私に元気をくれてるんだよ。
何て、恥ずかしいから、言ってあげない。
「護。私、あなたに会えなくて、凄く寂しくて、不安になってたの。もしかして、護は、私の事嫌いになってしまってるんじゃないかって…」
「何言ってるんだよ。オレは、直接会えなくても、遠くから見てたよ。日々元気が無くなっていくのを見て、どうにかしてやりたかった…」
護が、私の頭を撫でる。
「近くで、お前の顔を見てホッとしたよ。そろそろ、時間だから行くけど、ちゃんと応援するんだぞ」
優しく言って、軽い口付けをすると、ピッチに戻って行った。
顔の火照りが治まるのを待ってから、客席に向かった。
「詩織、こっちー!」
優兄が、私に気付き手招きする。
私は、その方に急いだ。
「護とゆっくり話せたか?」
優兄が、呟くように聞いてきた。
私は、ゆっくりと頷いた。
「そっか、よかったな。やっと、アイツも試合に集中できるな」
エッ…。
「今、何て…」
「試合に集中できるって…」
「集中できるって?」
「アイツさ。お前が落ち込んでいく度に、練習に身が入らなくなって、正直、練習不足なんだよ。だけど、今年が最後だからって、自分を奮い立たせてやってたんだぜ」
優兄の言葉に、愕然とした。
さっきは、そんな素振り見せなかったよ。
「どうした、黙り込んで…」
優兄が、顔を覗き込んできた。
「護、そんな素振り見せなかった…」
「そりゃあ、そうだろ。好きな女の前で、格好つけたいものさ」
「優兄も…」
私の質問に。
「そうだよ。まぁ、俺にはまだそんな奴居ないけどな」
そう言いながら、頭を掻く。
「でも、結衣さんは? 仲良いじゃん」
「結衣? 結衣は、龍の彼女だよ。それに、ただのバンド仲間」
寂しそうな顔をする。
「ほら、試合始まる。気合い入れて、応援してやれ」
優兄が、話題を変えるように言う。
ピッチを見ると、センターに選手が列びだした。
「護。頑張れ!」
私は、大声を上げて、応援に集中した。
ピッピー。
ホイッスルの音が響く。
試合終了の合図。
結果は、二対一で勝利した。
「やったー!!」
「やっりー!!」
私と優兄は、同時に叫んだ。
私が、護のところに行こうと立ち上がった時だった。
視界に一人の女の子が、護にタオルを渡してるのが見えた。
マネージャー?
でも、凄く親しげに腕まで組んでる。
一体、誰?
私の不安も知らずに優兄が。
「詩織。行か無いのか?」
顔を覗き込んできた。
「う…うん…。いいや。このまま帰ろ、優兄」
「お前がいいなら、帰るか…」
優兄も立ち上がって、グランドを後にした。
帰りながら、優兄に。
「本当に会わなくてよかったのか?」
改めて聞かれて。
「いいよ。試合前に話せたし、今日活躍してたの護だし。主役をとってしまったら、申し訳ないもん」
自分に言い聞かすように言う。
「何で、そこでお前が遠慮するんだ!」
後ろから声が…。
振り返ると、護が息を切らせて立っていた。
「護…。お前、グランドからここまで走ってきたのか?」
優兄が、呆れてる。
「優基。悪いが、詩織借りてく」
護が、私の腕を引っ張る。
「あいよ。何かあったら、電話しろよ」
優兄が、呑気な返事を返す。
「ちょっと、痛いよ」
いつもより、強引な護。
どうしたのよ?
どこに連れて行くきなの?
暫く無言のまま歩く。
人気の無い川原に着くと、護が振り返った。
「さっきの、どう言う事? オレに遠慮したのか?」
凄い剣幕で言う。
「遠慮なんてしてない…」
「じゃあ、何で、逃げるように帰ってくんだ!」
強い口調で言われた。
私は、さっきの光景を思い出した。
私が、黙っていると。
「オレ、試合が終わったらお前とデートできると思って、楽しみにしてたのに、さっさと帰られて、どれだけショックだったかわかる?」
護が、急に憂い顔になる。
そんな事思ってたんだ。
「久し振りに声が聞けて、笑顔の詩織と一緒に居たいって思ってたのオレだけ!! オレだけが、期待してたのかよ」
護の顔に怒りと情けなさが出ている。
こんな顔見た事ない。
いつも優しく見守ってくれてる顔しか見てなかったから、私、どうしたら良いかわからなくなる。
そして。
「何で、逃げた? オレに話して」
優しく諭す様に言う護に、私は意を決して告げた。
「試合が終わって護のところに行こうとしたよ。でも、護の腕に女の子が腕を絡ませてるのを見ちゃったら、行けなかった。だから、護に会わずに帰ろうと…」
その言葉を口にしたら、自然と涙が溢れてきて、護に気付かれる前に、俯いた。
「ごめん。それは、オレが悪い。アイツは、従姉妹だ。偶然同じ学校だったんだよ。しかも、サッカー部のマネージャーをしてくれてる」
抱き寄せられ、彼の胸の中に。
「それって、護の事が好きで、一緒の高校を受けて、部のマネージャーになったの間違いじゃないの?」
私の質問に護は。
「鋭いな。そうみたいだ。オレ、アイツから告白されてるけど、その都度、断ってるんだよ、一向に諦めてくれなくて、困ってる」
迷惑そうな顔をする。
「オレは、詩織しか興味ない。どんだけ、お前に振り回されてるか…」
そう言いながら、笑う護。
「そうかな。私、振り回してるつもり無いんだけど…」
「詩織は、本当にそう思ってる? オレは、お前の一喜一憂に振り回されてる」
優しい笑顔を見せる。
「なぁ、詩織。このままだと学校で顔を会わす時間が無いだろ。この際だから、詩織ファンクラブ解散したらどうだ」
「そうしたいんだけど、私にはどうする事も出来ないんだよね。“迷惑はかけない“と言う条件で許可したはずなんだけど、私がバカだったのかな」
私が考え込んでると。
「そうかもな。でも、オレ、その素直な気持ちで許可した詩織の思いを踏みにじってる奴が居るなら、解散させた方がいい」
真顔で言う護。
「どうやって?」
「ファンクラブってことは、会長が居るだろ。そいつに話せばいいんじゃないか?」
冷静に答える護。
確かにそうなんだけど。
「その話をつけることが出来ればいいんだけど」
「それが無理なら、毎日一緒に登校すれば、ある程度の奴は、ファンクラブから抜けるだろ」
「そうだね。私のせいで迷惑かけて、ごめん」
私が、謝ると。
「謝るなよ。オレは、お前と一緒に居られるなら、どんなことでもするさ」
目を細めて微笑む護。
私は、そんな護の頬に感謝の気持ちを込めて、口付けた。
「…詩織」
護が驚いた顔をする。
そして、どちらからとも無く、唇を重ねた。
二人の影が、一つになった瞬間だった。