違和感
「詩織、ちょっといいか?」
って、優兄が部屋に入って来た。
「何? 優兄」
私が振り向きざまに言うと。
「今日の放課後、生徒会から呼び出しされてただろ」
優兄が、ベットの傍らに座りながら言う。
「うん…」
「もしかして、次期生徒会長に任命されたってことは、ないだろうな?」
「優兄の言う通りです。来年度の生徒会長に選ばれてしまいました」
私の言葉に、呆れ顔の優兄。
「それ、護に言った?」
私は、首を横に振る。
ハァー。
なぜか、優兄が溜め息を付いた。
「また、秘密にするのか? 早めに言っといた方がいいぜ。護の奴、また嫉妬するだろうから」
嫉妬?
何で?
私が、首を傾げてると。
「この間の応援団長の事だって、物凄く怒ってたんだよ。それも、俺に八つ当たりまでしてきたんだ。生徒会長をやるとなると、早めに報告しておかないと、あいつ何するか」
優兄が、脅すように言う。
「ちょっと待って、優兄に八つ当たりって」
「“優基に話せて、オレには話せない事なのか“って、思いっきり、八つ当たりされた」
「ごめん」
「まぁ。俺は、里沙ちゃんからそれとなしに聞いてるから、わかるけど、突然目の前に出られると戸惑うんだよ。お前としては、サプライズのつもりなんだろうけど、護からしたら、不安要素の一つにしかならん」
優兄に言われて、私は考え直した。
「…で、役員メンバーは?」
優兄が、突然聞いてきた。
「エッ」
「メンバーだよ」
「優兄が知ってる顔触れだよ。副会長が、里沙と佐久間くん。書記が、凌也と柚樹ちゃん。会計が山本兄妹だよ」
私が答えると。
「懐かしい名前が、入ってるんだな」
優兄が、苦笑する。
「拓人君と忍ちゃんが、ビックリしてたよ。優兄が里沙と付き合ってるのを知って」
「あの二人な。あいつらなら、サポートしっかり任せられるなぁ。凌也って、兄貴達の道場で知り合った奴だろ。見た目はおっかなそうだが、芯がしっかりしてる奴。お前から声掛けたんか?」
「そうだよ。たまたま目が合ってさぁ、見覚えもあるし、凌也なら裏切らないって思ったから」
優兄も納得してる。
「柚樹って、塾で知り合った子だっけ…。たまに、家で勉強してた子だろ」
「よく覚えてるね。その柚樹ちゃんだよ」
優兄の観察力には、感心しちゃう。
「なぁー。佐久間って、お前に告ってた奴じゃ…」
「うん」
「体育祭の時に、護の前で、意味深な言葉を吐いた奴。本当にこいつで大丈夫なのか?」
優兄の心配も、最もだけど。
「どうしょもなかったんだ。最初に立候補してきたし、事情の知らない里沙の前で、断れない」
「そういう事なら、仕方ないか…」
優兄が、また面倒な事を持ち込んで、って顔をする。
「とにかく、護にちゃんと説明すること。それが、条件だ」
釘を指し、部屋を出て行く優兄。
優兄に、迷惑掛けていたなんて…。
全然知らなかった。
護に、そんな感情的な一面があるなんて…。
私は、携帯を掴むと直ぐにメールを打った。
“護へ
遅くにごめんね
明日の朝、話したいことがあるから、
一緒に学校に行こう
詩織“
それだけを打って、送信する。
直ぐに返事が、返ってきた。
“わかった
明日、七時半ごろに迎えに行く
お休み“
って、簡単なメール。
寂しさが募る。
勉強で、忙しいんだから、仕方がないか。
そう思いながら、寝る事にした。
翌朝。
私が、玄関を出ると護が待っていた。
「おはよう」
何時以来だろう。
あの時以来、一緒に登校する事無かったから、恥ずかしいかも。
「おはよう」
護が、笑顔で返してくれる。
「行くか」
護が、私の手を掴む。
その手が、いつもより熱を持っている感じがするのは、私の気のせい?
