私が、主役だなんて
学校に着くと、直ぐに教室に向かい自分の席から、護さんの姿を探す。
直ぐに見つける事ができた。
サッカーの練習、大変なんだろうなぁ。
体力をつけないといけないし、筋トレとか、大変なんだろうなぁ。
これからが本番のサッカー部。
朝は、トレーニング中心だから、目立たないけど、放課後の練習は、ハードなんだろうなぁ。
何て、考えてたら。
「詩織、おはよう。もうすぐ文化祭だねー」
なんて声で慌てて振り返る。
「おはよう、里沙。そうだね。今年は、何やるんだろうね」
里沙と二人で話してると。
「詩織、居るかー」
入り口からお呼びが、かかった。
声がした方を見ると、優兄が立って居た。そこに居たクラスの女の子達が、顔を赤くしてる。
何気に優兄ってモテるんだ。何て、暢気に思いながら。
「ちょっと、行ってくる」
里沙に言って、優兄のところに行く。
「詩織。今年も頼んでいいか?」
突然言うから、何の事やら一瞬わからなかった。
「何また助っ人? 今年は一年生が入ったから、大丈夫だって言ってなかった?」
私はそう言い返した。あんまり目立つ事したくないんだけど・・・。
「それが、お前じゃないとダメだとメンバーに言われたんだよ。頼むよ」
そう言って、手を合わせてお願いしてくる。
これはメンバーに言われて、断れなくなったんだな。
「わかった、引き受けるよ」
渋々引き受けた。
「助かった。うちのメンバー、去年のお前とのセッションが忘れないらしくて、一年とでは物足りなく感じたらしいんだ」
優兄が、苦笑いする。
「いっそうの事、軽音部に入ってあげたら」
後ろから声がした。
振り向くと、里沙がニコニコして言う。
「やだ。何で兄妹で、同じ部に入らなきゃいけないの?」
私は疑問符で問いかける。
双子の兄と違って、普段から一緒に居る優兄と部活まで一緒なんて、有り得ないんですけど・・・。
「だって、詩織は歌ってる時が、一番輝いてるじゃん」
里沙が、真顔になって言い切る。
そうかなぁ?
私は、頼まれたから歌ってただけなのに…。
「詩織。今日から練習するから、よろしくな」
優兄がそれだけ告げて、戻っていった。
仕方ないか…。
優兄には、借りがあるし…。
「水沢、何してる。早く席に着け」
チャイムが鳴っていたのに気付いてなかった。
「今日のホームルームは、文化祭の出し物のについてです」
クラス委員長が言う。
私は、窓の外を見ていた。
今日の空、綺麗な青だなぁ。
「水沢さん、水沢さん」
「詩織、呼ばれてるよ」
横の席の里沙に言われて、前を向く。
黒板には演劇と書かれてあり、主役の欄に私の名前が書かれてあった。
「エッ…エー。私が、主役なんですか? 無理ですよ」
慌てて反論するが。
「悪いが、クラス全員一致の事だ。今さら反論されても困るのだがな」
委員長に言われて、文句一つ言えなくなってしまった。それでも、主役だなんて・・・。
しかも相手役は、クラス一の美形の佐久間君
「明日の放課後から、練習します。役がある人は残って下さい」
ハァー。
私が、何故主役に抜擢されたのか、その辺はよくわからないが、クラスで選ばれたのなら仕方がない。
半分諦めモードになってる私に。
「詩織、よかったね。主役だよ」
里沙が、嬉しそうに言う。
他人事だと思って。
「そんな風に言うなら、里沙がやればよかったじゃん」
八つ当たり気味にそう言うと。
「エッと…。主役にあげたのは、佐久間君なんだけど・・・。元は、佐久間君が先に決まってて、相手役を誰にするかって話になり、どうせなら本人がやりたい相手とって事になって詩織が選ばれたの。それに誰も異議を言わなかったから、直ぐに決まった」
里沙が、おどおどしながら説明してくれる。
ふーん。主役自ら私をねぇー。何考えてるんだか・・・。
私なんかより、可愛い娘居るのにねぇ。
「それにさ、詩織。台詞覚えるの早いじゃんか」
里沙が、そう付け足す。まぁね、それは認めるけど・・・。
「はいはい、わかったから…。私は、軽音部に顔出しに行くね」
それだけ言って鞄を持つと、音楽準備室に向かった。
軽音部の部室のドアを開けると、一年生の子達が一斉に振り向いた。
いきなり注目されて、行き場を無くしていると。
