初めてのキス
文化祭が近づくにつれて、自分の時間が徐々に無くなっていった。
「詩織、大丈夫?」
里沙が、私に気を使ってくれる。
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
そう言って、笑顔を返す。
これ以上心配されたくなくて、強気になる。
「今日の練習、体育館で行うって。詩織よろしく」
クラスメートが、声をかけてきた。
「オッケー」
そう返事を返す。
こんな時に移動か…。
本当は、物凄く辛い。
劇の練習で体力を消耗しつつ、軽音でのセッション。
劇の途中で抜けては、音合わせしての繰り返しで、体力も限界に近い。
それでも、誰にも言えないでいた。
「詩織、本当に大丈夫? 顔色悪いよ」
体育館に移動中、里沙が私の顔を覗き込んできた。
「だいじょ…」
言葉が言い終わる前に、足の力が抜け、倒れそうになる。
「アッ…」
その時、後ろから誰かに抱き止められた。
慌てて振り返ると護さんが焦った顔をして。
「大丈夫じゃないじゃん」
そう言うと、意図も簡単に抱き上げる。所謂、お姫様抱っこ。
「ちょっと、下ろしてください!」
護さんの腕の中で手足をバタつかせる。
「ダメ! このまま、保健室に行くぞ。悪いがコイツ借りてくな」
護さんが里沙にそう告げると、そのまま保健室の方に向かって歩き出した。
恥ずかしさの余り暴れてみたが、びくともしない。流石、鍛えてるだけの事はある。
って、感心してる場合じゃない。
「詩織、無理するな。お前の事が、心配で傍に置いておきたくなる」
護さんが、私の耳元で優しく言う。
「うん…。でも、今だけは無理させて下さい。私はやりたいの。やり遂げたいんです」
自分の決意をロにした。
「皆が与えてくれた役だから、頑張りたいの。お願いだから、このまま体育館に連れて行ってください」
そう懇願すると。
「わかった。絶対に無理はするな。もし守れないようなら、その時は無理矢理でも休ますからな」
護さんは、心配そうに言う。
「・・・はい」
絶対に言えないよ。人を頼る事好きじゃないから・・・。
体育館の入り口で下ろしてもらい、中に入る。
「詩織、大丈夫?」
里沙が、私に気付き駆け寄ってきた。
「大丈夫、大丈夫。体だけは丈夫だから…」
私は、自分の胸をバシって叩いた(チョッとだけ痛かった)。
クラス中が、私を見てくる。
本当は、辛いけど、辛いとも言ってられない。
「じゃあ、最初っから通すぞ」
委員長の声が体育館に響く。
そんな私に、新たなる出来事が起こるのであった。
文化祭当日。
舞台衣装を着てスタンバイしていた。
そこに佐久間君が来て。
「水沢。劇が終わったら、校舎裏に来て欲しい」
それだけ告げて、行ってしまう彼。
一体、何だろう?
気にはなったものの、本番に備え集中した。
舞台の上から、護さんを探す。
アッ、居た居た。
体育館の入り口で、壁に凭れて腕を組んで突っ立ていた。
観に来てくれたんだ。
それだけで、胸が一杯で嬉しかった。
舞台を終えて、着替えを済ますと私は、佐久間くんに呼ばれていたのを思い出して、校舎裏へ行く。
流石に校舎裏には、人が居ない。
辺りを見渡す。
まだ、来ていないか…。
校舎にもたれて、彼が来るのを待った。
「水沢。待たせて悪いな」
声をした方を向けば、走って彼が来る。
「別にいいよ。話って何?」
私は、この時は何かの相談だと思ってた。真面目な顔つきで私を見てくる彼から、目が逸らせられくなった。
「実は…。俺、水沢の事好きだ。だから俺と付き合ってくれ!」
真剣な顔で言う。
エッ…、うそ・・・。相談じゃなくて、告白・・・。
返事に困っていると。
「俺、前からお前の事気になってたんだ。今年、同じクラスになってから、余計に気になるようになって。だから、俺と付き合え!」
絶対の自信をもって言う彼。
私は、上から言われるのは好きじゃない。彼の気持ちを疑う訳じゃないけど、彼の傍にいても自分は幸せになれないと思う。それに、今は彼が居るから・・・。
「ごめんなさい。私は、佐久間君とは付き合えません!」
そう、はっきりと断った。
「何でだよ!」
苛立った声。
「本当にごめんなさい。佐久間君の気持ちは嬉しいけど、私はあなたとは付き合えない」
佐久間君に背を向けて、歩き出す。
「待てよ!」
手首を強く捕まれた。
「離して!」
強く口答えすると。
「アイツかよ。この間、お前が倒れそうになった時、抱き上げてた奴かよ」
そう言って、佐久間君が私を抱き寄せ、徐々に唇が近づいてくる。
「イヤー! やめて!」
彼から顔を背ける。
「無駄だよ。君の声はあの音で、かき消されてる。誰も気付きはしない」
不適に笑う、彼。
校舎裏にまで賑やかな声が、聞こえてきてる。たかが、私一人の声が、表に届く筈もない。
それでも、時間を稼ぎたかった。
