幼馴染
幼馴染に夏之盛という男の子がいた。
母方の親戚の子で、12歳くらいまで私の家で暮らしていた。
家の長男が、幼少時代に格が一段高い家に居候して、行儀見習いのようなことをするのはよくあることだった。うちにも何人か彼のような子供がいたはずだけど、私と年が近いのは彼しかいなかった。
私は彼より4つ年下だった。
彼は多少理解していたかもしれないが、私は幼すぎて、自分の家の格など知らない。彼を兄ちゃんと呼んで慕っていた。
私が8歳になるまで、私たちは本当に兄妹のようだった。
毎日2人で野山を駆け回り、花や草をつんで、一緒に読み書きを習って、一緒に風呂に入って、一緒に寝た。
どのタイミングか思い出せないが、あるとき急に彼は変わった。
「俺と結婚しろ」
と言った。
彼が我が家を去る半年くらい前のことだ。
そのときの彼の言い知れない迫力というか、鬼気迫る雰囲気というか、そんなものがとても怖かったし、周りの空気をとろりとやわらかくするような感覚が気味悪かった。
「やだ」
私は叫んで、お義母さまのところに逃げ帰った。
逃げてきた私を、わけも分からないだろうに、それでもお義母さまは優しくなでてくれた。
「結婚は女の墓場よ」
いつも聞いている言葉なのに、その日はやけに真実味を帯びて聞こえた。
初めて感じた恐怖のような感覚、それとヒモづいているに違いない「結婚」という言葉。
「やはり、結婚は良くない。女の墓場なんだ」
鬼気迫るほど真剣にうなずきながら、お義母さまの言葉を聴いた。
之盛の様子は尋常じゃなかった。
どうしてあんなふうになってしまったんだろう、そう思うとさびしくもあったけど、子供だからそこまでは考えなかったと思う。
之盛は非常にしつこい性格だ。
勉強のときも、武術の稽古のときも、彼は「できないこと」にぶつかるとできるようになるまで、本当に粘り強くがんばる男の子だった。
そんな彼を尊敬していたし、自分もこんなふうにがんばらなくちゃいけないんだって、目標にしていた。
もちろん「結婚」に対しても粘り強さは遺憾なく発揮された。
どこにでもついてきたし、やたらと髪をなでるようになったし、かと思うと遠くからこっちをにらんでいたり、意一緒に寝たりお風呂に入ったりしなくなったのは、本当に良かったけど、もう、気持ちが悪くてしかたがない。
私は今までのように一緒に遊べなくなって、お義母さまの部屋に避難することが多くなった。