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終わった後の物語

終わった後の物語 ~prologue~

作者: 一之助

 ガタゴト、ガタゴト。


 舗装されていない山道を、一台のキャンピングカーが走っている。外見がバンにも似ているその車は、森の中ということもあって周囲の環境から少し浮いていた。


 悪路のせいなのか、もともとの運転技術の問題なのか、キャンピングカーは上下左右に安定しない走りで進んでいく。途中でガタンッ、と一際大きく揺れてキャンピングカーが停車した。その音に驚いたのか、近くにいた小鳥たちが一斉に逃げてしまった。


 車の中には二人の人間が乗っていた。


 運転席に座って先ほどまで上下左右にダイナミックにキャンピングカーを動かしていたのは白衣を着た女性。年は二十代半ばといったところで、綺麗な長い黒髪をまっすぐに伸ばしている。けだるそうな表情をしているが、どこか強い意志のようなものを秘めているようだった。


 助手席にはブレザーを着た、女性と言うよりも少女という表現がしっくりくる子が座っていた。着ている服から高校生ぐらいの年齢に見える。白衣の女性とは対照的で、茶髪がかった髪を肩のあたりまで伸ばし明るい印象を与えている。と同時にどこか儚げな雰囲気もまとっていた。


 助手席に座っている少女が口を開いた。


「……店長、もしかしなくても迷いましたよね?」


 運転席の、店長と呼ばれた白衣の女性が、ばつが悪そうな顔をして答える。


「別に迷ったワケじゃないし。だいたい目的地がないのだから行き当たりばったりで問題ないはずよ。ちょっと現在位置が分からなくなっているだけで」


「要するに迷っているってことじゃないですかー」


「つべこべいわないでほしいわね。そもそも助手ちゃんが地図を読めたらこんなことにはならなっかったのよ」


「店長だって読めないんだから人のこと言えませんよー」


 助手と呼ばれた少女がぶぅーと大袈裟に顔を膨らませて反論する。


「それにこっちの方が近道だって言ったのは助手ちゃんだし」


「あそこで曲がれば早く山を抜けられると思ったんですよー」


 やっぱり助手ちゃんのせいだ、という店長の声が響く。

 その後も現在位置の確認をすることなく迷った責任はだれにあるかで言い争いを続け、連帯責任で落ち着いた頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。


□ □ □


 暗くなった山は不用意に動かない方がいいと店長は考え、結局自分たちがどこにいるかも分からないまま森の中で一晩過ごすことになった。


「あーあ、どこかに民家でもあればお風呂に入れるのに」


 料理の準備をしていた助手はげんなりした顔でぼやく。あたりを見回しても木ばかりで、人工物など影も形もない。そんな森の中では、世界に自分だけ取り残された気分になる。


(まぁ、あながち間違ってない……かもね)


 助手は自嘲気味にそう思う。


「ないものを願ったってしょうがないでしょ。それに民家があったって今も水道から水が出るとは限らないし」


 店長が答える。助手は自分のつぶやきに答えてくれる人がいるということに安心して、それでもそんな思いを店長に知られると笑われるので表情は崩さない。


「だって、この間入った家だってちゃんとシャワー出たじゃないですかー」


「あの地域が特別なだけだったかもしれないし。そもそも旅なんだから水は大事にしないといけないの。いいから食事の準備しなさい」


「……確かに食事係は私ですけどー、そんな上から目線で言われるとやる気なくしますよ?」


 そう文句をいいながら、助手は車の中から2メートル四方の薄い木の扉のようなものを取り出す。女の子一人でも軽々と持ち上げられるその扉には取っ手がついていて、それを開くと中は真っ暗な闇が広がっていた。


(……普通に使ってるけど一体どういう仕組みになってるのかしらね)



 それは『ドア』と呼ばれるものだった。近年の科学は異様な進歩を見せていて、これはタイムトラベルの研究の過程で偶然できた代物だ。


 某ネコ型ロボットの四次元ポケットよろしく『ドア』内部は無限の空間が広がっており、中にいくらでも物を入れることができる。無限の空間と言っても足場がきちんとあり、人も出入り可能になっているのだが。


 そして最も特徴的なのは、『ドア』の中では時間が進まないという性質である。そのため中に入れた物は永久保存が可能となる。


 偶然の産物であり、時間の研究自体がなかなかはかどらなかったため詳しいことは何一つわかっていない。そもそもどうやって作ったのか、作った本人にすら分かっていないのだ。


 ……そんな原理も危険なのかも分からないトンデモアイテムなのだが、店長と助手はたくさんの物が入って保存ができる、冷蔵庫よりも便利なモノという認識しかしていない。少し考えればいくらでも使い方があるし、実際、研究者が聞けば腰を抜かすどころの話ではないのだが、今はその研究者自体――



