私が、応援団長って
翌朝。
昨日と同じ時間に家を出る。
玄関先に護の姿があった。
「おはよう。どうして?」
不思議に思って聞いてみた。
「待ち合わせするよりも、この方が早いと思ってさ」
護が、ハミカミながら言う。
「それに、雪菜に邪魔されないだろ」
照れ臭そうに言う。
「腕、組んでも良い?」
遠慮がちに聞いてみる。
「いいぜ」
嬉しそうに言う護。
護の腕に自分の腕を絡めた。
「詩織って、何かする時は聞くんだな」
護が、不思議そうに言うから。
「嫌がるかなって思うと、断りを入れてからの方が良いのかなって…」
そう答えた。
「詩織からなら、断る事しないよ。他の子だと嫌かもな」
言葉を選びながら言う護。
「雪菜ちゃんだったら?」
意地悪な質問をしてみる。
「雪菜は、別かな。妹みたいなもんだし…」
やっぱりね。
はっきりとは、言えないよね。
「詩織が嫌なら、しないが…」
「ううん。別にいいよ…」
私は、へこんだ。
兄弟みたいに育ったから、平気なんだろうけど…。
本心を言えば、して欲しくない。
でも、それは言えない。
嫉妬深いなんて、思われたくない。
そこへ。
「おはようございます」
雪菜ちゃんの元気な声が、聞こえてきた。
「おはよう」
私と護の声が、ハモる。
雪菜ちゃんは、相変わらず私を睨み付けてくる。
そんなに私が邪魔なんだ。
沈黙の中、学校へ向かった。
「今日のホームルームは、体育祭の出場種目を決めてもらいます。」
体育委員の里沙が、前で仕切ってる。
黒板に種目と人数を書いていく。
「必ず、一人一種目は出てください」
里沙が、大きな声で言う。
クラス中が、ざわめく。
何に出ようかなぁ。
目立たないので、やれそうなものはっと…。
と、考えていたら。
「水沢さんには、応援団長もやって貰います」
って…。
エーーーーーッ。
声にならない叫びが、胸の中で響く。
何で? 理由は?
「文化祭の時でも、一目置かれてたので、団長もお願いします」
里沙が、私に意見を言わせないように、言い切る。
その言葉を聞いたクラス中から、拍手が起きる。
うそー。
マジですか…。
私は、絶句した。
「後は、障害物競争だけ決まってないんだけど、まだ出てないのは…」
私は、挙手した。
「じゃあ、水沢さんで決まりだね」
あーあ。
何やってるんだろう?
まあ、走るのはそんなに得意じゃ無いから、いんだけどさ。
まさか、障害物競争とはね。
ハァー。
私が溜め息をついてたら。
「水沢さん。僕も障害物なんだ、よろしく」
って、クラス一の秀才君が、挨拶に来る。
「こちらこそ、よろしく」
笑顔で挨拶したのだった。
「里沙。何で、私を応援団長に推薦かな」
放課後の事。
目の前の里沙に言うと。
「エー。だって、詩織。運動、苦手じゃんか。だからせめて応援の方を頑張ってもらおうかなぁ…って」
笑顔で言う。
「確かに、運動は苦手だけど。だからって応援団って…。私以外に誰が出るのよ」
「後は、男女六人かな…。」
惚けがちに言う里沙。
「いいじゃん。どうせ、玉城先輩を待ってるんでしょ。だったら、その合間に練習できるでしょ」
確かにそうなんだけど…。
「あたしも、その中に入ってるから、頑張るし…」
そう言われて、仕方なく引き受けることにした。
「振り付けはどうするのよ。男女一緒でいいの?」
「それでいいんじゃない。時間もないし…。強いて言わせてもらえば、団長の詩織は、学ランで応援よろしくです」
里沙が、笑顔で言う。
暑いのに、学ランなの…。
「マジで、ですか?」
聞き直すと、里沙は力強く頷く。
もー。
開き直るしかないか…。
兄の学ランあったかなぁ…。
帰ったら、探さないと。
「里沙ちゃーん。帰ろ!」
優兄が、里沙を呼びに来る。
「はーい。じゃあ、また明日ね」
里沙は、鞄を持って行ってしまった。
ハァー。
何か、一番重要な役を受けてしまった気がする。
どうしよう。
明日から、一時間ぐらいの練習で良いのかな。
もう、頭痛いよ。
「…り。…おり。オーイ、詩織。帰ろうぜ」
「エッ…。あっ、うん」
私は、護が来ている事に気付いてなかった。
「どうしたんだよ。ぼーっとして…」
護が、心配そうに覗いてきた。
「うん、ちょっと考え事を…」
「オレに話せる事? それとも無理?」
「うーん。無理の方かなぁ…」
「まぁ、頑張って悩め。オレに出来る事があれば言えよ」
そう言って、私の頭を撫でる。
「うん。ありがとう」
自分の腕を護の腕に絡める。
「そういえば、今日は雪菜ちゃん居ないの?」
