輿入れ
暗い夜。
大人たちはお酒をなめながら、楽しそうにおしゃべりをしている。
いつも仏頂面の父でさえ、蝋燭の明かりを受けて酔いにほほを染め、楽しそうに見えた。
だから私は疎外感が強くなる。
大人の酒の席にいてもつまらない。積み木で遊んでいたけれど、その積み木をそこに放り投げてこっそり部屋を出た。
部屋と部屋とをつなぐ廊下は暗い。
見上げるとその日は満月だった。
でも、やっぱり夜なのだ。暗い。
「おいっ」
いきなり腕をひっぱられた。
背中を石の壁に打ち付けて、顔をしかめる。
ひっぱったのは、之盛だった。怖くなって肩をすくめると、之盛は少し腕の力を緩めてくれた。でも離してくれたわけではない。
「おまえ、俺をさけてるだろ」
「さ、さけてないよっ」
さけているのに、なんでさけていないと言ったのか分からない。
最近の之盛は身の危険を感じるような怖い雰囲気だから、イヤなのだ。いやでいやでたまらなくて、つい反抗するような態度をとってしまった。
「さけてる!」
之盛は4歳年上。体格でも力でも勝てない。
「俺と結婚するのがイヤなのか?」
怒鳴るような声だったのに、ふと見上げたら之盛が泣きそうな顔をしていたのでギクっとした。
理由もなく結婚するのがイヤと言ったら、ひどいことになりそうな気がした。
「私、皇帝の奥さんになるの!」
私は適当なことを言ってしまった。
「だから之盛と結婚しないの!」
必死だったのだ。
之盛のそばにいると、絶対に良くないことが起こるような予感がして、怖かった。
怖くて怖くて、とにかくここから逃げられるなら、皇帝の奥さんでもなんでもいいと思った。
それにお義母さまも言っていた。
最高の飾りとして生きるのも悪くないって。
「ばかっ」
之盛の顔色が変わった。
「おまえみたいなちんちくりんが、皇帝の奥さんになんてなれるわけないだろ!皇帝の奥さんっていうのは、みんな絶世の美女なんだよ!」
「なるよ!だから叔父さまが迎えに来たんだから!」
叔父の存在が説得力を増したのか、之盛は手を放した。
私はそのまま走って、酒宴の部屋へ戻った。
「叔父さま、私を帝都へ連れて行って!私は皇帝の奥さんになりたいの!」
大人たち全員が面食らった。
私は泣いてすがって、叔父から離れなかった。
そのあと当然ながら混乱があったが、叔父がけっこう乗り気だったため、次の年、私はめでたく輿入れすることになった。
8歳の夏。
輿入れの花道には、曼珠沙華が群生していた。