暫く、無言で歩く。
このままじゃ、いけないと思い、意を決して護に話しかけた。
「護。昨日、私、来年度の生徒会長に選ばれたにの」
明るめの声で言うが。
「ふーん。っで…」
護の表情が、硬い。
「…っでって…」
私が、戸惑っていると。
「どうして欲しい?喜んで欲しいの?それとも怒らせたいの?」
無表情のままで言う。
怖い…。
「詩織。昨日のうちにその話をしてくれてれば、許したのに。何で、今言うんだよ。これでまた、お前に人気が出て、オレには見向きもしなくなるんだ。オレは、詩織とずっと居たいのに…。何で、わかってくれない…」
無理矢理、引っ張られ抱き締められる。
「詩織のこの髪も、この唇も、胸も、細腰も、全部オレのものだ。誰にも触らせたくない」
護の感情と正比例して、腕に力が加わる。
「いっそう、このまま婚約して、同棲してしまいたい」
護の、消え入りそうな声。
「護。私は、どうしたらよかったの? 生徒会長を辞退すればよかったの? それとも、ちゃんと護に相談してから受ければよかったの?」
私は、自分の感情をぶつける。
「ごめん。詩織にカッコ悪いところ見せた。昨日から、どうも調子…悪くて…。なんか…」
って言いかけて、私の方に崩れるように倒れた。
私は、慌てて護の額に手を当てた。
凄い熱。
私は、どうしたらいいのかわからなくなって、携帯を取り出し、優兄に助けを求めた。
暫くして、隆弥兄の車から、優兄が降りてきた。
「優兄…」
優兄に顔を向ける。
優兄が、私の方を見て。
「大丈夫だから。詩織は、学校に行きな。後は、俺と隆弥兄で、病院に連れて行くから…」
そう言うと、護を担いで、隆弥兄の車に乗せて、行ってしまった。
護…。
私のせい…だよね。
ごめんね…、ごめんね…。
私は、その場で泣き崩れた。
「詩織。こんな所に居たら、ダメだよ。学校に行こう」
誰かが、私の手を取り、立たせてくれる。
私は、何もわからずにその手が示す方へ歩き出す。
一歩、また一歩。
でも、その度に涙が溢れ出す。
チクチク胸が痛み出す。
私が、もっと早くに気付いてれば、護が倒れる事もなかった。
私が……。
物凄く、後悔した。
自分の事ばかりで、護の事、ないがしろにしてたんだ。
私が、護の負担になってたんだ。
彼女、失格だね。
「…おり。詩織…」
私が、我に返ったには、放課後の事だった。
私の目の前に、心配そうな顔をする里沙の呼び掛けで…。
「詩織、どうしたの?今日一日変だよ」
う…ん。
どうやって、学校に来たのかさえわからない状態なのに、聞かれても答えられない。
「詩織。生徒会室に行かなきゃ。皆が、待ってる」
里沙に言われても、身が入らずに居た。
パシン!!
頬に痛みが走る。
「詩織。お前らしくないじゃん。ほら、ちゃんとしろ」
目の前に護の姿が…。
夢じゃ、ないよね。
「護…」
私は、彼の顔を見たとたん、涙が溢れ出した。
「どうしたんだよ。そんなに泣くなよ」
護が、指で涙を拭いていく。
「だって…。安心したら、急に溢れてきて止まらない…んだもん」
「…ったく。いつもの詩織らしくないじゃん。自信家で、キラキラしてるお前が、一番好きなんだから。ほら、皆だって心配してる」
そう言われて、周りを見る。
遠巻きだけど、心配そうな顔してる。
私いつの間にか皆に迷惑をかけてたんだ。
「いい加減、泣き止め。お前の仕事が待ってるんだろ」
仕事?