彼が、来てくれるって…何と無く思ったから。
「どうして・・・、こんな事するの?」
少しでも、彼に冷静になって欲しくて、質問する。
「どうしてだ? こうでもしないと、お前を手に入れられないだろ」
佐久間君の勝ち誇ったような顔。
「諦めな」
彼の顔が更に近づいてくる。背けようとするが、彼の手が私の顎を捉えてて動けない。
嫌だよ。
助けてよ…護。
心の中で、叫ぶ
「何してる!」
との声が響く。
キス寸前で止まった。
振り向くと、護が走ってくる。
「まも…る」
やっとの思いで口にする彼の名前。
佐久間君の腕の力が緩む。
私は、その隙に彼から逃れた。
と、同時に、護の腕の中に飛び込んだ。
自分の体が、小刻みに震えていた。護が、壊れ物を扱うがの様に優しく抱き締めてくれる。
「お前、詩織に何したんだよ!!」
護の怒鳴り声が響く。
佐久間君の顔がみるみる青くなっていく。
「何したんだ! した事によっては、ただじゃおかない!」
護の普段からは考えられない低くドスの利いた声が、響く。
その声で、佐久間くん(かれ)はその場から立ち去った。
「詩織。大丈夫か?」
護が、優しく言う。
まだ、体の震えが止まらない。
「うん。大丈夫」
無理に笑顔を作る私。
「オレの前で、無理するな。ったく…」
心配そうに顔を覗いてくる。
「どうして・・・、わかったの?」
声は未だ震えているが、聞かないと思い言葉にした。
「一緒に店を回りたかったから、優基を連れて教室まで行ったら、クラスの奴に呼び出されてどっかに行ったって。聞いて、いてもたってもいられなく飛んできた」
真顔で言う。
「さっきの奴。劇の相手役の奴だろ? 何もされなかったか?」
されなかったとは言え、言った方がいいのかな?
「…キス、されそうになった」
小声で言ったのに。
「…何ー!! 絶対に許さない!」
護が、叫びだす。
クスクス笑い出すと。
「笑い事じゃねぇよ。オレだって、まだした事ねぇのに…」
って、真顔で言うから、余計に吹き出してしまった。付き合い初めて、一ヶ月ぐらいたつけど、未だキスさえしてない。
護は、いつでも私の事を大切にしてくれてるの知ってるから…。
「詩織…。キス、しても良いか?」
ちゃんと、断りを入れてくれる。
私は、小さく頷く。
徐々に護の顔が近づいてきて、目を閉じると唇が触れた。
優しいキス。
そこに。
「詩織ー!」
優兄の声。
私達は、慌てて離れる。
顔が熱い。
「そろそろライブの時間だから、よろしく」
優兄が、大きな声で言ってきた。
「わかった」
優兄に返事をして護を見る。
護の顔も、少し赤らんでいた。
「じゃあ、行くね」
私が言うと。
「あっ…」
思い出したように護が言う。
「エッ…、何?」
「詩織、手首に痣が出来てる!」
言われて、自分の手首を見る。
そこには、青痣がくっきりと浮かんでた。
あの時に付けられたんだ。
「どうしよう…。こんなの付けて、ステージにでれない」
途方に暮れていると。
「そうだ、これで隠せるかも」
そう言って、護がポケットからキラリと光るものが…。
そして、痣の上に隠すようにそれがつけられた。
護が、着けてくれたのは、ブレスレットだった。
「これは?」
「詩織にやるよ。オレとお揃い」
そう言って、自分がしてるネックレスを見せてくれる。
「トップレスにお前の誕生石が入ってるんだ。お前のには、オレの誕生石を入れてある」
優しく微笑む。
「ありがとう」
飛びきりの笑顔で言う。
「じゃあ、もう行かないといけないから…」
そう言って私は、護と別れて体育館に向かった。
「優兄、ごめん。遅くなった」
ステージ横でスタンバイしてる優兄に言う。
周りは、バタバタと忙しそうに走り回ってる。
「詩織。せめて、着替えてから来いよ」
呆れた様に言う。
って言うか、着替えってもらってないよ。
「結衣が、着替えの準備してくれてるから、それに着替えて来い」
優兄が結衣さんを見る。
「詩織ちゃん。この衣装に着替えてきて。今回は、赤のワンピースだよ」
結衣さんに言われて。
「結衣さん、赤って…。何で、私だけ派手なんですか?」
そう疑問に思った事を口にすれば。
「優基君が決めた事だから…」
って、結衣さんが優兄を見る。
仕方が無い。
私は、渋々着替えに行く。
着替えたのはいいけど、スカート丈が短い。
それに、胸元も開いてて、超恥ずかしい。
ステージ横に行くと。
「すっげーカッコいい」
って、健さんが言う。
「めちゃ、似合ってる」
とメンバーが、口々に言う。
「後は、このパンプスと、ロングのネックレスを着けて…」
結衣さんに促される。
「完璧!」
優兄が頷いた。
「優兄。何で私だけが、派手なの」
「お前が、一番目立つポジションだから」
なんの根拠もないんだ。聞いた私がバカだった。
「それにお前、赤が似合うしな」
本当かな?
