第14話 自覚(めざめ)
バァァァァンという衝撃と共に私は吹き飛ばされた。
ドンッ!という激しい音と共に背中から樹木に叩き付けられる。
「っ!」
息が詰まる、呼吸が出来ない。
もしかしたら衝撃で背中の皮膚が破れたかも知れない。
激しい痛みが背中を襲う。
骨は無事、痛みはあるが動けなくは無い。
「げほっ」
肺が空気を求める。
咳き込みながら空を仰いだ。
一体何が起こったのか、霞む視界で前を見る。
そこに、大きな魔物が居た。
ゴリラの様な体躯に、巨大な腕、人の頭部をあわせ持つ醜悪な姿。
露出した胸元以外は、深い毛で覆われている。
額から一本の角を生やし、その口には刃物の様な牙が覗く。
赤黒く濁った眼が爛々と輝いていた。
私はどうやら、あの腕に叩きつけられたらしい。
「独角鬼だ・・・」
クルーノ少年がぽつりと呟いた。
独角鬼
人の肉、特に子供の肉を好んで喰らう食人鬼。
基本群れで行動する厄介に魔物。
人里近くで目撃されれば、騎士団によって討伐されるほどの魔物だ。
それが今、私の眼前にいる。
私と独角鬼の間に秋津が入り、独角鬼を威嚇、牽制している。
ふらつきながらも立ち上がり、クルーノ少年に眼をやる。
彼は立ち尽くしていた。
独角鬼の異様に眼を奪われているのか、身が竦んで立ち尽くしているのか。
どちらにせよ、危険な状態に代わりは無い。
他の二人は無事逃げたようだ。
『叩かれたのが私でよかった』
身体がなんとか動く事を確認しつつ、現状の把握に努める。
もしさきほど吹き飛ばされたのが私以外のものだったら、恐らくは命は無かっただろう。
オラクル所持者は、身体能力が常人より優れている。
それは頑強さも併せ持つものだ。
その私がここまでダメージを受けている事からも解る。
もしこれが他の三人ならば、叩きつけられたと同時に即死していても不思議ではなかっただろう。
「行って」
私はクルーノ少年に視線を送り言った。
「!」
このままでは彼らの命が危ない。
私はそう思い、彼へと逃走を促す。
八ッとした様子で私を見返したが、すぐに独角鬼に視線をやり踵を返す。
そして、そのまま走り去った。
これでいい、少なくとも目的は達した。
独角鬼は彼らを追うことなく私たちを見ていた。
奴の口の端が上がるのが見えた。
『笑ってる』
嘲笑っている、無力な獲物の様子に。
奴は私をターゲットに選んだようだ。
なら思い知らせてやる、誰を敵に回したか、私の魔法で・・・・。
【アウラ無事か?】
秋津が独角鬼を威嚇しながら横目で私の無事を確認してくる。
「なんとか」
身体が痛い、頭がくらくらする。
鈍い痛みが私を苛む。
いくら頑強で身体能力が高いといっても人間だ。
神経が通っている以上、痛感は常人と同じなのだ。
私の場合常人よりも感覚が鈍い事が幸いした。
これが常人ならば、痛みにのた打ち回り戦闘どころではなかっただろう。
鈍い痛みに意識を焼かれながら、私は独角鬼を見据えたのだ。
狙いは頭か心の蔵、できれば一撃で仕留めたい。
狙いを見定めながら考える。
タイミングを計り、魔法の発動をイメージする。
【おらぁぁぁぁ!】
秋津が独角鬼飛び掛り奴の腕に牙を立てる。
独角鬼は煩わしげに振り払った。
『今っ!』
独角鬼の意識がそれた瞬間を狙って魔法を発動させる。
イメージに従い魔力を行使する。
「死んで・・!」
魔法は私の意志に従い発動・・・・・・・・・しなかった。
「え?」
一瞬頭が真っ白になった。
魔法が発動しなかった?
半幅パニックになりながら私は再び魔力を行使する。
・・・・・また失敗。
なぜ?なぜなぜなぜなぜ、なぜ!
