第17話 歩くような速さで
ふわりと意識が浮上する感覚。
と同時にパチリと目を開く。
すると飛び込んでくる光景に、一瞬思考が停止した。
「は?」
同時に間抜けな声が口から漏れた。
自分は眠っていたらしい。
なのに目覚めは爽快で、眠気も一切残っていない。
思考が追いつかない。
たしか自分は夜の森に居たはずだ。
なのに私はベットに寝かされていた。
明るさからして今は昼間か。
しかも見上げる天井はよく見知ったもの。
私の部屋の天井だった。
ゆっくり身体を起こす。
が、とたんに全身に激痛が走る。
「あぐっ!」
痛みのあまり再びベットに倒れこむ。
全身に痛みを感じながら、動くのは無理だと判断した。
そこで気付く。
自分の感覚が、かつてないほどに鋭く敏感になっている事に。
いや、違うな。
これが“普通”なのだ。
私がこれまで感じてきた感覚が鈍すぎたという事か。
かつての感覚を思い出しつつ思う。
何故突然?と。
これまで私の感覚は、酷く鈍いものだった。
身体が感じる感触など特に酷かった。
まるで身体の周りに薄い膜が張られ、それを通して世界を感じているようだった。
それは年々酷くなり、仕舞いには身体の機能すら低下していたような気がする。
ルシフ神父に気付かれて治療院に連れて行かれた事もあったが、結局異常はみられなかった。
まるで体感型のゲームをプレイしていた様な曖昧な感覚。
画面越しに世界を見ている様な現実感のなさ。
現実味というものが年々失われていったあの感覚が、今や完全に取り払われていた。
世界をクリアに感じる。
これまで感じたことのないほどに。
部屋の窓が開かれているのか、涼やかな風が頬を撫でる。
ベットに横たわる自身の感触が、身体に触れる布団のシーツや身体に走った痛みでさえ
初めて触れるような新鮮さを与えてくれた。
その目に映る光景すら、見慣れたもののはずがまるで初めて見るもののように輝いて見えた。
私は今、確かにここに“存在”していた。
【おっ、目が覚めたか?】
頭に響いた声に横を向けば、秋津の顔が近くにあった。
どうやらベットのすぐ下で眠っていたらしい。
身を起こし私の顔を覗き込んでいた。
「秋津?」『秋津?ちょっと一体なにがどうなって?』
言葉と思考が疑問を挟む。
自分の現状が理解できない。
たしかに森にいたのに、気付けば部屋で眠っていた。
あの状況下で一体何故、どうやって助かったのか理解できなかった。
【・・・・・・】
なのに秋津は間抜け顔を晒して私を凝視している。
一体どうしたと言うのか?
「間抜けずら」『つかなんで私を凝視する?私の顔になんかついてるの?』
感覚がクリアになったとしても、私の口は相変わらずのようだ。
思った事を喋れない、口から出るのは無理変換された言葉だ。
どうしろと・・・・。
【アウラ・・・・】
「ん?」『なによ?』
今尚愕然と驚愕の表情を貼り付けて私を見る秋津。
【アウラ、お前の言葉が・・・】
『?』
首を傾げて秋津を見る。
秋津がなにを驚いているのか理解出来ない。
『なに驚いてる?』
よくわからないと思考すると
【アウラ!お前の言葉がわかるぞっ!】
は?
【いや、言葉というか思考か?頭に直接響いてくる感じだ!】
なんですと?
【もしかしたらお前も俺からこんな感じで言葉が伝わっているのかもしれんな!】
秋津は嬉しそうにワフゥーと鳴いた。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した私達は
現状にたいしての説明を秋津に求めた。
あの後、私たちがどうやって助かったのかと。
【やっぱり憶えてないのか】
秋津はそういってため息ひとつ。
『なにが?』
【独角鬼を倒したのはお前だ】
『・・・・・・・・は?』
記憶にない。
記憶にないよ!
【独角鬼はお前が倒んだ。魔術だかオラクルだかを使ってな】
なんだそれは?
