彼の苦悩?
翌日。
バイトに入ると、なぜか朝から凄い人だった。
何だろう?
しかも、男の人ばかり。
私は、昨日と同じように接客を始めた。
遅めの昼食を里沙と取っていたところに。
「水沢さん。ちょっといいかな」
「はい」
店長に呼ばれていくと。
「あのさぁ。悪いんだけど、暫くの間、うちの店で働いてほしんだが…」
って言葉を濁しながら、店長が言う。
「時間が有る時だけでもいいですか?」
「ああ、それで構わないから、出てもらえればいい。よろしく頼むな」
それだけ言って、店長入ってしまった。
私は、再び昼食を食べる為に戻ると。
「店長なんだって?」
里沙が、心配そうに聞いてきた。
「エッと。短期じゃなくなっちゃった」
私が言うと。
「なんで?」
不思議そうに言う。
「わからない。暫くの間って言われたから、時間が有るときだけでいいですか? って聞いたら、それでいいからよろしくって言われた」
里沙が。
「それって、詩織が店に居ると客が増えるからじゃないの」
怪訝そうに言う。
「これは、ますますヤバイ事になるね。もし、ここに玉城先輩が来たら、焼きもちやかれるだけじゃ済まないかもしれなよ」
何て言われたら、余計に不安になるじゃんか。
だけど、今は話すべきじゃないよね。
護の勉強の邪魔になるから…。
そう思っていた。
バイトを始めて、一週間。
体がようやく慣れ始めた頃だった。
今日も朝から、バイトにいそしんでいた。
お昼頃。
いつの間にか、常連客となった男子グループが、人数を増やして、やって来た。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
私は、何時ものように営業スマイルで、対応していた。
「今日は、八人です」
「詩織ちゃん。今日も可愛いね」
何て言われながら、対応する。
「八名様ですね。ただいま、禁煙席が空いていないのですが、喫煙席でもよろしいですか?」
「うん、いいよ」
「では、こちらへ」
私は、席に案内しながら、テーブルを引っ付ける。
「ご注文が決まりましたら、ブザーでお知らせください」
私は、それだけ告げてテーブルから離れようとしたら、腕を掴まれた。
エッ…。
何気に振り返ると、護が私の腕を掴んでいたのだ。
「なんで、ここに居るの?」
護が、小声で言う。
エッと…。
「お客様、手を離してもらえませんか?」
私は、それしか言えなかった。
知り合いでもお客様として来てるのだから、その対応はしなくちゃいけない。
護が、渋々手を離し。
「何時に終わるんだ?」
小声で聞いてきた。
「十八時…」
「その頃に迎えに来るから、話聞かせて」
私は、小さく頷いた。
バイトを終えて、店を出る。
店の入り口に護の姿を見つけて、駆け寄る。
「護!」
護が、振り返る。
「じゃあ、行こうか…」
護の声が、少し怖い。
歩きながら、護が切り出してきた。
「今度は、なんで黙ってバイトなんかしてるのかな? しかも、他校の男等まで骨抜きにして…」
やっぱり、怒ってる。
でも、常連客の男の子達が、護の友達だなんて、全然知らなかった。
「ごめんなさい。でも、このバイトは、里沙に誘われて始めたの。ちょうど、冬休みに入ったばっかりだったし、予定もなかったから、社会勉強になるかなって思ったの」
「ふーん。で、働き始めて、直ぐに常連客まで作ってしまうわけか…」
「ごめんなさい」
「アイツラな、お前の事かなり気に入ってたみたいだぞ。オレも“可愛い子が居るファミレス見つけたから、行こう“って、誘われて来てみれば、お前が満面の笑みで迎い入れてたから、呆れたよ。アイツラにお前の事散々聞かれて、“詩織は、オレの彼女だ!“って、何回叫びたかった事か…」
護が、私を抱き締めてきた。
「本当に何処かに隠してしまいたい。他の男の目に留まらないようなところへ…」