冷静に考えればすぐにわかった筈だ。
私はこの時、すでに痛みによって正常な判断が下せなくなっていた。
魔法の行使には“明確な”イメージを必要とする。
痛みによってイメージを狂わされた魔法は、結局形成される前に瓦解したのだ。
独角鬼が私を見据える。
「あ」
秋津は独角鬼よって振り払われて飛んでいった。
すぐには戻れまい。
『死んだかな、これは』
一瞬で距離をつめた独角鬼を見ながら
私はそんな風に考えた。
side ラスタ
急がなくちゃ!急がなくちゃ!
森を抜け街道をひた走る。
独角鬼が出た。
追いついてきたクルーノが齎した情報に焦りが広がる。
アウラは一人、独角鬼の足止めを買って出たそうだ。
だからこそ急いで伝えなければ。
町の警備隊に独角鬼の事を伝え、教会に走り神父様に助けを請わなければ。
アウラはあの化け物と今も戦っているのだろう。
アウラは強い、幽鬼狼を従えるほどに。
でもだから平気と言うわけではないはずだ。
だから早く助けを呼ばなければ。
待っていてねアウラ、すぐに助けを呼ぶから。
全力で走りながら、あの無表情の友を思う。
待っててねアウラ!
side 秋津
【危ない!アウラ!!】
俺の叫びもむなしく、アウラは叩き飛ばされた。
ドンッ!という激しい音と共に背中から樹木に叩き付けられるアウラ。
「っ!」
息を吐くのが聞こえた。
ドサリと地面に投げ出されたアウラを見た俺は、迷う事無く魔物の前に立ち塞がる。
「げほっ」
咳き込みながらフラフラ立ち上がるアウラの気配を感じながら、俺は目の前のこいつから
目が離せなかった。
グルルル
自身の喉がなる、こんな時俺は今の自分がつくづく獣なのだと実感する。
油断無く魔物を見据えつつ、奴の動きを牽制する。
「独角鬼だ・・・」
クルーノとかいうガキがぽつりともらした。
そうかこいつは独角鬼と言うのか。
独角鬼はアウラから視線を外さない。
どうやら最初の獲物をアウラに選んだらしい。
そんな事、この俺がさせるかよっ!
内心で自分を奮い立たせながら、目の前の脅威に向かって威嚇する。
独角鬼は俺を邪魔そうに眺めてから、アウラをどうしようかと考えているのか
口の端が上がるのが目についた。
「行って」
アウラの声が聞こえ、クルーノが駆け出す。
そうだ行け、お前は邪魔だ。
嫌な予感が当たったが、俺は生きる事を諦めてはいない。
前の生は、自分の意志では如何する事も出来ず唐突に終わりを迎えた。
だから、今度こそは、自分の意志で生を貫いてみせる。
【アウラ、無事か?】
「なんとか」
俺は独角鬼から視線を外さないように、横目でアウラを確認する。
酷い怪我ではなさそうだが、立っているのが辛そうだ。
見た目では判断できないかも知れない。
こんな状況にあっても、アウラの表情は無表情のままだ。
黄金の瞳が力なく魔物を見据えている。
ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
人としての人生でもここまで怒りに囚われた経験などなかった。
身体がまるで自分のものではないかの様に勝手に動いた。
【おらぁぁぁぁ!】
独角鬼に向かって飛び掛る俺。
牙を剥き、独角鬼の腕に噛み付いた。
独角鬼は煩そうに噛み付いた俺ごと腕を振る。
ぶんぶんと何度も振られ遠心力に負けた俺は宙に放られる。
「死んで・・!」
アウラの声と魔力の発動を肌で感じながら、俺は吹き飛ばされた。
独角鬼も何かを感じたのか、アウラの方に視線を戻す。
魔力が溢れ、燐光を発しながら光が収束し魔術が発動する。
だが・・・・・。
「え?」
魔術は発動しなかった。
あのアウラが呆然としていた。