「雪菜なら、先に帰ったよ。部活が終わる前にあがってたから…」
護が、優しく言う。
「雪菜ちゃんが居なくて、寂しい?」
私が聞くと。
「全然。雪菜が居ると、詩織と話す時間が無くなるしな」
考え深げに言う。
そう思ってくれてたんだ。
「詩織」
「何?」
「体育祭、何に出るんだ?」
唐突に聞いてきた。
「私は、障害物競争だよ」
応援団長になったなんて言えないよ。
「それだけ?」
「それだけだよ。私、運動の方は苦手だから…。里沙に押し付けられた形になるのかな」
応援団の話が出て、選べなかったんだもん。
「護は?」
「オレ? オレは、二百と八百、それから、借り物競争」
凄い。
「やっぱ、毎日走ってるから、クラスに期待されてるんだね」
「違う。全部、優基に押し付けられた」
エッ…。
ちょっと待って。
「優兄って、体育委員?」
「そうだよ。だから、あいつが勝手に決めたんだよ」
そっか…。
そこで、里沙と優兄が引っ付いたんだ。
納得。
「でも、凄いね。私には、そんな体力無いもん」
感心してしまう。
「凄く無いよ、全く信じられない。一人で三種目やるのって、オレだけじゃないか…」
呆れ顔の護。
そんな護に。
「頑張ってね。応援してる」
笑顔でエールを送ると。
「ありがとう。詩織もだぞ」
護も、笑顔で言ってきた。
「うん」
話は尽きないけど、私の家に着いてしまった。
「じゃあな」
「うん、また明日」
そう言って、どちらともなく唇が重なた。
「優兄。学ラン持ってない?」
優兄の部屋で、くつろぎながら聞いてみた。
「なんで、学ランなんかいるんだよ」
確かにうちの学校は、ブレザーだからそうなるよね。
「里沙に聞かなかった? 私、応援団長をする事になって、学ラン着用になったから、優兄持ってないかなぁなんて…」
「それなら、俺に聞くより、母さんに聞いた方が早いんじゃないか」
面倒くさそうに言う。
「そうだね。護には、この事黙っててね」
優兄に釘を指す。
「わかったよ」
「勉強の邪魔して、ごめんね」
私はそれだけ言って、優兄の部屋を出た。
そして、リビングに行きお母さんに。
「お母さん。お兄ちゃんの学ラン知らない?」
聞くと、お母さんは。
「隆弥の部屋にあると思うけど…。何に使うのよ?」
不思議そうな顔をして、聞いてきた。
「体育祭で使うの。クラスの応援団長になっちゃったから…」
「あらら、大役だね。明日、出しておくね」
「お願いします」
それだけ頼むと、自分の部屋に戻った。
とりあえず、学ランはOKだ。
ただ、なんで学ランなのかが、いまいちわからないんだけど…。
まぁ、いいか。
さっさと課題を済ませて、寝よう。
自室でせっせと課題を終わらせ、ベッドに潜り込んだんだった。
翌日の放課後。
「応援団の人は、一時間だけ残ってください」
私は、クラスの子達が帰る前に声を掛けた。
「何だよー」
とか。
「面倒くせー」
って、声が聞こえてくる。
「こらそこ、文句言うな。自分達で、立候補したんじゃない」
里沙が注意する。
「ごめんね。今日は、振り付けの話だけでも出来たら良いなぁって思ったの。時間が余り無いから、体育祭の日まで、一時間だけで良いから残って練習して欲しいんだけど、いいかな?」
「一時間ぐらいなら」
皆が、了承してくれた。
「ありがと」
笑顔で、お礼を言う。
「早速だけど、振り付けなんだけど、男女別でやってられないから、同じ振り付けで良いかな」
私は、メンバーの顔を見渡す。
微かに頷くのが見えた。
「どんな振りが良いと思う?」
「メリハリがあって、カッコいいのが良いなぁ」
女子の方が、先に言う。
「その意見に賛成だ」
全員一致で、決定となるが…。
応援って、大抵決まってるんだよね。
「同じ振りになってしまうけど、何か良い案ないかな」
私が聞くと。
「そうだなぁ…」
と、押し黙ってしまった。
悩んでいるうちに、一時間経ってしまった。
「今日は、これで解散だね。明日までに各自振り付けを考えてきて」
それだけ告げて、解散した。
どうしようかなぁ…。
振り付けなんて、全然思い付かないよ。
そうだ。
勝弥兄に聞いてみよう。
勝弥兄、確か応援団に入ってたよなぁ。
相談してみよう。
家に帰ると、早速勝弥兄に相談してみた。
「そうだなぁ。まぁ、一般的なのが一番だと思うが、その一つ一つの動きにメリハリを持たすのが良いと思うがな」
勝弥兄が、優しく言う。
「例えば、こうダラダラとやるよりは、腰を少し落として、拳を突き出すだけで、印象が違うだろ」
勝弥兄が、実際に見せてくれる。
