緊張の生徒総会
帰り道、手を繋ぎながら歩く。
「…で、昼間の続きだが、なぜ佐久間が入ってるんだ?」
少しだけ不機嫌な護。自分が悪いのは、わかってる。
「話すと長くなるんだけど、護が倒れる前日に生徒会からの呼び出しがあったのは、知ってるよね?」
「あぁ」
「あの時に会長役を仰せ使って、自分で役員を決めろと言われたんだ。クラスに戻って里沙と話していたら、立候補してきたの。邪険に扱うわけもいかないし、その時の里沙、私が彼に告白されてる事なんて知らなかったから、直ぐに副会長に納まっちゃたの」
「よりにもよって、アイツが副会長になぁ。心配だなぁ。オレが卒業したら、あいつ、ちょっかい出すだろうし…」
護が、不安そうな顔をする。
「大丈夫だよ。私には護だけだから…。何があっても、護の所に戻るよ」
「本当だろうな?」
「約束します、私は、あなたのものです」
私は、誓いをたてる。
「じゃあ、昼間みたいにキスしてくれ!」
護が、悪戯っぽく言う。
私は、護の首に腕を回し、背伸びをすると、好きって気持ちを込めて護の唇を重ねた。
そっと、唇を放す。
「気持ちの籠った口付けをありがと。絶対に詩織を守るし、幸せにする。約束だ」
今度は、護からキスが降り注がれる。
優しくて、温もりのあるキス。
愛してる、護。
大切なものを一杯くれて。
唇がゆっくりと離れたかと思うと、私の首筋に唇を這わす。
「護。そこはダメだって…」
私が、抵抗する。
「ダメじゃない。オレのって印を付けてるだけ」
私は、護のものだという印をあっちこっちにつけられる。
「くすぐったいよ」
「我慢しろ」
護が、次から次へとキスを施していく。
「ちょっと護、やめてよ。そんな事したら、明日の生徒総会の時に私が、恥ずかしい」
「エッ…」
護の動きが止まる。
「明日の生徒総会の時に、新メンバーで、挨拶することになってるの。生徒会長の私が、こんな目立つところにキスマークなんかつけて、壇上に上がれないよ」
「それを早く言えよ」
護が、戸惑い出す。
「髪の毛で隠せないか?」
護の慌て振りが可笑しくて、吹き出しちゃった。
「何、笑ってるんだよ」
って、困惑気味に言う。
「何って、そんなに焦らなくても…。明日に朝までには消えてる事を願うしかないね」
私は、明日までに消えてくれる事を願った。
「そう言えば、隆弥さんってS大だって…」
「うん、そうだよ。隆弥兄も護と一緒で、教師目指してるんだよ。だから、解らない箇所は、隆弥兄に教えてもらってる。教え方も上手だしね」
「そっか。オレも、隆弥さんに教えてもらいたい…」
「今日は、バイトも休みのはずだから、家に居ると思うよ」
「本当か?お邪魔させてもらおうかな」
「そうしなよ」
私が言うと、護は頷いた。
「ただいま」
玄関から、私が言う。
「お邪魔します」
その後ろから、護が言う。
「早速く来たな」
勝弥兄が、リビングから顔を出す。
「勝弥兄。隆弥兄は?」
「部屋に居るはずだぜ」
勝弥兄の言葉を聞いて、部屋に向かう。
隆弥兄の部屋のドアをノックする。
「誰?」
「私、詩織だよ。護が、隆弥兄に教えて欲しいことがあるんだって」
「入れば」
部屋にドアを開ける。
隆弥兄は、机に向かって何やら、睨めっこをしていた。
「お邪魔します」
護が、遠慮がちに入る。
「そこ、座れば」
隆弥兄は、振り返りもせずに言う。
「私が居たら邪魔だろうから、部屋に行くね」
そのままドアを閉めて、自分の部屋に入る。
制服を脱ぎ捨て、着替える。
Tシャツに短パンという、ラフな格好に…。
「詩織、手伝って」
下から、お母さんの声。
「はーい」
部屋を出て、キッチンに向かう。
「何すればいい?」
「ジャガイモと玉葱を切って」
「何に使うの?」
「今日は、肉じゃがにするから、それ用に切ってくれる」
お母さんは、次から次へと動く。
私は、言われた通りに切る。
ジャガイモを鍋に入れて、水を注ぐ。
それを火にかけた。
「後は?」
「味噌汁を作っといてくれる?」
「はい」
私は、冷蔵庫から揚げとほうれん草を出して、準備する。
鍋に水を張って、火にかけた。
その横で、お母さんが肉じゃがに味付けしてる。
「お母さん。今日は機嫌がいいね」
私が聞くと。
「だって、護君がちゃんと約束を守ってくれたから、嬉しいの。それより、詩織。ここにキスマークついてるよ」
お母さんが、首のところを指す。
指摘されて、顔が熱くなる。
「犯人は、護くんでしょ?」
私は、頷く事しか出来ない。
「やっぱり、男の子だね。詩織は、オレのものって印な訳でしょ。これぐらいなら、明日の朝には消えてるわね」
「本当?」
「うん。薄く着いてるだけだしね。嬉しそうだね。そんなに消えて欲しいわけ?」
お母さんの疑問に。
「うん。明日、生徒総会があって、新役員の挨拶しないといけないから、消えて欲しいなって」
私が答えると。
「ちょっと待って。それ、聞いてないよ。新役員って何?」
お母さんが、慌てて詰め寄ってくる。
「あれ、話してなかった?私、生徒会長に任命されたの」