やべぇ、なにが起きたのか解らないが、アウラの切り札が失われた。
独角鬼もアウラに脅威を感じたのだろう。
アウラに対して敵意を剥き出しにする。
俺は慌てて身を起こし、アウラに向けて駆け出した。
一瞬でアウラとの間の距離をつめる独角鬼。
『くそっ!間に合わねぇ!!』
振りかぶられた拳を目に、俺は叫ぶ事しか出来なかった。
【アウラァァァァァァァ!!!!】
アウラは立ち尽くし迫る拳を見ていた・・・・。
side アウラ
ドムっと凄まじい衝撃で私は再び宙を舞った。
ダメだこれは、もう助からないだろう。
魔法が使えない、状況の改善は不可能。
身体を苛む激痛の中で、私は妙に冷静に考えていた。
状況は詰んだ。
ゲームオーバーだ。
ドサっと地面に投げ出される。
幸い下が落ち葉の絨毯であったから、落下の衝撃が緩和された。
「っ」
だがもう身体に力が入らない。
私はここで死ぬだろう。
不可避の死。
再び私の前にその姿を現したのだ。
もともと無かった生だ、ここまで生きられただけでも良しとしよう。
父母や教会の皆には悪いが、どうやら私はここまでだ。
だから・・・。
「秋津・・・、逃げ、る」
最後に秋津は逃がさねばならない。
彼が私の判断ミスに付き合う必要はないのだから。
なのに・・・。
なのに彼は私を庇いながら独角鬼を威嚇する。
威嚇しながら叫んだ。
【ふざけんじゃねぇっ!】
これまで感じたことのない怒気が彼から放たれる。
【なに勝手に諦めてやがるっ!てめぇっ!】
「っ!?」
これまでこんな怒声を浴びせられた事などなかった。
あまりにも純粋に、私を思う怒り。
【一度失敗したくらいで諦めて逃げてんじゃねぇよっ!】
逃げてる?
私が?
なにから?
生きることから?
【一度失敗したくらいで諦めんなっ!一度でダメなら何度も試せばいいっ!
早々に諦めて、生を放棄するなっ!】
それは逃げだと秋津は言う。
【どんなに無様で格好悪るかろうが、足掻いて足掻いて生き抜いて見せろ!】
秋津は一度目の生を唐突に奪われた。
自身の意志ではなく、唐突に。
だからだろうか、秋津は生きる事への執着が人一倍強いのは。
私は諦めてしまった。
一度目の生でも、二度目の生でも同様に、早々と抵抗を諦めた。
なのに、なのに秋津は諦めない。
生き足掻く、その姿に私は唐突に理解してしまった。
私自身を、そのあり方を。
私は逃げ続けていたのだ。
あらゆる事から、苦痛や苦悩、痛みを伴う全てから。
こんな状況の中にあって初めて知った。
生を望んでいなかった私、死にたくないとも思ったことがなかった私。
生き足掻く事を知らず、ただ流され続け逃げ続けた私。
そんな私の生に、ほんの少しの変化が齎されていたのに。
他者との交わり、初めて得た友。
秋津という同胞。
ほんの少しの世界との関わり。
変化の兆し、私はそれを見ない振りをした。
結局追い詰められて初めて自覚した。
「死にたくない」
「生きていたい」
と
私の言葉に秋津は笑う。
【そうだっ!それでいいっ!生き足掻け!生を放棄するな!】
生き残ったれたら俺らの勝ちだっ!!!
秋津の声を聞きながら私は思う。
私は愚かだ、救い難いほどに。
それでも私は願おう。
かつての生では決して思わなかった事を。
今の生であって今更に。
私は《 生きたいのだ 》!!
その時、私のなかで何かがカチリとはまる音を聞いた気がした。
そして・・・・
・・・・・・・・・・私の意識は闇に飲まれた。
感想に寄せられた意見を参考に、一部アウラの心的描写をカット。
後日談のほうへ移します。
今回簡単に語り、後に回想という形で詳しく描写する予定です。