呼び方
私は、先輩の部活が終わるのを校門で待っていた。
「お待たせ。行こうか」
「はい」
先輩は、私の歩調に合わせて歩いてくれる。
「先輩は、進学するんですか?」
何気に聞いてみた。
「オレ…? オレは、教育学部に進学するつもりだけど…」
やっぱり、先輩は目標を持ってる。
「どうしたんだよ。そんな事聞いて?」
先輩が、不思議そうに言う。
「何でもないです」
私の答えを聞いて、余計に不思議そうに覗き込んできた。
「ところで、その“先輩“って言うのやめてくれない。よそよそしいと言うか、なんか、遠巻きで言われてるみたいで嫌だ」
嫌だと言われても…。
「なんて呼べばいいのですか?」
私が聞くと、少し考えるように。
「護でいいよ」
と答える先輩。
「護…さん」
私は、照れ隠しの様に“さん“を付けた。
「詩織ちゃん。…“さん“は付けなくていいよ」
って、言ってくれるのだけど。
「無理です!」
速答する私。
そんなの恥ずかしい過ぎるから。
「徐々にでいいから、敬語も無しにね」
優しい笑顔で、先輩が言う。
「わかりました」
私も、その時はそう答えていた。
護さんは、私を家まで送ってくれた。
「じゃあ、また明日な」
そう言って、護さんは手を振る。
「家まで送ってくれて、ありがとうございます。お休みなさい」
私は、護さんの背中にそう言うと軽く手を振る。
それを見送ってから、家の中に入った。
「詩織。今の男誰?」
そう言って、双子の兄達が交互に聞いてくる。
「煩い。誰だっていいじゃんか」
私が邪険に扱うと。
「詩織ちゃん、ごめんなさい。怒らないで…」
って、情けない声で言う兄達。
そこに。
「隆弥兄、勝弥兄。何、玄関先で騒いでるんだよ」
先に帰っていた優兄が、二階から降りて来た。
「詩織が、男と帰って来たから…」
二人の声がハモる。
「男って…。詩織の彼氏? あいつか?」
優兄が、何気に聞いてくる。
私が頷くと。
「そっか…。やっと、告ったか…。あいつなら、大丈夫だ」
って、優兄は納得したように言う。
「何納得してるんだよ、優基。兄ちゃん達にも詳しく詳細を教えてくれー」
隆弥兄と勝弥兄が、優兄に詰め寄る。
「やだ。そのうち、詩織から話すだろ。それまで待っててやれば」
優兄が、つれなく兄達に言う。
「ずるいぞ。優だけ知ってるなんて」
「教えやがれ」
兄達のじゃれあいを見ていたら。
「詩織。帰ってるなら、手伝って」
と、奥から母さんの声。
「はーい」
私は、返事をすると兄達をその場に残し、母さんの手伝いをする事にした。
コンコン。
夕食後、部屋で宿題をしていたら、ドアをノックされた。
「はーい」
私は、席を立ちドアを開ける。
そこに立っていたのは、優兄だった。
「ちょっといいか?」
「うん」
部屋に招いた。
私は椅子に座り、優兄はベットに座った。
「勉強してたのか?」
私は、頷いた。
「今日、ビックリしただろ?」
「うん…」
「俺に感謝しろよ。アイツ…護が、毎日お前の事ばかり聞いてくるからさ、つい言っちまったよ。お前の気持ちも知ってたからなぁ…」
溜め息混じりで言う優兄。
「ありがとう、優兄。でも、護さん。優兄と私が兄妹だって気付いてなかったよ」
「アイツ、ちょっと鈍いからな。普通なら気付く筈なんだけどなぁ。名字一緒だし…」
優兄が、苦笑いし出す。
そうだよね、気付くよね。
「護は、優しいやつだよ。お前の事、大事にしてくれると思う」
そう言って、私の頭を軽くポンポンと叩いて、
「まぁ、頑張りな。兄貴達の事は、気にするな」
それだけ言うと、部屋を出て行った。
ありがとう、優兄。
私は、心の中でお礼を言った。
翌朝の事。
私は、双子の兄達が起きてくる前に家を出た。
いつも出る時間よりも三十分早いけど、仕方がない。
昨日、あれだけ言われたら、朝からまた煩く言われそうなんだもん。
学校への道を黙々と歩いた。
「おはよう、詩織」
声を掛けられ振り向くと、護さんが居た。
「おはようございます、護さん」
私は、丁寧に挨拶すると。
「こら。敬語は無しって言っただろ」
真顔で額を人差し指で突っつかれた。
私は、それを擦りながら。
「ですが、学校では先輩なんですから、敬語で話します」
負けじと言い返した。
「しょうがないなぁ…」
護さんが苦笑する。
「二人の時は、敬語無しだぞ」
って、優しい笑顔で言う。
「わかりました」
私が、頷くと。
「それ、敬語!」
って、護さんが言う。
あっ…。
私は、思わず吹き出した。
「やっぱり、笑うと可愛いなァ…」
護さんが、優しく微笑む。
「それより、今日はやけに早いな」
今日は?
もしかして…。
「いつもは、八時前ぐらいじゃなかったっけ…」
やっぱり。
「いつも、見てたんですか?」
護さんが、恥ずかしそうに頭を掻きながら。
「そうだよ。大体、朝練が終わる頃に来るじゃん」
って言うから、
「そうですよ。でも、昨日、護さんが家まで送ってくれたので、双子の兄達が煩くて、起きてくる前に、家を出てきました」
説明する。
「ごめんな。そんな事、全然気にしてなかった」
申し訳なさそうに言う。
「いいですよ。どうせ何時か気付かれる事なら、最初っから、知られてた方が気が楽ですから…」
私、ちょっと意地悪かも。
「本当に、ごめん。オレ…」
落ち込む護さんに。
「大丈夫ですよ。優兄も応援してくれてるし…」
そう付け足すと。
「優基が…」
考え深げに言う。
「それより、朝練はいいんですか?」
「やベー。じゃあ、先に行くわ!」
それだけ言い放つと、走って行ってしまった。
やっぱり、走るの速いな。
もう、見えなくなってる。
私は、感心してしまった。