 助手は『ドア』の中に入って食材をあさる。闇のなかでも色をもつそれらはどこか異様さをおびていた。食材の他にも飲料水、本、衣類、車などありとあらゆるものがあった。


 どれもこれもスーパーや工場、その他色々な店から頂戴したものである。特に食べ物や飲み物は生き抜く上で最も大切なものであるため大量に確保した。具体的には一生飲み食いには困らないくらい。


 助手はじゃがいもや玉ねぎ、牛肉などを取り出して外へ出てくる。


 外では店長がテーブルや椅子を広げていた。ランタンの明かりが森全体を淡く照らしている。


「店長ー。今夜はカレーにしようと思うんですけどいいですよね?」


 懐中電灯を片手に辺りを見回していた店長は振り向いて、いいよ、とだけ答える。


「ちなみに一気に作るので明日いっぱいは全部カレーになりますけどー」


 そう言った助手の顔はいたずらっぽい笑みを浮かべている。さすがに三食カレーは嫌なのか、店長は小さいため息をついたが、すぐに納得して、


「……まぁ、食事は助手ちゃんに全部任せてるわけだしね」と漏らした。


 椅子やテーブルの設置など、一通りの作業を終えた店長は椅子に座るとポケットからタバコを取り出す。それを見ていた助手は野菜と包丁を持ちながら言う。


「いいかげん禁煙したらどうですか?体に悪いですよー」


 対して店長は煙をくゆらせ、どこか遠くを見つめながら答える。


「いいのよ、別に。もう長生きすることなんてさして意味ないし」


 軽いノリで言ったのに真面目に答えらてしまい、助手は言葉を詰まらせる。


「助手ちゃんも吸ってみたら?もう咎める人もいないわよ」


「いや、警官だって生き残ってますからー。見つかったら逮捕ですよ」


「そんなこと言ったら無人のスーパーから食べ物頂戴した時点でアウトでしょ。そもそも法律なんてもう誰も守る必要なんてないし」


 助手はそういう店長の言葉にまた口をつぐむ。無言のままキャンピングカーの中にあるキッチンへ行き、カレーを作り始める。


 店長は再びタバコをくわえた。吐き出された煙は逃げるように空へ登っていき、夜の森に飲まれるように霧散していった。


 □ □ □


 カレーを食べ終え片付けも終わり、二人はキャンピングカーのベッドに入る。二段ベッドになっており、店長が下で助手が上に寝ることに決めている。


「明日はどこかの村に着きますように」


 助手が皮肉を込めてそうつぶやく。聞き流してもよかったのだが店長はそのつぶやきに言葉を返す。


「村があっても人がいるとは限らないでしょ」


「じゃあせめて暖かいお湯に浸かりたいですよー」


 季節で言えば夏に入ったところで、昼間はどうしても汗をかく。『ドア』の中にも水は大量にあるのでシャワーは浴びているのだが、助手としてはお風呂に入りたいというのが正直な願いだ。


「この前行ったところは温泉がまだ入れる状態だったからよかったんだけどね」


 店長は苦笑混じりに答える。


「どこかの家でもかまわないですよー。今やほとんどの家がオール電化ですし、車に発電機が積まれる時代なんだからお湯だってきっと沸かせますよー」


「そりゃそうだけどね。まぁ何はともあれ早く寝ましょ。明日は早いわよ。何しろどこかの村に着かなきゃ行けないんだしね」


 うぇ、と朝が苦手な助手は顔をしかめる。その声を聞いて店長は勝った、と心の中でつぶやいた。


 とはいえ助手は朝も苦手だが夜もなかなか寝付けない体質である。だからいつもベッドに横になりながら考え事をするのだ。


 助手は静かに「あの日」のことを思い出す。


 □ □ □


 二ヶ月前、突如として大勢の人が文字通り『消えた』。

まるで神が下した天罰のようだった。近年では科学の進歩はめざましく人はついに魂までも解明しようとしていた。そんな傲慢な人間に、身の程を分からせようしているように助手は感じたのだ。


 助手は朝起きると家族も友人も失ってしまった。生き残った人はほんのわずか。


 その時の助手はなぜか冷静だった。悲しくなかったと言えば嘘になるのだが、すぐに食糧や水の確保に走った。人がいなくなればそれらの供給もストップすると思ったからだ。


 ……最初にバイト先の喫茶店へ向かったのは偶然としか言いようがないのだが。


 店には店長しかいなかった。そしてその店長が何やら怪しい四角い木の板を取り出そうとしていた。助手が、それは何かと尋ねると、驚くほど簡単に店長が説明した。超便利な冷蔵庫だと。そして店長は、バイトなんだし店の食材を詰めるのを手伝えと言ってきた。助手は断ったのだが、『ドア』のことを教えた見返りだと言って聞かない店長に根負けした。