そうこうしてるうちに、二年生のバンドが終わり、とうとう出番だ。
円陣を組むと。
「今年最後のライブ。楽しもうぜ!」
「おー!」
気合いを入れて、ステージに向かう。
それぞれのポジションに着く。
会場を見渡した。
さっきと同じ場所に護が居た。
目が合う。
それだけで気持ちが落ち着いた。
そして、私は健さんの方を向いて頷くと、スティックでカウントが入った。
軽快なリズムが、私を誘う。
六曲目が終わり、私はマイクを取り。
「こんにちは。今日は、私達のライブに足を運んでいただき、ありがとうございます。私以外のメンバーは三年生で、今年最後の文化祭です。皆さんが、楽しんでいってくれたら、嬉しいです」
と挨拶する。
「メンバー紹介します。ベースの優基」
優兄を見る。
「皆、楽しんでってなぁ。よろしく」
優兄の挨拶が終わると。
「ギター、龍」
龍さんの所に行って、マイクを向ける。
「今年最後だけど、覚えててくれ」
「キーボード、結衣」
後ろを振り返り、結衣さんに振る。
「三年間の集大成です。皆、ついてきてねー」
「ドラム、健」
健さんは、言葉の変わりにドラムを叩く。
「そして、ヴォーカル私、詩織です。時間が押しているので、一気にかけていくので、よろしく!」
言い終わらないうちに健さんのドラムが響いた。
リズムの心地良い音が、流れていった。
ステージを降りて、一息ついてると、会場からのアンコールが聞こえてきた。
「皆が呼んでるぜ。行こうか!」
優兄が言う。
「でも、アンコール曲って、何やるの?」
「後一曲あるだろ。去年のオリジナルが」
優兄が言う。
そんなのあったっけ?
「詩織、先に出てるからな」
メンバーが、私の背中を軽く叩いていく。
去年のオリジナル?
あっ、あれか…。
ようやく思い出して、ステージに向かった。
暖かい拍手が、迎えてくれる。
「アンコール、ありがとう。これが、本当のラストナンバーです」
私はメンバーを見渡して、最後に健さんに合図を送る。
それを見た健さんが、カウントを出してイントロが流れた。
「やったー! 大成功」
皆が騒いでいた時。
「オーイ、詩織。兄貴達、来てたの気づいてたか?」
優兄が聞いてきた。
「全然気づかなかった。あの中に居た?」
逆に聞き返した。
「前の方にいたぜ。しかも、物凄い顔してた」
優兄はその顔を思い出したのか、苦笑し出す。
「それって、ヤバイのでは…」
私の不安をよそに。
「大丈夫だ。俺が何とかするから」
優兄が、私の頭を撫でる。
「それより、その痣の方が見つかったらヤバイんじゃねぇか?」
エッ…。
「ステージの上では、ブレスレットで隠れていたけど、外したらバレバレだ。…で、そのブレスレットは、誰から?」
優兄の質問に無言でいるとそれを察したのか。
「アイツですか」
私が頷くのを見て。
「お前、愛されてるな」
って、言うと、そのまま行ってしまった。
着替えに行こうと廊下に出たら。
「詩織ー! その格好はなんだ」
双子の兄達に捕まった。
「アー。もう、煩いな。衣装なんだから仕方ないでしょ」
語尾を強める。
「「だからって、そんなはしたない格好で人前にたつなんて、許さん!」」
二人の声がハモってるから、余計に煩い。
「許す、許さんの問題じゃないでしょ。もう、済んじゃった事なんだし…」
兄達の横をすり抜けた。
「詩織…」
兄達の情けない声が背後からする。
そんなのも気にせずに歩く。
「詩織」
前から護が、顔を出す。
「護ー」
護の傍に駆け寄る。
「凄く良かった! でも、その服、肌出しすぎ」
ダメ出しを食らう。
「そんな事言われても、優兄が用意したから、私に言わないでよ。私だって、恥ずかしいんだからね。それに、堂々としてた方が、恥ずかしくないって思ってるだけ…」
