彼の優しさ
暫くして、護が生徒会室まで、迎えに来てくれた。
「どうした? そんな所に座り込んで」
護が、心配そうに屈み込んでくる。
「何でも…」
顔を上げようとし、気がついた。
自分の頬を伝う、涙。
私は、それを見られたくなくて、慌てて涙を拭おうとしたが、その腕を護に遮られる。
「どうしたんだ? 何があった?」
私の涙を見て、護が慌てる。
「何でも…無い…」
そう言って、無理に笑顔を作る。
心配させたくない。
「何でもないって顔じゃない。オレに言えない事か?」
護の苛立った声。
私は、答える事が出来ない。
話してしまえば、楽になれるのかもしれない。
でも、それを話してしまったら、護に心配をかけてしまう。
だから、言えずにいた。
「詩織。隠し事は、無しだろ?」
さっきと変わって、優しい声音。
「…う…うん。でも、これは、もう少しあとで、ちゃんと話すから…」
私の心の整理がついていないのに、話したらグチャグチャになっちゃうよ。
「…そ、わかった。詩織がそう言うなら、オレは待つ。だが、なるべく早くしてくれよ。なんとなく原因は把握できてるから」
護がそっと抱き締めてくれる。
あっ…。
「うん…。ごめんね…」
私は、そう言うのがやっとだった。
「ほら、帰るぞ」
私が落ち着いた頃を見計らって、護が言う。
「うん」
護が、手を差し延べてくれる。
その手をとる。
鞄を掴んで、生徒会室を出て、鍵を閉める。
二人で、並んで職員室に鍵を返す。
「詩織、大丈夫か?」
護が、私の顔を覗き込んできた。
「何が?」
「さっきの気にしてるのか?」
護の優しさに私の胸が、熱くなる。
どうしよう…。
こんなに心配させるんだから、話した方がいいよね。
私が、悩んでると。
「詩織、久しぶりにデートしようぜ!」
護が、明るい声で言う。
「ごめん。明日も学校なんだ」
私の言葉に。
「はっ? 明日は、休みだろ? 何で…」
護が、がっかりしてる。
確かに受験が終わったらデートする約束は、してたけど…。
見るからにがっかりされると、どうしたらいいんだか…。
「実は、サッカー部の練習試合の応援要請が入ってて、どうしても出ないといけないんだよね」
私が答えると。
「アイツら、わざわざ生徒会に頼んだのか…」
護が、絶句してる。
まぁ、後輩の事だもんね。
「わかった、オレも行くよ。先輩として応援にな」
護が、私の頭を軽く叩く。
「ありがとう、護」
私は、護の頬に口付けをする。
「だから、不意打ちは駄目だって…」
護の頬が、赤く染まっていく。
「だって、嬉しいんだもん。デートは無理でも、護と一緒に居られるんだから…」
「じゃあ、試合が終わってから、デートするか?」
護が、提案してきた。
「うん、したい。制服デートって、初めてだもん」
私の声も弾む。
「そっだな。制服でのデートって、何気に初だな」
「いつも帰りが遅いから、寄り道した事無いもん。だから、逆に楽しみになってきた」
私は、自然と笑顔を浮かべてた。
「バイトは、大丈夫なのか?」
「うん。明日は休みなんだ」
「そうか…。じゃあ、明日、オレも楽しみにしておこうかな」
護が、私の肩を抱き寄せて言う。
「うん」
「明日の試合、何時から?」
「九時からだって」
「じゃあ、八時二十分ぐらいに迎えに来るから」
「わかった」
「じゃあ、明日な」
軽く唇を重ねて、護は帰っていった。
「ただいま」
私が、玄関を開けて中に入ると。
「詩織、よかったな。第一条件を無事に突破して…」
隆弥兄が言ってきた。
「うん」
「これで、護も俺の後輩兼、義弟確定だな」
隆弥兄も嬉しそうに言う。
「余り、虐めないでよ」
「わかってるって」
隆弥兄が、苦笑する。
「ところで、隆弥兄。連れてって欲しいところがあるんだけど…」
私は、隆弥兄に甘えてみる。
「どうしたんだ?」
怪訝そうな顔をする、隆弥兄。
「明日、バレンタインでしょ、だから…」
隆弥兄は、私が言いたいことがわかったらしく。
「わかった。で、何処に行けばいいんだ?」
聞いてくれて。
「駅前のデパート」
私は直ぐに答える。
「さっさと行くぞ」
隆弥兄は、車の鍵を持って玄関を出る。
私は、その後を追う様にして家を出た。
本当は、手作りチョコを渡したかったんだけど、作ってる余裕がないので、買う事にした。
それは、建前で本当は、上手く作れる自信が、無かっただけ。
流石に時間が遅いので、チョコも残り少なかった。
どうしよう。
種類が無い。
それでも、この中から、護に見合うチョコを探す。
その間、隆弥兄は、違う所で待っててもらってる。
早く、決めないと…。
と思ったときだった。
色とりどりの一口サイズのチョコを見つけて、それを手に取る。
後は、兄達の分と生徒会メンバーの分。
そして、両親の分…。
あっ、護のお義父さんの分もいるよね。
何だかんだで、十五個のチョコを買った。
「お待たせ、隆弥兄」
隆弥兄に声を掛ける。
私の手荷物を見て。
「随分と、買い込んだんだな」
呆れ顔の隆弥兄。
「生徒会メンバーの分だよ」
私が言うと、隆弥兄が苦笑する。
「ほら、持ってやるよ」
隆弥兄が、手を出してくる。
「ありがとう」
こういう所、メチャ優しいんだよね。
チョコと一緒にメッセージカードも買ったし。
買い忘れ、無いよね。
「もういいのか?」
「うん」
「じゃあ、帰るか…」
隆弥兄が、笑顔で言う。
「隆弥兄、ありがとうね」
帰りの車の中で、お礼を言う。
「気にするな。こんな時間に妹を一人で行かせられるわけ無いだろ」
隆弥兄の優しい声。
「よかったな。チョコ残ってて」
「うん。護、喜んでくれるといいんだけど…」
「大丈夫。詩織が一生懸命に選んだものだから、きっと気に入ってくれるさ」
隆弥兄の一言で、安心してる自分が居る。
「隆弥兄が居てくれてよかった」
そう呟くと。
「何か言ったか?」
聞こえてなかったんだ。
「何でもない」
ごまかすように言った。
自分の部屋に戻ると、カードにメッセージを書いていく。
チョコと、メッセージカードを一緒に個別に入れていく。
護と生徒会メンバー、護のお義父さん宛のは、鞄に忍ばせる。
兄達と両親のは、机の上に置いた。
兄達には、朝渡せばいいか…。
両親には、夕飯時にでも…。
「詩織。ご飯だよ」
下から、お母さんの声。
「はーい」
私は、部屋を出て、夕食を食べに向かった。