「護…」
「まぁ、仕方ないか。頑張って、社会勉強しな。って言うか、短期間なんだろ」
「それが…、長期になっちゃった」
私は、正直に言う。
「何だよそれ…。オレにどれだけ、心配させるんだよ!」
護が怒鳴る。
「本当にごめん。護の許可なく受けてしまったことは、謝ります」
「仕方無い。その代わり、シフトの事、ちゃんと言えよ。迎えに行くから…」
「勉強の邪魔にならない?」
「邪魔になんか、ならないよ。知らない方が、かえって勉強に身がが入らない」
そう言って、優しく微笑む。
「それにしても、アイツラにどう説明しようか。ストレートに彼女? それとも婚約者?」
護が、頭を抱え込む。
「どっちでも正解だと思うけど…」
「そうはいかない。彼女で説明したら、別れるのを待ってるだろうし、婚約者で説明したら、からかわれるだけだし…」
「じゃあ、婚約者で説明すれば。そしたら、誰も手を出してこなくなるんじゃ…」
「それはそうなんだが、アイツラの中には、たちの悪い奴が居るから、下手に言えない」
そんなこと言われも…な。
「じゃあ、何も言わなくてもいいんじゃないの?」
「それだと、オレの気が休まらない!」
もう、何なのよ…。
私は、護の腕から逃れて、一人で歩き出した。
フーンだ。
どうせ、私じゃ、護の悩みの解消は出来ないもん。
一人で、ずーっと考えてればいいじゃん。
「彼女、一人? 今から、俺等と一緒に遊ばない?」
何て声を掛けられる。
何時もなら、声掛けられないのに、なんで今日に限って…。
「ごめんなさい。急いでいるので…」
私は、彼等の横を通り過ぎようとしたのだけど、行く手を阻まれる。
「いいじゃん。遊ぼうぜ」
手首を掴まれる。
「離してください!」
「気に強い女も好きだぜ」
何て言われて、引っ張られる。
どうしよう。
「おい、止めろ! オレのフィアンセに何するんだ!」
強い口調で、護が割って入ってきた。
「何だよ。やる気かよ」
喧嘩は、ダメだよ。
どうしよう…。
と、思った時だった。
「お前ら、何やってるんだ!!」
って、声が聞こえてきた。
振り返ると、優兄がそこに居た。
「変なのに絡まれてるな、詩織。そいつら、隆弥兄の名前出したら、直ぐ引くのに…」
笑いながら言う。
エッ、隆弥兄?
「そっか。詩織は知らなかったか。そいつら、隆弥兄の知り合いだよ。って言うか、子分みたいなもんかな」
何?
どう言う事?
「こう言う事。お前ら、俺の妹に何手を出してるんだよ!」
優兄の後ろから、隆弥兄が出てきた。
「隆弥さんの妹さんでしたか。知らなかった事とはいえ、手荒な真似して、すみませんでした」
そう言って、彼等は去って行った。
「なんで、隆弥兄と優兄がここに居るの?」
「お前の帰りが遅いから、迎えに来たんだ」
そんなに遅いかな?
学校に行ってる時の方が、遅いと思うけど…。
「それと、護に用があったんだ」
隆弥兄が、護に用って…。
「護。お前、詩織の事なんだと思ってるんだ!」
突然、隆弥兄が言い出した。
「オレは…。婚約者だと思ってます」
真顔で答える、護。
「だったら、もっとどっしりと構えてろ! じゃないと、何時まで経っても詩織も安心出来ないだろ」
隆弥兄…。
「俺はなぁ。護が、詩織の事を大切に扱ってくれてるのを見て、こいつなら許せると…任せられると思ったから、今まで何も言わなかった。今日ので、お前の見方が変わった。詩織は、お前任せておけない。あの話は、無かった事にしてもらうぞ」
隆弥兄が、護に言い放つ。
「詩織。帰るぞ!」
隆弥兄が、私の腕を引っ張る。
「護…」
「ほっとけ」
隆弥兄の冷たい声。
私は、護の方を振り返る。
護は、ただ呆然と立ち尽くしている。
その横で、優兄が何かを言ってるのが微かに垣間見えた。
護の苦悩、再び。
って、どっちでも一緒のような気がするんですが…ねぇ。