俯き加減で言う。
「出てきた時、物凄く不安だったんだぞ。そのミニスカートで、他の男共が、お前に釘付けになってたから…。他の奴等が、お前に言い寄らないか冷や冷やものだよ」
本当に不安そうに言う。
「大丈夫だよ。私は、護だけだから…」
そう言って、護の腕に自分の腕を絡める。
「そう、なのか?」
「私は、誓います。護以外の人とは付き合いません」
キッパリと言い切った。
「オレも!」
そう言って、護が絡んでいない方の手で、私の頭をポンポンと叩く。
「じゃあ、私。着替えてくるから、その後で一緒に店を回ろう」
それだけ言って、着替えをしに行くのだった。
「お待たせ」
制服に着替え終わると、護のところに行く。
「あ、詩織。さっきから、あの二人がこっち見てるんだけど、知り合い?」
護が視線を向けた。
その方に私も視線を向ける。
双子の兄達だ。
私は、二人に近づくと、素知らぬ顔をする。
「隆弥兄、勝弥兄。何で、護を見張ってるのよ」
私の問いに。
「お前こそ、アイツとはどういう関係なんだ?」
切り返してきた。
「私の彼氏です。紹介しようか?」
私は堂々と答えた。
「「絶対に認めないからな。お前には、もっとふさわしい奴が居るはずだ!」」
兄達の声が、ハモる。
「良いよ。認めてもらわなくても。だけど、誰が何と言おうとも、私は彼が好きなの」
それだけ言って、護の所に戻った。
「ごめんね。あの二人、私の双子の兄達。向かって右側が、長男の隆弥、左側が次男の勝弥なの。よろしくね」
「そうだったんだ。四人兄弟なのは知ってたけど、会ったの初めてだから…。でも凄い眼差しで睨んでたからオレ、何かしたか? と、不安だったんだよ」
安心したように言う。
「それより、店回ろうよ。私、まだ何も見てない(護のクラスだけ見たが)」
「そっか。じゃあ、行こうか」
護が、兄達に一礼すると私の手を握って、急に走り出す。
一体、何が…。
ハァ、ハァ…。
しばらく走って、私が息を切らせてるのを見て、護が止まった。
「ごめん、急に走らせて…」
流石に毎日走ってるだけあって、息切れしていない護。
「どうしたの? そんなに慌てて…」
「あの辺りに、詩織のファンらしき奴等がたむろしていたから…」
「…嘘。私、全然気づかなかったよ」
驚きの声をあげる。って言うか、こんな私にファンなんていたんだ。そっちの方が驚きだよ。
「そうだろうな」
護が、苦笑する。
なんか、怖い。
「今日のお前の活躍で、ファンが急激に増えたんじゃないか」
護の声が強ばる。
私は、護が言ってる意味がわからなかった。
「詩織は無防備過ぎる。隙あれば、狙えると思ってる男達が居る。お前をここまで追って来る奴も居るのは事実だ」
そう言って、辺りを見渡す。
私も視線を感じて振り返る。
物陰に隠れるようにして、息を殺しているのを感じる。
「私は、そんなつもり無いよ」
そう言って、護の方を見る。
「そうだよな。本当に気にしてないもんな。でも、オレもあいつらの気持ちわかるんだよな」
護は、私の瞳を覗き込んできた。
「今、こうしていられるのは、優基のお陰だけどな」
そう言いながら、私を優しく抱く。
護から目が離せない。
護の顔が近づいてきた。
今日、二度目のキス。
優しく、甘いキスだった。
どのくらいの時間が経ったのか、わからない。
長い沈黙の後、私達は唇を離した。
「護…」
呟くように言うと。
「詩織、愛してる」
護が耳元で囁く。
「私も愛してます」
私は、真顔で言う。
護の腕に力が篭る。
「詩織に何かあったら、オレ、どうしたら良いかわからない。ずっと傍に居ろ」
護が、私の額に自分の額をくっつけて言う。
私は、頷くしかできなかった。
辺りの視線も気にせずに、再びキスを交わしてたのだ。