私の魔法は失敗して、オラクルなんて今まで一度も発動していない。
そんなものがあの土壇場で使えた?
それなんて少年誌だと、そう考えずにはいられなかった。
そんな私の様子を見ながら秋津は私に聞いてきた。
【あの時一体何があった?どこまで憶えている?】
そう聞かれて思い出す。
あの時の事を。
そして私は思い出す。
あの時、私は確かに願ったのだ、生きたいと。
私はあの時、自身のあり方を理解したのだ。
そして私は自分の弱さと脆さを思い知った。
私は弱い、かつても今も。
それは肉体的なものではなく心のほう。
痛みを恐れ、変化を拒み、世界を拒絶し、内に篭った。
かつての私は逃げ続ける事を選んだのだ。
意識的にせよ、無意識的にせよ。
苦痛から、変化から、他人から、世界から。
安らぎと安寧だけを求め、家という安全な殻の中に篭り外界と関わる事を拒絶した。
煩わしい言葉は聞き流し、心地よいものだけに耳を傾けた。
目に入る映像は、自分の好みに限定し、見たくないものは見るのを拒んだ。
たとえ環境が変わろうと自分から関わることをせず変化を拒んだ。
結果、私の世界はひどく小さなものとなった。
私が関わったものといえば、機械仕掛けの小さな箱と母とのほんの少しとの交流だけ。
環境がそうさせたのもあるだろうが、私自らが積極的に動くことを拒んだのだ。
苦痛を伴う全てから逃げ、他者との関わりから逃げ、変化することから逃げた。
その結果の死。
それすらも世界といものからの逃げに過ぎなかったのだと思い知った。
そして二度目の生。
再び私は逃げる事を選んだ、無意識的に。
前世の両親の事が半ばトラウマになっていたのかもしれない。
私は今世の両親から逃げ出すことを選んだ。
たとえどのような理由があろうと逃げたことに変わりはない。
教会を選んだのは都合がよかったというだけだ。
そして、教会に赴いてからも私は変わらなかった。
新しい世界でも私の世界は小さなものだった。
教会の敷地と裏庭の林だけが私の世界だった。
外に出ず、勉学を理由に世界と関わることから逃げ続けた。
生きる力を得るといいながら、私は逃げるための口実を欲していただけだった。
魔法を得てもそれは変わらなかった。
本当に生きる事を目指していたなら、私はもっと貪欲に力を欲してもよかったはずだ。
その時間は沢山あったのに。
魔法にしても、もっと簡単に効率よく使う方法を模索することが出来たはずなのだ。
身体を鍛える事も、戦い方を覚えることだって出来た。
でも、私はそうしなかった。
自身を鍛えることもせず、魔法の練習もしなかった。
自分に言い訳して、ただ逃げることだけを求めた。
こんな私はほんとうに“生きている”と言えるのだろうか?
逃げて逃げて逃げ続けて、逃げられなくなった。
追い詰められ、土壇場になって初めて理解した。
理解してしまった。
自分の弱さと脆さを。
逃げ続けていた自分自身を。
そりゃこんな自分じゃあ世界も拒絶するだろう。
今更ながら思う、なんて浅ましく都合のいい人間かと。
拒絶し逃げ出して、逃げられなくなって初めて願った。
死にたくない、生きていたいと。
都合のいいときは拒絶して、都合が悪くなったら願うのか・・・。
なんという浅ましさか。
もはや逃げる事など出来ないだろう、この生が終わっても三度目がないと誰がいえる。
逃げられない、なら立ち向かうしかない。
生きる事に、未知の先に。
あぁ・・・、私は本当に愚かだ。
でもそんな愚かな私を世界は受け止めた。
受け止めてくれたのだろう。
生を望み、今ここに自分が生きているという事が何よりの証のように感じた。
だから私は前を見る。
たとえその先が見えずとも私の前に道は開かれているのだから。
長い思案に入り込んでいた私を、秋津はじっと見据えていた。
【どうだ、思い出したか?】
秋津が聞いてくる。
『うん、思い出た』
【そうか】
『聞いてくれる?』
【ああ、聞かせてくれ】
彼には話さなければなるまい、命掛けで私を留めてくれた彼には。
私の弱さと、私の決意を。
この後も共にあるであろう相棒に私の全てを伝えておこう。
そして私は話し始めた。
私の過去とこれまでの話も含めて、あの日あの時思った事を。
そして今感じたことを。
【そうか】
と秋津は言った。
たった一言、それだけでよかった。
【大変だったな?辛かったろう?】
そういうのだ。
なぜ?なんでそんな言葉をかけるの?