「えっと…。どちら様でしょうか?」
一年生の一人が聞いてきた。
「水沢詩織ですが、水沢優基さんいますか?」
つい、丁寧に答えてしまった。
「水沢部長でしたら、音楽室です」
と答えが返ってきた。
「ありがとう」
私は笑顔でお礼を言い準備室の戸を閉めて、音楽室に向かうと心地良いリズムが聞こえてきた。
ガラッ。戸を開けると。
「詩織ちゃん。今年もよろしく」
って、ドラムの健さんが勢いよく言ってきた。
「優兄に聞いたのですが、何故私なのでしょうか?」
優兄から答えは聞いてるけど、敢えてメンバーからの答えが聞きたかった。。
「去年の文化祭のノリが忘れられなくてなぁ。どうしても、お願いしたかった。今年で、俺等も最後だしな。最高の思い出として、残したかったのもある」
健さんが説明してる周囲で、他のメンバーも頷いてる。
ただ一人を除いては。
「わかりました、やらせて頂きます。でも、今年はクラス劇で、大役を頂いたので、去年通りの練習は出来ませんがそれでも良いですか?」
自分の事情を伝える。
「大丈夫。劇の合間の練習でも間に合うから」
ギターの龍さんが言う。
「ほとんどが、コピーだから…、詩織ちゃん、安心してね」
キーボードの結衣さんが言う。
「間に合わなかったら?」
「その時は、俺が特訓してやるよ」
優兄が言う。
「特訓って、声を枯らすまでするんですか?」
「それが、今年はコピーだけじゃなくて、オリジナルが三曲入ってるから、そっちの方が大変かもな」
優兄が、すまなそうに言う。
そうなんだ。
「じゃあ、始めるか」
誰ともなく言うと、軽快なリズムが鳴り響く。
私は、持っていた鞄を隅に置きそのリズムに合わせるように歌うのであった。
「詩織。お前、護と約束してないのか?」
練習を終えて音楽室から、下駄箱に向かう廊下で優兄が聞いてきた。
「してないよ。しても、私が守れるか、わからないから…」
「そっか。文化祭が終わるまで無理か…」
優兄が呟く。
そうだね。
ゆっくり、護さんと会う時間が無いのは、確かだ。
すれ違うだけなのかな。
せっかく、お互いの気持ちがわかったのに…。
ちょっと、寂しいかも。
って思ってた矢先。
下駄箱で、人影が動いた。
私は、怖くなり優兄の後ろに隠れた。
「あれ、護じゃん。どうしたんだよ」
優兄がそう言うから私は後ろからヒョッコリと顔を出す。
「詩織ちゃんを待ってるんだが…」
護さんが、優兄の後ろから顔を出した私に気がつき。
「詩織ちゃん…。余りにも遅いから、心配したよ」
顔を赤らめて言う。
こんな時間まで待っててくれたんだ。
夜の八時三十分を過ぎてるのに…。
「あのー。本当に私の事を待っててくれたんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「そうだよ。一緒に帰りたくてさ。学年違うし、ゆっくり話したいし」
って、笑って言う護さん。
嬉しいけど、風邪引かないか不安になってしまう。
「じゃあ、詩織。俺、先に帰るな。兄貴達宥めておくから…」
そう言って、優兄はさっさと行ってしまった。
「待っててくれて、ありがとう」
帰り道。
私は、護さんにお礼を言う。
「お礼なんていいよ。オレは、詩織と帰りたかったから待ってたんだ」
凄く嬉しそうに言う護さん。
「私も、護さんと帰りたいと思ってました。でも、ごめんなさい。明日から、待っててもらわなくて良いです。私、凄く遅くなってしまうから、護さんに迷惑かけたくない」
本音で言ってるのに。
「気にしなくていいよ。オレは、自分がそうしたいから待ってるだけだから…」
そんな…。
「だって護さん、これから大事な試合を控えてるのに…」
私は、知っている。
毎日、誰よりも早く来て練習して、尚且つ自主練してるのを…。
「気にしてくれてるんだ…。待ってる間に練習できるから、大丈夫だよ」
優しく私に微笑んでくれる。
「でも…」
「ありがとう。詩織のその気持ちが嬉しいよ」
護さん……。
「その代わり、ちゃんと試合には応援に来てくれよ。詩織の応援が、一番なんだから」
そう言って、満面の笑みをこぼした。
「はい」
素直に頷くと護さんが頭をポンポンと撫でるように叩いた。