ハプニング
水族館に続く最寄り駅に着く。
人混みの中を私達は、はぐれ無いように手を繋いで歩く。
「大丈夫か、詩織」
護が、振り向きながら言う。
「うん。何とか…」
そう言い返すのがやっとだった。
護は、私を人混みから守るように歩いてくれる。
そんな、優しさが身にしみる。
やっとの事で、たどり着いた水族館。
チケットを買う為に列に並ぶ。
「詩織。入り口で待ってな。オレが、買ってくるから」
「エッ…、でも…」
私がいい淀んでいると。
「入り口で待ってて」
護が言うから私は、仕方なく入り口で待つことにした。
「お嬢さん、一人? 俺と一緒に回らない?」
声を掛けられて、辺りを見渡す。
そして、一人の男性が私の前に立っていた。
「君だよ、君」
って、声を掛けられる。
「間に合ってます!」
私は、断るのだが。
「そんな事言わずに、一緒に行こうぜ!」
腕を無理矢理、引っ張られる。
「やめてください。人を待ってるんですから…」
私は、その腕を振り払おうとするが、外れない。
どうしよう。
護、助けて…。
「ちょっと、その手を放してもらえませんか? その子、俺の連れですから」
聞き覚えのある声。
もしかして…。
私は、声のした方を見た。
そこには、勝弥兄が居た。
なんで、勝弥兄が居るの?
軟派男は、勝弥兄を見るとこそこそと逃げ出した。
「勝弥兄。何でここに居るの?」
「何でって、彼女とデート中」
勝弥兄の後ろに居る女性が、会釈する。
私もつられて、お辞儀する。
綺麗な人だな。
「お前こそ…」
って、言いかけた時だった。
タイミング悪く、護が現れた。
「お前もデートか?」
「う…うん」
「こんにちは、勝弥さん」
護が、笑顔で勝弥兄に挨拶する。
「“こんにちは“じゃねえよ。ッたく、お前がいないから詩織が変な野郎に連れて行かれる所だったんだぞ。詩織を一人にするんじゃねぇ!」
勝弥兄が、護の頭を叩く。
「勝弥兄、やめてよ。私が悪いんだから…ね。それに、彼女さんも待ってるよ」
私は、勝弥兄の後ろで控えてる彼女さんに目をやる。
「そうだな。説教は帰ってからだな」
勝弥兄は、そう言うと彼女と中に入って行った。
「詩織。さっき勝弥さんが言ってたこと、本当?」
嘘をつきたくないので、素直に頷いた。
「全然知らない男の人に声を掛けられて、無理矢理腕を引っ張られ、連れて行かれそうになってた所に勝弥兄が現れて、助けてくれたんだ」
私が言うと、護が落ち込んだ。
「ゴメン。オレ、そこまで気が回らなかった。一緒に居た方が良かったんだな」
護の落ち込んだ顔を見たくなくて、私は。
「いいよ、勝弥兄が助けてくれたんだから。それより、私達も中に入ろうよ」
とっびっきりの笑顔を向けて、護の腕を引く。
護の足取りは、重かった。
イルカショーが、始まる時間。
スタンド席で、護と二人で並んで座る。
「売店で、何か食べるもの買ってくる」
護はそう言って、行こうとする。
「私も一緒に行く」
慌てて席を立って追いかける。
「席、無くなるぞ」
「うん。その時は、立って見ようよ。さっきみたいなりたくないし…」
私は、護の手を握って、一緒に行く。
「そっか…。そうだよな。勝弥さんが、また助けてくれるとは、限らないしな」
護の落ち込みが、更に酷くなる。
「それにね、私。食べたいものがあったんだ」
落ち込んでる護に笑顔で言う。
なんてね。
本当は、護と離れるのが怖かっただけなのだ。
また、他の軟派が来た時の対処法がわからないのもあったけど、護が何処か行っちゃいそうで、その方が怖かった。
売店で、ホットドックとポテトを二つずつ買ってスタンドに戻った。
流石に席は満席で、座れなかった。
「席、無くなっちゃったね」
「そうだな。まぁ、このまま立って見ようぜ」
護が、苦笑いする。
「折角だから、食べよう」
二人で仲良くホットドックにかぶりつく。
「おいしい!」
私は、笑顔を浮かべて言う。
大好きな人と一緒に同じものを食べるのって、ちょっと嬉しいかな。
ポテトを摘まみながら。
「ねぇ、護」
「うん?」
「勝弥兄の事、気にしてるの?」
「うん。隆弥さんよりも、勝弥さんの方が怖いかな」
浮かない顔の護。
「やっぱり、そう思うんだ。でも、勝弥兄は、隆弥兄より優しいんだよ。さっきだって、声音は怖かったかもしれないけど、目は優しかったよ」
「エッ」
「勝弥兄はね、私や優兄には、メチャ優しく接してくれるの。って言うか、筋が通っていないと、気がすまない体質なの。だから、ちゃんと説明をすればわかってもらえるから、安心して」
「それでも、オレにとっては怖い存在」
「そうなんだ。じゃあ、隆弥兄は?」
「隆弥さんは、目的も同じだからかな、頼れる兄って感じなんだよなぁ」
護が、一目置いてるのが良くわかる。
「私は、隆弥兄の方が怖い」
私は、苦笑する。
「何処が…」
「だって、勝弥兄は聞く耳を持ってくれて、アドバイスもしてくれる。だけど、隆弥兄は聞く耳を持っていない。直ぐに怒るんだもん」
「本当かよ」
「だから、今日見つかったのが勝弥兄でよかったんだよ。隆弥兄だったら、入り口で大変な目に遭ってたんだからね。“俺の大事な妹を置き去りにしやがって。危うく、ろくでもない奴に連れて行かれるところだったんだぞ!“って言いながら、胸ぐらを掴まれてたよ」
「大袈裟だな」
信じてない。
「大袈裟じゃないよ。隆弥兄は、何時だって本気だから、怖いの」
私の必至の訴えに護もやっと納得してくれた。
「だから、私に対しても本気に怒るよ。手を挙げられたこともある。でも、それを止めてくれるのは、いつも勝弥兄なの。だから、勝弥兄に本当の事を言って謝った方がいい」
「そっか。人は見かけによらないって事だな」
護が、苦笑する。
本当にわかってくれたのかな。
なんて思いながら、目線をプールにやるとイルカが、ジャンプしていた。
「ショー、始まっちゃってる」
「本当だ」
私達は、二人並んでショーを見いるのだった。
水族館内は、親子連れやカップルでごった返していた。
「混んできたな。手を離すなよ」
護が、ギュッと手を握ってきた。
私も握り返す。
「護。ペンギン可愛いね」
私達は、ペンギンルームで足を止めていた。
ちょこちょこ歩く姿が、可愛くて見いっていた。
そこに、護が後ろから抱き締めてきた。
エッ……。
私が振り返ると。
「ここのブース、寒いだろ」
何て言いながら、一緒に見ていた。
水族館を出ると、夕闇に染まっていた。
「寒い…」
私は、自分の体を抱いて身震いする。
すると、護が私の肩を抱く。
「流石に寒いな」
肩に置かれた護の手が、暖かい。
「この後どうする?時間があるなら、オレの家に来る?」
護が、突然聞いてきた。
「うん」
私は、素直に頷いた。
護の家か…。
初めてだよ。
「じゃあ、行くか」
護が、優しい微笑みを浮かべる。
「うん」
私達は、駅に向かって歩き出した。
護、凹みモード突入中。
いつ立ち直るんだか?