私が言うと、お母さんが呆然としだす。
「本当なの?」
「嘘ついてどうするのよ。前役員一致で、私が会長をすることになったの」
「何で、早く言ってくれないのよ。流石、わたしの娘ね。わたしも高校時代に生徒会長をやったって言うか、押し付けられた形になるのかなぁ…」
「エッ…。私もだよ。生徒に人気があるって事だけで、押し付けられた感じだよ」
「あら、理由も一緒なんだね。何かあったら話してね。力に成れるかもしれないからね」
ビックリだなぁ。
まさか、お母さんも生徒会長をやってたなんて。
「知名度があるだけで、面倒なことを押し付けられるのは嫌だろうけど、学校の為に頑張りなさい。自分に自信が付くはずだから」
お母さんが、私の背中を軽く叩く。
「さっさと、夕飯の準備しちゃおう」
お母さんが言うと、私も気合いを入れて、手伝った。
食卓にはお父さん以外が揃う。
「頂きます」
全員で合掌する。
「お兄ちゃん達知ってた? 詩織が生徒会長に選ばれたの」
お母さんが嬉しそうに言うが、兄達は。
「そんなの知ってるよ」
と、冷たくあしらう。
「そんな…。詩織、お兄ちゃん達が冷たい…」
お母さんが、泣きそうになる。
「お母さん。兄達はほっといて、一緒に食べよう」
私は、苦笑しながらお母さんに言う。
「やっぱり、娘が一番だね。詩織も、女の子産んだ方がいいよ。男の子なんか、直ぐに保されるから」
実感がこもってる。
って言うか、私、まだ高校生なんだけどなぁ…。
そんなやり取りを見ていた護が、噴き出す。
「護、汚い」
私が言うと、お母さんも。
「プレッシャーかけちゃった?」
って、笑ってる。
「護。気にするな。母さんのやっかみだ」
優兄の言葉に双子の兄達が頷く。
お母さんは、楽しそうだ。
護の事、なんだかんだ言って、認めてしまってる。
「護君。今度は、誰にもわからない所に着けようね」
お母さんが、意味深な言葉で、からかう。
護が、赤面しだす。
何の事かわからずにいる兄達。
私は、そのやり取りが可笑しくて、笑っちゃった。
夕食後。
リビングで寛いでいた。
「護。勉強、教えて」
優兄が言う。
「って言うか、お前、隆弥さんが居るんだから、聞けばいいじゃん」
護が、不思議そうに言う。
「隆兄は、詩織にしか教えないんだよ。俺が頼むと、断られるんだ」
って、剥れる優兄。
へー、そうなんだ。
「しゃあねえなぁ。何処だよ」
って、リビングで、勉強会が始まった。
「遅くなって、悪いな」
優兄が、護に言う。
「いいよ、気にするな。自分の復習にもなった」
護が、靴を履きながら言う。
「護。送っててやるよ」
隆弥兄が、鍵をもって現れる。
「毎回送ってもらうなんて、悪いです」
「受験生なんだから、早く帰って、勉強しな」
隆弥兄さんが、優しく言う。
「ありがとうございます」
護が、嬉しそうに言う。
隆弥兄と護って気が合うんだな。
「ご馳走さまでした。お休みなさい」
「お休み」
護が、玄関を出る。
「詩織。何か要るもんあるか?」
「ううん。今は、無いかな」
隆弥兄は、私の答えを聞くと玄関を出ていった。
私は、自分の部屋に戻って、テスト勉強を始めた。
どうしよう。
クリスマスプレゼント、まだ出来てない。
テストが終わったら、急いで、作らなきゃ。
とりあえず、テスト勉強に精を出した。
翌日。
首筋についていたキスマークは、綺麗に消えていた。
一限目の生徒総会で、私達、新役員のお披露目がある。
前生徒会役員が、ステージでスタンバイしてる。
新メンバーは、自分達のクラスで待機。
会長の合図で、ステージに上がるように指示が出ていた。
なんか、緊張してきた。
ちゃんと、喋れるかな。
不安を感じながら、何かの視線を感じて、振り返る。
そこには護の姿があった。
護が、笑顔で“ガ・ン・バ・れ“って、口パクしてる。
私は、そのお蔭で、緊張がほぐれた。
『只今から、生徒総会を始めます』
スピーカーから、会長の声が流れる。
『今日の生徒総会は、来年度の新規メンバーの紹介を行います。新規役員は、壇上に方へ上がってきてください』
いよいよだ。うわーもう、ドキドキと何時もより、テンポの速い鼓動を感じる。
私は、クラスの列から離れ、壇上に向かう。
上がる順は、あえて決めていなかったが、私が一番最後だった。
壇上に順番に並ぶと。
「生徒会長、水沢詩織さん」
と会長が私の名前を呼ぶ。
私は、一歩前に出るとお辞儀をし、元の位置に戻る。
他のメンバーも、同じようにお辞儀していく。
「以上の七名が、来年度の役員です。新会長から、一言お願いします」
私は、メンバーの顔を見てから、一歩前に出て会場を見渡す。
そして、深呼吸した。
「私達、新メンバー七名。至らぬところもあると思いますが、力を合わせて頑張りますので、宜しくお願いします」
言い終えて、頭を下げる。
野次が飛んでくるかもって思っていたけど、暖かい拍手で迎えてもらえた。
私は、思わず満面に笑みを溢した。
よかった。
認めてもらえて…。
心の中で、安堵した。