 そうして、とりあえず店の物を片っ端から詰め終えると、助手が思いついたように店長に提案をした。旅に出よう、と。


 店長は一瞬だけ考えたが、理由も聞かずにオーケー、と答えた。力強い返事だな、と助手は思った。


 車は店長が持ってきた。キャンピングカーなんてどこから出てきたのだろうかと助手は思ったが、どこかから適当に持ち出してきたのだろうと勝手に結論づけた。人がいなくなった町では、どこから何を奪おうと文句を言う人など誰もいない。


 店長、助手ちゃんと呼び合うように決めたのもこの時だ。きっかけは助手が店長の名前を忘れたことなのだが、どうせ私の名前を知っている人なんてほとんどいないし、と言って自分のことを「店長」と呼ばせたのだ。助手の方の名前は、店長がバイトちゃんにしようと言ったのだが、助手が安っぽい、と一蹴した。そして言い争った結果「助手」ということになったのだ。


 □ □ □


 言い争うぐらいなら素直に名前でもよかったかな、とベッドに横になっている助手は今更ながら思う。下から店長の寝息が聞こえる。明日はきっと叩き起こされるんだろうと思った助手は、考え事をするかわりに早く眠れるように祈りながら、静かに目を閉じる。


 □ □ □


 「おっきろー!」


 叫び声とけたたましい騒音で助手は目を覚ました。見ると、店長がフライパンをお玉で叩きながらベッドの上に乗り出していた。


 助手はまだだるいのを我慢して起きあがる。手元の時計は七時を十分ほど過ぎた時刻を指している。思ったよりも寝かせてくれたな、などと思っていると、なかなか降りてこない助手に店長がもう一度お玉でフライパンを叩く。


「はいはーい、今行きますって」


 助手はそう返事をして、急いで降りる。素早く着替えてから外に出ると、テーブルには皿が綺麗に並べてあり、カップの中には紅茶が注がれていた。


「……ここまでするんだったらカレーぐらい自分で暖めてくださいよー」


「私が料理をすると酷いことになるのよ」


 店長は紅茶を口元まで運ぶ。助手は、暖めるのなんて料理じゃないですよー、などとつぶやきながら、カレーの残りの鍋に火をかけ始めた。


 □ □ □


 昨晩のカレーで朝食を済ませ、テーブルなどの撤収をしながら助手が口を開く。


「これからどうします?ていうか今どこにいるんですかね」


 店長は作業をする手をとめ、少しだけ考え込むような仕草をしてから答える。


「まぁ日本のどこかだろうし、道路が見つかれば人里に出るでしょ」


 人がいるかは置いておいてね、と付け足し、手にしていた椅子をたたむ。


「……今日中には着かないかもですよね、それ」


「迷ってるんだし仕方ないでしょ。別に急ぐ理由もないし」


「理由ならありますよー。お風呂!」


「……入らなくても死にはしないわよ。それにちゃんとシャワー浴びてるし」


「それはそうですけどー、てか店長だって女なんだから普通は気にしません?」


「気にしたってしょうがないじゃない。そもそも口説く男なんていないし」


「うわー、理由が悲しいー」


「いいから早く準備しなさい」


 ほーい、と気の抜けた返事をしながら、助手は荷物をキャンピングカーの荷台に詰める。


 たいていのものは『ドア』の中に詰め込んでいるので、荷台には使用頻度が高いものしか置いていない。それでも全部を詰めるとパンパンになってしまった。


 少し整理しようか、という考えが一瞬浮かんだが、すぐに面倒だというシンプルな理由で止めにする。料理はできるが、妙なところで大雑把な助手である。


 準備はできた?と店長が尋ねる。助手はうなずいて助手席に乗り込む。店長はキーを差し込み、エンジンを掛ける。


「安全運転でお願いしますよ」


 助手が言う。店長は苦笑いをしながら、努力はするわ、と答えてアクセルを踏んだ。


 静かな森にエンジン音が響く。


 二人を乗せたキャンピングカーは、今日もゆるやかに走り出した。


 ――終わった後の世界へ向けて


最後まで読んでいただきありがとうございました。

二作目です。

連載にしたかったのですが、あまりのも投稿が不定期になりそうだったのでprologueとさせていただきました。とりあえず次話は今週中に投稿したいと思います。


ご意見、ご感想ありましたらぜひよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  先に本編を読ませていただいたのですが、この時点で助手ちゃんはお風呂っ子なんですねwww  店長の軽い感じがキノ旅っぽかったです。  本編の続き楽しみにしてます!
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