初バイト
洗い物を終えて、私はコートと鞄を掴むと、玄関に向かう。
その後ろを護がついてくる。
「お邪魔しました」
私は、奥に居るお父さんに聞こえるように言う。
が、返事がない。
「気にするな。行くぞ」
護が、玄関のドアを開ける。
私は、その後を追った。
「護。今日は、ご馳走さま。凄く美味しかった」
護の手を握る。
「ううん。口にあったなら、それでいいよ。大抵の物は作れるから、今度また作ってやるな」
普通は、女の子が言う台詞だと思うけど…。
「どうかした?」
「ううん。何でもないよ」
「勝弥さん、帰ってきてるよなぁー」
「多分、居ると思うけど…。隆弥兄が居たら大変かも…」
「隆弥さんが、帰って来て無い事を願うだけだな」
護が、頭を抱え込む。
「大丈夫だと思う」
「本当かよ」
疑いの目を向けてくる。
「だって、隆弥兄昨日も遅くまで、バイトしてたし、今日も朝から、遅くまでバイトが入ってるって、愚痴ってたもん」
安心させるように言う。
「ならいいんだけど」
まだ、不安そうだ。
「電話してみようか?」
私は、携帯を取り出す。
「そこまでしなくていいよ。オレ、覚悟できてる」
半ば、諦めモードの護。
「護、頑張ってね」
私は、クスクス笑いながら言う。
「笑い事じゃないだろ」
護が、私の額をつつく。
「そんなに緊張しなくていいって…」
「緊張するって。あんな言い方されたら…」
ちょっと、すね気味の護。
「でも、私も緊張したんだからね。いきなりお父さんが帰って来るとは、思ってなかったから」
「ああ、オレもビックリした。こんなに早く帰って来るとは、思ってなかった」
護も知らなかったんだ。
「一様、許可がおりたから、少し安心かな」
「そうだな。オレもこれで、受験に向けて、勉強する張り合いが出た」
ホッとした顔をする。
フフフ…。
「また笑う」
「だって、可愛いんだもん」
「可愛い言うなって、前にも言ったよな」
護の顔が、赤く染まる。
可愛いから、可愛いって言っただけなのに…。
そうこうしてるうちに家に着く。
が、隆弥兄の車が車庫に納まってる。
ヤバイな。
勝弥兄も居るよね。
「ただいま!」
私が玄関を開けると、勝弥兄が飛んできた。
「詩織。護も一緒か?」
「うん」
私が頷くと同時に。
「護、早く逃げろ。隆がメチャ怒ってるから」
エッ…。
勝弥兄が、一早く護の腕をとって、逃げ出した。
その後ろを隆弥兄が、追い駆けて行く。
「待てー! 勝ー、護ー!」
私は、ただ見てるだけしか出来なかった。
優兄が、リビングから顔を出す。
「詩織。今日、水族館で変な奴に絡まれたんだって。護が居ながら…」
「うん、チケットを護が買いに行ってる時に」
「それを勝弥兄に見つかったんだな」
「うん」
「それをさっき勝弥兄が、俺に話してたところに隆弥兄が帰ってきてさぁ、もろ聞かれた」
それで、勝弥兄が慌てて護の腕を引っ張って行ったのか。
「今頃、勝弥兄も護も隆弥兄に捕まってる頃だと思うぞ」
優兄は、楽しそうに言う。
そうかなぁ。
護、足早いよね。
「そうだ。里沙が、電話して欲しいって…」
珍しいなぁ。
「わかった」
私は、自分の部屋に戻って、里沙に電話する。
『もしもし…』
「もしもし、里沙? 詩織だよ。なんか電話して欲しいって優兄から聞いたんだけど…」
『うん。あのね、バイト一緒にしない?』
「バイト?」
『そう。短期でいいんだけど、一人じゃ心細くて…。詩織、一緒にどうかな…』
「いいよ。どうせ、暇してるし。何もしないのも、もったいないなっと思ってたから」
『本当!じゃあ、明日から、一緒に行こう』
里沙の声が、弾む。
その後、明日の待ち会わせ時間とかを決めて、電話を切った。
初めてのバイト。
ちょっと、楽しみ。
でも、不安でもあった。
翌朝。
里沙と待ち合わせて、バイト先に行く。
里沙が言っていたバイト先は、ファミレスだった。
即、採用されてユニフォームを渡され、今日から店に出る事になった。
ユニフォームは、上は白のブラウスに赤のリボンをつけ、下は紺のキュロットなんだけど丈が、短い。
ウヒャー。
これは、まずいかも。
護に見つかったら、最悪かも…。
「詩織。店に出るよ」
里沙に言われて、渋々出る。
先輩に色々と説明を聞いて、接客に当たる。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
私は、笑顔で対応する。
「おっ。可愛いじゃん!」
何て声が聞こえてくる。
「四人です」
「お煙草は、吸われますか?」
「吸いません」
「では、こちらへ」
私は、事務的な言葉を連ねて、禁煙席に案内する。
「ご注文が決まりましたら、ブザーでお知らせください」
それだけ言って、他の場所に行く。
昼時とあって、次第に混み出した。
午後六時。
私達は、バイトを終えて、帰路に着く。
「疲れたー」
私が言うと。
「何言ってるの。これから毎日なんだから、頑張ろうね」
里沙が言う。
「そうだけどさ。なれない事をした分疲れただけ…」
「まぁね。でも、詩織。余り愛想よくしてると、また玉城先輩に怒られるよ」
里沙が釘を刺してきた。
「うん。気を付けるよ」
何て言ってた矢先に大変な事になった。