「同じ振りなのに、全然違う。後の方が、カッコいい」
「別に無理して違う振り付けを付けるよりも、普通のをどうメリハリをつけるかだよ」
そっか。
下手に変更するよりも、オーソドックスにして、決める時に決めた方が、カッコいいかも。
「ありがとう、勝弥兄」
「お役に立てて、嬉しいよ」
勝弥兄にお礼を言って、部屋に戻ると、早速練習してみた。
腰を落として、拳を突き出す。
けど、イマイチ決まらない。
もう一度やってみるが、何かが違う。
その時。
「詩織。お兄ちゃんの学ランあったわよ」
お母さんが、学ランを持って入って来た。
「ありがとう、お母さん」
「あなた、なんて格好してるのよ。女の子が…」
お母さんが、ビックリしてる。
「応援の練習だよ。今、勝弥兄にどうしたらカッコ良く見せれるか、教えてもらったの」
「だからって…」
お母さんが、呆れてる。
「ごめんなさい」
「一生懸命なのはわかるけど、それは、どうなのかな」
そうだね。
もう少し、考えなきゃいけないね。
私は、男ではないのだから…。
でも。
やっぱり、皆を一生懸命応援したいから、妥協したくない。
「ごめん、お母さん。やっぱり、無理。皆を応援したいから、今回だけは、見逃して…」
「しょうがないわねぇ。一つだけ言わせてね。練習する時は、スカートでしない事」
「はーい」
お母さんは、半ば諦めたようだ。
「学ランのサイズ合わせしておく?」
「うん」
私は、兄の学ランに袖を通す。
「ウワー。ガバガバだよ」
「本当だね。そでは、折り返せば良いから、ウエストはどうする?ベルトで絞める?」
そうだなぁ。
「一回だけだから、それで良いや」
私が言うと。
「じゃあ、ベルトは優基の中学の時のベルトで良いか」
お母さんが部屋を出て行ったと思ったら、優兄が中学の時に使ってたベルトを持ってきた。
「これで、ベルトしてごらん」
私は、それを受け取ってベルトを通して、絞める。
少し、動いてみる。
ずれる事もない。
しっかり止まってる。
「大丈夫そうだね。じゃあ、無理しないように」
お母さんに念を押される。
「はーい」
私の返事を聞いて、部屋を出て行った。
私は、そのまま応援の練習に励んだ。
翌日の放課後。
応援の振り付けの意見交換する。
でも、これと言って、たいした意見もない。
「詩織、何かないの?」
里沙が言うので。
「あのね。私の兄が、応援団部だったから、聞いてみたんだけど、振りは定番のもので、メリハリを付けてやった方が、カッコいいって、教えてもらったんだけど、どうかな」
答える。
「時間がないから、それで良いんじゃない」
納得してくれる。
「で、どうやるんだ?」
私は、口頭で説明するが、なかなかわかってもらえないので、自分が見本を見せる事にした。
昨日、一生懸命練習したのを…。
「少しだけ腰を落として、素早く拳を突き出す」
その振りを見て、回りは納得した様子。
少しずつだけど、メリハリのある切れが生まれてきた。
「凄い。皆、やれば出来るじゃん」
「水沢の教え方が、上手いからだよ」
逆に誉められてしまった。
フと時計に目をやる。
約束の一時間が過ぎていた。
「ごめんね。今日は、ここまでで終わりにしようか」
私が告げると、皆が時計を見る。
「一時間過ぎるのって、早いんだな」
「それだけ、集中してたんだよ。来週も頑張ろうね」
里沙は、そう言い残して、さっさと教室を出て行った。
優兄を待たせてるんだな。
「お疲れ様」
そう口々に言って、教室を出て行った。
私は、そのまま教室に残って、護を待っていた。
「詩織。お前、オレに隠し事してるだろ」
学校からの帰り道。
私の顔を覗き込んでくる。
「ないない。隠し事なんかしてないよ」
護が、じっと見つめてくる。
そんなに見ないでも…。
「本当だな。嘘ついたら、ただじゃおかないからな」
物凄い顔で、睨んでくる。
「うん」
笑顔で頷く。
体育祭のお楽しみだもんね。
言えないよ。
私は、不自然にならないように話題を変える事にした。。
「明日の試合、頑張ってよね」
「ちゃんと、オレを応援するんだぞ」
「わかってる。しっかり応援してあげる」
私の言葉に、護の優しい笑顔が、返ってきた。
「じゃあな」
「お休み」
自分の部屋で、明日の服のコーディネートする。
白のTシャツに大きめの猫の絵がかかれたものにデニムの短パン。それから、蝶々のタトゥーが入ったストッキング。デニムジャケットを準備した。
明日は、早めに起きて、お弁当作らなきゃ。
愛しい、護のために…。