「エ…ッ。いいの? 生徒会の仕事しても?」
「朝、言われた時は、また厄介事を引き受けてきたもんだと思ったけどな。よく考えたら、詩織にしか出来ないことだと思う。人気もあって、頼れる奴なんて早々居ない。仕方がないと思った。オレの大好きな子が、学校の為に頑張ってるところを見たいと思う」
笑顔で護が言ってくれる。
「じゃあ、本当にやってもいいんだ」
「いいよ。皆が待ってるんだろ。帰りは、一緒に帰ろう。終わったらメールくれればいいから」
「ありがとう」
私は、生徒会室に急いだ。
コンコン。
私は、生徒会室の戸をノックしてから中に入った。
「失礼します。遅くなってすみません」
一言言ってから、会長に向き合う。
「そんなに遅れてはいないが、その顔は、どうしたんだ?」
一瞬何の事かわからずにいた。
里沙が、目の所を指して、教えてくれた。
「何でもないです。顔、洗ってきます」
「ああ」
会長が、呆気に取られてる中、生徒会室を出た。
手洗い場で、顔を洗う。
ハンカチで、顔と手を拭くと、生徒会室に戻った。
「申し送り事項は、これだけ…なんだが、雑用が、かなりある。今日のところは、これで終わりにしようか。また、明日な」
会長が、厄介事だと、言わんばかりだ。
「お疲れ様でした」
私が言うと。
「お疲れさま。でも、凄いな。昨日の今日で、役員全部決まってるなんて…」
会長から、感嘆の声が上がる。
「あの後、自分のクラスに人だかりが出来まして、その中に居た、信頼で来る人を選んだまでですが…」
恐縮している私に。
「それが、凄いんだよ。ほんの一瞬で決断出来る方が、難しいんだ」
会長が、誉めてくれる。
そうなんだ。
「雑談は、以上だ。ほら、もう閉めるぞ」
会長がメンバーを部屋から出す。
「水沢。このまま付き合え」
「どちらへ…」
突拍子もない返事をしてしまう。
「どちらって、職員室に鍵を返しに行くから、場所を知っててもらいたいんだが」
あ、そうか。
鍵の場所を知らないと、部屋に入れない。
ガッチャ…。
会長が、鍵を閉める。
「行くぞ」
それだけで、職員室に向かって歩き出した。
私は、その後を慌てて追った。
「失礼しました」
職員室を出る。
「以外と、分かりにくい所にあるんですね」
「そうだな。他の生徒には見せられない資料とかがあるから、鍵の保管には気を使う」
そうなんだ。
私も、納得する。
「じゃあな。お疲れ」
「お疲れ様でした」
私は、会長の背中を見送った。
そして、護に終わった事をメールした。
下駄箱に向かう途中で、護が前方から歩いてくる。
声を掛けようと思ったら。
護の回りに、女の子が屯っていた。
その中の一人が、護の腕に絡みながら、楽しそうに話している。
私は、とっさに柱の影に隠れた。
護が、通り過ぎるのを待ってから、その背中を見送った。
やっぱり、人気あるなぁ。
あんなに女の子に囲まれながら、楽しそうに話してるのみたら、入っていく余地ないよね。
私一人の護じゃないんだ…。
なんか、落ち込んじゃうよ。
自信、無くしちゃうなぁ…。
しかも、彼女、自然に腕を絡めてたし…。
護も、嫌そうじゃなかった。
私なんか護の中じゃ、彼女と同じ存在なの?
かな……。
そう思うとなんだか、悲しくなってきた。
ここに居ては、いけない存在なのだと思うと、涙が溢れてきた。
もう、帰ろう。
下駄箱で靴を履き替えると、家まで走り出していた。
護を好きな気持ちは、変わらない。
こんなに思わずに入られない人なのに…。
何で、あの人は、何時も私を苦しめるのだろう。
胸が、苦しくて、締め付けられる。
どんなに想っても、届かないのなら、心を閉ざしてしまった方がいいのかも…。
そして、何も感じられない方が、楽なのかもしれない。
そう、何も考えず、感じないように……。
私は、ここに居てはいけない存在なのだと、自分に言い聞かせ続けた。