【お前は逃げてた、でもそれは仕方のないことだ】
彼はまるで大人のように(大人です)私を慈しむように語る。
【聞けばお前に選択肢などほとんどなかった、ただ自分を守ろうとしただけだ】
その手段が逃げること、逃避と拒絶であったというだけで。
彼は言う、子供だった私が自分を守るために逃げる事を選んだのは当然の選択だったのだと。
子供は弱い、あらゆる面で。
かつての私の環境は財政面で裕福でも、子供が満足に育てる環境ではなかっただろうと。
周囲には碌な大人が居らず、母は精神を病んでいた。
家に閉じ込められ、碌に選択肢もあたえられぬ中で逃げる事を選んだのは間違いではなかったと
彼は言った。
今世でもそれは仕方のないことだと。
前世の記憶を引きずった状態の私が、まともに周囲と関われる訳がなかったのだと。
【俺がお前に感じていてた違和感の理由がわかったよ】
彼は私に違和感を感じていたという。
まるで人形を相手にしているような、そんな違和感。
生きて動いているのに、そこには明確に意思が感じられなかったと。
改めて言われて苦笑したかった。
たとえ表情が変わらずとも、私は普通に振舞っているつもりだったのにと。
でも他人から見れば、私は人形のように見えるのだろうか?
秋津に聞けば
【今のお前は“人間”だ、以前のように違和感は感じないな。
まるで憑き物が落ちたかのようだぞ、雰囲気がまるで違う】
そう答えが返ってきた。
私が世界を、世界が私を受け入れた事でなにかが変わった。
私の意識の変化が、私を“人間”にしたのだろうか?
【なに、最初は戸惑うだろうがその内慣れるさ】
かつての俺がそうだったとのたまう。
『そうだね、そうかもしれない』
私は一度眼を閉じ、もう一度開いて息を吐く。
私は今ようやくこの世界で生き始めたと考えよう。
すると不思議と涙が零れた。
初めて零れた涙に戸惑いと困惑が浮かぶ。
すると秋津がワフワフ笑って
【お前の身体も、お前の変化を喜んでいるのかもな?】
そうかもしれない、なんとなく嬉しくなって
瞳から零れる雫を拭う。
私は思う。
この先に苦悩な、苦痛、逃げ出してしまいたい事も沢山あるだろう。
時に足が止まり、後ろを振り返ってしまう事だってあるはずだ。
でも、今の私は一人じゃない。
いつでも私の傍には誰かがいるのだ。
辛いとき、悲しいとき、支えてくれる仲間がいる。
だから。
たとえ怖くても、進む事を諦めない。
私は生きる事を選択した。
逃げ続けた私が、初めて選び取った道。
だから、私はその最初の一歩を踏み出そう。
この先に待つ、出会いや別れ、困難や苦悩、喜びや悲しみに出会うために。
一歩づつ、真っ直ぐ前を向いて、逃げ出さないように。
急ぐ必要は無い。
ゆっくりと、歩むような速さで、私は生きていこう。
この世界を。
この世界で・・・・。
ところで、
『どうでもいいけど結局私は何故ここにいるのかと?』
【あ】
肝心な話がまるでされなかったという話。
お待たせしました。
所々おかしな流れになっているかも?
一日に数行ずつ書いていると話が纏まらず
変になっている箇所もあるかもなのです。
一応見直ししたりはするんですけど、自分には解らない事も
あるものですから感想なんかで指摘してくれると助かります。
あと話は変わって
なんと総合PVが600000を突破しておりました!
感謝感激でありますっ!!
今後とも頑張りますのでよろしくお願いします。